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第一話 魔王再臨


 魔王城、魔王の寝室



 何が起こったのか。


「まず俺は世界征服を宣言した」


「はい、そうです」


 頷くのは、我が四天王のひとり、アーリア=サタンだ。小柄な体躯の上に着た水色のパーカーに、白のショートパンツは、ともすれば人間の子どもにも見えかねない。しかし白銀のショートヘアに同色の犬耳と尻尾が人間とは違う者だと理解させる。彼女いわく、おおかみ女なのだそうだ。サラサラの毛並はなでていると癒される上に甘えてくると可愛いのだが今は真面目に職務モードだ。


「優勢だったはずだ」


「はい、今もです」


 アーリアの返答に俺は黙り込む。


「で、勇者が現れた」


「いいえ、現れていません」


 認識が食い違う。ここを基点に。


「・・・・・。」


 再び沈黙。先ほどから幾度となく繰り返す質疑に返ってくる応答は同じ。


「俺の軍も、四天王も、一人残らずやられたはずだ。お前も勇者に・・・。なんでお前が生きている?」


「やられていないからです」


 アーリアは変わらず冷静に返す。


「現在、我が軍は順調に進軍中、損害も軽微、いまだ負け知らずです」


 ということらしかった。




 数分前、魔王城の自室で俺は目を覚ました。正確には蘇ったのかもしれない。思い返せば、あの聖剣に心の臓を貫かれた感覚がある。

 俺は確かに勇者と戦った。倒した、殺した、何度も何度も何度も。そのたびにやつは生きて再び現れた。生命への冒涜に恐怖した、勇者を殺す瞬間、勇者と戦う瞬間、勇者が来るのを待つ瞬間、すべてがトラウマだ。


――て、違うそっちはもういいんだ。思い出したくない。


 俺は確かに死んだはずだった。ただ、なぜか死後も意識があり、見届けた。同朋の惨殺、やつらの喜びよう。そして、世界が壊れ闇に呑まれていく様を。そして、目が覚めた。俺の部屋で。


 半ば呆然とし状況が呑み込めないうちに、扉がノックされ、開いた扉の向こうにはアーリアがいた。生きていた。泣きそうだった。突然彼女にかけよって抱きしめ、嗚咽を漏らす俺を、アーリアは驚きながらも、背中をなでてくれた。




「状況は把握できましたか?」


「ん、ああ、サンキュ。アーリア」


 落ち着きを取り戻した俺はアーリアに状況を確認した。再三話を聞く限り、信じられないことだが、どうやら時間が巻き戻っているようだ。勇者が現れる前の時間に。


「いえ、何か指示は?」


「あーうん、任せる。全部」


「はい、了解しました」


 もともとすべてアーリアに一任していた。俺には勿体ないほど優秀な娘だ。俺の乱心にも文句ひとつ言わない。

 問題ないだろう―――勇者が現れなければ。

 あのときアーリアも確かに勇者に殺されたはずだ。俺の不覚によって。もし時間が戻されたのなら必ず救わなければいけない。絶対に。


「ですが・・・大丈夫ですか?」


 そう言い彼女は本当に心配そうに俺を見つめる。


「ああ、ちょっと悪い夢を見てな。アーリアのおかげでもう大丈夫だ」


「なら、よかったです」


 もしかしたら強がりだと気付かれているかもしれない。だが、アーリアはふんわりと優しい笑みを浮かべた。そして、頭を下げ部屋を後にした。





 なぜ時間が巻き戻ったのか、あの勇者はいったい何なのか、そしてなぜ世界が崩壊したのか。何もわからないが、俺はこの事態を受け入れる。折角戻れたのだ。何もしないなどという手はない。またあの結末にたどり着いてはたまらない。


