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カグアの魔眼(Ⅲ)


 魔女がいなくなりその場に一人残されたセラは張りつめていた気を抜いてベッドに倒れ込む。シャルに服まされた薬のせいだろうか、体が重く感じる。しばらくはまともに動けそうもない。まるで落ち着く時間を用意されたかのように停滞を余儀なくされる。家主がいなくなった後も灯り続ける蝋燭の火がちらちらと天井を照らすのを見つめながらシャルに恨みを向ける。


「結局、死ねなかったじゃない」


 目を閉じてセラは自嘲する。


 投身、焼身、自刃、特攻、毒の沼。帰還中に試した自害の数々。そのすべてが失敗した。


 谷底に身を投げようとすれば足が止まり、火炎瓶を自分の足元に投げつければミスをする。ナイフで自害しようとするも自分を攻撃できず、毒の沼に至ってはわざわざこの辺りでは珍しい毒の沼(小)を見つけ出して、中に入っては出てを幾度も繰り返しようやく瀕死になったところに突如駆けつけたガウェインに薬草で回復されるという痛ましい事件が発生した。毒の沼の中と外で、何をしているんだこいつは、という目で見つめ合う自分とガウェイン。その間抜けさに別の意味で死にたくなってしまった。


 ガウェインが邪魔をするならと、ガウェインがいない場所で死のうとここに来れば今度は全く関係ないシャルに助けられる始末。何の恨みがあってこんなことをするのか。


 それでもと懲りずに遺跡内をうろつけばまたぞろ誰かが助けに来そうだ。失敗例の多さに偶然だと分かっていても気勢がそがれてしまった。自分は死ねない呪いにでもかかっているのか。


 これからどうしようか。


「これもどうしようかしら」


 セラは目蓋の上に手を被せる。シャルに勝手に譲られた用途不明の魔法具。


「『カグアの魔眼』。わたくしには必要ない・・・・わね」


 独り言を繰り返すことで自分の考えを確かめてみるが、言葉に偽りはなく魔眼に宿る力に興味はない。


「・・・・・・・」


 いや、魔眼に、ではないか。


 セラは気まぐれに本棚に目を向ける。


『ディペインの魔導書』『「今のは灼熱球ではない」と言える魔術理論』『ヒヨコでもわかる初めての調合術』『ヒヨコにはわからない中級調合術』『ニワトリを目指すあなたに。上級調合術』


 魔法や調合に関する本がずらりと並んでいる。シャルの強さの一端がここにあるのだろう。セラの目から見ても貴重と思われるものが数多くある。


 あまり力の入らない足でベッドから立ち上がり本棚に近づいてどれかに手を伸ばそうとするが、手が上がらない。


 読めない。魔力が足りないからというわけではない。興味が湧かない。知識の供給を必要としていない。どんな貴重な本であろうと読む側にその意志がなければただそこにあるだけの本に過ぎない。


 そんな自分を再確認してセラはか細く笑う。


 もう冒険に心踊ることも、お宝に目が眩むこともない。あの日、全てを失ったときから世界は色褪せた過去のものでしかない。


 どうしてこうなってしまったのだろう。何がいけなかったのだろう。そんなことを考えてしまう自分を止める何かはここに無かった。


 また、会いたい。ただそれだけなのに。


 生けていてはあの子に会うことは出来ない。だからと言って死ねば会えるわけでもないだろう。


 ああ、そうだ。願いはあった。


 もしこの魔眼が冥界へと通じていたならば。


 あの子ともう一度会いたい。それだけが自分の望む全てだった。


 たた、そんな願いをかけられても、魔眼はうんともすんとも言うことはなかった。











 シャルに連れてこられたこの部屋を「魔女の部屋」と呼称することにする。


 魔女の部屋にあった『トアル遺跡の地図』を見て、魔女の部屋が遺跡内のどこに位置するのか、どうすれば来られるかがわかった。複雑な結界が張られているようで、定められた道順を通ることで開く道がいくつか隠されていた。あんなもの普通に探索して見つかるはずがない。悪だくみに使えばさぞ便利なことだろう。魔女の噂もでたらめでは無かったという事か。


