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第十六話 不穏

 和平締結当日。


 折角の日だというのに空は雲で覆われこの場を暗くしている。今にも雨が降り出しそうだ。もっとも降る雨を弾くくらいのことはできるが。


 和平締結協議。その場にいる魔族は俺だけだ。人族は、ヒメをはじめ、クオウ、ユーシア、外見だけは偉そうな多分高官、末席にはシャルの姿もあり、ここにいていいのかと所在なさげにしている。

 リアン国の城前に設けられた議場。

 遠巻きにリアン国の民だろう。多くの人族が詰合い警備の軍がそれをおしこめている。


 その様子を一通り確かめ、再びヒメに目を向けると笑顔で返してくれる。相変わらず可愛いが、隣にいるユーシアがきついにらみを向けてくるのが鬱陶しい。襲い掛かってこないことを見るとヒメあたりに説得されたのか。


 そんなこんなで、協議は始まる。話し合うのは和平に際する条件。もちろんあらかじめ決められているが、民に向けて確認する形だ。

 簡単にまとめれば、魔族は今後人族に対し一切の侵略行為を禁じられ、今回奪った土地のすべての返還を強制される。

 それだけだ。まあ言ってみれば人族からの侵略は禁止されていないわけだから、平和条約というわけではない。


 これだけでは国民から不満が出るだろうが、国王が封じてくれる。強いて言えばこれが人族に対する要求だ。



 そんな予定調和の協議は進んでいく。そして――



 クオウと俺、二人の王が互いに歩み近づく。あとは合意の握手をすれば和平協議は終了する。


 その時だった。異変が起こったのは。





「ぅぅぅううああああああ゛あ゛あ゛ーーーーー!!!!!」


 突然あたりを切り裂く叫び声が上がる。しかも発生源はこの議場だ。


 正面のクオウと視線を交わす。確かな驚きが見える。明らかな異常事態だ。


「ああがあううあ゛あ゛いやあぁぁあ゛あああ゛!!!」


 声の発生源に目を向ける、そこにいたのはユーシア。隣を見て驚きに目を見張っている。その視線が向かうのは―――――




――――――――――ヒメ・・・・だった。





 ヒメは叫びながら頭を抱え苦しげに足をふらつかせている。


「ヒメ!!?!??」


 叫んだのは誰だったか、あるいは俺か。だが誰も動き出すことはできない。


「あがう・・・・あ・・・ぐ・・・・」


 やがてヒメの叫びは収まり、崩れ落ちるようにうずくまる。そこへ至りようやく俺はヒメのもとへ向かう。


「ヒメ!大丈夫か!?」


 クオウもこちらへかけよりユーシアと共にこちらを注視している。


「オーマ・・・、だい・・じょうぶ・・です」


 息を切らして、何とか口にする。落ち着いてきたようだが。


「ヒメ、よかった。どこが苦しい?誰か!すぐに治療を!!」


「その・・・必要は・・・・ありません」



―――ドサッ



 一瞬何が起こったのかわからなかった。いや今もわからない。何かが落ちる音がしてそちらを見ると・・・腕が・・・落ちていた。


「うで?」


 途端血しぶきの音が聞こえる。しかもすぐ近くから。

 その音に凄まじく嫌な予感がしてヒメの両腕を確かめる。


 良かった。どちらの腕も健在で、右手にはしっかりと聖剣を握っている。


「え?」


 違和感がする。何故ヒメは―――聖剣を握っている?


 赤い血が俺の顔に飛ぶ。


 そこでようやく気付く。血しぶきを上げているのは俺の右腕、いや右の腕の付け根から。だから、そこに落ちている腕は・・・・俺の物。


 何故・・・。


 そう疑問に思うと同時ヒメが右腕に持つ聖剣が振るわれる。俺に向けて、



――ガキンッ!



