第五十一話 C
――夢を見ている。
一面、真っ白な世界。
とても寒い。
手はかじかみ、鼻の頭が痛い。
止まらない涙が冷気に晒され肌を赤く痛めつける。
だがそれ以上に、腕の中の大好きな人の冷たさが、痛い。
もうわかりきっていた。この人が死んでいることは。
周囲に立ち並ぶ人身を模したかのような氷柱の中心で、『私』は一人涙を流す。
――どうして
――どうして
真っ赤に泣き腫らした顔で尋ねる『私』を、見上げんばかりに巨大な氷狼が、物も言わず佇んでいた。
目が覚める。
またこの感じだ。何か夢を見た気がするのに記憶には欠片も残っていない。忘れるということは覚えなくてもいいことなのだろうか。そんな推測も内容を忘れてしまっては意味が無い。
どれくらい寝ていたのだろうか。宿に帰ってそのまま熟睡。いつ起きるかも考えず全力で寝てしまったために今がいつほどか皆目見当がつかない。
とはいえ、そんなことは外を見れば察しが付く。寝ていた体を起こして窓を探そうとしたところでオーマはようやく異変に気付いた。
(挟まれている!?)
右にはヒメ、左にはシャルがこちらを向いて寝息を立てている。三人で使うには狭いはずのベッドは二つくっつけてあった。
「は、はは」
なんだこの配置は。これでは俺がヒメの犠牲になってしまうではないか。
慎重にシャルと位置交換を・・・。
ぎゅう。
抜け出そうとしたところで、当然のようにオーマの右腕にしがみつくヒメと、左腕に抱き付く伏兵シャルによって阻まれる。
「ZZZ」
「ZZZ」
もちろん二人とも眠っている。
歳や立場はさておいて女性二人に挟まれて眠るというのは男冥利に尽きる状況なのかもしれない・・・・。かもしれないが、この状況を素直に楽しめる程先が見えていないわけでもない。
いっそ開き直ってしまおうか。
というか、逃げられないオチが今の時点で見えてしまっている。
「ま、いいや。もう少し寝よ・・・・・・・・ZZZ」
「何でこうも簡単に、信じられるんすかね」
オーマが寝入ったのを確認して、シャルは目を開くと一人ごちる。
すーすーと、ヒメと並んで寝息を立てるオーマ。
その寝顔を見ていると不思議と心が安寧とする。
どうしてこの人の傍が心地いいのか。分かった気がする。
「お気楽オーマ様」
オーマの腕を抱きしめている自分の体勢を思い出して赤くなりながら、それでも離れようとはせずに。
いずれオーマの叫びによって破られるであろう静寂に、シャルは身をゆだねた。




