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リトライ魔王の勇者攻略  作者: 京洛紫音
外伝―シャルの章―
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魔法使いの弟子(Ⅸ)


 ガウェインは大丈夫だと言った。だから安心していた。ユタは生きて帰ってくると。





「ユタはどうしたんすか?」


 魔王討伐に失敗し、敗残兵として帰還したガウェインたちを真っ先に迎えたのはシャルだった。別に帰還したユタと仲直りしようとかそんなことを考えていたわけでは無い。単に無事な姿が見られたらいいなと思っただけだ。だがそこにユタの姿はなかった。だから尋ねた。ユタはどうしたのかと。


「ユタは死んだ」


 ガウェインから返ってきた言葉は、少々理解に苦しむものだった。


 ガウェインは何を言っているのだろうか。ユタはシャル手製の魔法具を持っていた筈だ。あの御守りがあれば、戦闘で致死のダメージを受けてもHPを残して転移できるため、死ぬようなことはない。


「何言ってるんすか。負けはしたかもしれないっすけど、死ぬなんてことは・・・って、ああ、これ言っちゃまずいんすよね」


 そのことを言おうとして思い出す。そうだった、壊滅したように見せかけるんだから、ユタ達は死んだということにしておかないといけないのだ。なるほど、そういう理由で。


「ユタは死んだ」


 シャルが納得しようとしたところで、何故かガウェインが再度通告する。駄目押しするように、シャルの言葉を否定するかのように。


 それではまるで本当に。


「なんで、っすか?魔法具はちゃんと」


 シャルにしては珍しく動揺が見られた。その顔を見下ろしながらガウェインは続ける。


「渡した。だがその魔法具に設定していた転移先で、全ての者が死んでいた。俺自身が確認した。場所は炭鉱だ。信じられないなら自分で見てくるといい」


「・・・・・・・・」


 説明するガウェインの言葉を、シャルはもう聞いていなかった。呆然とどこか遠方を見つめている。その様子を心配してガウェインが声を掛ける。


「シャルロット、大丈夫か?」


「え? あ、はい。まあ」


 一瞬ここを離れていたかのように今のこの場を取り繕おうとするシャル。


「・・・・・お前、ユタとは仲が良かったのか?」


「いえ、別に」


 自然に否定の言葉が出た。ユタはどうしたと尋ねておいて否定のしようもないのだが。


「そうか。すまない、お前の協力を無―――」


「違うって言ってるじゃないっすか!!」


 思わず声を荒げてしまった。らしからぬ怒声にガウェインが目を開いてシャルを見つめる。


「あ、いや」


「・・・・・・・」


 口を噤んだガウェインはしかし尚更シャルを痛ましげに見つめる。


「もういいっす」


 辛うじてそれだけを告げると、シャルはガウェインに背を向けた。


 脇目にセラを一瞥する。その様子が憔悴しきっていることが何よりも事実を示していた。集団にのしかかる重苦しい空気は、生存者を隠す演技などではなかった。


 ユタは死んだのだ。









 足早にミツメの町を歩く。向かう先はギルド本部。どうしてそこを目指したのかは分からない。足が自然と向いていた。


 本部に入ってすぐ、正面の受付に立つギルド本部長が目に入りその理由に気付く。自分はその橙髪の幼女に怒りを覚えていたのだ。


 シャルはその幼女を睨み付け、歩みも荒く正面に立つ。その間その幼女もまたシャルの瞳から目を逸らさなかった。なんら恥じることはないという自信を持った顔。そして、どんな非難も受け入れる覚悟を持った瞳。台の上に立っているのだろう、カウンターの向こうの高い位置からシャルを見下ろしてくる。


 その視点の高さの違いが、覚悟の違いだと言われているようだった。


 だったら。


 その幼女を前にシャルは朗々と告げる。


「リアン城下町に行ってくるっす。勇者を手伝いに」


「そうですか」


 それだけが用件だったとシャルは踵を返し本部を後にする。


 以前からシャルに向けて出されていた勇者が召喚された時、同行せよという国からの要請。ギルドに入っていないシャルにそんな依頼が出されているのは、それだけ特別視されているという事だった。


