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第四十六話 やむなき敗北

 勇者一行とボスが開戦するなか、歌姫ことフィブリルはガウェインの成れの果てを見上げる。戦場に場違いなきらびやかな姿は今は狙われることはない。


「ガウェインがえらいことになったの。困ったものなの。全部セラのせいなの」


 勇者に暴行を受けている紫のゴーレムを見るフィブリルはどこまでも飄々としていて、さっきオーマの前で見せたセラをかばう必死さなど嘘のようで、セラは人知れず唇を噛む。


「フィブリル、どうしてあそこで庇ったのよ。わたくしは全ての元凶で、あなたの嫌うようなことだって一杯してきたのに」


 ついセラは聞いてしまう。


 何も言わず、何も聞かず、ただ死を待とうとしていた。けれどその待ち望んでいるものが、もう来ない気がしてしまった。


 振り向いたフィブリルの表情が、その通りだと宣言しているようだった。


「迷惑をかけられた分はきっちり返してもらうの。だけどそれはそれ。親友が殺されようとしているのを黙って見過ごすほど私は薄情じゃないの」


 当然のように言い、実際にそれを実行して見せたフィブリル。愚かと言うしかない行動にセラの感情が発露する。


「そんなことは聞いてないの!あなた自分の立場が分かってる!?精神的にも戦力的にも、もうあなたはこの町の希望なの!そんなあなたがここで死んだら、一体どうなると思ってるのよ!」


 勇者は正義の味方だ。だからといってセラを庇うようなことをすればフィブリルも敵とみなされかねない。敵として、殺されたかもしれない。それをセラは言っているのだが。


「その時はセラが代わりをやってくれればいいの。結構適任なの」


 のほほんと自分が死んだ後の話をするフィブリルに、セラはこめかみをひくつかせる。


「できるわけないでしょう!みんなが望んでいるのはあなたの歌なの!可愛くて、か弱くて、でも皆のために健気に頑張っているあなただからこそ皆ついてくるのよ!あなたは死んじゃ駄目なの!」


「そんなこと言ったって・・・。私は健気に頑張るタイプじゃないし。それに、皆が癒された歌は―――皆が聞きたい歌は、セラの歌なの」


「違う。ちがう・・・。どうしてわからないのよ。皆があなたを望んでる。そうなるようにしたの!悪いのは全てわたくしで、邪魔な存在はわたくし!それでいいのよっ!」


 弟を失ったセラの凶行。他人を巻き添えにした唾棄すべき犯罪者。その末路は死しかあり得ない―――はずなのに。


「だからもう・・・、死なせてよ・・・・・」


 現実はこうしてセラを生かしている。


 セラは力なく項垂れる。それを見てフィブリルは微笑む。縛られて座り込み、低い位置にあるセラに合わせて屈むと、フィブリルはセラを抱き締める。


 たったそれだけでセラの顔がくしゃりと歪む。


「やめてよ。もう十分でしょ?あの子の死は無駄じゃなかったでしょ? いい加減わかってよ。解放してよ。わたくしはもうこんな世界で生きていたくないの」


 それでも駄々をこねる親友に、どこまでも優しい声でフィブリルは囁く。誰よりも近くで、決して聞き逃すことの無い距離で、言葉をぶつける。


「いいわけないの。セラこそどうしてわからないの?私もガウェインもそれでいいわけないの」


「勝手なこと言わないでよ。二人の気持ちでどうこうしないで!」


「二人じゃないの。顔を上げてよく見るの。皆の顔を」


「え?」


 フィブリルの言葉で、セラの中にまさかという感情が生まれ、顔を上げる。そこにあるのはギルド『セイレーンの歌声』のそれぞれの顔。


「そうだぜセラさん。勘違いだ」「私たち誰もセラに死んでほしいなんて思ってないよ」「はぁはぁ、フィブリルたん、はぁはぁ」「あんたの歌も何気に聞いてみたいしな」「二人の歌姫なんてのも有りかも」「ペロペロしたいよお、はぁはぁ」「同情はしても憎んではいないよ。みんな」「んだんだ」「えっと、この中に変態がいるみたいなんだけど」「八割がた変態だから気にするな」「気にするわよ!」


 見上げた先の冒険者の中にセラに憎しみの目を向けるものなどおらず、それどころか皆、友好的な有り様で。


「ほら、有象無象もこう言ってるの」


「「「有象無象言うな!!」」」


「だって誰一人名前を知らないの」


「「「長い付き合いなのに!?」」」


「唯我独尊たん、はぁはぁ」


 フィブリルに自然につっこめるほど、お笑いに染まっていた。


「どうして?あれほど強引に、卑怯な手を使って」


 どれほど嫌われようと憎まれようと害されようと、文句を言えないほどの事をしてきた。騙ってさらって脅して寝取って奪って穢して。全てフィブリルのしたこと、けれど実際にはセラの悪事だと周知されていたはずなのに。恨まないはずがないのに。


 どうして自分が許されている?


