第四十八話 解呪
無防備なセラの背中をつい斬り付けてしまった。
が、幸いにして周囲はセラが非業の死を遂げても仕方ないものとして済ませてしまうらしい。
というか生き返るらしい。
「人間って意外と死なないもんなんだな」
しみじみとそんな感想を抱くオーマ。内心では自身の常識と乖離していく現実に悩まされているのだが、それ以上に裏で安堵していた。セラが死ななかったことに安堵していた。
オーマにセラを攻撃するつもりなど無かったから。
体が勝手に動いた。それ自体は不本意ながら初めてのことではない。選択肢を選択した後、その選択肢とまるっきり関係のない行動をとることが誠に不本意ながらよくあった。だがさっきはどうだったか。選択肢は出なかった。なのに体が勝手に動いてセラを斬りつけた。まるでそうしなければならなかったように、体がセラを攻撃した。
今までが楽観的過ぎた。俺は・・・・・病気だ。
・・・・・・・精神系の。
(安心してくださいおじさん。精神系の病気は実は霊現象によるものだということがリーナ的に立証されています)
「どういうことだ・・・?」
(精神病患者の見る幻覚や幻聴は、実際にはおばけです。精神病とは、おばけに脅かされたり憑りつかれたりして精神的に壊れちゃった人のことをいうのです)
「そっちの方が怖いわ!」
俺の病気はお前の所為か!
「え、急になによ!?」
リーナが俺の心の声を拾うせいで俺たちの会話をセラに聞かれてしまった。一人でゴーレムに特攻したかと思いきや、意外と俺たちの行動に合わせるつもりらしい。さっさと先に行って戦ってくれば良いのに。
「一人で喋ってるあなたの方が怖いわよ?」
そんなセラはリーナが存在しないかのように扱う。まるで俺が見えない誰かと会話していたと言わんばかりに。うすら寒いものが背中を走る。
「やめろよ、リーナが存在しないみたいに言うの!」
セラの言い様に、独り言では無いことを証明するために頭上のリーナを掴んでこれ見よがしに突き出す。
「あっ・・・ごめんなさい。人形と会話してたなんて知らなくて・・・」
そして俺がやばい人に!
「リーナっていうのね、その子。ええ、とっても可愛らしいわよ・・・・ええ」
気まずげにオーマから目を逸らすセラ。どうしてリーナの声が聞こえていないかのようなことを言うんだろうか。
(さっきからおじさんにだけ聞こえるように直接心に語りかけてます。かっこが違います)
「いらんことをするな!そんなもん聞き分けがつくか!」
冷静であればリーナに合わせて心の中で会話するくらい出来たんだろうが、今更どうしようもない。
「口で何か言え!」
リーナの体をずいと押し出す。
「おじさんは私にとっても優しくしてくれるんだヨ。こっち側の人間なんだヨ」
「こっちってどっちだ!」
「腹話術まで堪能なのね・・・」
そして先入観から逃れられない!
