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第三話 三人目の勇者

 昼。


 魔王城の食堂に四天王が一堂に会した。あの後アーリアにオーレリアと龍爺の居場所を聞き瞬間移動で往復し連れてきた。


「で~、いったい何~」


 オーレリアがさも迷惑と言わんばかりに言う。

 だが見せかけの態度に構うつもりはない。


「結論から言おう。侵攻ペースが遅すぎる」


「ほお」


 龍爺が続きを促すように驚きとも相槌ともつかない声をあげる。


「世界征服宣言からもう一か月。それで奪い取れた領地は今どれくらいだ」


「オールド砦を少し前に占領して、およそリアン国領の四割を奪ったことになります。とはいっても既に敵の主力部隊は破っていますので、あとは大した抵抗もないでしょう。今までも、侵攻自体より休息に時間を取っていたので、まだ少し時間はかかりますが、まもなく勝利できるかと」


 俺の質問にアーリアははきはきと答える。


 編成から侵略まで一か月で四割。魔族の機動力と戦力をフルに利用した電撃作戦。これでもまだ、兵に無理をさせないように指示した上での実力なのだから、恐れ入る。だが・・・


「まもなくとは幾日だ」


「およそ・・・・・十三日」


 年月日の概念は知らずとも擬似太陽を打ち上げる周期はわかる。アーリアならもちろん、日、月の計算ぐらいはできる。


「―――遅いな」


「え?」


「二週間もかけるな、あと三日で落とせ」


「で、ですが、無理に侵攻すれば被害が大きくなってしまいます」


「構わん。指揮は今まで通りアーリアがとれ。オーレリアと龍爺、そして、イーガルは大将としてリアン国への侵攻を命じる。下のことは好きに決めろ」


「俺もか?」


 ずっと待機を命じられていたイーガルが少し驚いたように聞く。


「ああ。」


「お、おう!任せとけ!」


「一切の容赦なく迅速にリアン国を攻め滅ぼせ。全力でだ。・・・いいな」


 言い終わった後、四人を見回すように確認を取る。そんな中アーリアが勢いよく立ち上がる。


「よくありません!魔王様!私たちの目的は!」


「アーリア」


「っ!」


 必死に言い募ろうとするアーリアを視線で黙らせる。言いたいことはわかっている。


 理で説得するつもりも、できる気もしない。だが、俺は魔王だ。


「俺に逆らうのか?」


「っ、いいえ」


「ならこれで決定する。いいな」


 再度確認の言葉を投げかける。今度は誰も何も言わなかった。アーリアが、いや、全員が何か言いたそうにしているが、無視する。


「それともう一つ、これは『絶対命令』だ。勇者とは絶対に戦うな」


「勇者?なんだそれ」


「かつて、魔王を倒したといわれる伝説の存在、ですかな」


 疑問を呈するイーガルに龍爺が答える。


「なんだよ、オーマそんなの心配してんのか」


「・・・ああ、それが現在、出現するかもしれない。もし出現すれば作戦変更だ。全力で兵を撤退させろ。」


 勇者が出現したなら、今度はあのふざけた性能の勇者を止めなければならない。そして止める方法を俺は知らない。だがら勇者出現の前に勇者になる可能性のある人間を全て殺す。そのための強攻だ。それが達成できないのなら、逃げるしかない。