 これでも足りないのか。まだ重ねないといけないのか。


 それでも構わない。分からないなら分かるまでセラの悪行を突きつけるだけだ。


「あなたたちの元リーダーは―――人質としてさらわれた人たちは、みんなこの遺跡の奥に捕らえてあった!けれど今はもう火に巻かれて死んだでしょうね、わたくしが放った火で!わたくしはあなた達の仲間をたくさん殺したの!それでもまだ、あなた達はわたくしを許せるというの?」


「?」


 自身の思うとびっきりの悪い顔で、必死に悪い事を言うセラに周囲はきょとんとした表情を向ける。


「セラさんこう言ってるけど、人質ってさっき全員助かってたよな?」


「うん」


「は?」


 セラの悪い顔が驚きによって一瞬で崩れる。そんなセラの様子に、抱き締めていたフィブリルが肩を揺らす。


「まだ帰ってきていない人っているのか?」


「いないんじゃない?」


「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!助かったって、誰が助けたのよ!?ガウェインにそんな余裕はなかったはずよ!」


「えっ?勇者だろ?」


 それは有り得ない。勇者が助けたのはセラ一人だ。マイケルに助けられたのはわたくしだけのはずだ。それを火の海の中で理解したからこそ、マイケルの背でセラは笑っていたのだ。もう取り返しがつかない、と。


「帰ってきたうちの元リーダーによると赤髪の勇者が全員助けたらしいよ」


「赤髪の勇者・・・・、アルフレッド!?」


「それとちっさい方の二人組だったらしい」


「そんなはずないわよ!二人がこの町に来たのは昨日よ!?たった一日で、いえ、三日四日増えたところで、あの遺跡の隠し通路に気付けるわけがないでしょ!」


「気付いたらしいの」


 フィブリルが口を開く。声に笑いが混じっている。


「へ?」


「体当たりで普通に気付いたって。アーシェがそう言ってるって、アルフレッドが言ってたの」


 思い出し笑いをするフィブリルに嘘の気配は感じられない。


 確かに魔法式で隠された通路は知覚できないというだけで存在はしている。通れはする。だからといって。


 すべての壁に体当たりして調べるなんてことを普通するか!?隠し通路があることすら知らずに総当たりで!


「そんな馬鹿なこと・・・」


「それでセラのワル自慢はおしまい?」


 勝ち誇って言うフィブリルに、セラはまだ自分の弾が尽きていないことを思い出す。


「ガウェインを!あなたの夫をさんざん誘惑してやったわよ!あなたを生かすことを条件に、裸になってくんずほぐれずやってやったわよ!絆を利用されて、傷つけられて、それでもまだ許すなんて甘ったれたことを言えるの!?」


 やけくそで言い出すセラにフィブリルの態度は変わらない。


「私の体でガウェインとエッチして、なにか問題があるの?」


「あるでしょう!?中身が違うのよ!?」


「それでエッチはできたの?セラも好きだったガウェインと」


 エッチという単語に『セイレーンの歌声』メンバーが阿鼻叫喚となる。ガウェインを暗殺しよう、そうしよう、の声がいくつか上がる。ついでにあっさりセラの初恋を暴露したフィブリル。


「できてないわよ」


 セラの「まだ」の回答に「おっしゃあああー!」と全力の喜びがいくつも上がる。


 それに驚いたのは何故かフィブリル。


「え、なんでなの?私のこと人質にしたのに?あの紫の目の力もあったのに?それでも駄目だったの?」


「投げ飛ばされたわよ。なんなのあいつ。妻の体で迫られて、人質、強制力と重なってなんで投げ飛ばす選択肢が出るのよ」 


 あの赤髪の勇者が現れた日、満を持して裸で待ち受け、ガウェインを誘惑したあの日、セラはガウェインに投げ飛ばされ撃沈していた。セラ自身操られていたとはいえ、苦い思い出。つい素で悪態をつく。


