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第四十七話 NPC

 鼻歌による回復を受け、立ち上がるオーマとアーシェ。


「そっちは大丈夫か?」


「・・・・・。」(こくん)


 あたぼうよ、と頷くアーシェの動きに何かしら不自由な点は見受けられない。かくいうオーマも自身の正常ぶりを自覚している。


 想像するにさっきの鼻歌には痛みや疲労を忘れさせる興奮剤のような効果があったのだろう。軍歌というものがあるように、集団での斉唱には士気を高めたり連帯感、仲間意識を持たせる効果もある。予め訓練しておくことで歌の種類や音の高低で作戦指示も行えたりと、戦場での歌の活用は思いのほか理にかなっていると言える。


 今の現象も感慨深い歌が聞こえたことで気持ちが高揚し、痛みや疲労を気にしなくなったことでHPとMPが回復したのだと説明づけられる。


 問題はその歌が鼻歌ごときであり、なんの感慨も抱くはずのないオーマの傷が完治させられたことにある。完璧に無差別である。


 薬物並の麻酔効果が、広範囲に、無差別に、音で発せられたという事実。


 オーマは鼻歌の発生源へと振り返る。そこに立っていたのは、か弱い少女然とした歌姫フィブリル。


「こえーな」


 オーマは彼女を人体兵器でも見つめるような目で見ていた。





『ふん』


 セラとフィブリルの参戦、それに付随して立ち上がる勇者達を鼻を鳴らして見下ろすゴーレムの姿をとった魔女。どこに鼻があるのかはわからないが不満のある様子だ。


『セラ・・・・どうしてあなたが邪魔をするのかしら。心配しなくても彼らの後であなたは殺してあげますよ?』


「違う」


『?』


 セラが口に出した否定の一言。その意味が分からず、魔女は何も言わずに続きを促す。


「違うのよ。わたくしはただ、一人で死を迎えたかった。こんな風に大勢に迷惑をかけて、ガウェインを犠牲にした死に方なんて、わたくしは望んでない」


 オーマの前に立ってゴーレムと向かい合うセラは、魔女に改竄される以前の、本来の心境を語る。


『そうでしょうか?わたくしには、あなたの自殺願望が周囲を巻き込みたがっているように思われました。憎かったのでしょう?弟を見殺しにしたガウェインが、フィブリルが、おめおめと生き残っている冒険者全てが。だからここまで大事になっている』


 セラの心に魔女は巣食い、セラの死にたいという望みを操り、ねじ曲げて、より多くのものに不幸を振り撒いてから死ぬように誘導した。


 けれどその根本の原因はセラにあった、と魔女は言う。もともとセラにその気があったからこそ、その思考に誘導できた。歪な口を更に歪めてゴーレムはセラを見下ろす。


「違う!」


『違いませんよ。貴方は自らの殺戮衝動を押し殺し、自己殺戮に逃げていた。それでは全然美味しくないのよ。だからわたくしは手を貸した。あなたが逃げないように。あなたが醜くなるために。そして、あなたはそれを受け入れたではありませんか』


「違う!だってそれはあの子が望まないから!誰かを道連れにしたところであの子は喜ばない!そんな方法をわたくしも望まない!」


『意味のない理屈ですね。なら「あの子」は、セラの死を望んでいたのかしら』


「っ」


 オーマに背を向けるセラだが、魔女に言われたことに動揺したのがよくわかる。


 あの子。それが誰なのかはオーマは知らないが、その者が死んだことでセラの思考が狂ったことは想像に難くない。セラにとって大切だったもの。


 そんな相手が、セラの死を望んでいただろうか。答えは恐らく否。


 セラの自分を犠牲にするやり方は、その誰かの想いを踏みにじる行為だ。


『あなたは最初から自分の考えでしか動いていない。ユタの望みになんて一欠片も見ていない。自分可愛さに逃げていただけ。違うのかしら?』


「・・・・・・それは」


「ふむ」


 オーマを蚊帳の外に舌戦は続く。どうしたものかとオーマは迷う。誰が悪いとか、誰の望みだとか、オーマにとっては心底どうでも良い。早く帰って眠りたい。


「・・・・・。」


 耳、痛くない?とアーシェが尋ねてくる。


「いやまったく」


 耳に触れてみるがダメージは無い。


 なら良かった。とアーシェは頷く。


 考えていても仕方ないか。所詮俺には関係のない話だ。


「なあ、その話長くなるか?」


「意味はあるの」


 沈黙の隙に切り出したオーマだったが、後ろからの援軍によって無視される。援軍は援軍でも口合戦の方の援軍。


「本当はもっと早く気づいてほしかったけど・・・。セラが死ねばセラと同じ思いをする人がいるの。それに気づいたからセラはもう自分を殺さない。そしてそれを理解した以上、セラはもう誰も傷つけないの!」


