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カグアの魔眼(Ⅰ)


 ある日、セラという名の盗賊が森の中を独り彷徨い歩いていた。


「はぁ、はぁ」


 息も絶え絶えに、セラは自らの頬を伝う汗をナイフを持つ右手で乱暴に拭う。


 そこは「迷えずの森」とも呼ばれる森林で、大量の目印が付けられていることが特徴のダンジョンだ。野生の魔物や盗賊にさえ気を付ければ、冒険者でなくとも出口にたどり着くことが出来るため、ネクスタの町とミツメの町を繋ぐ街道としての面も持つ。


 そんな危険度の低いダンジョンではあるが、冒険者用とも言うべき裏の面もある。目印を無視して進めば途端に広大無辺の樹海となるのだ。一度道を逸れてしまうと現在位置の把握は不可能となり、永遠に似たような道を辿りながら、延々と現れる魔物を、最後のその瞬間まで相手をすることになる。一人でそれを行えば当然待ち受けるのは死。経験値稼ぎだとしても、本来であれば大量にアイテムを用意してから行うべき危険な行為である。


 だが、それをセラは一人で、愛用のナイフ一本のみで強行していた。アイテムは持たず、いや、持っていたとしても使おうとはしないだろう。ただ彼女は死を求め、現れる魔物を倒し続けた。亡くしてしまった者への手向けとするかのように。


 その結果、彼女は―――――レベルが3つ上がった。




 どれくらい彷徨っただろう。盗賊の服装として身軽さを重視した露出の多い濃緑の服は土と魔物の血に汚れ黒ずんでいる。けれど剥き出しの腹や腕、足などに傷は無い。先ほどレベルアップしてしまい全快したばかりだ。また死が遠のいてしまったことを残念に思いつつもセラは目の前にそびえる遺跡を見つめる。


 トアル遺跡。


 迷えずの森で迷ってしまう間抜けのみがたどり着く、このダンジョンの第二ステージ。


 迷えずの森には魔女が棲んでいる。そんな話がこのあたりでは知られている。迷えずの森の奥地にはトアル遺跡という古代の建築物が存在し、その遺跡の更に深くを魔女がねぐらとして使っているという言い伝えだ。しかしながらこのトアル遺跡は遥か昔に、目印の真逆を進む天邪鬼の勇者によって既に発見されており、中も探索し尽くされている。そこに棲む魔物は「迷えずの森」の魔物とは一線を画しており、よくパーティを組んだ冒険者が魔物目当てに度々訪れては経験を積んでいるが、魔女が棲む形跡などはついぞ確認されていない。


 そんなトアル遺跡にセラは偶然辿りついてしまった。死を求めていたために無意識に目的地としてしまったのか。この遺跡に生息する魔物はセラ一人には荷が重い。だからこそ、今は好都合だった。セラはゆっくりと、かつ無防備にトアル遺跡に足を踏み入れた。


 しばらくのちセラは魔物に囲まれていた。遺跡に足を踏み入れて最初の群れは倒すことが出来た。しかしそれによってもともと少ない魔力は底をつき、次の魔物を倒しきることが出来ず手こずっている間に別の集団と遭遇した。冒険者としての本能とでもいうのだろうか。自然に足は魔物から逃げ出していた。その行動に、やはり自分は生きたがっているのかと絶望しながら逃げた先を、新たに悠々と歩いてきた魔物に塞がれた。


 強靭なるあぎとを開く魚型の魔物、フィッシュ・アラウンド・ヘッド。黒みがかった樹の幹に絡み付かれ、養分として生かされている巨大なカブトムシ、ヘルプミー・オオカブト。


 それが複数。生まれてこの方無駄に蓄えてきた知識が、それらの、名も、弱点も、倒し方も教えてくれるが、更に付け加えて一人ではどうすることもできないと最後に教える。


 隙は無い。前も後ろも魔物に囲まれ、どれか一体を攻撃すれば、それをターン終了に一斉に襲われる。助かる道はもう残されていなかった。そんな状況になってようやくセラは安心した。ようやくあの悪夢から解放される。


「・・・・ふふふ。ようやく、ようやく死ねる。もうこんな地獄うんざりよ」


 けれどただ死んでしまうのも情けない。今までそうしてきたように最後まで誰かの役に立つような死に方をしよう。あの子がしたように。あの子がするように。だから最期は一匹でも多くの魔物を、地獄への道連れにする。


『カウンター』


 相手の攻撃を受け、生じた隙に一撃を叩きこむ受けの技。相手が多ければ多いほど、自分の手数は多くなる。体力が続く限り攻撃できる散華にふさわしい技だ。


「死ぬまで踊りましょう?」


 ようやく死に場所を見つけられたセラは嬉々としてカウンターの構えを取る。


 それをターン終了とみなした魔物たちが一斉に牙を剥く・・・・・、かと思われたその時。





「いつからここは自殺スポットになったんすかね」


 散り際に冷たく水を差す声があった。


「え?」


 セラの他に誰もいないと思われたその場所でおもむろに誰かの声が発せられる。


「『炎撃・走狗』」


 声がした方向を見るや、そちらの魔物の後方から複数の火炎が放たれる。獲物に食らいつく獣のように魔物に襲い掛かるそれは、接触と同時に膨れ上がり爆発を引き起こす。


 辺りが白光に染まる。魔物が一撃で消し飛ぶ威力。それがセラの周囲の魔物すべてを狙って起こったのだから、その中心にいたセラはひとたまりもない。爆風に抱かれ、セラは一瞬にしてHPを失った。