 だが、悪巧みに使う当てもなければ拠点としても必要ない。シャルには悪いがギルドに報告してしまおう。そうと決まればもうここにも用は無かった。





 とぼとぼと魔女の部屋を出ていこうとするセラを見つめる二つの紫眼があった。


 とても美味しそうです。


 それは、にやりと笑うとひたひたと歩き出した。





 気付けばセラは森の中を歩いていた。戦いだけがあの子との繋がりに感じられた。魔物を倒すことで誰かの役に立つことが、唯一あの子の死を無駄にしない方法だと、そう思った。


 だがそれも言い訳だ。本当に誰かの役に立ちたいなら、魔王を倒すことこそ最優先であるのだから。そこから逃げている限りセラの行為は生産性のない逃げでしかなく、意味の有るものにはなり得なかった。それがわかっていても。


 ギロリ。


 目を閉じれば浮かび上がる真紅の瞳が、いまだにセラの体を震え上がらせる。一歩でも進もうとすれば足がすくむ恐怖の刻印。前に進むことも自ら命を絶つことも出来ず、今のセラは命があるだけの木偶人形に過ぎなかった。


 嫌なものを思い出してしまった。虚無感に苛まれながら、今しがた魔物の眉間に突き刺したナイフを抜く。露と消えていく魔物の姿を見届けることもせずセラの目は周囲を見渡す。その行為に違和感はない。魔眼はセラの目として十分な働きをしていた。


 その目が新たな魔物の姿を捉える。


 小柄な一角イノシシが一体。これなら戦闘中に余計なことをしても危険は少ない。意識するまでもなくその判断に至り、骨の髄まで染み込んだ冒険者気質に嘆息する。


 どうして安全性を気にしてしまうのか。


 死を望んでおきながら人並みの恐れは抱き続ける。その明確な不具合が、自分が死ねないでいる最大の理由なのだ。


 ともかく、魔眼の力を確かめるには絶好の機会であった。


 セラは戦闘が始まると同時に、『カグアの魔眼』を『一角イノシシ』に使った。










「セラ姐・・・どこいったんやろ」


 少女が一人、迷えずの森を寂しそうに歩いていた。彼女の名はシーファ。迷えずの森に潜む盗賊団の首魁でありセラの妹分である。


 先日、義勇軍としてセラを含めた数人の盗賊幹部が出立することになりシーファが首領の後釜に座ることになった。シーファにとっては義勇軍に同行することが出来ず、あまり嬉しいものでは無かったが、セラの人事に逆らう理由も無かった。大人しく盗賊の首領となったシーファは部下の盗賊達をまとめながら、勝利の報告を楽しみに日々セラの帰りを待っていた。


 そんなシーファは、今朝方セラたちが帰ってきたと聞いて喜び勇んで町に向かった。だがセラの姿は町のどこにもなく、ガウェインに聞いても心当たりはないらしい。すれ違いに盗賊のアジトに向かったのかと考え、この迷えずの森に戻ってきたが、そのアジトにもセラの姿は無かった。他に思い当たる候補もなくとぼとぼと森の中を歩いていたのだが。


「あれ・・・?」


 シーファは視線の先に探し人を見つける。


「セラ姐!」


「?」


 呼びかけに応じ、セラが振り向―――こうとして、足をもつれさせ尻餅をつく。


「!!」


 転んだことに声にならない悲鳴をあげつつも、セラは改めて声の方を確かめる。


 セラの予想外のドジに、シーファは破顔して走り寄ろうとして、さらに視界に入ってきた魔物に驚く。


「って、何しとるん! 魔物おるし!」


――おぶ!?おぶおぶおぶ!!!!


 セラの正面にいる一角イノシシが威嚇の声らしきものを上げる。


 シーファは魔物から視線を外してしまっているセラに注意を投げかけながら、どこからともなく重厚なハンマーを取り出す。セラ姐さんのちょっとした窮地にシーファの動きは淀みない。


「『クリティカル・スタンプ』!」


 ダッシュの勢いと共に、一角イノシシのその脳天にハンマーを振り下ろす。


 何かを訴えるように少女を見つめていた一角イノシシの上体は、ハンマーの圧力の前に呆気なく潰され、はじけ飛んだ。


 体の半分を喪った一角イノシシは、ひしゃげた後ろ半身から血を吹き出しながらどさりと横に倒れる。ぴくぴく痙攣していたのも一瞬、すぐに動かなくなった。










 セラはしばらく「それ」に気付けなかった。


 魔眼の効果を発動してすぐに異変は起こった。視界が歪み、ぼやける。頭がぐわんと揺らいだ。自我すら揺らぎそうになる中、なんとか正気を取り戻したセラが見たものは白黒の歪んだ世界だった。


 ―――!?