 話に割り込んだのは先程背後で鼻歌を歌ったフィブリル。その熱い言葉に魔女は鼻白む。


 ついでにオーマも鼻白んでいる。その背中をアーシェが気にするなよとぽんぽん叩く。


『それはまた聞こえの良い言葉ですわね』


「事実なの」


 その言葉は堂々としていて、セラへの信頼が感じられる。


「そうよ・・・・。だからわたくしは今まで皆を傷つけた分だけ償って、その後で死ぬわ!それにはもうあなたは必要ないの!消えなさいよ!この害虫っ!」


 フィブリルの援軍を得てセラが息を吹き返す。


 結局死ぬらしいが。


『ふふ。そこまで言われると笑えてきます。ならば言わせてもらいましょう。あなたの意見こそどうでも良いのです。あなたこそ消えてくださらないかしら。最早あなた一人の力でわたくしを止められるはずがないのですから』


「誰が一人だと言ったの?」


 フィブリルが言う。その足は先程から進み続けていたようで、今はオーマを通り過ぎセラのとなりに並んでいる。


『二人だとでも?今更増えたところで―――』


 魔女が二人の抵抗を鼻で笑い、拳を振り上げる。振り上げられた拳が降り下ろされるのを遮るようにフィブリルは叫ぶ。


「『セイレーンの歌声』総員に告ぐ! のっ!」


 それはこの空間全体に明瞭に響き渡り、そこに居合わせている冒険者すべてに届く。


 その間、構わずにセラに降り下ろされた拳は、がきんと金属音を鳴らせて受け止められる。セラではない。一般の冒険者の方によって。


 彼だけではない。セラに並ぶように、ゴーレムを囲むように冒険者が集っていた。


 この町の冒険者はまだこれだけいる。そういわんばかりの壮観。


 オーマには見えない正面で、ふふんと笑ったフィブリルはセラに視線を送る。一瞬セラは苦いものでも口に含んだかのような嫌そうな顔をするが、胸に手を当てるとすぐに声を張り上げた。


「わたくし、セラの名においてお願いします!」


「ガウェインを取り戻すために!」


「この町に平和を取り戻すために!」


 セラとフィブリルが交互に続ける。


「このふざけたゴーレムを」


「「打ち砕け!」」



――うおおおぉぉぉおおおおおおー!!!!




 それが待機終了の命令だったのか、あるいは士気を高める激励だったのかは定かではないが、それまでオーマ達の戦いを傍観していた冒険者達は動き始める。


 それはまるで群れをなして襲いかかる蜂のように。


 あるものは最も近いゴーレムの脚部を斬りつける。あるものは飛び上がってゴーレムの横っ腹を殴り付ける。あるものはゴーレムの頭部まで届く魔法弾を連射する。


 もともとこの集団はオーマを倒すために集められたものではなかった。セラが集めた『セイレーンの歌声』のメンバー。それはガウェインの意向で選出された、誰一人攻撃を止めることなく全員で殴り続けられるよう編成された超攻撃部隊。


 要するにフィブリルの歌と最も相性の良い編成。回復、補助をたった一人に任せ、攻撃だけを続けるこの部隊は、それこそ荒れに荒れたミツメの町が魔王軍の攻撃を受けたとしても最後の反撃を為せるほどに高水準の戦闘力が想定されていた。


『今更あなた方に何が出来ると!』


 足元に群がる虫を踏み潰すように足を無茶苦茶に踏み鳴らすゴーレム。それによって攻撃を受ける味方に構う者はおらず、常に別の冒険者が攻撃を加えている。


「確かにゴーレムの体は不死身かもしれない。けれど復活しようとする間も攻撃し続けられたらどうなるのかしら」


 セラが不敵に言う。それを聞いて、答えを返すようにゴーレムは冒険者の立つ地面へと拳を降り下ろす。密集する冒険者達へ大いに有効となる一撃。降り下ろされた拳を中心に冒険者達が砂ぼこりのように宙を舞う。


