魔法使いの弟子(Ⅵ)
魔女の部屋。そこにはシャルが住み着く前から存在する、不思議な道具がいくつもあった。
「師匠、これはなんですか!」
「それはペンです」
「ペン!?これが!? じゃあこれは?」
「いいえ、彼はジョンではありません」
「師匠、聞いてる?」
「わたしは元気です、ありがとう。あなたはどうですか?」
「聞いてないよね!」
「もちろん」
「ひどい!」
しばらくしてシャルの研究が一段落する。素材が足りなくなってきたので弟子を派遣して調達したいのだが、何故か弟子は部屋の隅でのの字を書いていた。
「何かの修行っすか?」
「いじけてるんだよ!」
「なら鬱陶しいので出てけっす」
「少しぐらい構ってよ」
「弟子の癖に」
「師匠にとって弟子って何!」
「でっち」
「近いけど!!」
「それでこれなんだけどね」
シャルの注意を得たところで、ツッコミは置いといてとユタが指差したのは、女性の頭に足が直接生えたような気味の悪い置物。御札がぺたぺたと貼られている。
それを一目見てシャルはああと頷く。
「それは封印されし紫の魔女っすね」
「え?」
何それ。
という感じでユタが呆気にとられる。
「昔この辺りで悪さしてた紫の魔女の成れの果てっす。この辺りに伝わる魔女の噂の張本人っすね」
「ななな、なんでそんなどえらいものがここに!」
「さあ? 当時何があったかなんて知らないっすし、本人に聞く気も起きないっすからね。ちょっとMPが足りないときとか、これから吸収出来たりして便利っすよ」
「使い方!」
「じゃあこれは?」
今時珍しい羊皮紙に黒のインクで、「ケルヴィン」と書いてある。
「それは四代目勇者のサインっすね。多分本物っす」
微かな魔力の残滓が感じられる。強い魔力の持ち主だった証拠だ。
「なんでそんなものがここに?」
「さあ。歴代のここの住人に勇者ファンでもいたんじゃないっすか」
「あ、脇に「最愛の妹 セルシウスへ」って書いてある」
「妹にサインとか」
「じゃあじゃあ、これとかは?」
続いて指差したのは何のへんてつもなさそうな黒い石。それに目をつけるとはお目が高い。
「それは賢者の石の失敗作っすね」
「なんでそんなものが」
「うちが以前作ろうとして失敗したやつっす」
「師匠のかい!」
「作ってるときに突然大きな扉の前に立っていた時は驚いたっす」
「それかなりやばくない!?」
「入ってみたら、みんないい人たちで」
「入ったの!?誰かいたの!?」
「じゃあこれは?」
「―――」
などと、しばらくユタが興味を持ったものを指差しその解説をシャルがしていく。
「なんかもう危険な部屋だってことはわかった」
「まあ、わからないものは触らないことっすね」
師匠と弟子は今日も平和だった。
⑥信じて送り出す
今日も今日とてそんな平穏な一日だと思っていた。
シャルは自室にこもり研究を続け、足りなくなった素材を修行と称し弟子に取りに行かせる。シャルにとって都合の良いシステムは弟子が成熟するまで続くはずだった。
ユタのその言葉が発せられるまでは。
「明日、姉さんが魔王討伐に行くことになった」
青天の霹靂、ではなかった。曇天である事もわかっていたし雷鳴の予感もあった。シャルは研究の手を止め後ろを振り返る。
そこにはユタが正座して真剣な面持ちでシャルを直視していた。
「ガウェインさんたち『漆黒の戦火』が魔王討伐のクエストを受けて、その手伝いに姉さんも参加することになった。それにおいらも同行する」
真っ直ぐに事実を伝えられ、シャルの喉が詰まる。いくつかの言葉が出かかるがそれを押しとどめて振り返った体を元に戻す。背中越しにユタが話しかけてくる。
「ほら、最近は呪術師として活躍してたから、それが認められたのかも。でも師匠が呼ばれてないってことはもしかしておいら師匠を越えちゃってたり?」
ある程度呪術師として成長し、魔法――呪術を覚えたユタは、それも活用してクエストをいくつもこなしていた。それはシャルの指示もあってのこと。