「くそぅ・・・」
そういえばセラの印象など気にする必要もなかった。
後で病気の件はまともな人間に相談するとしよう。まともな人間で思い当たるのがシャルとたまちゃんくらいしかいないが。
「それはそれとして、お前HP1だけど大丈夫か?」
さっきから表示を赤くしているセラに訊ねる。
「大丈夫よ。毒で死ぬほど軟な体はしていないから」
「そうか。小指の位置取りには気をつけろよ」
そして俺と同じ苦悩に慄くがいい。
偶然とはいえセラへの腹いせも済んだ。この調子であの忌々しい魔女ゴーレムもさっさと消してしまおう。そうだ。どうせ生き返るなら、セラを広範囲魔法に巻き込んでも構わないだろう。
そうとくればやりたい放題だ。
「ちょっと、待ったああああああ!!!!!!」
そこへ叫びの声が響く。聞き覚えのある女の声。
「「「シーファ?」」」
オーマとセラとフィブリルが声に反応する。
オーマが振り返ると、最後衛のヒメ達のところに走ってくるみすぼらしい布の服を着たシーファが見つかる。どうしてシーファがここにいるのだろうか。牢屋に一人残っているはずなのに。
『さっきからうるさいんですよ、蝿共が』
「っ」
冒険者集団の相手をしていたゴーレムがここへ来てようやく暢気に会話している俺たちに敵意を向けた。その中でも大声をあげたシーファへとその矛先が向く。
巨体に似合わぬ吹っ飛ぶような軌道で冒険者を吹っ切ったゴーレムは、オーマ達から離れた位置のシーファの前に着地する。そのまま目を丸くするシーファに対処する暇を与えることなく鋭く殴りかかった。
「!」
あれはまずい、あの位置はヒメにも当たる。ヒメが左手で剣を抜こうとしている。
「・・・・・。」
そうオーマが危機感を覚えたときには、既にアーシェがその間に割り込んでいた。一回転させた槍の刃が剛腕を跳ね返しその反発にゴーレムはよろめく。
「「流石」」
オーマとヒメが異口同音にアーシェを称賛する。そんな二人の言葉にアーシェの頬がわずかに赤らむ。
頼りになる仲間の働きにオーマは軽く笑みを浮かべながら、しかし容赦はしない。魔力を足に込め、一息に地面を蹴る。
鋭い踏み込みに、オーマの体が矢のように飛ぶ。瞬く間に迫る紫の巨体に、振りかぶった聖剣を叩きつけようと全力で振り抜く。斬るのではなく粉砕するための力任せの一撃に、聖剣が応えその刃が自動的に鈍る。
「砕けろっ!!」
「死っねぇ!!!」
偶然にもその一撃はセラの咆哮と重なる。セラが投げつけたナイフが丁度オーマがぶっ叩こうとしているところに突き立った。
ごぉん!!
聖剣によって強打されたナイフを中心に衝撃が伝わり、脆くなったゴーレムの上半身が自重に耐えきれず崩れていく。
そこまでは良かったのだが。
「しまった」
着地はどうすればいいのか。
シャルに教わった魔力制御の一端。足に魔力を込めるという小技で、オーマは高く飛び過ぎていた。ここから落下すれば普通は骨を折るだろう高さだ。だが気付いたところで後の祭り。冷汗を垂らすしかない。
ゴーレムを叩いた反動で推進力を失ったオーマは空を見上げながら落下する。次第に速度を上げ遠ざかっていく遺跡の天井。
ま、なんだかんだでなんとかなるだろう。オーマは目を閉じ、魔力を張り衝撃に備える。
「・・・・・。」
その途中を、ぽふり。とアーシェに空中で受け止められた。
目を開けるオーマの瞳にアーシェの顔が一杯に映る。
「お前はヒロインか」
英傑という意味でそう言ったオーマに。
照れるぜ。とアーシェはオーマを抱き上げたまま応え、綺麗に着地した。
さて、倒したはいいがこれだとゴーレムの特性で生き返るんだよな。
アーシェに降ろされたオーマは地面に散らばるゴーレムの破片をぐりぐりと踏みつける。
上半身を砕かれても破片が蠢いているゴーレムはいずれ復活するのだろう。なら復活を防ぐ方法が必要となるなわけだが。有名な話だと額に刻まれた「emeth」の頭文字を削って「meth」とすることで勝手に死んでくれるらしいが、そんな分かりやすい弱点普通ならまず隠される。
ひとまずはシーファにここへ来た理由を聞くとしよう。
「セラ姐、オーマ、名も知れぬ幼子、ありがとーな」
「・・・・・。」
アーシェだよー。と歩み寄りながらアーシェが主張する。
「近づくな。犯罪臭がうつる」
そんなアーシェをオーマが背中に隠す。幼子を盗賊なんぞに近づけさせてはならない。
そしてオーマはシーファと再び対面する。
「危ないところだったな、脱獄囚?」
「嫌みか!」
「嫌みだ」
「脱獄? よくないわよ、シーファ」