『例えどれだけ傷つけられようとゴーレムは復活する。粉々になろうとね。そしてあなた達が永遠に戦うことが出来ない以上、最後に訪れるのはあなた達の死よ』


「それは誤解なの。戦えない私にMPの概念はない。歌はMPを消費しないサポート技。だから私たちは、私が帰りたくなるまで戦えるの!」


 ラ~ラララ~♪


 冒険者のHPが回復する。


 ゴーレムが冒険者たちに与えたダメージを0に戻してしまう歌声。こちらを一撃で倒す手段を持たない相手なら嵌め殺せる物騒な歌。

 更には全員のステータスも上昇させていく。


『そうだったわね・・・・』


 それを一時使う側でもあった魔女は皮肉気に笑う。


「けど~♪もう~♪帰りたい~♪」


「黙って歌いなさい!」


 愚痴をこぼすフィブリルにセラの叱責が飛ぶ。


「黙って歌う~♪ それは・・・・無茶なの」


 ふざけながらも事実として冒険者にリタイアはなく、ゴーレムの岩のように硬質な体を一方的に削っていた。


『それでも、負けがないのはわたくしも同じです』


 そう言うゴーレムの体もまた直ぐに修復されていく。攻撃を受けながらも治る速度の方が速いくらいだ。


「なら、核であるガウェインが奪われたら、どうなるのかしら?」


 突如、ゴーレムの肩の上に現れたセラがゴーレムの頭に囁きかける。


『・・・・・・』


 魔女から笑みが消えた。咄嗟にセラに向かってゴーレムが殴り攻撃を繰り出す。自滅につながる愚行を誘いながら、セラはフィブリルの側へと華麗に飛び降りる。


「答える必要はないわよ。これから試すから」


 着地と同時、ゴーレムから盗んだ100Gを地面に放り捨て、セラは手に装着したグローブをはめ直す。


「一人で無理なら二人で、二人で無理なら全員で。ミツメの町の底力、見せてあげるの!」



――メンバーが増えました。編成してください。



「え?」


 俺の出番ないな、と油断していたオーマに不意の指令が言い渡される。




戦闘メンバー

 オーマ アーシェ


サポートメンバー

 ヒメ リーナ


新加入メンバー

 セラ フィブリル(サポート限定)



「・・・・・なんか増えた」


 編成しろと言われても。この二人を加える気はない。


 取りあえずこのまま決定でいいだろう。



――重要なメンバーが外れています。編成し直してください。



「え?」


 なんか嫌な予感。



・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




――セラが戦闘に加わった!


――フィブリルがサポートに加わった!


