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カグアの魔眼(Ⅵ)


 シーファは息を荒げていた。町長宅から全力で走り、息せき切って飛び入るのはミツメの町の象徴ともいえるギルド本部。その中央の受付に両掌を叩きつけて、なりふり構わず叫ぶ。


「緊急事態やああああー!!!!!」


 それほどまでに現在の状況はシーファにとっての一大事であった。


「ひぃっ!?何事ですか誰ですか叫ぶ必要ありましたかありましたよね!ごめんなさい!」


 受付の向こう側、低い位置から怯えきった返事が来る。しかし聞こえていないのかシーファは叫び続ける。


「セラ姐が、セラ姐が!なんか変になっとったああああー!!!!!!」


「セラネーって誰ですかあー!!!」


 受付の中の人も涙声で負けじと叫び返す。瞬く間にギルド本部は混乱の坩堝と化した・・・。


 というわけでもなく。


「成敗ぃ」


「あだっ!」


 隣の受付から出てきた女性にチョップを繰り出され、シーファは黙らされた。


 義勇軍敗走の報に朝から暗い雰囲気漂うギルド本部は、そんな騒ぎがあろうと暗いままだった。





 ここで盗賊のわりに堂々とギルド本部を訪れているシーファの立場を説明する。盗賊という立場のシーファであるが、シーファが頭領を務める『迷えずの森盗賊団』は盗賊ギルドを結成しており、シーファもギルドの一員である。ギルドに所属し、ギルド本部に冒険者――盗賊として管理されている以上、ギルド本部に出入りすること自体に何ら問題はない。同様にシーファ以外の迷えずの森の盗賊も例に漏れずギルド管理下の冒険者ということになり、ここへは自由に出入りしている。


 なら盗賊行為はギルド的に良いのかという話になるのだが、もちろん良いわけがなく、盗賊に限らず冒険者の犯罪行為は禁止されている。だが曲がりなりにも盗賊が、禁止されているからといってやめるかと言えばそうでもない。通行人は襲うわアイテムは盗むわ罠は仕掛けるわ、やりたい放題だ。


 それに対しギルド本部はというと、冒険者の犯罪行為の度が過ぎれば討伐クエスト(盗賊を○○体倒せ)や、指名手配(生死は問わない)を出して褒賞金を出す。そこに慈悲はない。では何故盗賊はギルドに入るのかというと、ギルドに入っていれば、投獄されたとしても保釈金を積めば保釈されるからだ。だからと言って保釈されれば罪が消えるわけではなく、次に捕まった時は前科も上乗せされて更に多くの保釈金が必要となる。


 そのためおよそクエストの報酬として支払われた額の数倍~数十倍を必要とするが、一生牢獄で暮らすよりはマシだ。いわゆる逃げられなかった時の保険として、盗賊は冒険者に身をやつし他の冒険者に協力する形をとっている。


 一方ギルド本部としても、資金に困った際は盗賊退治のクエストを出しておけば保釈金で儲かるのだからとても便利だ。冒険者達も、敢えて日常において盗賊を見逃すことでいざ必要なときに協力を得ることが出来る。


 見も蓋もない言い方をすれば盗賊と冒険者全体の癒着。いつの世も法の目を掻いくぐる金儲けの方法は現れる。かつてギルド制度を確立した勇者がこれを望んでいたかは今となっては知る由もない。


 ただかつての勇者が盗賊と協力関係にあり、一人の盗賊を相棒とまで呼んでいたのは公然たる事実である。


 そんな訳でシーファは盗賊としてではなく冒険者としてここに立っていた。


 話は戻る。


「あの、あまりああいうことを叫ぶのは、すみません良くないと思いますよ、シーファ」


「せやけどー」


 宥められはしたものの、未だ不満ありありの様子でシーファは言い足りなそうにしている。


「シーファ落ち着きなよぉ、馬鹿まるだしだよぉ」


「ほっとけあほ」


「誰があほなのかなあ?」


「あんた以上にあほがいるならお会いしたいもんやなあ、ど、あ、ほ」


「やんのか、あぁ?」


「受けて立つで?」


「ひいっ、穏便に!」


「喧嘩している場合ですか、シーファ? 落ち着いたならセラに何があったのか詳しく説明してください」


 シーファと身内の睨み合いに、向かって左の受付にいる女性がなだめてくる。彼女を含めた受付三人娘の名前をシーファは知らない。多分この町の誰も知らないのではないかと思う。なので受付嬢ABCと呼ばれているが、誰がどれなのかは曖昧である。


