魔法使いの弟子(Ⅰ)
「だからどうしてわからないんすか!!あの場でああしなかったら、内側に入られて隊列は崩れてたんすよ!」
ギルド本部に言い争うにぎやかな声が響く。最早日常の光景となりつつあるやり取りに大半の人間は見て見ぬふりをしている。
「だからって味方ごと攻撃するなと!」
「ちゃんと全員のHPが残るように調節したじゃないっすか!」
「そういう問題じゃねえと!」
言い争っているのはシャルロットという魔法使いと、彼女をサポート役として受け入れた弱小ギルドのリーダー(顔と名前は不明瞭)。
口論の内容はクエスト中にシャルがとったある行動について。
「後ろから攻撃される気持ち考えたことあんと?すっげえこええと!?」
シャルが味方もろとも敵を焼き払ったのだ。
「なら隊列崩さないようもっと気を配るんすね!前衛の崩れは後衛の危機に直結してるんすよ!」
「そこは崩された上で立て直すと!」
「そんな怖い戦術とってられないっす!」
「怖いのはお前の誤爆と!」
「誤爆じゃないっす!わざとっす!」
「だから悪質なんと!!てめえとはもうやってられんと!」
「あー!そうっすか!ならもう、こんなギルド二度と手伝わないっす!」
「そりゃこっちのセリフと!二度とてめえなんか連れて行かねえと!」
「というわけで、次のクエストよろしくっす」
「何回目ですか」
気分も新たに、クエストの紹介を求めて来たシャルに掛けられたのは、何故か冷たいお言葉だった。
クエスト用の受付で笑顔の受付嬢になじられる。
「何がっすか?」
「友軍攻撃、単独行動、命令無視、結果仲違い。何回繰り返すんですか?」
「特に目標は定めて無いっすけど・・・今何回ぐらいっすか」
「数えてません」
「うちもっす」
受付の分かりやすい皮肉をシャルは軽く受け流す。
「はあ・・・・それで今度の解散の理由はなんだったんですか」
「戦闘性の違い、っすかね?」
要するにいつも通りだ。いつまでも精神的に成長しない魔法使いにお姉さんは頭を抱える。
「はあ。では以前協力した『漆黒の戦火』さんはどうですか。以前は上手くいっているように見えましたが」
受付嬢が思うに、あそこも大概結果重視の効率派だ。シャルのスタイルに合うと言えなくもない。
「あー、あそこのガウェインはわかる人なんすけど、それにくっついてる虫が面倒で」
「虫?」
「ロールが被っちゃったんすよ。オールアラウンドの戦闘補助、って言えばいいんすかね」
シャルロットという魔法使いは、魔法を幅広く使えるオールラウンダーだ。攻撃、補助、回復、大抵の役割をそつなくこなす。それに被るとなるとその人物もかなりの万能型ということになる。ただ、魔法使いの主な役割である火力がもとより十分に用意されている『漆黒の戦火』で補助という面で被ったとなると。
「・・・・・・それって歌姫さんのことですか」
「そうそう。その夏の夜の虫」
名をフィブリルという彼女もまた、回復からステータス補助、敵の妨害までこなす一家に一台欲しい高性能サポート要員だ。ただ外出すること自体がとても珍しい。とても珍しい。
人呼んで引きこもりの歌姫。
「それで、彼女がどういう風に面倒なんでしょう」
「しばらく戦っているうちにどちらが優秀かという話になって、うちは火力併用、あっちは持続性、ってことでケースバイケースだってガウェインが評価したんすけど、それで拗ねちゃったらしくて。場合によっては私を捨てるのかと不満たらたら。それ以来ガウェインが遠慮してくれって」
「はあ」
つまりガウェインは、フィブリルの我が儘一つでシャルを弾いたということか。
ただでさえ参加が稀な歌姫を、シャルという性能では文句なしの存在を切ってでもキープしておくとは。あの男も辛抱強いというか、頑固というか、盲目というか。
「そればかりは向こうさんも悪いかもしれませんね」
「っすよねー?」
「ところでシャルロットさん、当然、彼女に喧嘩なんて売っていませんよね?」
「バフの上書きは喧嘩売りに入るっすか?」
バフの上書き・・・ステータス補助効果が切れるタイミングで、同じ補助魔法を被せて効果時間を持続させる普通の行為だ。そんなことで喧嘩にはならない。
