魔法使いの弟子(Ⅴ)
ユタが呪術師に転職した翌日。
魔女の部屋。シャルが住居とするトアル遺跡の隠し部屋であるそこに駆け込んできたのは、お馴染みの少年ユタであった。慌ただしい訪問者に決して影響されることなく、シャルは冷静に自らの研究に取り組む。
「師匠!呪術覚えた!やった!」
「はいはい、良かった良かった」
「なんで投げ槍!?弟子の成長だよ!?」
「敬語」
「どうしてそんなに感慨が浅いんすか。ししょー」
「~す、を付ければ敬語になる訳じゃないっすよ」
「敬語って要するに相手をリスペクトする言葉だから、師匠の言葉遣いを真似るのも敬語の一種っす」
「屁理屈っすね。それで何覚えたんすか」
もとより聞くつもりだったシャルは、あえて興味のない素振りを見せつつ続きを促す。ユタは張り切り勇んで自らの術技を公開した。
「『みんなの呪い』!」
「恐」
「『怨みの刻』」
「怖」
「『五寸釘アタック』」
「やっぱ物理っすね」
「どう思う?」
うきうきとシャルの評を待つ弟子に、シャルは言葉に迷うことなく思ったことを告げる。
「呪術の意味、履き違えてないっすか?「呪」というのは、のろい、とも読めるっすけど、まじない、とも読むんすよ?」
「うん。わかってるっす。強い想いを乗せて言霊を発すればそれがのろいになるんだよねっす!」
「もう無茶苦茶っすね」
言葉遣いも魔法の知識も、随分ヘンテコな呪術師が出来上がってしまった。変なことを教えすぎただろうか。『人を呪わば穴二つ。実はこの穴、意外な使い道が!』とか『お手軽!相手を不幸にする殺傷武器百選』とか読ませたせいだろうか。
買ったは良いがうちじゃ読めなかったんすよね。必要性を見出せなくて。
「それで師匠、一緒にクエスト行きませんか」
「はっ?なんで?」
「覚えたからには使ってみたいじゃないっすか」
「それでなんでうちが同行するんすか?」
「師匠に見てほしいっす。おいらが如何に強くなったかを」
「もうあんたの呪術師(物理)としての強さは十分知ってるっすよ」
殴り合いではまず勝てない。
「魔法の強さを見せたい」
いつもの返し(物理)なのに、ユタは涙目になっていた。
「まあ、ちょっとぐらいなら付き合ってやってもいいっすけど」
「そうこなくちゃ。やっぱ師匠は優しいね」
「はあ」
「そこはかとなく面倒くさそう」
「面倒くさい」
「独り言漏れてるよ!」
⑤一緒に冒険する
「クエストってリーダーじゃなくても受けられるんすか」
道中、未だ疎いギルド事情についてシャルが尋ねる。ギルドなんて魔法学園には無かったのだ。採集も魔物退治も自由だった。
「うん。重要でないクエストなら誰でも自由に受けられる」
「つくづく設立に必要な人数がネックっすね」
「うち来る?盗賊ギルドだけど、師匠なら大歓迎」
「お断りするっす。聖職者の資格剥奪されるんで」
「あれ、師匠って魔法使いだよね?」
「回復魔法覚えたかったから一時期、神に仕えてたっす」
シャルがそう言うと、ユタは目を丸くしてまじまじとシャルを凝視する。
「すっごく意外」
「自分でもそう思うっすよ。神なんていないのに、人が作ったでっち上げの福音を有り難がって暗唱させられる。ろくな職業じゃないっす。でも何事も経験値っすからね」
「師匠は神様を信じないんだ」
「当たり前っすよ。神を崇める癖にその宗教名知ってるっすか?『勇者信教』っすよ? 教義は勇者を信じる者は救われる。だから勇者を信じろ、勇者に委ねろ、信仰も未来もタンスの中身も。それって、信じてるのは勇者じゃないっすか。神はどこにいるんすか」
「確かに。でもそんなに凄い勇者は一体どうして生まれたんだろう」
「必要に迫られて、っすよ。集団の生存本能が、強力な一個体を突然変異として生み出す。それだけっす」
「とつぜん、へん?」
「他とは全く違った性質を持って生まれた人のことっすよ」
「えっと、よくわからないけど、人が自力で魔王に勝てる力を持つのなら、多分その仕組みを神って呼ぶんじゃないかな」
「鋭いことを言うっすね」
「師匠の弟子だから」(どやあ)
むかっ。
「でもそれだと結局、その仕組みを作ったのは神だって主張してるに過ぎないっすよ。それに、神をうちらより高い次元の存在と仮定するなら、いてもいなくてもその事実を確かめる術はないっす。議論のむだっすね」
「師匠が始めた話じゃん!」
「始めたのはそっちっすよ」
「そうだっけ」
クエストを受け、出発。
「これ、なんすか?」
目の前に現れた漆黒のもこもこ。
「何って、くろすけだよ。師匠知らないの?」
「知らないっす」
「くろすけ運送のくろすけだよ。食べ物を掲げて、くろすけーって呼ぶと一瞬で来てくれる」
「何で今呼んだんすか」
「くろすけはねー、なんと背中に乗っけて目的地まで運んでくれるんだよ。一度自分で行ったことがある場所限定だけどね」
「はー」
――ぬおーん、ぬおーん
「早く走りたいって。行こう師匠」
ひらりとくろすけの上に乗って、手を差し伸べてくるユタ。
その手を無視して、シャルはユタの後ろに飛び乗った。
手と足から伝わる柔らかくてどこか懐かしい感触に、シャルはこの生物を大層気にいった。
そしていつもの迷えずの森。
討伐依頼の一角イノシシが現れる。
「じゃあ、いっくよー!『みんなの呪い』!」
ユタの魔法発動と共に漆黒の魔法陣がイノシシの足元に現れ、地面が黒い泥に変わる。
――しかしこうかはなかった。
しかし魔法陣はすぐに消えてしまう。
「なんで!」
「そのイノシシに向けられる怨みがないっすからね。もし仮にあんたがそのイノシシに倒されたとして、その怨みを正確にその個体だけに向けられるっすか?」
「無理だ!」
「そういうことっす」
―― 一角イノシシの突進!