「ふむ。セラ君。性交回数0、もった回数数えきれず。この意味がわかるかね?」


 フィブリルが気取った口調ながら、少し残念そうに言う。


「せい、こう、もった・・・・? ・・・あ、・・・あ、ああ!・・・・・・・・・あなた最低ねっ!?」


 段々とその意味に気ついたセラがそれまでの話の流れに一切関係なく、ただフィブリルを軽蔑した。


「そういうのは十八歳以上になってからだって、ガウェインが言うの。酷いの」


「流石リーダー」「無駄におかたいぜ」「鉄壁の名は伊達ではないな」「ガウェインめ、同志だと思っていればつけあがりやがって!十八未満の何が不満なんだ!」「お前それ以上はやめろ!消されるぞ」「おっとあぶねえ」「何に消されるのよ」「理?」


「ガウェインの理性は手強いの。セラが破ってくれるならそれでよかったの」


「まさか、それで?」


「ふふん」


「素直に三年待ちなさいよ!」


「やなの」




「それで、もう悪いものは出し尽くしたの?」


「う・・・」


 フィブリルに言われてセラは口ごもる。あるにはある。一杯ある。なのに、どれも通用する気がしない。フィブリルらが怒り狂ってセラを殺す姿が、どうしても想像できない。


 ゴーレム相手に戦っている勇者も、恐らくもうその気はないのだろう。先程も許すような口ぶりだった。


「セラ、いい加減に認めるの。セラが死んで良いはずがないの。だって皆、セラを助けるためにここにいるんだから」


「「「おうっ!」」」


 説得した気になって勢いづいているフィブリルたちを見て、もう誰もセラを殺そうとしないことを理解して、急激にセラの感情が冷めていく。


「・・・・・違う」


 わかっていない。死ぬ理由がないことは、生きることには繋がらない。


「あなたたちは良いわよ・・・。ガウェインがいる。フィーがいる。大切なものが残ってる。だけど・・・・、わたくしにはもうユタが居てくれない・・・。もう、あの子がいてくれないの」


 フィブリル達と違ってセラにはもう未来がない。


 話している途中でにじみ始めた涙を、縛られて拭うことも出来ず、セラはフィブリルに訴えかける。もう何もないのだと。


 あの子の笑顔を一番近くで見てきた。からかわれて困る顔も、セラの不精を叱る顔も、魔物に襲われて泣きわめく顔も、助けられて安堵した顔も、全部、全部、はっきりと覚えているのに、最後に見た弟は、灰になって散りゆく姿。変わらない。何を思い出そうしても、何かで上書きしようとしても、あの死に様がまぶたの裏にこびりついて離れない。


 あの子の死をセラは誰よりも理解している。もう二度と会えないことも、思い出が増えないことも、その最後の瞬間が、何度でも、幾度でもセラに囁く。


「わたくしにはもう、生きる理由がない」


 そこにいる冒険者達がぞっとするほどに感情のこもらない冷たい声。涙とは相反する無の感情が、セラの心の虚空を物語っていた。


 フィブリルはその言葉を聞いて、怒った。


「セラがそう言うならそうかもしれないの。私もガウェインもシーファも、盗賊の人たちだって、ユタの代わりにはなれない。ユタがセラの生きる理由で、それだけセラがユタを大事に思っていたなら、それはそれでいいの。だけどユタがいないからって、セラの生きる理由が無くなるわけないの」


 その安易な否定がセラの癇に障る。


「じゃあわたくしは何のために生きればいいのよ!」


「私のために」


「私のためにって・・・・・な、なにを言い出すの?」


「生きる理由がない?なら私のために生きるの。私の為に馬車馬のごとく働いて、私の為に全てを捧げて、私の為だけに生きるの。それがセラの生きる理由なの」


「そんなの嫌よ!」


「私が駄目ならガウェインが、シーファが、あなたの盗賊仲間が、『セイレーンの歌声』が、いくらでもあなたに生きる理由をくれるの。あなたに生きる理由がないって誰が言ったの?言ってないはずなの。一度たりともあなたの生きる理由を捨てた覚えはないの!」