 この二人を加えないことには動くことさえ出来ないらしい。


「なんなんだよもう」


 このやるせなさをどこにぶつければいいのか。





「何勝手にパーティに入ってんだよ!」


 セラにぶつけるしかないだろう。


「入れたのはあなたでしょ!」


「強制だったんだよ!!」


「知らないわよ!入っちゃったものはしょうがないでしょ!」


 パーティに加わったセラに向かってオーマが文句を言う。それに対して言い返すセラの様子は意外と元気そうだ。


「とにかく出ていけよ!」


「いかないわよ!」


「なんで!」


「抜けられないのよ!」


「ああ。そうなのか・・・」


 オーマがセラに離脱を命じたところでパーティから外せないと言われる。理解できるだけに強くは言えない。


「ならせめて俺の指示には従ってもらう」


「嫌よ」


「なんで!」


「わたくしはわたくしで動くからほっといてちょうだい!」


「はあ!?おまえ、メンバーに入っておいてそんな道理が――」


「オーマ、ストップです」


「ヒメ・・・?」


「そういうものなんです」


「それだけで説得しようとすんなっつってんの!」


「私からも頼むの、・・・オーマでいい?」


「ああ、えっと、フィブリル、か? 本物の」


「うん。よろしくなの。ヒメの旦那さん」


 ヒメとの口論を遮ったのはフィブリルの一声。差し出された右手を、何のいぶかしみもなく握ろうとして直前で踏みとどまる。


「おい待て」


 軽妙に言ってのけるフィブリルは、なるほど最初に会った時の優しい雰囲気とは別種の、磊落な気質が見てとれる。だがなにか盛大な勘違いがあるようだ。


「俺はヒメの旦那じゃない」


「そうよフィー。この人はマイケルよ」


 セラが会話に口を挟む。まだマイケルなのか俺は。


「あのな、俺は―――」


「浮気症の旦那なの。本人の尊厳にかかわるから言わないけど、ヒメが混ぜてもらえないって嘆いていたの」


「言ってますよ」


 リーナがツッコミを入れる。ああ、うん。ヒメが元凶なわけね。


「もういい。フィブリルは指示に従うんだろうな」


「ううん。私も勝手にさせてもらうの。気が向いたら援護するの」


「自己中ばっかか!!」


「落ち着いてくださいオーマ。命令なら私がいくらでも聞きますから」


 一番自己中な姫様が何か言ってる。


「命令したい願望があるわけじゃない。というかお前はなんでこんな近くにいるんだよ」


「編成されたことで配置がリセットされました」


 またわけのわからないことを言い出す。


「下がってろ」


「はーい。フィブリルさん行きましょうか」


「おーなの」


 ヒメがフィブリルが連れ立って後方に下がる。何故か仲が良さそうだ。ヒメの一方的なものかと思いきやフィブリルもノリノリだ。




「気は済んだかしら?」


「ちっ、なら勝手に動け。フォローはしないからな」


「ええ、そうしなさい」


「行くぞ、アーシェ。これからが本番らしい」


「・・・・・。」(こくん)


「がんばれオーマー!」


「ふれー、ふれー♪」


「私はいつ目を開ければ良いのでしょうか」


 こんな行きずりのパーティ、勝ってさっさと解散しよう。


 オーマは諦めと共に聖剣を構える。


「お前を殺してなあ!!」


 先行するセラ、その背中を聖剣で斬りつけた。


「ひあぁっ!」


 一見すると危ない行為だが、二度見しても危ない行為だ。


「フレンドリーファイア!?」


 ヒメがやっぱりやった!という悲鳴というか歓声を上げる。


「・・・・・。」(こくこく)


 アーシェがわかるわかる、ついやっちゃうよね。と何故か同調してくれる。


 ばたり。


 背中を斬りつけられセラが倒れる。


――セラを倒した!


――1の経験値と0Gを得た!


 セラの懐から奪った金貨袋には1Gも入っていなかった。


「しけてんなあ」


「こら勇者、もっとしっかりしてもらわないと困るの」


 フィブリルが手を振ると数人の冒険者が黒い棺を運んでくる。セラの隣に棺を置くと、セラを中に入れ蓋を閉めた。


 何をしているのだろう。


 しばらくその状態で放置されていたセラ。やがて棺がきらきらと光に包まれたかと思うと、何事も無かったかのように蓋が開きセラが起き上がった。


「何するのよ!」


「うわ・・・。こわ」


「いきなり斬りかかるあなたの方が怖いわよ!次からは気を付けなさいよ!」


「せいっ!」


 ざしゅ。


「がふっ!」


――セラを倒した!


――1の経験値と0Gを得た!


「うわあ、何度も」


 目を覆うヒメ。


「・・・・・。」(こくこく)


 仕方ない仕方ないと頷くアーシェ。


 そして棺に入れられるセラ。


 そして蘇るセラ。


 その棺なんなんだよ。


「やめなさいっていってるでしょ!」


「こわ」


「あなたの方が万倍怖いのよ!」


「セラ、そういうときは同じ反応を返すの。新しいのが出るたびに勇者は繰り返しちゃう生き物なの」


「恐ろしすぎるわよ」


「悪いな。これでも食って元気出せ」


――オーマはセラに『真っ黒焦げ肉』を食べさせた!


「全く、謝るならしないでほしいわ。ぱくっ」


「食べるのか」


「えっ?」


――セラは毒を受けた!


「何渡したのよ!」


「『真っ黒焦げ肉』」


「失敗料理じゃない!」


 セラの頭から危険な色の湯気が立ち上りHPが削られる。


――セラに9のダメージ


「・・・・・・大丈夫か?」


「・・・・・・・・・大丈夫よ」


「そうか・・・」



――セラに9のダメージ




――セラに9のダメージ




――セラに・・・




 ダメージを受けながら戦いに臨むセラを見ていると、申し訳ないことをしたような気になってしまう。




「毒を受けて苦しそうなセラの為にも早く決着をつけよう」


「どの口が言うんでしょうか」


 頭の上でリーナが楽しそうに言った。


 何が怖いって俺の凶行を流してしまう周囲だよな。


「事故ですからね。仕方ないですね」


 何故かいつもより寛容なヒメだった。




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