「そこのオーマも脱獄しとるからな!!!」
シーファがそんな下らないことを主張するが、俺は誘拐されただけであって脱獄などしていない。
「じゃあ戻るんですか?牢屋に」
またもリーナが心の声を拾い、聞いてくる。
(俺にはもう戻る場所などないのだ)
「そうですか」
心で答えたために表向きは会話していない。これで変な人にはならないはずだ。
「何で腹話術?しかも独り言」
いきなり腹話術で独り言を始める変な人になっていた。何で今度は声に出してるんだよこん畜生。
「シーファ!」
「お姉ちゃん!」
そこへ、その場にいたフィブリルがシーファに呼びかけ、シーファがそれに応える。姉妹の再会だ。
「フィブリルあたーっく!」
「ふべぇ!?」
しかし腰に手を回したフィブリルのタックルによって、シーファは潰されたカエルのような声を出して地に沈む。ダメージは0。
「妹が盗賊になってるなんて、お姉ちゃんは悲しいの!」
犯罪者の妹に姉は厳しかった。マウントをとったフィブリルは涙ながらにシーファを糾弾する。ぺちんぺちんと頬を殴打する。ダメージは0。
「うちが盗賊なんは昔からやろ!」
「そう言えばそうだったの」
姉の涙は一瞬で引っ込んだ。
「盗賊なんていなくなればいいのに」
その陰でヒメがぼそりと言う。
「そこっ、もうちょっと穏便に!」
「そっか、私が穏便に消していけばいいんだ」
「怖いわ!」
「冗談です。流れに乗ってみました」
「冗談に聞こえへんかった・・・」
俺も同感だ・・・・・・・ヒメに。
「それでシーファ、保釈金はちゃんと払ったの?なんならセラが立て替えるの」
「わたくしが?別に構わないけど」
「セラ姐も気前よーならんでええから!保釈金なんかいらん!」
「盗賊の癖に保釈金とか、不穏当な会話だな」
こんな風にいきなり現れてツッコミを重ねていくシーファ。流石のツッコミ役。口調や背丈、肌の色、髪の色で全く違って姉妹に見えないシーファとフィブリルだが、成る程同じ血が通っていると見える。お笑いの血が。フィブリルはボケ、シーファはツッコミだろう。
「でも、なんか久しぶりやな。ほんまの体で話しすんの」
「それは確かにそうかもしれないの。シーファは迷えずの森に行ったきり帰らぬ人となってたから」
マウントを取り取られながら会話する二人。
「死んでへん死んでへん!そんでお姉ちゃん達はあの後、何しとったん?」
「それはもう聞くも涙語るも涙の愛憎劇なの。セラに遺跡のどこかに閉じ込められた私は、ちょくちょくガウェインが運んでくる食事で食いつないでたの」
それを聞いたオーマがセラに視線を向ける。
「・・・・・・」
セラは否定も弁解もしない。
今のが事実なら立派な監禁だ。この世から根絶すべき最も忌むべき凶悪犯罪だ。
(そこまでですか)
リーナは軽く言うが、ヒメの心に潜む邪悪を知ればそんなことも言ってられない。
「でも、そんくらいやったら引きこもってんのと変わらんやん」
「言われてみれば確かにそうなの」
「「あっはっはー」」
だから耐えられたのかとフィブリルは自分で納得してシーファと二人して笑う。
「この子たちは・・・・本当に」
頭を抱えるセラ。お気楽すぎるのはどうかと思える光景だな。悪いのは議論の余地なくセラとガウェインだが。
「それでお前はそんな世間話に興じに来たのか?それともまた捕まりに来たか。この状況で」
「歌、歌はまだかぁ!」「死ぬって、やばいって!」「放置プレイはあはあ」「誰か!回復役は!?」「いないんだって!そういうパーティだから!」「「「うおおお、みなぎってきたあああ」」」「大丈夫、こういうときのための変態さんだ!」「もうこのギルドいやぁ!」
戦闘中だということを忘れて談笑を続ける小娘達に現実を思い出させる。ゴーレムはもう復活して後ろで暴れているのだ。フィブリルが歌っていないから冒険者たちが阿鼻叫喚だ。
「あああ、有象無象がえらいこちっちゃに!」
慌ててシーファの上からどいたフィブリルが歌い始める。有象無象応援歌。
しばらくは彼女らに任せる。再びシーファに尋ねる。
「それで、なんでここに?」
「あんたを止めに来たんや!」
びしっと指差す先はオーマ。
「俺を?なんで?」
セラと親しい様子のシーファだが、背中から斬りかかったところで復活するセラを心配するのもおかしな話だ。思い当たる節がない。
「うちが止めなな―――」
~シーファの七色声劇場~
オーマ「『黒炎斬』!」
マインド・イーター『ぐはあああああああ』
――マインド・イーターを倒した!
