魔王の角(Ⅴ)
恐れていたことが起こってしまった。
オーマ様の腕が飛ぶ。
誰でもない。姫様の手によって。
そして、同時に気付いてしまう。
とても自分の手に負えるものではないと。
いつ、どこで、あれだけの呪いがかけられた?
気づかないはずがない。自分が。あの呪いに。
なら、かけられたのは自分に会う前。
そこへ考えが至った瞬間、シャルは全てから目を背け、逃げ出した。
「あったっす!『勇者召喚の書』!」
あれだけの魔力が込められた呪い。普通の方法では不可能だ。
侵入したのはリアン城の宝物庫。
「とにかく、解析を・・・」
国家反逆だろうが泥棒だろうがそんなもの、無事にことが片付けば、姫様が揉み消してくれる。
だから、今は・・・。
焦れるほど長い時間の末ようやく結論にたどり着く。
「そういうこと、っすか・・・なんで、なんでこんなものに今まで誰も気づかなかったっすか!」
いや、今はそんなこと、どうでもいい。
「っ!とにかく、このことをオーマ様に伝えないと」
姫様を止める術は今の自分にはない。それどころか、オーマ様にすら不可能かもしれない。
それでも・・・。
全身に強化魔法をかけ、外に出ようとして、
「それは、困る」
「・・・・・へ?」
何者かに行く手を遮られる。
「シャルロット=ウィーチ。現、人族一の魔法使い。まさかあれだけの情報でここに辿りついてしまうあたり、天才の名も伊達じゃない・・・か」
「あなたは・・・・いや、お前は誰っすか!!」
「・・・・・・」
「邪魔するなら、痛い目見るっすよ!」
そして現れる無数の極大魔球。こんなものが放たれれば城は吹っ飛ぶ。だが、そんなことすら今のシャルにとってはどうでもよかった。
「『九火爆炎弾』!!!」
なのに―――
―――何も起こらなかった。
「なっ」
確かに魔法を発動し、放ったというのに。
「・・・・・・」
「っ!!『豪爆雷』―――集え!!」
また放つ、だがまた、何も起こらない。
自らの手を離れた瞬間跡形もなく消え去ってしまった。
「ならっ!『瞬絶』!」
身体強化魔法。発動しながら走り出す。無視して行けることなら行きたかった。
だが、やはり予想通り、魔法もかからなければ、正面に現れた氷壁、いや、宝物庫の出口すべてを塞いだ氷によってまた行く手を遮られる。
「少し待て。さすれば解放してやる」
どうやら彼のものは危害を加える気はないらしい。
「・・・・・・・・もう一度聞くっす。お前は何者っすか?」
「・・・・・・・」
無言が返ってくる。
やはり構っていることは出来ない。視線をめぐらせる。ここは宝物庫。何かないかと見回す。
「・・・・・・!」
そして見つける。国宝級の武器、防具、書物、宝石。その中から、かつて最強と名高き四賢者、そのうちの一人が所有したと言われる杖を。
『暴炎の杖』
「・・・・・・・」
その杖を掴むのを、彼のものは見逃す。
それが油断であることを祈りながら。
「これなら・・・・!」
「・・・・・・・」
己の周囲をいくつもの魔法陣が囲む。長い、長い、詠唱。いつ邪魔されるかと冷や汗をかきながらも完成させた大魔法。
「遠き地より来たりて、この地を砕く力となれ!『メテオライト・ストリーム』!!!!」
「やれやれ・・・まあ、十分だ」
「・・・・・?」
確かに現れた超重量物質、その群。恐らく空は魔法無効化の範囲外。予想が当たる。
その存在を察知した瞬間、彼のものは姿を消した。
瞬間理解する。今ならまともに魔法を使えると。
「『大魔球』乱れ撃ち!」
大魔法の行使に疲弊した体に鞭打って唱える魔法は、道を塞ぐ氷を破壊する。狙いを定めている余裕すらもうなかった。
いつの間にか雨が降っていた。呼び出したはずの隕石はもはや影も形もない。またあいつに消されたのか。
「はあ・・・・はあ・・・・『瞬絶』『速度上昇』『敏捷上昇』」
ステータスを強化しながら、外に出る。そして、ジャンプする。
オーマ様の魔力はわかる。膨大だ。だが、それが今は、とても小さかった。
「っ・・・・『烈風・ハヤテ』!!!」
一定の高さに達するとシャルは城の外壁を思い切り蹴る。
魔法の発動と共に、シャルは一筋の矢と化した。
そして、知る。自分が間に合わなかったことを。
「姫様・・・・、オーマ様・・・・?」
「・・・・・・・」
折り重なるようにして倒れているヒメとオーマの姿がそこにはあった。
傍らに立つユーシアの存在など目に入らない。
「うそっすよ・・・・こんなの、こんなの!」
理解して、否定する。だが、その言葉を受け入れる者はもう、いなかった。
「姫様、姫様っ、姫様ぁ!」
ヒメの体を揺する。
返事は無い。まるで・・・・
ふとヒメのだらりと投げ出された手の先の『真・魔王の角』が目に入る。
そこには一欠けらの魔力も感じられなかった。
「結局、うちは何も役に立たなかったんすね・・・。何が・・・・何が仲間っすか!」
直接的にも、間接的にも、なにも・・・。
「ああ、ああああああああああああああああああぁっ!!!!!!!!!!!!」
雨が降る平原にシャルの叫び声が響き渡った。