 今までは断っていた要請だが、気が変わった。


 自分が衝動的になっていることに気付くのは少し後の事だった。







 義勇軍の帰還に騒ぎ立つ冒険者に紛れて、シャルはその場に立ち尽くす。


 どうしてユタは死んだのか。何を間違えたのか。どうしていれば良かったのか。


 間違っていたとして、ユタを死なせてしまったとして、それでもシャルのしたことは、ユタの為になったのだろうか。


 ユタの為に何か、してやれるのだろうか。


「って、馬鹿っすね。本当に」


 ユタの為に何かしてやる義理など、破門にした今ありはしないというのに。


 それでも、ユタが最後に望んだものを実現してやるくらいは。


「うっし」


 シャルは顔を上げる。


 知らない冒険者が、独り言を呟くシャルを怪訝そうに見ながら通りすぎていく。


 姉に、死んでほしくないと、ユタは願っていた。


 ユタの姉は知っている。盗賊団のリーダーだ。名をセラと言ったか。先ほどもガウェインたちと共に帰還しているのを確認した。今にも自害しそうなほどに絶望してはいたが、生きてこの町に帰ってこれ・・・。


 そう考えたところでシャルはようやく自分が見た筈の異物を思い出す。


「・・・・え?」


 ユタの死に気をとられていた。だから気付くのが遅れた。いや、気づきながら流してしまった。自分は見たはずだ。消沈したセラを。死に惹かれている姉の姿を。


 何故あれが。どうしてあれが、生きて帰ってこられた?


 あれほど死を身近に置いて、どうして生きていられる?