オーマ「・・・・・・・・・・・え」
勝ってしまった。
こうして、ミツメの町に平和は戻ったのだった。ガウェインの消滅と共に。
オーマ「ちょっと待てええええええ!!!!!!ガウェインーーーーっ!!!」
ヒメ「待てと言われてもガウェインさんは戻りませんよ」
フィブリル「ガウェインが死んじゃったの・・・」
セラ「わたくしのせいで。ごめんなさい、ガウェイン」
オーマ「いや、だってあんなにあっさり死ぬとは思わないだろ!?」
ヒメ「オーマの魔力で斬られたら大抵はあっさり死にますよ。だから何度も注意して来たのに」
オーマ「そういうことはもっとはっきり注意しろよ!」
~~終幕~~
「みたいなことになんの!」
「お、おう」
似てた。
「流石オーマ、男に容赦ないですね」
「最低なの。勇者としてあり得ないの」
「マイケル。あなた本当にマイケルよ」
「マイケルを悪口みたいに使うな!マイケルに失礼だろ!」
「・・・・・。」(ガウェインが死ぬのはダメ)
「はい」
なんかアーシェに言われるとすごく申し訳ない気持ちになる。真っ直ぐさは凶器になるな。
気を取り直してシーファに改めて尋ねる。
「確かにお前の邪魔が無ければ俺は黒炎斬するつもりだった。だが、お前のそれはどこから来た情報だ?」
「魔王!」
あほだこいつ。
「シーファは何を言っているの?」
「ねえ、オーマ、魔王ってどういうことなの」
セラとひょっこり戻ってきたフィブリルが揃ってオーマに目を向ける。
「知らん。俺に聞くな」
「とにかく信用できる筋からの情報や!」
「世界一信用できない名前が出た気がするわ」
「ねえ、どういうことなの?」
セラとフィブリルが揃ってオーマに目を向ける。
「俺に聞くな」
聞くならむしろ・・・。オーマはオーマでヒメとアーシェに目を向けてみるが。
「あはは・・・はは」
「・・・・・。」
ヒメとアーシェは目を逸らして何も言わない。
「そろそろ目を開けてもいいでしょうか」
リーナはガウェインの変貌からずっと目を閉じていたらしい。
「そこまで言うならシーファはガウェインを助ける方法を知っているのかしら?」
セラは尋ねながらシーファをためつすがめつ観察する。ただの盗賊仲間以上の関係であることは察するが、魔王の名が出たのを流すほどお気楽なわけでもないようで多少好感が持てる。
「『魔法剣士』がLv6で覚える『解呪』っちゅう魔法を使えばええねんて!」
なんてタイムリーな。覚えたばかりだ。
「それはどこ情報ですか?」
ヒメが訊くとシーファが当然の如く答える。
「魔王!」
「話にならないな」
「魔王ってどういうことよ」
「魔王ってどういうことなの」
「知らんと言っとろうが!人を何度も天丼に巻き込むな!」
「ナイスツッコミね」
「ナイスツッコミなの」
「お前までもか!!?」
セラまでフィブリルと一緒になってボケたためにオーマは声を荒げてしまう。
「おじさんのツッコミ属性もなかなかですからね。いろんな人に突っ込んでますからね」
「黙ってろ」
「はい、リーナちゃんおじさんに目も口も塞がれました」
「えろいです」
「もうほんと嫌だこのメンバー」
「ほんならメンバーチェンジや!」
――メンバーが増えました。編成してください。
戦闘メンバー
オーマ アーシェ セラ
サポートメンバー
ヒメ リーナ フィブリル
新加入メンバー
シーファ
あえて俺を外してみるというのはどうだろうか。
――オーマは戦闘から外せません!