ただ受付嬢はつい勘ぐってしまう。
「入りませんけど、そのタイミングは?」
「あの人が歌った直後に」
「頻度は?」
「毎回」
「アウト」
折角歌ったのに、直後それを無駄にされたら怒りもするだろう。
「でも、あちらさんも同じことを・・・」
「喧嘩、買われてるじゃないですか」
「ちょっと楽しかったっす」
いつも笑顔を以て冒険者に対応する受付嬢さんであったがこの問題児に対しては渋面を余儀なくされる。
「ともかく差し出がましいようですが言わせてもらいます。あなたは集団行動にとことん不向きです」
「知ってるっす」
「ギルドに向いてません」
「知ってるっす。だーかーらー、単独でギルドを興せるように改善要求を繰り返してるんじゃないっすか。それを受け入れてくれないからサポート枠に入るしかないわけで。仲違いするわけでー」
「ぶっちゃけ、あてつけですよね」
「分かってるならすることは一つっすよ。さっさとうち専用ギルドの設立を、というかクエストの一般開放を!」
またごね始めた。
「姉さん。この暴れる魔法使いになんとか言ってください」
受付嬢妹?の救援要請に対して、どこからともなく姉らしき声が聞こえてくる。
「すみません。クエストを受ける者の安全を考えると、制限なしにクエストを受けさせることは出来なくて。ご理解ください」
単にカウンターに隠れている幼女からだが。
「その建前、もう何十回も聞いてるんすけど」
「何十回も言わせてるんだよぉ、シャルぅ、あんた巷でなんて呼ばれてるか知ってる?」
それまで我関せずを装っていた舐め腐った態度の受付嬢が話に割り入る。
「え、なんすか?二つ名っすか、照れるっすね」
「爆弾魔女」
「・・・・・・・・爆弾魔と魔女を兼ねてるわけっすか。ほほう。ボマジョとかボンバーウーマンとか読ませるんすかね」
「感心してないで反省してねぇ。いつ爆発するともしれない爆弾のように見られてれるからぁ。正直うちにも来てほしくないしぃ」
「またまたー」
「ご冗談じゃないからねぇ」
呆れ顔だった。
「じゃーどうしろって言うんすか!素材が足りないんすよ!あんたらが報酬に設定してる素材、なに独占してるんすか!普通に売ってくれたら買うのに、なんでクエスト経由なんすか!」
「報酬が無いと経済は回らないのです、すみません」
「謝るぐらいなら素材を寄こすっす!いや、むしろうちが依頼するっす。『ギルド本部がため込んでるレア素材を強奪せよ!』報酬は禁書でもくれてやるっすよ!」
ひそひそ
――お、まじか。禁書とは豪気だね。
――ギルド本部襲撃とか一度やってみたかったんだよな。なんなら報酬無しでもいいかも。
――腕が鳴るなあ。
ひそひそ
――まあ、確かに素材求めて何度もおんなじクエスト周回とか頭おかしい氏ね。一度で済ませろだ氏ね。
――あんさん大分ヘイトためてまんなあ。
「さあ!クエスト発注を!」
「すみません。お引き取り下さい。本部まで爆弾解体しようとしないでください」
見えない力で追い出された。
――なあ、あれがそうじゃないか?水色の髪の魔法使い。
――あー。確かにあの髪は目立つなー。なにしたんだっけ、あの子。
――冒険者狩りだって。あいつ一人でここらの武闘派ギルドを一通りぶちのめしたって話だ。
――なにそれすげえ。
――最近は大人しくなったらしいが昔は村ひとつ滅ぼしたって噂もある。
――まじぱねえ!
――お前なんか嬉しそうだな。
――やっぱロリって最高だな!
――お前に話した俺が馬鹿だった。
外に出たところで嫌な会話が聞こえてくる。同時に好奇心に満ちた視線も向けられる。
帰ろう。
「はあー。あと10個が遠いっす」
ギルドを追い出され、町を出て平原をとぼとぼ歩く。なんとやりにくい世の中なのだろう。これからさらに10の適当なギルドを新しく見つけなければ次の研究に取り掛かれない。
どこかに気前よく素材を分けてくれるパトロンはいないだろうか。
そんなよくあるいつもの一日。
シャルが勇者に会いに行く前の出来事。




