第十五話 二本の糸
次に目覚めたのは、見知らぬ一室だった。俺はその部屋のベッドに横たわっている。
「ここは・・・?」
「あ、オーマ。目が覚めた?」
声がした方に顔を向けると、ヒメが隣にいた。
「ヒメ、か」
それだけで無意識のうちに警戒していた心が一瞬でほぐれる。
「うん。もう大丈夫なの?もっと休んでてもいいよ?」
「いや、もう大分回復している」
「そう、よかった」
「それで、ここはどこだ?」
「私の部屋だよ。お城の」
「ヒメの部屋か。なるほど」
「?」
「落ち着く・・・」
「ばか」
呆れるように言う。それでもベッドから叩きだすような真似はしない。
「俺はどれくらい眠っていた?」
「十分ぐらいかな。ほんとに少しだったね」
「そうか・・・・。・・・・は?本当に?俺の魔力が全快してたった十分?」
あの魔法、時間操作は魔力消費もさることながら、疲労が凄まじい。一度使えば戻した時間にかかわらずぶっ倒れる一歩手前まで疲労する。もちろん魔力も枯渇状態。
効率が悪いことが判明して以来使うことは無かった。逆に言えばそれさえ覚悟していればある程度まで無制限に時間を巻き戻せるのかもしれない。
見当違いだった場合死ぬことになるので試せないが。
今回使って、案の定体力は失い魔力はからっぽだった。倒れる一歩手前ではあるので耐えるつもりだったが傍にいるのがヒメだけだったこともあって安心しきって倒れしまった。
その魔力が、いや体力も全快している。
俺の魔力が尽きることなんてまずないが、以前同じ魔法を使ったときは丸三日使ってようやく回復した。それをたった十分で回復したというのだから、ヒメの言葉を疑うわけでは無いが信じられない。
理由があるとすれば、
「ヒメ、このベッドには何か凄い効果があるのか?」
「別に、そういうのは無いよ?」
だとすれば、別の理由・・・、ヒメの看病だとか愛の力だとかそこに謎の効果が?
「ただ、布団に入って目を閉じればどれだけ疲れてても一瞬で元気になるけど」
「それだ」
「???」
よくわからないという顔でヒメがクエスチョンを浮かべる。
「一瞬で回復するなんておかしいだろ!」
「それが、寝る、とか休憩の効果じゃないの?」
「・・・このベッドだけじゃなくて、どこで寝てもそうなのか?」
「そうだよ」
不条理だ。
だが、これなら勇者のあの復活にもある程度説明がつく。死ぬ前に町にでも転送し、一瞬で回復し再び俺のもとへ来たというなら。
・・・俺が確かに殺したという事実から目を背ければ、だが。
「無茶苦茶だな・・・」
「そうかな?」
「・・・それはともかく、何で一緒に布団に入っている?」
「今更だね」
起きたときからヒメは隣に、同じベッドの上にいた。ワンピースではなく、ここでの寝間着姿なのだろうか、黒のネグリジェ姿に着替えて。
「ベッドが一つしかないから」
「そら、お前の部屋ならベッドは一つだろうよ」
「だから、一緒に寝ていました!」
「うん、おかしいよな」
「ん、何が?」
こいつ、本気の目をしてやがる。そこは起きていればいいんじゃないか?どうしても寝たいならせめてベッドが二つある部屋へ行けばよかったんじゃないか?
「一つ聞きたい。俺以外の男とこうして寝たことはあるのか」
「ないよ?子供のころは母様と一緒で、兄様もいつも自分の部屋で寝てたし、外で寝るのは勇者になってからだからシャルとはあったけど」
「まあ、女なら構わんが」
この点ばかりはユーシアを褒めなければなるまい。
「オーマ、嫉妬してる?」
「悪いか?」
「ううん、嬉しい。」
そういって、ヒメは抱き付いてきた。
「むにゅう」
「効果音を口で言うな」
「ごろごろ」
「おい」
「ちゅー」
「・・・。」
キスされた。こんなの耐えきれないに決まっている。
「ああ、もう、可愛いな!」
「えへへー」
今気づいたが、ひめの口調が砕けるのはこうやって甘える時ではないだろうか。つまり普段は敬語ということになるが。
「オーマ~~」
頭をなでてくる。ヒメが。
「なんだ?」
「えらいえらいしてあげる」
「なんの話だ」
「あの戦いで誰も傷つかなかったのも、和平も、お城が直ったのも、全部オーマが頑張ってくれたからだよ」
――なでなで。
「それに一杯可愛がるって約束したから」
昨日の別れ際のことか。
「半分以上お前のおかげだろ。」
「ううん、私だけじゃ何もできなかった。きっと、戦うしか」
「それは、俺も同じだ。ヒメがいたからここまでこぎつけられた」
「じゃあ、私たち二人の力だね」
「ああ」
だから俺だけなでられるのは割に合わない。
「ヒメも偉いぞ」
必死に手を伸ばし俺をなでているヒメの頭を俺もなでる。
「オーマは褒めちゃだめだよ。私がご主人様なんだから偉いのは当然なの」
「なんだ、喜んでくれないのか?」
「嬉しいけど」
「だったらいいじゃないか」
「う~~~~。ふにゃあ」
うなりながら、つとめて仏頂面をしていたヒメの顔がほころぶ。