それが、彼女の目に留まってしまったようだ。
ギルド本部長。あらゆる方面でギルド全体を管理する、冒険者の長ともいうべき存在。シャルも最近知ったのだが、その正体は普段ギルド本部中央の受付に突っ立っている幼女だという。
今回の件で彼女はシャルにも魔王討伐クエストへの参加を要請してきた。しかし。
「うちは断ったっす。死にたくはないっすから」
「あ。そうなんだ」
声から気まずそうなユタの表情が伝わってくる。
「・・・・・」
「・・・・・・・・えーと」
こんな時何を言えばいいのだろう。そんなことを考えているのだろうか。シャルと同様に。
「今のあんたが行った所で毛ほども役に立たない。むしろ足手まといになるっす」
「そうかもしれない。けど、そうじゃないかもしれない」
話すことが無いなら話さなければいいのに。そんな考えに反して口からは言葉が漏れ出てくる。
「行けば死ぬっすよ」
シャルはつとめて平淡に言葉を発する。不思議な感覚だ。それなりに仲良くなったつもりだったが、別れはそれほど悲しくない。
けれど。ここまで育てた弟子を失うのが勿体なく感じる。
「姉さんを死なせたくない」
死ぬという未来を告げるシャルの予言に、ユタは自分以外のことを語る。ただ、それでも行くのだという意志が伝わる。
「今からでも、ガウェインでも姉でも止めてこいっす」
「それに意味はあるのかな。いずれ魔王軍は来るんだよ」
「時間稼ぎにはなるっす」
「遅いか早いかの違いだよ」
どうしてユタは、シャルに明日の出発を伝えるのだろうか。もう止まるつもりなど無いくせに。
おもむろにシャルは立ち上がり振り返る。座っていたユタがそれを見上げる。
隙だらけの姿勢を見て、シャルは見上げてくるユタの襟首をつかみ、同時に『バインド』で縛り上げながら地面に押し倒す。勢いにユタの口から苦痛が漏れる。
まだ、この程度だ。自分に向けられた害意もわからず、反射でしのぐ経験もない。まだ未完成なのだ。
「どうしてわかんないんすか。抗った所で無駄死にになる。あんたもガウェインも、その姉も」
「抗わなければどのみち死ぬよ」
「だからって死にに行ってどうなるんすか?」
「死にに行くんじゃない。戦いに行くんだ」
「行くなっす」
「行くよ」
「うちの弟子なら、いうことを聞けっす」
「今回は聞けない」
「破門にするっすよ」
「それは・・・・・嫌だな」
困ったように笑うユタの顔を見てシャルは歯を嚙みしめる。どれほど待とうが前言は撤回されない。一瞬たりとも待つことなくそう判断して、シャルはケジメの言葉を紡ぐ。
「なら、好きにすればいいっす。金輪際、うちの前に顔を見せるな。もうあんたは、うちの弟子じゃないっす」
襟首から手を放し、バインドによる束縛を打ち消す。そして元の定位置に戻って腰を下ろした。失敗作に構う時間はない。
その様を、短い間だが近くで見て来たユタはその意味を理解する。
「・・・・・・わかった」
ユタは頷いて立ち上がり確かな足取りでその部屋を後にする。
その途中、振り返って何を思っていたのだろうか。
ずっとシャルと共に過ごした部屋を。
「じゃあ」
「・・・・・・・・」
折角の別れの際に、返事もしないシャルに苦笑して今度こそ立ち去る。最後に言葉を残して。
「ありがとうございました。師匠」
「ばか弟子」
「やっぱダメっすね」
そう言うと、シャルは立ち上がった。
「ここがあの女のハウスなの」
「どこがだ」
「何してるんすか」
所用を思い出して隠し部屋から出てきたシャルの前に二人の人物が立ち往生していた。二人の視線がシャルに向く。
「見つけたの」
指を差される。
「?」
どうやらこの二人は自分に用があって来たらしい。そう言えば見覚えがある。確か。
「すまないがシャルロット、相談がある」
ガウェインと。
「部屋に案内してお茶を出すの」
虫だ。