  ―――!?


 周囲を見渡そうとして、うまくいかない。首が回らない。足を踏みかえられない。そもそも何か決定的におかしいことになっている気がする。そういえば常に右手に感じていた筈のナイフの感触がない。というか全身の感覚が、何かおかしい。疑問を重ねながらセラは下を向く。


 地面だった。


 そこに手も足も体もなく、すぐ、地面だった。


 歪んでいた視界に慣れて来たのか、見られるものになってきた視界を、徐々に自分の知っているものと、風景とに照らし合わせていく。


 低い視点、歪んだ世界、そして目の前に、人が立っていた。


 その人物が誰なのか気づくのに、とても長い時間がかかった。そしてわかった後も信じられず、ただただ目の前の人物をじっと見つめる。


 これは誰なのか。


 そう問いかけるセラの心の声に応えるように。


「セラ姐!」


 シーファの声が聞こえた。


 それでようやく目の前の人物が「セラ」であることに気付いた。自分が「セラ」ではなくなっていることに気付いた。


「って、何しとるん! 魔物おるし!」


 シーファの「魔物」という言葉で、ようやくすべてを理解するに至る。


 セラは、自分が一角イノシシになってしまっていることをようやく理解した。


 そして魔物である自分がシーファに殺されようとしていることに、シーファのハンマーが振り下ろされるその瞬間に、気付く。手遅れとなったその瞬間に、目の前に迫る死に、セラが感じたのは安心などでは決してなく、ただただ絶望的な恐怖だった。