「無茶なこというね~」


 勇者を発見した後逃げるということは、勇者、あるいは勇者を擁した軍に背を向けるということだ。最大の脅威に隙を見せるのだから被害は甚大になる。


「オーレリア、龍爺、イーガルの三人は勇者を発見したら、すぐにアーリアに報告。アーリアは報告を受けたら、俺に知らせてくれ。勇者は俺が止める」


「はい」「おう!」「分かりました」「は~い」


 各々に返事を返しうなずいてくれる。


「なら終了だ。俺が三人を前線に送るが、あとの編成や作戦は任せる。」


「?・・・オーマは一緒に行かないのか?」


「ああ、まあな」


 曖昧に頷く。


「・・・アーリア、あとで話したいことがある」


「・・・わかりました」


 ヒメのこと、魔王軍のこと、いろいろと押し付けてしまった。拗ねたように言うアーリアに俺は心中で苦笑するしかなかった。




 三人を送り届け、アーリアを自室に連れ込む。


「――――これはお前にしか頼めないことなんだ」


「ですが・・・」


「頼む」


「っ・・・わかり・・・ました」


「おう、ありがとな」


 話が終わり、アーリアも出ていくかと思ったが、まだ何か言いたそうに留まっていた。


「アーリア?」


「撫でてくれないのですか?」


 上目づかいで俺を見てくる。


「え?」


「魔王様はいつも褒めてくれる時は撫でてくれました」


「ああ、なるほど。」


 そこまで言われてようやく理解した。


「ほら」


 手招きして寄ってきたアーリアを抱きしめ、撫でまわす。だが、撫でられてもアーリアの顔は曇ったままだ。


「どうした?」


「魔王様は無理をしています。でなければ撫でることを忘れる、なんて失態をする筈がありません」


「凄いこと言うな」


「それに心なしか撫でにも精彩を欠いています」


「まじか~」


「間違いありません。魔王様そむりえの私にはわかります。」


「初耳だぞ、それは」


 ふんすと胸を張りながら俺の腕に収まっているアーリア。


「確かに疲れていたかもしれない。でも大丈夫だ。こうやってアーリアを撫でてるとすごく落ち着くからな」


「なら、良かったです」


「本当に無理を言ってすまん。お前には迷惑をかけるな」


「迷惑なんてことはありません。私はただ魔王様に従うだけですから」


「ああ、ありがとう」


 その言葉を最後にアーリアを可愛がることに集中する。


「ん~~」


 目を細め俺の掌に頭をこすりつけてくる。本当に、これを忘れるなんてどうかしてた。






 アーリアが部屋から出ていき一人になる。


 嫌な予感があった。


 リアン国の二人の勇者。その勇者が誕生しないように、誕生したとしても反抗できないように万全を尽くしたつもりだ。


 この状態でもし三人目の勇者が現れるとすれば、それは・・・・別の国から。


 手の中にある、一冊の本を見つめる。『勇者召喚の書』これがあったから、クオウたちはユーシアやヒメを勇者として召喚することができたとしたら。

 この本が一冊だけではなかったとしたら。


 Y字型を横に倒した形の俺たちが住む大陸。外は海に囲まれている。一端には俺たちの魔王城。一端にはヒメたちのリアン国。そして俺たち魔王軍が後回しにして関わらないでいたもう一つの一端にある人族の国。


 東国、イース。


 そこにも『勇者召喚の書』があるとしたら。


 全て仮定でしかない。だかわずかでも可能性があるのなら俺は躊躇わない。もう躊躇う理由もない。


 イースも、滅ぼすだけだ。





 ヒメの部屋に無断で入る。眠っているのか反応はない。ベッドを覗き込むとその姿があった。のんきに寝息を立てているがその目元は赤くなっている。


「さらわれた先で昼寝とは、ヒメらしいな」


「じゃ、行ってくる」


 お別れのキスなどをかつてしたことを思い出しながら、何もせず俺は部屋を後にした。







 瞬間移動は便利な力だが、もちろん制限がある。瞬間移動を補助する魔法アイテムの効果範囲でしか使えない。そのアイテムは魔王城内にあり、効果範囲はぎりぎりリアン国が入る範囲だ。


 そしてイースへの道のりは、ほぼ含まれない。


 つまり、徒歩で行かなければならない。


 リアン国に比べ遥かに遠い。とはいっても、瞬間移動の範囲ぎりぎりの地点からイースの都まで、無休で魔法で強化しながら行けばおよそ二日でつく距離だ。一日で滅ぼせば計三日。勇者召喚には間に合うはず。


 食事から得るエネルギーなどは魔力で互換可能かつ、俺の魔力量が多いこともあって自分で供給可能だ。そうでなくても途中に町があれば食料を奪うこともできる。





 というわけで徒歩かつ手ぶらでイースへの道程のスタート地点に立つ。


「行くか」


「・・・・・。」(くいくい)