「・・・と、いうわけで何か行動するべきなんだが」


 誰に言うでもなくつぶやき、今すぐにしなければいけないことはあるか、考える。

 今、勇者が現れていないのなら。


 瞬間、彼の姿はかき消える。


 どこにでもあるシャツにズボン、人間と変わらぬ姿に、人間にはあり得ない膨大な魔力を湛える魔王軍総大将、魔王ことオーマ=サタンの姿が。






 すべての元凶は言うまでもなく勇者だ。

 ならその存在をなかったことにすればいい。


「勇者を誘拐すれば、万事解決」


 そんな目算に基づいての行動だった。幸い目標の顔も素性も割れている。人族の王国、リアン王国の第一王子、ユーシア=レーヴェン。そいつこそが勇者となり俺を苦しめる者の名だった。

 奴がいるであろう王城は今、俺の真下にある。というか俺が王城上空にいる。正直またあの顔を見ると思うだけでも気が滅入るが、そうも言っていられない。

 認識阻害の魔法を城全体にかける。まさか魔王たる俺が隠密行動をすることになるとは。気持ちだけは堂々と入り込む。捜索中、幾人かとすれ違うが誰も気づかない。


 今の時間から考えればそろそろ勇者召喚の儀式が行われるころだろう。その前に奴の身柄をこちらで確保するか、再起不能にするか、


「殺すのは・・・」


 最後の手段にしよう。うん。蘇りそうで怖い。


 などと考えているうちに目標を発見する。だだっ広い地下、訓練場だろう場所で一心不乱に剣を振っていた。あの聖剣でこそないが鬼気迫るものを感じる。

 すらりとした長身、無骨な訓練着をまくり下ろしている。むき出しの上半身からのぞくしなやかな筋肉が濃密な鍛錬を感じさせる。太陽のように輝く金髪は鋭すぎる目つきに少しくすんで見えるが、それでも美形というには十分だろう。俺には恐怖の対象でしかないが。


「さっさと済ませるべきなんだろうが」


「ん?」


 剣を振るのを止め俺の方へ振り返る未来の勇者。


「おっと・・・ばれたか。流石勇者だな」


 自分で声をあげておいて流石も何もないだろうが、それでもここまで来るのに誰も気づかなかったことを考えれば、やはり何か優れているのだろう。


「貴様、何者だ」


 鋭い目つきをこちらに向け誰何する。


「ん~、魔王?」


――ぶんっ


 返事を聞くやいなやユーシアは斬りかかってきた。剣閃は鋭く触れれば痛そうだ。だが、遅い。あの時に比べるとまるで子供のようだ。


「せい、やっ、はぁっ!」


「よ、ほ、はっ」


 ユーシアが繰り出す連撃を、しかし腕を組んだオーマは容易くかわしてしまう。馬鹿にしているようで、実際なめてかかっていた。勇者になってすらいない者に手こずるはずもない。そんな慢心があったし、意趣返しのつもりだったのかもしれない。


 事実、その剣閃は一筋もかすることなく、飽きたオーマが発動した魔法によってユーシアは意識を奪われた。





 数分後には、オーマとユーシア、二人の姿は魔王城の牢屋にあった。もちろん牢屋の内と外とにわかれているが。


「で、こいつを捕まえてきたと」


「ああ」


 もう一人同席している。四天王の二人目、イーガル=サタン。先のアーリアの双子の弟であり、おおかみ男。膝丈のズボンに白いパーカー。ちなみにパーカーはアーリアとおそろいだ。見た目が似通っているが、頭の良い姉と違って、こちらは脳筋でやや野生じみているが、気が利いて料理も上手い、良い子だ。


「この王子様どうすんの?殺すの?人質?」


 仲間には、という但し書きがつくが。


「いや、説得する」


「説得?ふーん」


 気絶しているユーシアを前に今後の処遇を話す。それも済み、ユーシアが目覚めるのを気長に待つ。イーガルの頭をなでたりしてからかって遊んでいたが、やがてユーシアが気が付いたようだ。




「起きたか。リアン国第一王子ユーシア=レーヴェン」


「貴様は・・・ここはどこだ、私をどうするつもりだ?」


 起きた途端、状況を半ば理解したのか、だが少しも取り乱すことなく状況の把握に努める姿はまさしく勇者といったところか。


「ここは魔王城の牢屋、どうするかはこれから決める」


 質問に答える。ユーシアの顔に理解の色が広がると同時に、泰然としていた目に、強い憎しみの炎がともる。状況によっては殺されるかもしれないというのに怯えの色はない。そのうえ、