 光に焼かれる前に垣間見たものは、黒いローブに身を包む、魔女であった。


「実験体ゲット。ふは」




 ずるずる、ずるずる。


「ふひひー」


 黒いローブをまとった魔女はセラを引きずって遺跡の奥へと進んでいった。





 かちゃ、かちゃ、ごそごそ、ぶわぁ!もわもわ


「うっ、げほげほ」


 そんな騒がしい効果音によってセラは覚醒する。赤みがかった薄明かりの中、水色の髪があっちへふらふらこっちへふらふらしている。だんだんと意識が覚醒していくにつれ自分が柔らかなベッドに寝かされていることに気付く。周囲には本棚と無数の本が並び、本のない棚には中身の見えない瓶が大量に並んでいる。どうやらここは誰かの家らしい。少なくともセラの知らない家だ。


「えっと、これはMP回復薬で、こっちが催涙剤、痺れ薬、で、これ何だったっけ。惚れ薬?」


 この家の主だろうか。水色の髪を持つ少女がアイテム袋片手にそこらに散らかっているアイテムを回収しているようだ。


「あな・・・たは?」


「・・・・起きたっすか。運がいいっすね」


 こちらに視線をちらりとも向けず、怪しげに発光する瓶とにらめっこしている少女。


 運がいいとはどういう意味だろうか。今こうして命がある事はセラにとって不運でしかない。


「助けたの?」


「形の上ではそうなるっすね」


 機敏に動く少女の頭上でびよんと伸びた一本の髪がくねくねと踊っている。


 あのアホ毛、見覚えがある。確かギルド本部で単独にも関わらずギルドを作れと我が儘を言っていた魔法使いの女の子だ。その場に居合わせ、見かねたガウェインが助っ人枠なるものを紹介し、戦力の今一歩足りないギルドから来る要望に応える形で活躍することになった敏腕魔法使い。


 その実力は、状況に左右されるものの、押しなべてガウェインを超えているらしい。以前ガウェインらが集団で手こずっていた強力な魔物を一人で倒し、ガウェインのギルドにその証を渡して分け前を寄こせと迫っていたのを見ている。いくら体格に左右されない魔法使いといえどあの幼さでその実力だ。正に天才と呼ぶにふさわしい、良い意味でも悪い意味でも有名な魔法使いだ。


 ただ彼女には、悪い意味を増長する形で悪いうわさがある。人族を裏切って魔族に味方し、村一つを滅ぼしたというものだ。


 犯罪者としての悪名すら任務を達成するための実力として評価されるギルドだが、彼女においてその噂の真偽ははっきりしていない。


 その魔法使いの名は。


「水色の魔法使いシャルロット・・・」


「はいはい、シャルさんっすよー」


 悪名であるはずの呼称を出されて、特に気分を害した様子もなく彼女、シャルは作業を続ける。


 だがそんなステータスに関係なく、この魔法使いに言ってやりたいことがセラにはあった。


 運悪くまた生き残ってしまったことも、生かされてしまったことも文句を言ってやりたい。だがそれ以上に言いたいことがある。


「なんで」


「これは、いらない。これも。あーもう、ちゃんと名前書いとけばよかったっす・・・」


「なんで魔王討伐軍に来てくれなかったの!!!」


「魔導書は・・・要らないっすね。勇者ってだいたい武闘派らしいっすし」


 セラの叫びは虚しく響く。相手にされていない。


「あなたがいてくれれば、少なくとも、あんな風には・・・・」


 声が震える。肩が震える。涙が、零れていく。言わなければ壊れてしまいそうだった。これがただの八つ当たりに過ぎないことは理解できる。だが、したくなかった。


「・・・・・・・」


「あんな風には、皆、死ななかった!あなたがいれば、あなたが協力していれば!」


 涙ながらにセラは悲痛に訴えた。どうしても考えずにはいられない。あの子が助かった可能性を。あの子が今も生きている可能性を。


 そんな彼女の叫びにシャルは背を向けたまま答える。冷徹に、無慈悲に、無関心に。


「・・・・変わらなかったと思うっすよ? たしか龍でしたっけ? そんな強い魔族が出て来たらうちは逃げるっす。そんないざというとき逃げるような戦力、いない方がマシじゃないっすか」