 シャルは知っている。彼女が今、どれだけ辛いか。彼女が今、どれだけ死を望んでいるか。


 なのに、生きている。その事実にシャルの肌が粟立つ。




 その時、シャルより少し遅れてギルド本部に来た義勇軍の一行が、シャルの横を通り過ぎていく。


 ガウェインを先頭にして進むその隣にセラは居たはずだ。


 だが、そこにセラはいなかった。


「・・・・・・」


 そう言えば禁書が一冊、無くなっていた。







 次にシャルが訪れたのはミツメの町の町長の屋敷。町長の娘、歌姫と呼ばれるフィブリルの居宅でもある。


「邪魔するっすよ」


「邪魔するなら帰って欲しいの」


 礼儀などどこへやら、シャルは町長宅に土足で踏み入ると、声がした方へと突き進む。そしてフィブリルを見つけると早速切り出した。


「ユタが死んだっす。ガウェインの口ぶりだと他にも何人か死んでるみたいっすね」


 会話においても無作法に淡々と事実を告げる。そこにシャルの感情は無い。


「むっ」


「なんすか?」


 知らせを聞くなり眉をひそめたフィブリル。


「ガウェインが先にシャルに伝えたことが気に食わないの」


「どうでもいいっす」


 フィブリルの拳が微かに握られているのを、シャルは見て見ぬふりをする。


「それで、どうして私のところに来たの?記憶違いでなければ私とあなたは犬猿の仲だったはずなの。ちなみに犬は私なの」


 暗にお前は猿だと。


 けれどシャルはフィブリルのおふざけをガン無視して自分の用件を続ける。


「弟を亡くしたセラは荒れると思うっす。だから彼女の面倒を見てあげて欲しいっす」


 あまりにも真面目なお題目に仕方なくフィブリルも真剣に応じる。


「面倒を見ろ?言われるまでもないの。それ以前にユタが死んだのは私たちの責任。その責任はとるの」


「そうっすか。なら良かったっす」


 安心したように言っているが、それでフィブリルの疑心が消えるわけもない。


「・・・・・何を企んでるの?」


 どう考えてもこんなことをシャルが聞きに来るのは不自然だ。フィブリルは物凄く怪しいものを見る目でシャルを見る。


「企むだなんて人聞きの悪い。セラには前を向いて欲しい。それだけっすよ」


 シャルは本当にその話を終わらせた。






 実験前の大事な準備が済み、後はセラに直接会いに行くだけだ。シャルはフィブリルの部屋を退出しようとする。その前に気になったことが一つあった。


「ひとつ聞いていいっすか?」


「だめ」


「どうしてあんたはガウェインに同行しなかったんすか」


「だめって言ったの」


「うちはあんたが嫌いっす。だからどんな理由でもこれ以上嫌いにはならないっすよ」


「言ったところでメリットが無いの」


「そっすか」


 用が済んでしまった。これ以上フィブリルの部屋にいる理由はない。


 シャルは立ち上がりフィブリルに背を向ける。


 その背に、気が変わったのかフィブリルは回答する。


「私が一緒に行ってたら、ガウェインはきっとそこに死に場所を見つけちゃってたの。たとえ私の歌で救える命があったとしても、それでガウェインが死ぬのは、それだけは嫌なの」


 なんだ、そんな理由だったのか。もっと大層な理由があるのかと思った。


「我儘っすね」


「お互い様なの」


「あんたのこと、ちょっとだけ嫌いになったっす」


「悪化したの。話が違うの・・・」













 トアル遺跡の中、隠し部屋を目指して歩く。あの後、町で大量の物資を買い込んだ。一人で旅をするにも複数で旅をするにも十分な量だ。しかし、持って行きたいものは隠し部屋にもある。


 今はその回収に立ち寄っている。


 くろすけに運んで貰おうとしたら頭を振り拒否された。ひどかった。


 トアル遺跡の通路を薄暗い表情で歩くシャル。 


 途中でいくつかの敵の反応を感知する。更にその魔物たちに囲まれている一つの反応。


 セラのものだった。


 シャルは黒いローブのフード部分を頭に被って、ため息一つ歩き出した。





「いつからここは自殺スポットになったんすかね」


 冷たく呟きシャルは魔法陣を展開する。


 どうしてあなたがここにいる。


「え?」


「『炎撃・走狗』」


 どうしてユタの遺志を無駄にする。


 シャルが放った魔法。獲物に食らいつく獣のように魔物に襲い掛かるそれは、接触と同時に膨れ上がり爆発を引き起こす。


 辺りが白光に染まる。魔物が一撃で消し飛ぶ威力。中心にいたセラはひとたまりもない。爆風に抱かれ、セラは一瞬にしてHPを失った。


「実験体ゲット。ふは」


 シャルが空笑いする。ユタという実験体を失った直後になんという幸運だろうか、その姉が手に入ったではないか。


 ・・・・・なんて。


 ずるずる、ずるずる。


「ふひひー」


 黒いローブをまとったシャルはセラを引きずって遺跡の奥へと進む。


 ああ。やっぱり自分はどこかズレているらしい。


 泣けばいいのに。


 涙が出ない。











『呪い』

 強き意志をもって願いを叶える力。あらゆる魔術の本初。その力は死に際にこそ強く発揮され、絶大なる呪縛となって、その最後の願いを叶える―――





 シャルは、以前ユタに読ませた本の一節を読み、目を閉じる。


 ユタは、一体最期に何を願ったのだろうか。


 シャルのベッドに眠らせたセラ。それを見ることはせずに、目を開いたシャルはその上を見上げる。



―――――。


 ――――――。



 シャルの前で、姉に憑りつく呪縛霊は考える能力もなくただゆらゆらと揺蕩っている。


 セラに惨たらしい生の呪縛を押し付けて、彼の願いは叶ったのだろうか。









 目を覚ましたセラと適当に話をつけ、部屋を預けて旅に出る。研究の産物である『カグアの魔眼』をはじめいろんなアイテムや本をあげてしまったが、それでセラが生きるのなら安いものだ。


 くろすけの背に乗り、向かう先は天下のリアン城、その城下町。


 勇者様に必要としてもらえるだろうか。うまくアシストできるだろうか。不安に思いつつもリアン城下町に到着する。


「えっと、フレンドリーファイアはしない。一緒に戦う、手加減する。それから・・・変な道具は使わない、指図しない、無視しない、死なせない、目上の人には敬語を使う。後は、後は」