「貴様は私が殺す。我が民、そして友の恨み、たとえこの身が朽ちようと、力が及ばずとも、貴様だけは生かしてはおかぬ」


 静かにそう言ってのけた。正直、洒落にならない。この身が朽ちようと?こいつはかつて本当にそれを成し遂げたのだから、当人の知らぬままクリティカルヒットもいいところだ。何とか顔に出さないように努める。


 イーガルが怒りにこぶしを握る。俺はそれを視線で制し、ユーシアに話し始める。


「和平を結ばないか?」


「何だと?」


 ユーシアは眉をひそめる。


「まあ、落ち着け。今おまえ達に必要なのは死んでいったものを気にすることか?今生きているものを救うことじゃないのか?」


「よくもぬけぬけと、貴様らが引き起こしたことだろう」


 とうとう言葉から怒りが漏れ始めるユーシア。


「まぁな、だが俺たちも反省した。戦争はよくないと。だから和平を結びたい。いい話だろ、これ以上民が傷つくこともない。受け入れてくれ。生きているもののために。」


「私にそれを決める権限はない。だが、そうでなくとも多くの者を無意味に傷つけた貴様らを許すわけがないだろう。ふざけるな!」


 俺の無責任な手のひら返しに、次第にユーシアの口調が荒くなる。そんな口上が終わるや否や、鈍い音が牢屋に響く。

 

「がはっ」


 そばで聴いていたイーガルが我慢できずに牢屋に入りユーシアの腹部を殴りつけたのだ。ユーシアは息を吐き出しうなだれる。魔族の中でも怪力に特化したイーガルの殴打。さぞ痛いことだろう。


「言葉に気を付けろ。お前が今話しているのは魔族の、俺たちの王だ」


 と、イーガル。凄みをきかせているが、注意している相手も王子だぞ、お前より偉い。・・・四天『王』だからそうでもないか?むしろ上?まあどうでもいい。


 そんな出来事はスルーしてオーマは続ける。ちなみにイーガルの行動は俺の指示通り、ということにしておく。もっと後に脅すつもりでやってもらう予定だったのだが。


「・・・何故わからない?死者にかまけて生者を見殺しにしたら本末転倒だ。そもそも死んだやつのことなんて気にするだけ無駄だ」


 この言葉は決してオーマの本意ではない。だが魔王として。この心構えは絶対だった。王族に名を連ねるものとしてユーシアにも理解を求めたのだが。


 人族として生きてきたもの、魔族として生きてきたもの、その価値観の違い。言ってしまえばそれだけのことかもしれない。あるいは彼にとって何か譲れないことがあったのか。どちらにしろその言葉が交渉決裂の決め手だった。


 ――ッ。


 今までで一番大きな反応。ユーシアの肩が震える。俯いていた顔が即座に持ち上がり、こちらを睨み付ける。ギラギラと光るそれはまるで血に飢えた野獣のようだ。その様相にオーマも気づく。説得は失敗したのだと―――


「はぁ、話にならなかったな。イーガル」


 イーガルに命じる。和平が成らない以上、次の手は。


「は!」


 腕の一振り、それだけでユーシアの右腕は胴から離れた。激痛も走っただろう。だがユーシアのオーマを睨みつける視線が揺らぐことはなかった。





 牢屋を後にするオーマとイーガル。


「傷口は適当に塞いでおけ。逃がさなければそれでいい」


「わかった。・・・なあ」


「ん?」


「さっきの本気かよ?」


 イーガルの言葉足らずの質問にオーマは質問で返す。


「本気とは?」


「和平を結ぶって、言ってただろ」


「それか。ああ本気だ。そもそも本来の目的は出兵したときに達成している。」


 人間領へ攻め込むために行った、魔族統一。それこそが俺たちの目的だった。魔族の住む世界が、暴力がすべての弱肉強食の世界になることを望まないがために。すべての魔族を救済するために。