 単純な理屈だ。自分がされて嫌なことは他人にしない。土壇場で逃げるような奴を仲間にしたくないから、土壇場で逃げるような自分は同行するべきではない。


「そんなことないわ!あなたなら、あなたならきっと皆を助けられた!生き延びられた。なのにあなたは皆を見捨てたのよ!」


 だが、そんな理屈セラには関係なかった。今のセラの理屈は、最終的にこういうことになるのだろう。強いお前は皆を助けて死ぬべきだったと。


「問答をしたいわけじゃないんすけどね。言い方が悪かったっす。魔王軍に対して・・・あの町の、いえ、この国の全ての戦力を集めたとしても、勝てないんすよ」


「・・・・え?」


 まともな返事が来たことにわずかに驚き、その内容にまた驚く。何を言っているのだろうこの娘は。


「負け戦に参加する趣味は無いっす」


 水色の髪の魔法使い、シャルがあの義勇軍に参加しなかった理由は、ただそれだけだった。それだけで見捨てるには事足りた。シャルが同行して仲間が助かったか。そんなことは些事だ。どのみち彼らに待ち受けるのは死なのだからと。


「そんなの・・・・そんなのって、ないじゃない」


 常識を語るように告げられた理由に、セラは視線を落とす。分かっていたというのか。ああなることが。ああなってしまうことが、彼女には分かっていたというのか!!


「ならどうしてそれを先に言ってくれなかったの!!!」


「言えば・・・、それは、死を座して待てと、そう告げることに他ならないっすよ」


 それは、いうなればほんの些細な違い。そこに希望があるかないかの違い。勝てないとわかって死を待つか、勝てるかもしれないと死に立ち向かうか。その先に待つものはきっと変わらない。


 ただ、希望はあった。生き残る希望は常に。


「勇者を待つという選択肢は常にあったっす。それを待たずに、いえ、その時間を作る為に・・・魔族と戦うと決めた人たちをなんでうちが止めなきゃいけないんすか」


 結局はそういうことだった。あれは勇敢なる自殺。セラの自棄とは訳が違う。シャルに止められる筈もなかった。


 より正確には、止めることを止められたのだが。


『お前には、俺たちがいない間この町を守ってほしい。頼むシャルロット』


 それがガウェインにシャルが言われた言葉だった。お陰で彼らが帰還するまでこの町に足止めされてしまった。はあ、とため息をつくシャルの心意を全く予想せずにセラは自らの髪を乱暴にかきむしる。


「そんなの、わたくしは、そんなつもりじゃ・・・」


 それっきりセラは黙り込み、シャルも何も言わなくなった。








「帰らせてもらうわ」


 何も会話せず、シャルだけが作業を続ける空間にいつまでもいる気にはならず、セラは退出を申し出る。これからどうするかは考えていないが、ここにいてもしょうがないことは確かだ。助けられたことに礼を言う必要もなければ、義理を感じる必要もない。


「は? 何言ってるんすか?」


 申し出と共にベッドから立ち上がったセラにシャルが振り返る。気のせいだろうか。その目が無機物でも見るような冷たい目だったのは。


「死にたかったんじゃなかったんすか?」


「え?」


「『バインド』」


 詠唱もなく唱えられた魔法は、セラの全身を見えない何かで縛り込みぎりぎりと締め付ける。


「どういうつも―――!?」


「『ディペイン』」


 そして、シャルはセラに向かって更に何かの魔法をかける。


 わずかに感じていた痛みがなくなる。心なしかそれ以外の感覚も。


 抵抗のなくなったセラの体をシャルがベッドの上に押し戻す。


「これ飲んでもらえるっすか? いいっすよね? 死にたがりのセラさん」


「んぐ!?」


 何かの薬瓶を口に突っ込まれ、さしたる抵抗もできず口内をドロリとした液体が刺激臭と共に流れていく。


 自分がされたことを考えながらセラが見たのは、口に笑みを浮かべる『魔女』のわくわく顔だった。


 変化はすぐに訪れた。目を閉じた覚えがないにも関わらず視界が暗転する。魔女に誘導され器を作るように置かされた手の中に、何かが二つ転がり落ちてきた。目を失ったセラは、手触りでそれがなんなのか判断する。微かに暖かみがあり、生ぬるい液体に濡れた球体のそれは。


「え?」


 わからない。分かりたくない。


 何故、何も見えないの? あれ、目ってどうやって開くものだっけ?




「迷えずの森に棲む魔女の言い伝え、知ってるっすか?」


「・・・・・・」


「迷えずの森のトアル遺跡、その遺跡に棲む魔女のお話。別に遺跡に棲んでるだけならただの変人で良い話っすよね。ならなんで魔女と呼ばれるのか。まさか遺跡に棲むその女が、ときたま迷い込む間抜けさんを、薬や魔法の実験体にしている、なんてことあるわけないっすし・・・ね」


「ああ・・・・、ああああ」


「ああ、流石に起きたままは怖いっすよね。眠ると良いっすよ。次に目が覚めたらきっと―――」


 耳元で囁かれる優しげな声に思考がぼやけていき、セラの意識は闇と共にそこで途切れた。




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