 頭頂に一瞬だけ重苦しい圧力を感じた。本当に一瞬だった。その一瞬ののち、全て、きれいさっぱり潰れた。重さも感覚も痛みも恐怖も命さえも、全て一瞬の間に潰された。


 けれど。





 この苦痛を忘れることは一生無いだろう。









「―――っ!!」


 シーファの背後で、尻餅をついたままのセラの体がびくんと跳ねる。そのあとがたがたと震えだした。


「へっへー。どんなもんや」


 ハンマーを肩に担ぎ得意げにシーファは鼻の下をこする。


「セラ姐も帰って来たんならゆってーや・・・・・、って、どないしたん?」


 ハンマーをしまいながら振り返ったシーファがセラの異常に気付く。目の焦点はあっておらず、どこかを見つめながら体を震わせる様は怯える子羊の様だ。


「そういや、あんなんに手こずっとったし、調子悪いん?」


 心配そうにセラを覗き込むシーファの前で、セラはようやく人らしい反応を返す。


「ふふ・・・・」


「え、なんて?」


 小さな音が聞き取れず聞き返したシーファに耳に次は大音声が襲い掛かる。


「ふふ、あははははははははっ!!!ふははははははっはははは!!!!!あっひゃっはひゃひゃははっはは」


 笑、という人として当然の行為。なのにシーファが受けた印象は真逆。まるで人の道から外れてしまったような印象を抱いてしまう。そんな笑い声。


「セラ・・・姐?」


「ひゃひ!ふははっはははははあああああはっひゃひゃっ!ああそう!そうだったの!こんなに!こんなにも!ああっ!」


 セラが耐え切れないと言うように腹を抱えてくつくつと笑い続ける。流石に気持ち悪さを感じたシーファが心配顔を引っ込め、得体のしれないものを見る目をする。


「ずっと、勘違いしていたわ。誰も死なないようにが当たり前だったけど!そうじゃなかったのよ!わたくしは!わたくしたちは!」


「セラ姐!どうしたん!? ちょっと・・・、目ぇ覚ましい!」


 あまりの異常さにシーファはセラの肩を掴んで揺さぶる。けれどセラは笑うのをやめず、恍惚の表情を浮かべる。


「ああ。ああ!!みんな死んでいいのよ!はははっ、はははははははっ、あひゃはははははは!!!!」


 セラは高笑いを続ける。


「ええ・・・。どうすんのこれ」


 叩けばいいのだろうか。斜め45度で。そんなことを考えることさえ躊躇われるセラの狂った笑いが続く。


「はははっははははははっは・・・・はははははははははははは・・・・・はは」


 しかしチョップを下す前に笑いはやんだ。機を同じくしてそれ以外の前触れもなく、セラは掴んだままのナイフをゆっくりと持ち上げていく。ゆっくりとその高さがセラの首の前へと至る。


「ちょ、待ち・・・」


 シーファは動揺していた。わけがわからなかった。セラが何を言っているのかも、何が起こっているのかも分からない。ただ、まずいとだけ感じた。シーファは咄嗟にセラの手にぶら下がったナイフを『盗む』。このまま持たせていてはいけない気がした。それだけでは足りない気もした。けれど。


「シーファ」


 セラにそう名を呼ばれ、ようやく自分に気付いたかとシーファは安堵してセラと目を合わせようとする。そして後悔した。それを見てしまったことを。


 とん。


 シーファは腹部に軽い衝撃を覚える。冷たい何かがぬるりと自分の境界を越えて侵入してくるのを、驚くほどはっきりと感じてしまう。


 同時に今までセラだけを映していた筈の瞳が、セラではない何者かを映す。驚くほど近くで無感情に自分を見つめる瞳。それは―――。


「う・・・ち?」


 自分。


 シーファはシーファの顔を見て絶句する。腹部が熱い。焼けるような熱さを感じる。


「なん・・・で?」


 後ずさろうとして足が上手く動かない。手で必死に地面を押して目の前の自分から逃れようとする。腹部の熱さがさらに増し、自分の内側から何かがずぶりと抜けていく。抜いちゃダメなんだっけ。でもいやだ。逃げたい。目の前の自分から逃げたい逃げたい逃げたい。


「シーファ」


 目の前のシーファが血まみれのナイフを握りながら慈愛を込めてシーファの名を呼ぶ。シーファを見てシーファと呼ぶ。


「痛いのは一瞬だから」


 シーファはナイフを振り下ろした。




 



 ―――キンッ!


 そのナイフに何かが衝突する。シーファの手の内からはじけ飛んだナイフはあらぬ方向へ飛んで行ってしまった。


「シーファ、お前何をしている?」


 セラ殺害を邪魔されたシーファは声の先を見る。


 何かを投擲した体勢のままシーファを睨んでいるのはガウェインであった。


 『石つぶて』。この距離でよく当てられたものだ。本当に運の悪い。


 武器を失いセラを殺す手段のなくなったシーファはセラと目を合わせる。その直後、まるで気を取り直したかのように、シーファは慌てて自分の腹部をまさぐる。そこにあるはずの傷がないことに驚くように。


「え・・・? なんで・・・・・?なに?」


「セラ、大丈夫か!?」


 セラのもとへ駆けつけるガウェインは、呆気に取られているシーファから目を逸らさずにセラに呼びかける。


「ええ・・・・ごふっ、物凄く痛いだけよ」


「そうか、少し待っていろ」


 弱々しい返事が返ってきてガウェインは安心する。だが彼女をこの場で治療することは出来ない。安全な場所に運ばなければ。そのためには。


「シーファ、どういうつもりだ」


「え・・・?」


「何故セラを刺した?」


「セラ、姐・・・? ・・・・・ちゃう、刺されたのは、うちで・・・」


「・・・・・?」


「でも刺されたのはセラ姐で、うちは何ともなくて・・・」


 シーファは明らかに動揺していた。酔った勢いで殺人を犯してしまったものと似ている。状況が理解できていない。やがてようやく自分がセラを刺し殺そうとした、という客観的事実に気付いたのかシーファはガウェインに訴える。