「まぁ、確かに。でも勝ってるんだぜ」


「安全策だ」


 イーガルの言葉はもっともだ。だが俺は知った。この後の結末を。予想に反して人間領侵攻がうまく行き過ぎたため、止めどころがなく、人間を追い詰めすぎた。結果、窮鼠猫を噛む。噛まれるどころか飲み込まれた。だが今回同じ轍は踏まない。俺が―――


「俺が守るから」


 思わず漏れた思考のイーガルが耳ざとく反応する。


「オーマ、またいらんこと考えてるだろ」


 呆れた様にイーガルはジトッと俺を睨む。


「でもま、オーマが俺たちを守ってくれるつーなら・・・オーマは俺が守る」


 本当に良い子だ。


「おうっ、頼りにしてるぜ、イーガル」


「おう」


 ぶっきらぼうに短く答えるイーガルをにやにや見つめながら俺はまた歩み始める。もう、こいつらを一瞬たりとも危険にさらさない。


 この日、勇者が現れて以来、俺が失った多くのものが、再びてのひらに舞い戻った。








――夢を見ていた。



 俺は玉座に座っている。待つのは勇者。隣にはアーリアがいる。逃げるつもりはない。何度目だろうか、あいつはまた蘇り俺を殺しに来る。


 そして勇者が来た。


 再び戦闘が始まる。俺たちは押されていた。俺たちのすべての攻撃をまるで知っていたかのように対処してくる。連戦が勇者に与えた大きな利点だろう。戦闘のさなか、アーリアが勇者に殺される。アーリアは生き返らない。当然だ。狂っているのは勇者一人なのだから。俺は勇者の狂気に共鳴したかのように怒り狂い、勇者を、殺した。

 そして、俺は待つ。再び勇者が来るときを。



――目覚めは最悪だった。







 勇者は封じた。あとは機を見て和平を持ち掛けるだけだ。明日、明後日あたりには、前線も決着がつき、事態もある程度収まる。

 あまり欲をかくとまた足元をすくわれそうなので、和平自体は決定事項だ。


「魔王様、緊急にお伝えしたいことが」


 アーリアが訪ねてきたのは、自室でのんびりしている時だった。既に勇者を誘拐してから数日が過ぎている。我ながら何を悠長なと思わないでもないが、休息は大事だ。


「入れ」


「失礼します」


 銀髪おおかみ少女が頭を下げて入ってくる。


「何があった」


 アーリアが緊急と判断するのは余程のことだ、というか緊急であればあるほど自分で判断し解決を急ぐ、拙速を尊ぶ奴だ。その分、俺が楽できるので頭が上がらない。であるから無駄話はせず本題に入る。


「最前線にて損害多数、人族側に勇者が現れたとの報告があります。先日、勇者について何か仰られていたので、お伝えに」


 ・・・


 ・・・・・


 ・・・・・・・は?


「馬鹿な!やつは捕えてある、逃亡もしていない、現れるはずが・・・」


「魔王様?」


 アーリアが心配そうにこちらを見つめる。


「ああ、いや。良く知らせてくれた。流石はアーリアだ」


 言いつつ頭をなでる。


「んー」


 言葉にならない声をあげてくすぐったそうに目を細めるアーリア、尻尾をぶんぶん振っている。超かわいい。


「って、現実逃避してる場合じゃない」


「?」


「とにかくその対処には俺が当たる。兵には勇者に近づかぬように徹底させよ」


「了解しました」


 たださっきのでは誤魔化せなかったのか、アーリアはやはり心配そうに見上げてくる。


「大丈夫だ。行ってくる」


「行って――」


 瞬間、オーマの姿は、アーリアを残して消え去った。


「――らっしゃい」


 アーリアの声が空漠に消えていくことに、気づかずに。






 一度、牢屋にユーシアの様子を見に行ったところ、たしかに鎖に繋がれたままであった。


(別の勇者が現れた?複数いるのか?最初に言えよ、くそ)


 誰に言うでもなく毒づく。俺の平穏はまだ遠いらしい。




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