 巨大な――爪。


 聖剣と爪とがぶつかり音を立てる。その瞬間理解する。俺はその爪に襲われヒメはそれから庇ってくれたのだ。


「ヒメ、助かった!」


 しかし、ヒメは飛びずさり、先ほどまでヒメがいた場所に、雷撃が落ちる。


「ヒメ?」


「オーマ~?良かった~生きてる~」


 そして聞こえてくるのはヒメとは別のしかし聞き慣れた声。こんな時でものんびりしている声音。

 それは、ここにいるはずのない存在の声だった。


「オー・・・レ・・・リア?」


 四天王のひとりオーレリアがなぜかそこにいた。俺の腕はオーレリアが?いやそんなわけがない。なら、なんで、


 理解を進めようと改めてあたりを見渡す。下がったヒメ、俺の前に立つオーレリア、そして、俺たちの上空には龍がいた。

 蛇のように長い胴。等間隔に二つの腕のようなものが並び、三つに分かれた爪がぎらついている。鱗は水滴にぬれ、曇り空の微かな光を反射している。体躯の先端には、鋭い牙を並べた巨大な口を開け、赤い目があたりに威圧感を振りまいている。

 空を埋め尽くすように龍が浮かんでいた。


 さきほどヒメの聖剣とぶつかった、それはこの龍の爪だったのだ。そしてその龍は・・・。


「龍爺?」


 四天王の龍爺が龍へと戻った姿。その龍がヒメをにらんでいた。龍爺がヒメを?なんで・・・


「これはダメだね~。イーガル~アーリア~オーマを連れて逃げるように~」


 そのオーレリアの言葉に空から降ってくるようにイーガル、アーリアまで現れる。


「お前らなんでここに?」


「ぼさっとすんな!わかんねーのかよ!オーマは勇者の野郎に裏切られたんだよ!」


 俺を掴み連れて行こうとするイーガルが叫ぶ。反対側からアーリアも俺を掴む。無言なところを見ると同意見のようだ。


「そんなわけがないだろ!ヒメが俺を裏切るはずが!」


 そう言ってヒメを見る。ヒメは笑顔を浮かべていた。いつもと変わらない笑顔を・・この、場面で。


「ヒ・・・メ?」


「もう黙ってろ!アーリア行くぞ!」


「うん」


 俺は二人に連れられて飛ぶようにリアン国を後にした。





 ヒメが、妹が突然魔王を害した。この行為は間違いなく和平交渉を破綻させる。


「ヒメ?お前何を・・・」


 驚きにユーシアはヒメに詰め寄る。


「何って、兄様の仇を取ったに決まっています。ほら」


 指さす先にはオーマの腕が転がっている。


「仇って、お前は和平を結びたかったんじゃ?」


「もちろん、そうですよ。でも魔王がいる世界なんて嫌じゃないですか」


 明らかにおかしかった。昨日はその魔王のための説得と言って、私に凄んできたじゃないか。お前がそこまでいうからこそ、私は。


「お前・・・くっ!父上!ヒメを止めるのを手伝ってください!」


「それは無理だ」


 冷静に返すクオウ。だがその眼はぎらついている。


「父上?何を言っているのです!ヒメは明らかに・・・」


「分からんか、ユーシア。我々は騙されたのだ」


「騙された?」


「ヒメは魔王に操られ、魔王を攻撃させられた。おそらくそれを口実に無防備な我々を攻撃する気だろう」


「まさか、そんなこと・・・」


「間をあけず現れたこやつらがその証だ」


 クオウはオーレリアと空に浮かぶ龍爺をにらむ。


「今、わしがヒメにかかっている余裕はない。ヒメのことはお前に任せる」


 そう言うや否や帯剣を抜き放った。





「これ~きつくない?龍爺~」


 オーマに近づけてはいけない相手、魔王を倒すと言われる勇者。そして見ただけで凄腕とわかる老人も戦意をむき出しにしている。


「仕方ありますまい。マー坊のため、ここに骸をさらしましょうぞ」


「え~、死にたくない~」


 そう言いながらも退く様子は見せない。それだけオーマは二人にとってかけがえのない存在だ。


「ところで、その勇者が逃げ出しているのですが?」


「いつの間に~」


