魔法使いの弟子(Ⅳ)
――トアル遺跡『隠し部屋』
ここが現在のシャルの拠点である。
シャルの古巣、私立魔法学園において優秀な成績を修めたシャルは、もうこれ以上学園で得るものはないと出奔を決意する。その背景にはシャルの研究での行き詰まりがあった。魔法学園周辺でばかり採集を行っていたために自然と使う素材にも偏りが生まれ、シャルの調合研究は限界を迎えていた。シャルの望みは新天地で新たな素材を使ってまだ見ぬ調合レシピを増やしていくことであった。
とはいえ目指す当てがあるわけでもなく、ただ漫然と放浪した結果たどり着いたのが素材も魔物も豊富なこの地方、ミツメの町周辺である。
冒険には最初から慣れていた。学園の課程では素材収集を始めとする冒険スキルは必須であったし、戦闘においても得意ではないが優秀と言える部類だ。単独行動を好む手前、野宿にも抵抗はなく、ミツメの町に立ち寄ることもせずシャルは一人『迷えずの森』を探索することから始めた。
そこから森に秘められた魔力を感じ、『トアル遺跡』を発見し、更にそこに散りばめられた複雑な魔術結界に気付くのは必然と言えた。
そうしてシャルは導かれるようにこの隠し部屋を発見するに至った。調合に必要な大鍋などの設備、学園にも無かった希少な書物に道具、何より薄暗い、じめっとした空間。魔女らしさ満点だった。
シャルは一目見て居住することを決めた。
隠し部屋へといつものように一人帰宅したシャルは、今日の成果である素材を宝箱型保管庫にしまう。
帰り道でサクッと狩ってきたイノシシやらコウモリやらをアイテム袋から取りだし毒抜きすると、風の刃で切り刻み片っ端からどでかい鍋に入れていく。
「ふんふんふーん」
魔法で水を生成し、棚に置いてある香辛料をいくつか混ぜ合わせながら、匂い立つスパイシーな香りに軽く頷く。
調合と料理は似ているというが、量を間違えれば即失敗につながる調合に比べて、ある程度融通の利く料理は片手間でこなせる楽な作業だった。もちろん料理もこだわれば雫一滴で変わる世界なのだろうがシャルがそこに興味を惹かれることは無かった。
「・・・・・・・ふーむ」
それにしてもあのアンデッドはどうやって逃げ出したのだろうか。別に閉じ込めてはいなかったからこの部屋から抜け出すことは可能だ。だが意思もなくランダムに移動する魔物がこの複雑な遺跡から脱出することなどあり得るのだろうか。
まあ、いいか。あの変な少年も無事だったわけだし。
「あれは本当に素材を持ってくるんすかね」
ひとり呟くのは先程少年にした要求。シャルとて本気で言ったわけではない。素材が手に入るのであれば有り難いが、世の中タダより怖いものはない。受け取った所で師匠認定されるのは嫌だ。適当なところで諦めてくれるのならそれでよかった。
それにシャルを師匠とするなら、教えるのは魔法関連ということになるだろう。ならば最低限の資質は持っていてもらわないと話にならない。
それこそ、この部屋に自力で来られるほどに。
シャルが自力で見つけた、現在の住居であるトアル遺跡の隠し部屋で、シャルはあの少年の訪問を待つことにした。100パーセント来れないと確信しながら。
「師匠発見!」
「!?」
だから、そんな声が後ろから聞こえたときはさしものシャルも毛を逆立たせた。
「これが約束の『闇中草』10個。耳を揃えて用意したよ!」
にこりと笑う少年のアイテム袋から、出てくる出てくる目当ての素材。
「・・・・確かに」
気づいたときには受け取ってしまっていた。だって欲しかったから。
「これで師匠になってくれる?」
条件を満たされてしまった。これは予想外だ。どうやって言い逃れしようか。
「あー、その前に、あんたはうちの弟子になって何がしたいんすか?」
「うん、おいら、強くなって姉さんを守りたいんだ」
「姉さん?」
シャルの頬がぴくりと動く。どんな無理難題を吹っ掛けようか考えていた性悪人格が鳴りを潜める。
「うん。この前魔王が現れたよね。姉さんは強いからきっといつか魔王軍と戦うことになると思う。その時おいらが姉さんを助けられるように、おいらは強くなりたい。師匠みたいに」
「魔王軍と・・・」
強い決意を持つ少年の言葉を聞いてシャルは察した。この少年の哀れな運命を。魔王軍に敗れるそう遠くない未来を。
気が変わった。
シャルは手を差し出す。握手を求める手。
少年は疑いもせず握手に応じる。シャルはその手を強く握り返し、逃げられないようにしたところで特大の魔力塊を逆の手で作り出すと、少年の眼前にその手のひらを向け、撃ち放った。
「!?」
どんがらがっしゃーん!