そうですか。
――シーファがパーティに加わった!
だが、『解呪』で解決できるとして、魔王がどうしてそれを知っていたのか。どうしてそれを教えるのか。
・・・・・・。
罠だな。
まあ、ガウェインがどうなろうと構わないからいいけど。
『何人増えようがあなた達にわたくしは倒せませんよ』
ゴーレムの前に俺達は再び立つ。ヒメとフィブリルが再び後退する。
――マインド・イーターが現れた!
「なら見せたる。うちの、いや、うちらの盗っ人道を!」
「・・・・・。」(をー!)
「なによそれ」
「俺を巻き込むな」
「ガウェインは返してもらうで!」
「・・・・・。」(でー!)
なんかシーファとアーシェの波長があってる?
――マインド・イーターの攻撃!
――シーファはさっとかわした!
「オーマ、はよー!」
「えっと、マインド・イーターに『解呪』と」
魔法一覧に『解呪』なるものがあるのを確認したオーマは、マインド・イーターを対象に選択し、魔法を使用する。
――オーマは『解呪』を唱えた
――ゴーレムを守る力が失われた
あっさりと成功する。
「ここで『盗む』や、セラ姐!」
「わかったわ」
「「『アイテムを盗む』!!」」
セラとシーファが同時に唱える。
――セラが『ガウェイン』を盗んだ
――シーファが『セラのナイフ』を盗んだ
「ん?」
シーファが何か余計なものを盗んだ気が。いや、その前にガウェインを盗むってなんだ。ガウェインはアイテムなのか。
「・・・・・。」(人は時にアイテムになりたくなる)
「そうか」
アーシェの言葉が深すぎて怖い。
「ガウェイン!」
中空に現れた半裸のガウェインを、セラが受け止め、地面にゆっくりと降ろす。その脇でシーファが盗んだナイフをこっそりアイテム袋に入れるのを見止めながらオーマは何も言えない。「盗む」が想像の上を行っている。もはや魔法の一種と思えるレベルだ。
まあいいか。
『ガウェインが奪われるなんて!このままじゃ復活出来ないじゃない!』
良い事聞いたし。
「我が手に集え、魔の黒炎」
オーマの手が聖剣をなぞり、聖剣に黒い焔が纏われる。
――ばちばち
アーシェの槍が雷を纏う。
『え、ちょっと待って。まだ言いたいことが!』
「『黒炎斬』!」
「・・・・・!」
オーマの放つ黒い炎とアーシェの雷槍が紫の巨体を貫き飲み込む。
『ぎゃあああああああ』
――マインド・イーターに999のダメージ!
――マインド・イーターに999のダメージ!
――マインド・イーターを倒した!
――オーマ達は4200の経験値と8400Gを手に入れた!
こうして、ミツメの町に平和が戻ったのだった。
「ごほっ、えほ、えっ」
ガウェインが何度がえずきながら徐々に呼吸を落ち着かせていく。
「「ガウェイン!」」
セラとシーファ。
「ガウェイン、良かったの」
そして駆けて来たフィブリルが安心したように静かに呟くと優しい歌声で介抱を始める。ガウェインの救出を成し遂げられたようだ。
くたびれた冒険者達も集まってくる。
「オーマ、ナイスファイト」
同様に駆け寄って来たヒメがオーマの苦労を称える。
「おう」
「終わりましたー?もう目と口を開けていいですー?」
「おう」
「やった」
「・・・・・?」(どうかした?)