 これまでの経験から気を付けるべきことを上げていく。長い付き合いになるのだ。出来れば勇者様と仲良くなりたい。


 そんな風に先のことに思いを馳せながら、シャルは、一度リアン城を確認しようと城を訪れた。








 第?話




「は・・・・え・・・?」


 リアン城を訪れたシャルを迎えたのは惨状であった。


 リアン城を見上げたシャルの顔を熱風が撫でる。赤黒い炎が天をつかんばかりに燃え盛っている。


 王族の住まう城が、最も安全であるべきその場所が、黒と赤の入り混じった炎に包まれ、燃え上がり、朽ちていく姿。破滅の始まりを前にしてシャルは一時呆然とする。


「おいどういうことだ!?どうして城が」「知るかよ!」「まさか、魔王が」「誰か氷魔法を!」「陛下は無事なのか!?」


 また、死ぬのか。


 人が。誰かが。うちの目の前で。


 水、魔法。駄目。使えない。


 なら。


「『結界』」


 一言呟いたシャルは燃え上がる城の内部へと突き進んだ。


「おい!あぶねえぞ!!」


 心配する声さえ煩わしく、シャルは黒い炎の海を突っ切って城内に踏み込んだ。





「誰かいないんすか!!?誰か!誰かーーーー!!!」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 無音。


 叫んでみるが返事は無い。多くの者が煙に巻かれ、息絶える惨状―――では、ない。まるで避難が完了した火災地のように誰もいない。


 鼻につく人を焼いた匂い。多くの者がここで焼け死んだ匂い。なのに死体が一つも無い。消滅するほどの時間は経っていないはずなのに。


「誰か」


 魔力感知でも反応が無い。まさか本当に誰もいないというのか。本当に避難が完了していたというのか。それならそれでいい。シャル一人の徒労で済む。


「でも・・・・」


 その時、研ぎ澄ませていた神経が、ほんの小さな、ほんのわずかな反応を掴む。生きた人間の反応を。


「いた・・・!」


 反応に従い、燃え上がる城内を一直線に突き進む。立ち並ぶ扉の中でも一際巨大な扉の前に立ち、手で開けることはせず魔法で吹っ飛ばす。


 その先は玉座。おそらく謁見の間であろうその場所に、一人の男性が蹲っていた。地面に拳をつけ、何かを悔しがるような姿勢のまま微動だにしない男性。死んでいるのだろうか。


 周囲を見渡せば恐ろしい破壊のあとが見受けられる。


 ともかく一刻の猶予もない。シャルはその男性を魔力で浮かせると、自分を追尾させるようにして走り出す。


「くそっ、くそっ、くそおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 思い出したように男が絶叫を上げ暴れ始める。幸いシャルの魔法が揺らぐほどではない。


 そのまま男性を連れて城を脱するという直前、いや、直後にシャルの全身を悪寒が包む。


 違った。


 魔力反応がどこにもなかったんじゃない。


 城すべてが、隙間のない濃密な魔力で埋め尽くされていたのだ。我を忘れていた突入時には気づかなかったが、出た瞬間にようやく気づく。城の中にまだ何かがいる。恐ろしく強大な魔力の持ち主が。そしてその魔力に押しつぶされるようにして存在を消された、救出を待つ者たちが。


 この人を置いてまた戻るか。男性を安全な場所に転がしながら考える。無理だ。もし中にいる何かに出くわしでもしたら、死ぬ。そう考えたところで背後の城が崩れていく。石を基礎にして造られた城が炎の熱で崩れていく。


 その時には既に禍々しい魔力は消えていた。


 そしてその陰に埋もれていたいくつもの魔力反応が現れ、城が崩れると同時に消えていくのを感じた。


「・・・・・・」


 絶望、恐怖、徒労、後悔。なんだろうこの感情は。


 シャルはよくわからない感情の中、力なく座り込んだ。





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