少年が派手に吹っ飛ぶ。その拍子にいろいろな道具が地面に散乱し消滅する。それは別に構わない。
「痛い!なんかちくってした!」
けろっとした様子で猛然と起き上がり何事かと慌てている少年。
その反応にシャルは頷く。
この部屋に自力で入れたということは、それだけ魔力素養が高い証である。恐らくは次の部屋の主―――次の魔女を選別するためのふるいなのだろう。少年が入れたあたり魔女(♂)でもいいらしいが、少なくとも部屋には認められた。
そしてシャルが見る限りこの少年は、シャルとはまた違った方向の資質を持っている。
おもしろい。
シャルは自分が乗り気になっていることを自覚する。少年の目指す道は荊の道だ。その先に待つのが死であることは想像に難くない。
だがそれは。
「まだ名前聞いてなかったっすね。うちはシャルロット=ウィーチ。師匠と書いてせんせーと呼ぶっす」
(うちに会えていなかったらの話っす)
しばらくは退屈しなさそうだった。
「おいらの名前はユタ。盗賊。よろしくっす!せんせー!」
良い実験体が手に入った。
『シャルの師匠生活』
~弟子を一人前に育てよう~
①会話
「まずなにをすればいいのかな?」
「敬語」
「え?」
「師匠には敬語を使えっす」
シャルは格下を見下す冷たい視線でユタを見る。
「え、やだよ。だってせんせーおいらよりちっさい・・・」
「破門」
会話は終わった。シャルは目の前の人物を味方にあらずと認識する。
「了解したっす師匠!」
少年ユタは少し素直になった。
いい感じだ。
シャルは師匠という言葉の響きに、満足げに鼻を鳴らした。
②育成
「これから何をすればいいのでありましょうか師匠!」
気を取り直したユタの質問に、間髪入れずシャルは答える。
「魔法使いに転職して、このあたりに魔物を、そうっすね100体ぐらい倒してこいっす」
「あの、魔法使いのレベル1なんすけど」
「知ってるっす。だからレベル上げてこいっす」
「一緒に来てくれるとか?」
「は?師匠に迷惑かけんじゃないっすよ」
「なら皆に手伝ってもらおうかな」
「一人でやるっすよ」
「どうして?」
「うちに仲間がいないのに弟子が仲間持ってたらむかつくっす」
「ひがみだ」
「さっさと行くっすよ!」
「はーい」
少年は出ていった。
「・・・・・・・・。はあ、ついていくっすか」
厳しいことを言ったが正直この遺跡の魔物は強い。生半可な腕では死ぬ。少年が知らないところで野垂れ死んでいたら後味が悪い。シャルは気付かれないように後を追いかけることにした。
「ばればれっすよ、せんせー」
見つかった。あろうことかシャルの隠密をユタが見破ったのだ。
「底知れない才能を感じるっす」
「多分誰でも気づくと思う・・・・」
見つかってしまったものはしょうがない。大人しく同行する。
とはいえ少年一人で戦って勝利した方が経験値効率がいい。一人でやるよう指示したのはそれが一番の理由だ。
シャルの役割は死んでしまった時の蘇生。情けないとなじってやるのだ。
しかし少年は元盗賊の経験を活かし、拳一つで魔物を倒すと、その経験値でレベルを上げさらに一体の魔物を物理で殴る。その後も魔法を使うことなく物理でレベルを上げていく。
これが新しい魔法使いの形か。
シャルは神妙に頷いた。
こうして、シャルは一人の弟子を持つこととなった。
やがてシャルの力かそうでないのか、ユタという少年は目覚ましく実力を開花させていく。
『魔法使い(物理)』へと。
「って、なんでやねん!」
少年が唐突にツッコミを行う。
「どうしたんすか」
数日の師弟関係を経て、シャルとユタは長い時間を共有することになった。シャルの住居である隠し部屋にユタが居ようが居まいがシャルは特に何も思わない程度に、気を許している。
その時もシャルはいつもの調合を、ユタは師匠の使い走りにされるまでの束の間の平穏をそれぞれに過ごしていた。