 見ればそこに、ヒメとユーシアの姿はない。視線をやれば逃げ惑う国民に紛れて町の出口へと走る二人の姿がある。片方はただ追いかけているだけだが。


「追いかけなされ、彼の相手はわしが引き受けましょう。」


「ん~頼んだよ~」


 オーレリアは普段の様子からは信じられない機敏な動作で二人の後を追う。言葉こそのんびりしているがその戦力は頼りになる。


「止めなくてよいのですかな」


 残った龍爺はクオウに問いかける。


「貴様こそ、ヒメが逃げるのを見逃したではないか」


 互いに相手の実力がわかるからこそ、よそに気を向ける余裕はなかった。


 そして、睨みあいの末、クオウが斬撃を放ち戦いが始まった。





「止まれ!イーガル!」


「黙ってろ!」


 凄まじい速度で草原を駆ける。景色が勢いよく流れていく中で、オーマはイーガルを制止するが、すげなく跳ね返される。


「お願いです魔王様、おとなしくしていてください。」


「アーリアまで・・・。っ!止まれって・・・言ってるだろ!!!!!!!」


「「!!!」」


 俺の恫喝に二人がとまる。


「もう頭は冷えた。だからお前らが何故ここにいるのかから順序立てて話せ」


 ようやく放され俺は二人を睨み、もがれた腕を魔法で治療しながら訊く。治療と言っても応急処置のようなものだが。





 俺たちがいるのは城から東におよそ十キロメートルほど離れた平原のど真ん中だ。


「オーマが心配だった。龍爺たちと相談して上から見張ってた。そしたら案の定、勇者がオーマを襲って腕を斬り落とした。だから、龍爺が急いで止めに入ったんだよ」


 四天王みんなが和平にすぐに納得していたのは、こうするつもりだったからなのか、万が一向こうに気付かれていたらご破算になりかねないぞ。


 もっとも、それ以前の問題が起こってしまっているわけだが。


「魔王様はその状況を理解せず、戦力にならないようでしたのであの場を離脱しました」


「じゃあ、俺は本当にヒメに斬られたのか?」


「ええ、確かに」


「そうか」


 俺としたことが、ヒメを信じるあまり逃避に走っていたようだ。確かに俺自身その真実へ辿りついていたのだ。ただ認めたくなかっただけで。


 どう考えてもあの時のヒメの様子はおかしかった。ヒメの凶行にはまず間違いなくそれが関係している。問題は何故それが起こったのか。


「とにかく俺はあそこへ戻る」


「何言ってるんだよ!」

「何を言ってるんですか!」


「何をも何も、あの状態のヒメを放っておけない」


 それだけじゃない。あの場を放置していれば、和平がどんな結末に落ち着くか考えずとも察しはつくだろう。そしてそれは十中八九俺たちの、俺とヒメの望むものではない。


「あの時のヒメさんの殺気は、並大抵ではありませんでした」


「いったところで斬りかかられるのがおちだろ」


「それでも行く」


「魔王様!」


「悪い、アーリア。俺は――」


「行ったとしてどう解決する気ですか!」


「え?」


「無闇に戻ったところで解決策がなければ無駄死にだと言っているんです。それは魔王様が最も避けたいものでしょう」


「あ、ああ」


 アーリアには、いや、誰にも世界の繰り返しについては教えていない。だがアーリアは俺の意志を理解してくれている。俺は誰も死なせたくない。


 それがまだどこか焦っていた俺の心を押しとどめてくれる。


「そうだな、その通りだ」


「はい!」


 アーリアはにこっと笑う。


 ヒメのためにもアーリア達のためにも無茶するわけにはいかない。


「じゃあ、ヒメがおかしくなったのをどう治すかだが」


「・・・・。」

「・・・・。」


 アーリアもイーガルも黙り込む。


「そうなんだよな。」


 発狂の原因がわからないことには戻しようがない。


「どうかしたんですか?」


「どうかしたって、ヒメをもとに戻す方法だよ」


「私をですか?」


「は?」


 顔を上げるとそこにいたのはヒメ。


「な!」


 接近に気が付かなかった?このだだっ広い平原で?