「ガウェイン・・・うちはやってへん・・・・信じて」


「わかった、信じよう。セラを運ぶ。ついてこい」


 ガウェインはシーファのその言葉を打算ではなく言葉通りに信用した。


「は、はやない?」


「仲間を信じるのに迷っていられるか。薬草の類はあるか? あるならセラに使え」


「う、うん。わかった!」


 セラを抱えて走り出すガウェインに並走しながらシーファはセラに薬草を投げつける。


 その姿を見ながらガウェインは推測する。おそらくシーファは何者かに操られてセラを攻撃したのだろう。だが辺りにそれらしき姿はなく、遠隔での操作。そんなことが出来るのはガウェインの知る限りシャルロットぐらいのもので、そしてそのシャルロットはこんなことをしない。なら俺の知らない脅威がこの森に潜んでいることになる。


 だから森を抜けることを優先する。森を抜ければ平原、身を隠す場所は激減する。





「振り切ったか」


 平原に到達するも、続いて森を抜けてくる者はいない。


 セラもシーファが与えた薬草によって回復し戦闘不能は回避できたようだ。それでも消耗が激しいのか目を閉じたまま動かない。気を失っているようだ。


「シーファ、何があったか話してくれ」


 薬草が底をつき、セラを心配してやきもきしているシーファに尋ねる。当面の危険が無くなれば次は状況の把握だ。立ち止まらずに会話する。


「わからへん。急にセラ姐が笑い始めて、笑い止んだと思ったら、いつの間にか刺されてて」


 セラが刺された。


「誰に」


「うちに」


「・・・・・・・」


「・・・・・・・」


 謎は全て解けた。


「ちゃ、ちゃうで!? 刺されたんはセラ姐やなくてうちやで!?」


「不思議なことを言う。シーファがシーファに刺されたのか」


「変やけど・・・・そうなんやもん」


 シーファは口をとがらせるも、嘘を言っている様子も、記憶が混濁している様子もない。本当にシーファがシーファに刺されたという事か。だが実際に刺されているのはセラなわけだ。


「セラが刺されたところは見たか?」


「ううん。見てへん、気ぃ付いたらそーなってた」


 出血しているセラを指して言う。


 刺された記憶があり、セラが刺された瞬間を見ていない。


「・・・・お前は、ナイフを持つ習慣は無かったはずだな?」


 シーファはハンマーでの戦いを好んでいる。ハンマーがなくとも素手で戦う様な娘だ、ナイフを持っていた状況は不自然だ。


「うん。でもセラ姐がおかしくなってて、怖かったから、盗んだ」


 盗んだらしい。相変わらず手癖が悪い。


「おかしくというのは?」


「高笑いしながら、そうだったんだ、とか死んでいいとか言ってた」


 なんだそれはいつものこと・・・・と、そう言えばセラが死にたいを連発するようになったのはあの件以来か。それに高笑いは確かにおかしい。


「ナイフはお前が持っていて、シーファはナイフを持つシーファに刺され、セラはナイフを持つシーファに襲われていた」


「ガウェイン?」


 出来ればセラから話を聞きたいが、シーファの話を統合するとシーファの意識はセラの体にあったと思われる。ならセラの意識は。いや、あるいは最初からセラの意識はなかったのかもしれない。


「あのナイフ、放置するべきではなかったかもしれないな」


「なんでナイフ?」


「持ち主を操る魔剣の類かもしれない。あるいは刺した相手の意識を乗っ取る類の。であればシーファがナイフを失った瞬間に意識が戻った説明もつく」


 今のセラならそんな禍々しいナイフも気にせず手に持ちそうだ。そして体を乗っ取られてしまったとすれば。セラの様子がおかしかったことも、ナイフを持ったシーファがセラを襲ったのも。


「なあ、ガウェイン」


「なんだ」


「セラ姐、大丈夫やんな?」


「・・・・・・いや、かなりまずい」


 出血の方ではなく、本来の人格が無事であるかという点で特に。


「そこは否定してーな」


「すまん」


「・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」


 重苦しい沈黙。


「そーゆーとこもっと気ぃ使わなお姉ちゃんに嫌われんで?」


「・・・・・気を付けよう」


「まあ、お姉ちゃんの方が酷いけど」


 おそらくシーファなりの不安を誤魔化す軽口なのだろうが。


 妹分にこれほど心配をかけて、馬鹿者が。


 会話しているうちにミツメの町にたどり着いた。







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