「オーマはなでるのがうますぎる~~。浮気の可能性がある~~」
快感に語尾を伸ばしながら訴えてくる。
「誤解だ。アーリアとイーガルだけだ。なでたことがあるのは」
「だからそれが浮気だってば・・・。」
「何だって?」
小声で言われたため聞き取れなかった。
「何でもないよ~~」
しばらくお互いがお互いに甘えるような空気が続いた後。
「ねえ。オーマ」
「ん?」
ヒメは俺が撫でるのを避けるように体を起こす。その声にはどこか愛でるような色がこもっていて。
「オーマは私のものだよね」
「ああ。そうだ」
俺の腹にまたがり、俺の頭の左右に手をつき、俺を見下ろすようにしながら、尋ねる。まるで俺を逃がさないとばかりに。
突然のヒメの行動を俺はいぶかしむ。
「私が勇者として、オーマのものにはなれないって言ったから」
「ああ」
その妖艶な紅の瞳に一気にその場の空気が変わってしまう。俺の顔に触れるヒメの髪、薄い生地からかすかに覗く肌色に、俺の興奮は否応なしに高まる。
「でも、今は別です」
「?」
「私は、オーマのことが大好きですから」
ヒメの口調が敬語に変わる。
「王女としての私も、勇者としての私も、同じです。オーマのことが大好きで、愛しています。だから――」
「――私はオーマのものになりたい」
その瞳は俺をとらえて離さない。
「・・・・いいのか?それをいいことに俺は好き放題するかもしれない」
「いいです」
「いいですってお前・・・」
「オーマは私の嫌がることしないから。もう誰を傷つけても私は怒らない。オーマを信じる。ううん、オーマだけいればそれでいい」
「ヒメ・・・」
いつの間にヒメはここまで言ってくれるようになったのか。たった数日の付き合いだが、それでもお互いを知るには十分な時間だった。のか?
やっぱりこいつ、ちょっとチョロすぎないか?
なんて言うのは無粋だな。人のことは言えない。ヒメが俺を信じてくれたように、俺もヒメに完全に心を許すようになっていた。ヒメが愛おしくてたまらない。
「オーマ、私をもらってくれますか?」
「ああ」
迷いなどあるはずもない。最初から望んだ未来だ。今となってはどちらでも構わないという感情もあるが。
「ヒメ、俺のものになれ」
命令する。ヒメは俺のものだから。
「はい!」
ヒメは見惚れるほどの笑顔を、俺にくれた。
俺たちは固く抱き合い、愛し合う。
「それと、もう一つお願いがあります」
「ん?何だ」
もう、何を言われても了解してしまいそうだが。
「オーマにはこれからも私のものでいてほしいです」
「ああ。それくらい、構わんが・・・。・・・・ん?それはどういうことだ?」
ヒメが俺のものになるなら俺が上というわけじゃないのか?
「オーマに可愛がってもらいたいですけど、それだけじゃなくて、私からもオーマを可愛がってあげたいです!」
「・・・・・ああ、そういうことか」
どうやら、まだヒメの認識はそうなっているらしかった。
「それに・・・・一本のつながりよりも、二本のつながりの方が、きっと、離れにくいはずです」
「・・・・・・そうか?」
「うん!」
よくわからん理由だが・・・。
「じゃあ、まあ、好きにしてくれ」
離れずに済むというなら否は無い。
「オーマ!大好きです!」
「ああ、俺もだよ」
「ちゃんと言ってください」
ぷぅと頬が膨れる。ああ、つつきたくなる。
「好きだ。ヒメ」
その日、一日中俺たちは互いの愛を語り合うのだった――
――なんてわけにもいかず、ヒメは軍のもとへ、俺はアーリアのもとへ舞い戻る。軍の帰還、終戦へ向けての調整、それぞれの目的のために。名残惜しかったがこればかりは仕方ない。
「折角着替えたのに、残念です」
「そもそも、何で着替えてたんだよ。」
「・・・・鈍感」
「遺憾だ」
俺だって、できることなら堪能したかったのだから。
和平を早く済ませたいという両サイドの一致により早速国王に日取りを決めてもらう。人族を不安にさせないために俺一人のみの出席を伝えると、リアン国軍が帰還してから直ということで、七日後に決められた。
というわけで期日までに軍を帰還させるためヒメは軍に戻った。
俺はというと交渉の流れ、および結果をアーリアに伝え、さらに四天王を説得する。だがどちらもあっさり済んでしまった。アーリアは国王の了承の理由にげんなりしていたが、「ヒメさんとは気が合いそうです」と和解の気配も見せていた。よかったよかった。
ヒメの方も時間はかかるものの順調に進み、このままなら予定通りにつくということだ。
毎夜、寂しさを晴らすとばかりに『魔王の角』で俺を呼び出し、互いの状況を話あった。もちろん、思いの通じ合った俺たちがそれだけで済むわけもなく、存分にイチャイチャすることとなったが。
「俺、この和平が締結されたらヒメに伝えたいことがあるんだ。」
なんて約束もしつつ、そんなこんなで、七日後、ようやく和平締結の日となった。