「アーリア!」


 驚きながらもイーガルがアーリアに注意を飛ばす。


「はい!」


 呆然とする俺をよそにイーガル達は戦闘態勢をとる。一瞬遅れて俺も我に返る。


「ひどいです、私は身も心も正真正銘ヒメ=レーヴェン、本人ですよ?」


「そんな出鱈目に俺が納得すると本当に思っているのか?」


「出鱈目じゃないです。オーマとの思い出もばっちり覚えていますよ。オーマが私のものになってくれたことも、一緒のベッドで眠ったことも、仕方なく戦ってしまった時も、全部私の大切な思い出です」


「ちょっ!」


 ヒメの暴露に俺は慌てるが、幸いアーリア達はそれを空言の類と認識したのか取り合わない。


 ・・・認めたくないが、ヒメの記憶も意識も確かなようだ。言動もヒメそのもの。


「そうか、ならお前がされているのは人格の操作、意志の強制といったあたりか」


 見当がつけばある程度試せる。


 すぐさま解呪の魔法を唱える。


――ばちっ!


「ぐ!?」


 魔法が跳ね返された。まさか返されると思わなかったため衝撃にたたらを踏む。

 解呪が聞かなかったということは、つまり俺の魔力を超える強さで呪いがかけられている。

 魔王である俺よりも強い?誰がかければそんなことになる?


 俺が驚愕していると、


「あまり、ピリピリしないでください。はいっ、プレゼントです」


 ヒメが後ろ手に隠していた何かを無造作に俺に放り投げてくる。


「え?」



 片手で受け取ったのは何かの塊。



 微かに暖かさの残るそれは・・・



「「「!!!!!」」」



 オーレリアの・・・・首。



 視界が真っ暗になる、何だこれは。



「ヒメ・・・」


「はい?なんでしょう、オーマ」


「何でこんなことを?」


「魔王を殺す邪魔をされたので」


 そう言い、またあの笑みを浮かべる。俺がよく知るヒメの笑みを。


「オーマ!」


 イーガルが俺を正気に戻そうと叫ぶ。だが必要ない。


「わかってる。ヒメ、いや、今のお前は俺の敵なんだな」


 正真正銘の。


「そうとも限りません。オーマが自分で死んでくれたら、オーマは私の味方です。だからどうかおとなしく・・・殺されてください」


「ああ。もういい」


 そう言い俺はシャツをちぎって脱ぎオーレリアの首をそっと包むと地面におく。今はそれで我慢してくれ。あとで埋葬してやるから。


 明らかな隙をヒメは見逃す。


「アーリア、イーガル、逃げろ。こいつの狙いは俺だけらしい」


「出来るはず、ありません」

「出来るはず、ねーよ」


 二人の姿が一匹の狼に変わり冷気をまとう。二頭の氷狼、フェンリル。二人とも退く気はないらしい。


「だろうな」


 絶対命令なら退かせることもできるが、正直俺一人、片手でヒメの相手は出来ない。瞬間移動で逃げる手もあるが、ヒメによって殺される魔族が増えるだけだ。そんなことになるくらいなら、ここで止める。


 目的を確認する。アーリアもイーガルも、そしてヒメも死なせずにヒメを戦闘不能に追いやること。




「ヒメ、少し痛いかもしれないが我慢してくれ。すぐに戻しやる」


「戻すまでもなく私は私ですよ」


「違う、少なくともヒメは今の状況を絶対に望まない」


「今までが演技だったと言ってもですか?」


「ああ、それはないから」


「・・・・・。私は愛されていますね」


「当たり前だ。世界で一番愛している」


「なら、私を止めてみせてください」


「・・・ああ。絶対に」





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