そんな中でのユタのツッコミであった。
「なんか違う・・・なんか違うんす!成長の仕方が!」
何か気に食わない様子のユタ。
ここまできれいに物理特化しておいて何が違うと言うのか。ボーナスポイントを攻撃力に全振り。もう完璧な前衛だ。防御力は皆無だが。
『シャルのワンポイントアドバイス』
~ボーナスポイントとは~
レベルアップ時に得られるポイントのことで師弟関係によって生じる弟子の伸びしろである。このポイントを消費して自由に弟子のステータスを上昇させられる。
師匠の独断で。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「まあ、いいじゃないっすか。守破離という言葉があってっすね。もうあんたはばっちりうちの教えを受け己の道を開拓したっす。この後は存分に魔法使い(物理)を成長させていけばいいっすよ」
正直もう手放したい。なんのために存在するのだろうか、この攻撃力だけ無駄に高いポンコツ魔法使い。
「ものすごい理不尽を感じる。というかおいらまだ一回も魔法使ってないんだよ!?魔法使いなのに!」
「魔法使い(物理)っすからね」
「魔法使いの後になにか含みを感じるよ!?“かっこ”ついてない!?」
「敬語」
何か良くないことに勘づき始めたようなので話をそらす。
「・・・・・。なにか魔法教えてくださいっす」
血涙を流し始めそうなユタの雰囲気にシャルもほんのちょっと申し訳なさを感じてしまった。
③上位職
「そうっすね。そろそろ転職の時期かもしれないっす」
「また転職?」
「今回は前回とは違い上位職への転職っす。『魔法使い(物理)』を極めた今、何らかの上位職へと転職できるはずっす」
「そうか。上位職・・・賢者とか召喚士とかっすね!」
「そうそう。賢者(物理)とか召喚士(物理)っすね」
「なんか今も変な含みがあったような」
「つべこべ言わずさっさとするっすよ。で、何に転職できるんすか」
「あ、えっと・・・呪術師だって」
「呪術師(物理)っすか。うちだとなれない職業っすね」
「かっこぉ・・・」
シャルの職業タイプは正統派というか、魔法使いの上が賢者となっている。それに対しユタの職業タイプは魔法使いの上に呪術師が来るようだ。ひねくれている。
それゆえにユタが覚える魔法はシャルが覚えられる魔法とは別物。そんなユタが覚えていく魔法を知るのが楽しみでもあった。
こうしてシャルは一人の弟子を目覚ましく成長させていく。
『呪術師(物理)』へと。
「って、なんでやねん!」
どうしてか弟子は不満げ。
おかしい。どうしてこんなに信頼がないのだろうか。ここまで手間暇かけてやっているというのに、師父の心弟子知らずとはこのことか。やむを得ない、こんな時は。
④贈り物
弟子にプレゼント。
物を与えとけばいうことを聞く。弟子なんて所詮単純な生き物だ。
「ふふふ」
自信満々にシャルはユタにプレゼントを手渡す。
「師匠、これはなんでしょう?」
「呪術師用の衣装っす。何事も形から入るべきっすからね」
さあ、喜ぶがいい。
「黒一色だね」
「やっぱり魔法使いは黒じゃないとっすからね」
あれ、喜ばない。
「それ師匠の趣味だよね・・・」
「人族の共通認識っすよ」
自信満々だったシャルの表情が少しずつ萎れていく。
「前から思ってたけど、師匠ってかなりズレてるよね」
ぐさり。気にしていたことを抉ってくる。
「悪かったっすね。世間知らずで」
どうせ、男の子に何をあげれば喜ばれるかなんて分からない。
「要らないなら返してもらうっす」
シャルがむくれ顔でプレゼントを返せと手を伸ばす。ユタはその手を避けて。
「あーううん、嬉しいよ。プレゼントありがとう。ええと、大切に、うん。しまっておくよ」
「使えっす!」