「勝手なことばかり言わないでよ!わたくしの生き方はわたくしが決めるわよ!」


「決められずにぐだぐた言ってるのが今のセラなの!セラに生きる理由がないなら、私が使う!セラの人生全部私がもらうの!文句あるの!?」


「あるわよ!わたくしはわたくしの自由に生き――」


「そんなん知るかー!」


 勢いのない零距離タックル。ただの押し倒しであるが縛られたままのセラは無防備に受けてフィブリルに覆いかぶさられる。


「なにするのよっ」


「嫌なの・・・・・。失いたくないの」


 セラの胸に顔を埋めてフィブリルはくぐもった声で言う。そこで初めてセラはフィブリルが泣いていることに気付いた。


「死なないでなの。セラと同じ思いを私はしたくないの」


 フィブリルが泣くなんていつ以来だろうか。


「っ」


「生きて」


 駄目。ここで流されては。


「甘えないでよ・・・フィー。わたくしがいなくたって、あなたは大丈夫でしょう?」


 フィブリルはセラとは違う。悲しみに耐えられる。だからわたくしは気にせずに逝ける。


「いやなのっ。死なないでなのっ。セラとずっと一緒にいたいのっ」


 でも、フィーに泣かれたら。


「やめてよ。そんな風に甘えられたら・・・・わたくしは」


「セラぁ」


 涙ぐんだ顔がセラを見つめてくる。その頭に。


 ゴンッ。


「痛いっ!」


「殴りたくなるじゃない」


「頭突きなの!」


 手が塞がっていたから仕方ない。額がじんじんと痛む。


「なんでなの、なんでなの?」


 頭を痛そうに押さえるフィブリルをざまあみろと眺めるセラ。


「嘘泣きが上手くなったじゃない」


「・・・・・・・あー。なんでばれたの?」


 セラに指摘され、フィブリルは目元をぬぐって決まり悪そうに笑う。


「幼馴染みだもの」


 嫌な子だ。


 今のに流されたらきっと奴隷のごとくこき使われることになったのだろう。


 その涙が本当に自然に流れ落ちたものだとしたら、セラにはもうそれを振り切ることは出来なくなってしまう。


 死ねなくなってしまう。




 どうしてこうも強い子ばかりなのか。この町は、このギルドは、ここにいる人は。これじゃあ、一人弱いわたくしが、道化でしかないじゃない。


「なら幼馴染みの代わりに歌うの。ガウェインを助けるの。そして、私を休ませるの」


「・・・いやよ」


「セラ・・・・」


 断ったセラを見つめるフィブリルの表情がとても寂しそうで胸に刺さる。そうだった。こういう子だった。


 普段は自分への好意を利用して好き放題しておきながら、いざこちらが弱っているときは、胸を貸して慰めてくれる。だからわたくしはこの子が大好きで、傷つけたくなかったのに。わたくしの死を邪魔する最大の存在だったから、遺跡の奥に閉じ込めたのに。


「わたくしの本職は歌姫じゃない。盗賊よ。歌なんて歌わない」


「だから?つまり?」


 まるで予想通りの展開と言わんばかりのフィブリルの表情の移り変わりがとても苛立たしい。


「あなたたちに殺されるのはもうやめる。無能ばかりで一向に達成できそうにないもの」


「うん」


 にこにこされる。


「まず今はガウェインを助ける。わたくしが死ぬのはそれからよ」


「うん、それでこそなの」


 勝ち誇って笑うフィブリル。


 都合の良い展開なのは分かっている。だけどここでセラがいつまでも非協力的だった場合に導かれる結末は、セラの死ではなくガウェインの、そして人族の真の希望である勇者の敗北である。


 今まさにガウェインを放置してここに集合していることこそが何よりの証であり、脅し。


 フィブリルは状況を盾にして、セラに言う。


――まだ渋るなら、ガウェインも勇者も町の人も、全員死ぬけどそれでも良いの?


 自分が失っても困るものを平然と天秤にのせて復帰を迫る悪魔に、セラは立ち上がらざるを得なかった。


 ああ、もう。喝を入れるにしてはやりすぎなのよ!