「姉さんも、怯えていては話が進みません」


「うぅ、わかっています。シーファ、詳しく話してください」


 目の前、カウンターの向こうからシーファの名を呼ぶ少女の名前も知らない。


 受付、向かって右はギルド結成、管理に携わる窓口。左はクエストの受注、発注、報告に関する窓口。では中央の窓口はというと、何の担当でもない窓口である。その中央に見た目子供の女の子が立っているというのは、マスコット扱いなのではないかと思われるが、実際は違う。


 何の担当でもないということは、その他。つまり左右どちらの窓口にも当てはまらないすべての用件を事実上担当するということである。


 これだけ言えば今シーファの正面でカウンターの陰に隠れている少女がどれだけやり手なのか察することが出来るのではないだろうか。


「わっ!」


「きゃいん!?」


 ごんっ!


 カウンターの下に潜り込んでいた少女はシーファの発した大声に驚いて飛び上がり頭をぶつけた。


 しばらく悶絶する声無き泣き声が伝わってくる。


 このように小動物っぷりが半端ないけれどなんだかんだ凄いお人だ。


「成敗」


「あたっ」


「おねえちゃんを泣かせるな」


 受付嬢AだかBだかに頭をはたかれる。これは甘んじて受けよう。


「泣いてないですし、お姉ちゃんじゃないですし」


 カウンターの向こうから小さな反論が聞こえる。


「話が進みませんよ、姉さん」


「うう」


 受付嬢BだかAだかに言われカウンターの下から涙目になっている橙髪の少女がひょっこりと顔を出した。


 つま先立ちで辛うじて目から上が見えている状態。


 その状態で彼女はきりっとした空気に変える。


「それでは話してください。セラに何があったのですか」


「それがな―――」


 少女のスイッチが入ったことを確認してシーファは説明を始める。ここに来るのに随分と時間がかかってしまった。毎回このくだりは必要なのだろうか。






 シーファは話を終える。迷えずの森でセラに会ったときの様子から、町長宅に運んでからのフィブリルとの入れ替わり、歌姫になるためにガウェインとフィブリルを利用すると宣言したところまで、大雑把に伝えた。


 黙って聞いていた少女はシーファが話を終えたのを切っ掛けに口を開いた。


「想定の範囲内です」


 話を聞いている最中もさして慌てた様子はなかったが、口を開いても事態を重く受け止めていないようで、シーファもあまりいい気持ちはしない。


「どうゆうこと」


「あまり気にしなくていいと言うことです。セラのしたいようにさせてあげましょう」


 余裕を見せて少女は言う。いろいろなことをすっ飛ばしているのはわざとにしか思えない。


「お姉ちゃんとガウェインを見捨ててか?」


「見捨てるわけではありません。そもそもセラに従うとしたらそれは彼らの意思です。ガウェインがフィブリルの体を取り押さえるのに苦労するとは思えません」


「それはそやけど、でも危ないことされるかもしれへんかったし」


「自傷行為への警戒はあったでしょう。ですがガウェインなら止められます。セラの自害だってさんざん止めていたそうですから」


「・・・・・は?セラ姐の自害って、なにそれ」


「失言でした。忘れてください」


「今更隠すな。言え」


 身を乗り出し目の前で凄むシーファ。少女は仕方がないといった様子で話し始める。それが見せかけなのか、本当に口が滑ったのかシーファには判断できない。


「先の魔王討伐クエストが失敗し、多くの者が亡くなりました。セラの弟であるユタはその一人です。他にもカンブエーや、カンブビー、カンブシーに加え、あのボウケン=シャエー、ボウ=ケ=ンシャビーでさえも。彼らの死が余程ショックだったのでしょう。セラは死を求めるようになったようです」


「そんなに、死んだん?」


「はい」


 どれも顔は覚えていないが名だたる実力者たちだ。そんな人たちが死んだというのだ。


 異常だった。数もそうだが、死人が出たということ自体が珍しい。シーファの知る限りそもそも無かったのではないか。クエストを失敗する者はそれなりにいた。だが、クエスト中に死に面したものは一人としていない。


 クエストを受けさせるときは担当ギルドのランクが確認され、適切と判断されて初めて承認される。その適切かどうかの基準は、クエスト内でまず間違いなく死なないこと。そのためのギルドランク制度であるし、その安全性こそがギルド本部の存在意義だ。