「フィブリルなの」
案内されるや人のベッドに躊躇いなく腰かけて布団に包まり、脈絡なく名を名乗る引きこもり歌姫。
「どっちでもいいっす。それで何の用っすか?」
「ああ。相談というのは俺たちが最近受けたクエストのことだ。シャルロットは例のクエストを知っているのか?」
「魔王討伐のことなら」
どうも回りくどいと感じるのはシャルに急ぐところがあるからか。話すならさっさと話して欲しい。
シャルの無言の催促に気付いたガウェインが単刀直入に切り出す。
「誰も死なせずに済む方法があれば教えてほしい」
「教えるの」
「クエスト破棄一択っす」
シャルの答えに躊躇は無かった。それが一番だと考えている。魔王なんぞに挑む理由が見つからない。勇者に任せておけば良い。
「それが出来れば苦労しないの」
やれやれまったくわかってないなと、頭を左右に振るフィブリル。
「そんな相談に来るってことは無謀さは自覚してるんすよね」
「ああ。まず間違いなく俺達は敗北する。それを前提に、出来れば俺たちが壊滅したと思わせたうえで全員を生存させたい」
「なんすかその面倒くさい要求は」
「でもあなたなら出来るはずなの。お願いするの。なんなら頭を下げてもいいの」
「んー。なら今すぐその中身の少ない頭を地面すれすれまで下げるんすね」
「方法があるのか!?」
「ええ、まあ」
「ガウェイン、早く頭を下げるの」
「頼む、シャルロット!」
ガウェインが待ってましたと言わんばかりの土下座を見せる。ガウェインのこんな姿見たくなかった。
「いや、そっちの人に頭を下げて欲しいんすけど」
シャルの目がフィブリルに向く。
「このごうつくばりめ」(ぺこり)
フィブリルは小さく頭を下げただけだった。
「・・・・・・・・・・・」
シャルはしばらく無言を続けてみる。
「お願いします。神様、勇者様、シャル様」
フィブリルは嫌々ながらプライドよりも頭を下げることを選択した。それを受けシャルも言葉を続けた。
「敵の攻撃を受けた時、その人が塵一つ残さず消えたとしたらどうっすか。HPを失うと同時に転移魔法が発動する魔法具。それを全員に持たせたら、全滅したように見せかけられるんじゃないっすか」
「「・・・・・・・」」
シャルの提案を受けガウェインとフィブリルが顔を見合わせる。
「でもそんな魔法具があるの?」
フィブリルが当然の疑問を抱く。
「あるというか、作れるっす。ただ材料が無いので」
「持ってくればいいんだな。何がいくつ必要だ!」
意気込みよく尋ねるガウェインに、魔法具一つ分に必要な素材を伝えるとガウェインは早速部屋を後にして、ギルド総力を挙げて限界まで採集してきた。
何故か残ったフィブリルと無駄な時間を過ごしたシャルは、その結果を検分する。
「三十人分っすね」
「ああ、これが限界だった」
採集には資源を枯渇させないための採集スパンというものが存在し、以前シャルが怒られたのはそれに抵触したためだった。そのスパンを度外視して集めた結果の三十人分。ガウェインも必死だったがこれでは到底足りない。
「だが、これで十分だ」
「そうなんすか?」
「ああ。これで協力者全員には行き渡る。残りの者は俺のギルドの仲間だ。俺が生かしてみせる」
「そうっすか」
「シャルロット、すまない。恩に着る」
「ありがとうなの」
「いえ・・・・・・・良かったっす」
そのガウェインたちの言葉になにより安心したのはシャルだったかも知れない。安堵するシャルにガウェインは別の頼みごとを告げる。
「お前には、俺たちがいない間この町を守ってほしい。頼むシャルロット」
「いやっす」
普通に嫌だった。何が悲しくてあの町を守らなければならないのか。意味が分からない。
「守りたかったら、無事に帰ってきて自分達の手で守るっすよ」
「ああ、そうだな。そうしよう」
ガウェインの言葉は義勇軍に参加しないシャルに言い訳を与える、その為に言ったように感じられた。