「さっさと縄を解きなさいよ」


「おうさー」


 フィブリルはドレスの下からナイフを取り出す。ヒメに返されていたそれを、セラの手首を縛る縄を切り落とそうと往復させる。


 縄で縛ったのはガウェインだが、そうしてと言ったのはフィブリルだ。正気のセラと話す時間が欲しかった。


「意外と硬い・・・」


 しばらくセラを縛る縄と格闘していたフィブリルはようやくセラの手首の解放に成功する。


 セラの手に、扱い慣れたナイフが乗せられる。フィブリルの体とはいえ、武器を持たないことに慣れなかったセラが服の下に忍ばせていたナイフだ。


「フィー、あのね、ずっと言いたかったことがあるの」


「なあに?」


「その、ね。こんなわたくしの友達でいてくれて、ありが――」


「はぁはぁ、女の子同士の友情、百合かー?百合なのかー?はぁはぁ」


「なんでもないわ」


「あー、そう」


 フィブリルがすたすたとある男のもとに向かう。そしてなにも言わずに。


 ゲシッゲシッ。

「死ねなの、死ねば良いのっ」

「ご褒美です!ありがとうございます!」


「流石だな、あいつ」「変態にかけてはギルド内で一二を争うからな」「このギルド抜けようかしら」




 けどねフィブリル。あなたが許しても、わたくしが自分を許せそうにないの。


 このナイフは、自害用だから。









『あらあら、さっきまでの威勢はどうしたのでしょう? おーほっほっほ』


 攻撃の手を休めたオーマ達に魔女は高笑いしながら攻撃を繰り出す。


――マインド・イーターの薙ぎ払い


――オーマに1のダメージ


――アーシェに1のダメージ


 さらに追撃、追撃、追撃。


 まさに猛攻である。けれど合計でも一桁のダメージ。全く脅威を感じない。


 しかしこれが永遠に続くと思うとげんなりする。アーシェに至っては戦意を喪失してしまったようで槍をしまって暇そうにしている。攻撃を避けるそぶりすらない。


 俺がなんとかしないと。


 しかし攻撃を加えても復活されるのでは意味がない。もしや力負けしているのだろうか?


「なら究極魔法の出番かな」


「めー!」


 ヒメに待ったをかけられる。小さく言ったつもりだったが聞こえたらしい。


「じゃあどうしろとー!」


「どうもしなくていいです!もう終わってますから!」


 距離があいているためオーマもヒメも半分叫んでいる。


「はあ?」


 ヒメは何を言っているのだろう。相手は健在っぷりを見せつけつつ攻撃を繰り返しているし、その体は先程からいくら攻撃しても意味のない不死身であるらしい。俺たちに倒す算段は無い。


 これのどこが終わりだというのか。


「・・・やはり究極魔法で撃ち払うしかない」


 もっとぶちのめそう。


「なんでそうぶっぱなしたがるんですか!もう十分にダメージを与えて、後はイベントを待つばかりなんです!」


「ならそのイベントはいつ起こるんだよ!」


「そのうち起こると思います!だから今は耐えてください!」


 ヒメと言い合う最中も非情な攻めがオーマを襲う。


――マインド・イーターの殴り付ける攻撃!


――オーマに1のダメージ


「耐えるまでもないんだが!?」


「じゃあ、ぼーっとしててください!」


 そこまで言うのなら仕方がない。そのイベントとやらを待つためにぼーっとしているとしよう。



――オーマは、ぼーっとしている。


――アーシェは、逃げ出した! しかし大事な戦いなので逃げられない!


『どうしたの!手も足も出ないじゃない!それで勇者が笑わせてくれるわ!』


――マインド・イーターの踏みつける攻撃!


――オーマに1のダメージ




――オーマは、ぼーっとしている。


――アーシェは、力を溜めた。気が充溢した。


『そんなことじゃ世界は救えないわよ!ほら、どうしたのよ。最後まで悪あがきしてみなさいよ!』


――マインド・イーターの握りつぶす攻撃!


――アーシェに1のダメージ





――オーマは、ぼーっとしている。


――アーシェは、防御している。気が放散した。


『ほら!』


――マインド・イーターの地響き!


――オーマに1のダメージ


――アーシェに1のダメージ。アーシェは転倒した!






――オーマは、ぼーっとしている。


――アーシェは立ち上がった。


『・・・・・・・』


――殴りつける攻撃!


――オーマに1のダメージ





――オーマは、ぼーっとしている。


――アーシェは、挑発した!しかし効果はなかった!


『もう、飽きたわ。終わりにしましょう』


――マインド・イーターは力を溜めた。





――オーマは、ぼーっとしている。


――アーシェは、捨て身の一撃を放った!


――マインド・イーターに999のダメージ!

――反動によりアーシェに249のダメージ


「なに自滅してんの?」


「・・・・・。」(ヒマだったから)


「ヒマを理由に自傷行動に走るな。意外と危ない奴だなお前」


――マインド・イーターの破滅の一撃!