「なんで送り出したん?」


 自分でも声が冷めているのがわかる。目の前の人物を責めても仕方がないのは分かっているが、これまで完璧に冒険者の安全を守ってきた彼女らが何故そんなクエストを受けさせてしまったのか。


「難易度:推定不能」


「難易度?」


「魔王討伐クエストの難易度です。誰にも想像出来ないほどの高難易度。実際には攻略不可能だったわけですが。このクエストを攻略するために、最大の武闘派ギルド『漆黒の戦火』に、より安全性を高めるために罠担当の盗賊と、魔法仕掛けに詳しい魔術師を加えた編成、一部の人には断られましたが現状の最大戦力を送ったつもりです」


 このギルド本部が、彼らをどれだけ頼りにしていたかはシーファも知っている。難しそうなクエストなら取りあえず彼らを派遣しよう、となるほどには心強いそうそうたるメンバーが思い浮かぶ。ガウェインやセラはそのうちの一人だ。


 それが、死人を出して敗走するような相手。


「そんな馬鹿げてんのか、魔王は」


「魔王ではなく、その部下が、です」


 言い迷うこともなく少女は告げる。ただでさえ信じたくない事実が、魔王軍の頂点ですらないほんの一部によるものだということを。


 魔王軍を倒せるのは、勇者でしかありえないというのか。


 セラが死を求めるほどに感じた絶望は、本当はこの事についてだったのかも知れない。そう考えるほどにシーファも暗く沈む。


「そういうわけで、多くの犠牲者を出したクエストにセラは心に傷を負ったのでしょう。それをガウェインたちが慮って付き合おうというのですから止める理由はありません。それに私も、セラを止められません」


「やからあんな風に・・・。でも、なんもせんでええわけないやろ、セラ姐を止めなあかん」


 話は戻りセラの件である。魔王討伐クエストの件は目を背けられることではないが、セラのことも放ってはおけない。


「なら、あなたが止めれば良いではないですか」


「へ?」


 セラの件を解決する手段を提示してくれると期待した相手が、さらっと自分に丸投げしてきたためにシーファは呆ける。


「何を他人事のように言っているのですか。あなたが止めるしかないのです。先程言ったように、多くの死者が出たために我々の戦力は良いところ中堅しか残っていません。セラのやんちゃに付き合っている余裕は今の我々にはありません」


「あんたどんだけ薄情やねん!」


「シーファ、セラに付き合った結果、この町の防備が薄くなって大勢の人が危険にさらされることをわかっていますか」


 少女ではなく、礼儀正しい方の受付嬢に言われる。


「・・・・・・でもセラ姐が勝手してたらその守りも満足にできひんのとちゃうんか」


「その通りです。だから、あなたに止めて欲しいと言っているのです。セラを大切だと思うのなら、シーファが解決してください」


「わかった。でもどうすれば良いかがわからへん」


 迷うことはなかった。自分に解決できるというなら躊躇う理由はない。だからといってどうすればいいかわからないからここに来ているシーファにどうしろというのか。


「迷えずの森で待ちなさい。全てを解決する者が現れるのを」


 結局告げられたのは、シーファである必要のない暢気な提案であった。


「悠長過ぎひん?」


「もしかすると一月以上待つことになるかもしれませんが、その時まではこの町ひとつぐらい守って見せますよ」


「そういう問題か?」


「姉さんが凄く格好いいこと言ってます」


「出来もしないことを堂々と言ってのけるお姉ちゃん素敵ぃ」


「出来ますよ。そもそもそのための。いえ。それでシーファ、このクエストを受けていただけますか?」


「わかった。受注書寄越せ」


「はい、こちらです」


「・・・・・・なんであるん?」


「企業秘密です」


「ふーん」


 一応の納得を見せたシーファがさらさらとクエスト受注の契約を進めていく。この場合のクエストは特別クエストに当たり、受注はこの受付で行うこととなる。


 シーファの記入を待ちながら少女は今の問いに心の中で答える。


(・・・毎度のことなんですよ。魔王の現れるこの時期になると何かしらの事件が起こったり、決定的な敗北がないと王が勇者を召喚してくれなかったり。果ては勇者がこの町を素通りしたり、そもそも別ルートで東へ向かっていたり、この町を救うより先に魔王を倒したり。ああ、胃が痛い)


 受付嬢Cと呼ばれる少女は苦悶する。


 今回は、どうなってしまうのだろうと。




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