おうとしか言わないオーマにアーシェが首をかしげる。
「疲れた」
「あらら。じゃあ宿に帰りましょうか?」
本当に疲れた様子を見せるオーマにヒメは苦笑しながら帰還を提案する。今回も夜通しの活躍だ。オーマが疲れるのも無理はない。ヒメも腕を痛めているのだがその様子は微塵も見せない。
前回リーナを救った時は事が済んだ後夜が明けていたため、徹夜明けで出発することになったのだが。
「はあー。また徹夜するのもなんだし、もういい。今日はこのまま宿屋で休むぞ」
「「はーい」」
「・・・・・。」
ヒメとリーナが元気に返事しながらアーシェは一人黙り込む。それが本来の意味の沈黙であることに気付けずオーマは彼女らを連れてさっさと帰ろうとする。
ガウェインの状態やセラやシーファの行く末など大して興味もなく、後日改めてということにしてフィブリルに手を振って歩き出そうとしたところで。
「お待ちになっテ。マイケルるる」
ひたひたと、水気のある何かが地面を歩く音がする。
まだ何かあるらしい。
ヒメとアーシェ、頭にリーナを侍らせたオーマ振り向くと、視線の先、地面の上に得体のしれない女性の頭部があった。紫の液体を滴らせ、頭部には二つの手が直接生えて地面に手をつき頭を支えている。まるで子供が描いた人物画のような醜い姿にオーマが頬を引き攣らせる。
「酷いリアクショんダネ。まァ構わなイワナ」
頭部についた二つの紫眼がオーマの目を直接見つめる。
「なんだその変なしゃべり方は」
「宿ヌシがイナイトこうなルカラー、だから欲シイの、寄生したいノ、いっほいへー?」
なるぼど。
「『御ネガい』おすしマイケルんるん、わったくぅしをタスけ――」
――ドス
生首に手の生えたような生き物が、瞳を紫に光らせ、オーマに何か要求しようとしたその瞬間、何かが飛来し、その気味の悪い頭部に突き刺さった。
「あ、ぎ、ぎやあ”あああああ”あ”!!!!!」
ぐつぐつと真っ赤に赤熱している棒が頭部の中央で煮えたぎり、急激にそれを内側から溶かしていく。
「な!?」
その光景に驚いたのはオーマを含めたその場にいる全員。誰一人この光景を作り出してはいない。じゃあこの赤熱した棒はどこから飛んできたのか。
疑問に思ったオーマの耳に、後ろから歩いてくる誰かの足音が聞こえる。
「誰だ!?」
誰何と同時に振り返ったオーマの死角を縫うように黒い影がすっと通り過ぎる。
オーマの横を通り過ぎたその者は、紫の頭部の前に静かに立つ。
再び振り返ったオーマがその姿を視認する。黒いローブに、つば広の黒の三角帽子、それらを身に着けた背の低い後ろ姿。それを真正面から見ているはずの紫頭部は脳を焼かれながら叫喚する。
「イヤダ!コナイ、逃げ、ダメいや、ああっ―――」
「・・・・・・」
「死ニタクナイ。助けて、炎が、コワいの、あ、ガ、ガガ、生き、て」
パンッ
耳障りな悲鳴のようなものが根本から消滅させられた。
溶けながら叫んでいた頭部に対して、その誰かは何も言わず、ただその目の前で紫の頭部が消し飛ぶ。飛び散る紫の頭部の何もかもが、誰かにぶつかる前にすべて蒸発してしまった。
「・・・・・・」
その何者かは振り返り、けれどオーマ達のことを視界に入れずに何事もなくその場を後にしようとする。その顔は帽子のつばの下に隠れ、目が合うことは無い。
あまりの光景に固まっていたオーマだったが、すんでのところで我に返りその後ろ姿を呼び止める。
「待て!」
すると意外にも呼び止められた本人は足を止め、オーマの言葉を聞く様子を見せる。
「どうしてお前がここにいるんだよ」
「・・・・・・」
その者のつば広の帽子の下に、水色の髪が辛うじて見られた。
「・・・・シャルっ」