「当たると死にかねないからちゃんと避けるっすよー」
「分かってるけど!」
――ユタはかろうじてかわした!
依然攻撃力特化のユタは防御が紙である。呪術を覚える前は何故か物理で殴ってくる魔法使いだった。それが呪術を覚えてどう変わるのか。
「ならこれはどうだ!『怨みの刻』!」
鬼女の面が現れ、パカッと開いた顎がイノシシを挟み、そして砕く。
――999のダメージ!
――一角イノシシを倒した!
「やったよ師匠!」
「そうっすね」
「もっと喜ぼうよ!」
「いや、まあ、固定ダメージとしては最高峰っすけど、HPが999を超える魔物は珍しくないっすし、喜ぶことでもないっすね。成長の余地がない分、そこらの上位魔法には劣るっす」
「・・・・・・・ひどい」
だが攻撃力しか高いものがないユタには最適と言える。最初から狙っていたことだが。
「怨みというものは殺生と犯罪を業とする人間にこそ集まりやすい。あんたの呪術はその怨みを顕在化させる力。999ダメージというのも、多分人間のHPの最大値っすね。ようは対人戦に特化してるんす。魔物相手や平時に使うには、多少使い勝手に欠けるみたいっすね」
「うぐぐ」
「不満っすか?」
「そりゃそうだよ!おいらは魔族相手に渡り合える力が欲しかったんだ!人しか倒せないような力なら呪術師になった意味がない!」
「・・・・・・そうっすか。なら、あんたは何ができるようになりたいんすか?うちの弟子になりたい、魔法が使いたいって言ってるっすけど、具体的にどうやってお姉さんを助けるつもりなんすか?」
「そりゃ、傷ついた人を回復したり、強い攻撃を撃ったり、逆に防いだり」
「ああ。なんだそんなんで良かったんすか」
「そんなんて」
「それなら、うちの部屋にある本を適当に読み漁ってれば、自然にできるようになるっすよ。うちに師事することもなかったっすね」
「え。ちょっと待ってよ。ならどうして・・・・。今まで教えてくれてたのはなんだったんすか」
シャルの手のひら返しにユタは動揺する。それに小さな嘆息で答えながら、シャルはユタの考え違いを説明する。
「あんたが言う様な魔法、誰にだって使えるんすよ。そんな力を手に入れて、さあ魔王を倒しに行きましょう?何がしたいんすか。死にたいんすか?」
「・・・・・・・」
「あんたが渡り合いたいって言っているのは、そんじゃそこらの魔法使いを鼻で笑って蹴散らしてきた化物ばかり。あんたのちんけな魔法使い像でどうにかできる相手じゃないんすよ」
「師匠の言ってることはわかる。でも今覚えた呪術でどうしろって言うの!?魔物相手には通用しないって今・・・・・・・あれ?」
ようやく勘づいた様子のユタに、シャルは「出来の悪い・・・」と悪態をつく。呪術が魔族に効かないとは一言も言っていない。
「そうか。魔族はもう、何十、何百という人間を、魔物を、もしかしたら同族でさえも殺してきているかもしれない。その怨みの力を使えれば」
人族が敗勢にあってこそ強さを増す力。シャルがユタに与えたのはそんな力だった。
「まあ、お姉さんの力ぐらいにはなれるんじゃないっすか。それでも、それだけの殺生を行ってきたものには呪いなど歯牙にもかけない実力がつく。実力に格差があれば呪いの力も簡単に無効化される」
「だから、おいらがするべきはあらゆる魔族と対等に立てるよう実力をつけること・・・・・。ってそれをどうすればいいの!」
「ふっ、そんなこと決まってるじゃないっすか。うちに言われた素材を言われた通りに収集してくればいいんすよ」
「本当っすか!?」
「これほんと。シャル嘘つかない」
「嘘っぽい!」
「敬語」
「お嘘っぽいっす!」
「おを付ければいいってもんじゃないっすよ」
途中で逃げ出していたらポンコツ止まりだが、ここまで来たら後は呪術を覚えて伸びるだけだ。上げた攻撃力と覚えた呪術は盗賊に戻っても腐ることは無い。
まあ、それでも魔王には手も足も出るはずがないのだが。それでも生きて帰れる可能性は上がるだろう。
「さあ。理解出来たら、しゃきしゃきクエストこなして、うちに入金するっすよ!」
「はいっす!」
頷かれてしまった。弟子というのも悪くないかもしれない。
「ふっひっひ」
「師匠、その笑い方気持ち悪いよ」