――無慈悲な暴力がオーマたちに襲いかかる!


――オーマが瀕死になった。


――アーシェが瀕死になった。


「ちょ!?」


 今までの一撃きりの攻撃ではない、紫の拳による怒涛の乱打。それにより受けたダメージは深刻だった。


 状況の悪さを教えるようにHPは1を表示し、視界も赤くなっている。


――マインド・イーターの連続攻撃。


 そこへ回復する暇もなく攻撃されれば敗北あるのみだ。紫の拳がまた一度降り下ろされる。


『これで終わりよ!』


 その時オーマはアーシェを庇って前に立とうとした。せめて生存者を一人残そうとする悪足掻きだったのだが、どのみち指一本動かせず。


――オーマは戦闘不能になった


――アーシェは戦闘不能になった


 二人仲良くHPを失った。


――オーマ達は全滅した






 話が違う、とオーマは思った。










 戦闘不能になりHPが0となったオーマとアーシェの二人。しかし、最後の気合いで踏みとどまる。



赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤

赤 オーマ   アーシェ赤

赤HP  1 HP  1赤

赤MP412 MP187赤

赤Lv  7 Lv 78赤

赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤



 ゴーレム相手に手も足も出なかった(ということにされた)オーマは剣を支えに息を荒くする。アーシェでさえ強大なゴーレム相手に防戦一方(という流れ)だ。


「このままでは負けてしまう!(イベント的に仕方なしに!)といった感じです!」


「・・・・・え、つまりなんなの?」


「ストーリー上の強制敗北です!」


 でた。


 離れたところでまたヒメが変なことを言っている。


「なんだよその理不尽?」


「わかってくれましたかー?」


「わかるかあ!!」


 俺に否定する権限がないことはもう理解してしまっているけども。


「・・・・・。」(勝てないって言っても、そこはステータスが高すぎる、に留めておくべきで、HPが途中から減らないとか、システム的に倒せないとかそういうのはなんていうか、良くないと思う。勝てるはずのない敵に試行錯誤して勝った瞬間が一番楽しいわけで、そこまでして無理矢理負けさせるならそもそも戦闘に持ち込まないでほしいと言うか、最初から負けイベントでいいというか)


「アーシェも雄弁に何か訴えてる!」


「聞き取れないのでわからないですけど、要約するとー?」


「勝てなくて悔しい、ってとこだと思う!」


「・・・・・。」(こく)


 アーシェは無念だと言わんばかりに項垂れた。その背中は煤けていて、もの悲しさを醸し出している。切ない。


『ふふふ、はははは、ふはははははっ!!無様に這いつくばって、勇者も案外大したことないのね!』


 敵もなんか凄い高笑いしてる。どうも納得がいかない。


「ほら、オーマも負けた感じで行きましょう!」


 そこまでしてやることに意味はあるのだろうか。


 そうか、これはあれだ。この魔女だかゴーレムだかを調子に乗らせておいて、最後にどん底にたたき落とす算段なわけだ。そうだよな、ただ勝つだけじゃ借りが返せないよな。二度と起き上がれないよう絶望と屈辱を味わわせないと。


「その意気です!」


「く、まずいなー。手も足もでないー。このままでは負けてしまうー」


 オーマが棒読みで言う。


「・・・・・。」(いったいどうしたらいいんだー)


 アーシェはいつもの無言だ。


『そろそろ閉幕といたしましょう。死になさい』


 くすくすと笑いながら不死身のゴーレムが敗北寸前に見える勇者達にとどめの一撃を放つ。


 オーマ達に避ける力は無く、あわや勇者の敗北かに思われたその瞬間。


「させ、ない!」


 それがオーマ達に当たるよりも早く空中で弾き返すものがいた。


 今にも折れてしまいそうな不健康な体で、ナイフひとつで豪腕を跳ね返した女性は、ナイフを正面で構えてオーマ達を庇うようにゴーレムの前に立ちふさがる。


「セラ?」


 その女性はセラであった。


「~♪」


――オーマのHPが全快した!

――オーマのMPが全快した!


――アーシェのHPが全快した!

――アーシェのMPが全快した!


――セラのHPが全快した!

――セラのMPが全快した!


 更にオーマ達の背後から鼻歌が聞こえてくる。鼻歌で力を取り戻したオーマ達は再び立ち上がった。


(鼻歌で回復とかわけわかんねえ)




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