「ぐっ」


 足を踏み出そうとしたところで誰かに服の裾を引かれる。出鼻をくじかれた。足にこめていた魔力が霧散する。


「何だ」


 見ればいたのは一組の人族の男女。引っ張ってきたのは女の方らしい。

 二人ともまだ、少年少女と言っていい若さだ。今の俺の姿は人間と変わらない。声をかけられても不思議はないが。


 少女は俺の服を掴みながら眠たげな淡い赤の瞳で無表情に俺を見上げてくる。一般的な旅装、フード付きの濃緑のローブで体と頭を覆い、小さなリュックを背負っている。背丈はアーリアより少し高いぐらいか。

 少し旅装の腰の部分が出っ張っている。剣でも佩いているのか。


 少年も同じ旅装だ。翠の瞳に中性的な顔立ち。実際の歳以上に若く見えるだろう、童顔だ。背は男の割には低く小柄と言っていいだろう。言っては悪いが少女と合わせて盗賊に襲ってくださいと言わんばかりの頼りなさだ。


(殺すべきか)


 彼らが何かしたというわけでは無い。ただ剣を持っているのが気になった。こんな二人組だ、旅をするなら武装も必要だろうが。だが勇者になる可能性は何としてでも消しておきたい。


「あのすみません、ここって今どのあたりなのでしょうか」


 言いながら少年が地図を見せてくる。


「旅人か?」


 地図の現在地を指しながら尋ねる。


「・・・・・。」(ふるふる)


 少女が首を振る。


「では、行商か?」


「・・・・・。」(ふるふる)


「・・・じゃあ、何なんだ。」


「す、すみません。彼女、無口なもので」


 少年が地図を確認しながら、フォローする。


「僕はアルフレッド、この子は・・・」


「ああああ」


 少女は閉ざしていた口を小さく開き自らの名を口にした。はずなのだが。うめき声?


「なんだって?」


「ああああ」


「あああ?」


「・・・・・。」(ふるふる)


 そう首を振って少女は、


「ああああ」


 またそう口にする。


「ああああ?」


「・・・・・。」(こくん)


「・・・ほ、本当にああああが名前なのか?」


「・・・・・。」(こくん)


「嘘だろ」


 アルフレッドと名乗った少年に尋ねる。


「いや、本当ですけど」


 何かおかしいかと言う様に首をかしげる。


 偽名にしてもあからさま過ぎる。本当にそんな名前なのか。

 そんな名前があるか、と言いたいところだが彼らにとっては普通の名前らしい。不思議な文化だ。


「お前はその名前に納得しているのか?」


「・・・・・。」(ふるふる)


「していないのか!?」


「・・・・・。」(こくこく)


 していないらしい。今までで一番感情が現れている気がする。必死さが見えるあたり、余程嫌なのだろう。


「それはまたなんと言うか・・・」


 哀れな。あまりに不憫で本名を呼ぶことさえ躊躇われる。


「改名しないのか」


「・・・・・。」(こくん)


「とんでもない!天から送られた名前を変えるなんて最大の禁忌です!」


「そこまで言うか」


 どう考えても天の方はふざけてるぞ。


 天から名を授かるという風習はおそらく地方特有のものだろう。そもそも、どのように授かるのか、少し興味がわく。


「あー、なら愛称で呼ばせてもらってもいいか?」


「・・・・・!」(こくこく)


 といってもああああの愛称なんか聞いたこともない。あが四つ、・・・か。


「あーしぇ・・・」


「・・・・・!」


「アーシェって呼んでもいいか?」


「・・・!・・・!」(こくこく)


 今度は心なしか目を輝かせているような気がしないでもない。顔は無表情そのものだが。


「じゃあよろしくな、アーシェ」


「・・・・・。」(こくん)


「あはは、良かったね、ああああ」


 お前は変えないのな。って、俺は何を友好を深めるような会話をしているんだ。





 話を戻す。


「僕たちは、イースから来た旅の者です」


「・・・・・。」(ふるふる)


「首を振っているのだが?」


「それが、ですね。道中で剣を拾ってから、彼女、勇者って名乗り始めたんです」


「・・・・・。」(こくん)


 今度は頷くああああ。いや、アーシェ。


「・・・・・・。・・・は?」


「はは、おかしいですよね。僕もそう思うんですけど。でもその剣がまた強くて、凄く強くなっちゃったんですよ。ねえ、ああああ」


「・・・・・。」(こくん)


 アーシェは旅装をよけて剣を見せてくる。少女の華奢な腰に下がった一振りの剣。それは間違いなく・・・聖剣だった。


(・・・・・・・・。)


「じゃあ、教えてくれてありがとうございます」


 アルフレッドは頭を下げ立ち去ろうとする。


「・・・・・。」(こくん)


 アーシェもそれに続く。なんとなく名残惜しそうに見えるのは気のせいか。


「待て」


 俺の声に二人は足を止める。


「どうかしましたか?」


「これからどこへ行くつもりだ」


「え~と、魔王城へ」


「・・・・・。」(こくん)


「本気か?もとが旅人なら目的地はリアンじゃないのか?」


「そのはずだったんですが・・・・」


「・・・・・。」(ふるふる)


「ああああが行くって聞かなくて」


「止めないのか?危険だろう」


「まあ、ああああが行くならそれに従うだけですし」


「お前はアーシェの従者かなにかか?」


「そういうわけではないんです。僕もああああも普通の農民ですし」


「はあ」


 聞けば聞くほど分からなくなってくる。この二人は何者だ。本当に旅人で聖剣を拾っただけ?なら勇者ではないのか?聖剣はあの謎の少女が持って行って行方が分からなくなっていた。それがアーシェに渡ったというならおかしくはないが。いや別の意味で疑問だらけだが。


「それで、勇者を名乗るなら目的は魔王を倒すことか?」


「・・・・・。」(ふるふる)


「違うのか?」


「それが、ぼくにもよくわからないのですが・・・ヒメという方を救うらしくて」


「・・・・・。」(こくん)


「!!?」


 ヒメという名前が出たことに驚く。が、再び俺の味方を名乗ったあの謎の少女のことが思い出される。あいつの差し金か?




 どうするべきか・・・・。こいつらは本気で・・・。


 ・・・・いや、迷うことじゃなかった。もう俺は決断したのだから。




「そうか、なら、ヒメのことよろしく頼む」


「・・・・・。」(こくん)


「え?あなたは・・・ヒメという方――」


 二人に手を向ける。そして放たれる冷凍弾。


「!!」「?」


 アーシェがすばやく魔力に反応し、疑問符を浮かべたアルフレッドを突き飛ばす。


 しかしその為にアーシェの体が凍り付く。


「ああああ!」


 何とか魔法の範囲を逃れたアルフレッドは凍り付いたアーシェに駆け寄る。だが、その体も再度俺が放った魔法で凍り付く。


「さて」


 凍り付いた二人を観察する。すると突然二人の姿が消えたかと思うと氷が粉々に砕け散って消えていった。


 その現象にアーシェが勇者だったことの確証を得る。アルフレッドも同じ現象が起こったということはあいつも勇者と考えるべきなのか。

 聖剣を拾われた程度で勇者になるなんて想定外もいいところだ。今までの行動が全て無駄になった。


(それにしても、氷漬けもだめか。)


 殺しても、封印しても、凍らせても駄目。あと、動きを止める手段といえば、眠らせるか、石化、麻痺にあとは物理的に縛るか抑えるか。

 精神的には魅了に混乱という手もある。いやヒメが狂化した事実から考えれば精神的な手段は意味がないだろう。

 それ以外にも凍らせるとしても腕だけなら、足だけならどうなのか・・・。

 試すことは数多くある。まあ、いい実験相手が見つかったと思っておこう。




 もう何のためらいもない。俺は――――



(アーリア、聞こえるか?)


(はい、魔王様)


(勇者が見つかった。作戦を手筈通りに移行しろ)


(・・・・了解しました。お気をつけて)


(ああ)



 魔王なのだから。






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