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第四十四話 卑怯者


「・・・・・。」


 すっかり意気消沈してしまったヒメの左手をアーシェが握る。そして伝わらない意思を懸命に伝えようとする。


「さっきはヒメがアーシェを助けた。だから私の力はヒメの力だ。信じろ。私と、オーマを」


 アーシェの気持ちをリーナが代弁する。不貞腐れた様に言っているがこの場で言うことが、なによりもヒメを気遣った証だろう。


「よろしくお願いします、セラさんを助けて・・・・・・・・って、あれ?よく考えたらセラさんを助ける必要ないのでは?」


 いつもの笑顔でオーマを送り出そうとしたヒメが重大な、もっと早くに気付くべきことに今更気付く。


「お、ヒメさんが残酷なことを言い出しました」


「そうじゃなくて!ガウェインさんやフィブリルさんはセラさんを傷つけようとはしてないんです!」


「そうか」


「あまり驚いてない?」


「勘違いしてるようだから訂正するが、これからの戦いは俺が『セラを救う』戦いじゃなくて、勇者が『セラを庇う怪しい冒険者を400人倒す』戦いだからな? セラみたいな犯罪者を助けるわけがないだろう」


「へ?」


「もちろん約束通りセラには手は出さない。しかしセラの方に飛ぶ流れ弾については俺の責任外だ。その場合事故だぞ。事故。ああ、前言撤回は認めないからお前は戦うなよ?」


「な、な、な・・・・」


 勘違いを悟ったのかヒメが納得の「な」の字を繰り返す。


 ヒメは舌戦になると途端に弱くなるらしい。


「オーマの・・・・卑怯者ーーーーー!!!!!」


「・・・・・。」


「おじさんらしいですね」


「・・・・・。」(こくん)




 そんなヒメの叫びが、怪しげな儀式に夢中な冒険者たちに届く。


 振り返った者たちの頭上に、


 攻撃力↑↑

 防御力↑↑

 魔力↑↑

 精神力↑↑

 素早さ↑↑

 器用さ↑↑ 


 と表示されている。


 バフ増し増し冒険者たち。その名も


「歌姫親衛隊ー!行っくのー!」


 壇上の歌姫が元気にゴーサインを出していた。


「「「「「「勇者がなんぼのもんじゃーい!!」」」」」」


 それからの動きは際立っていた。


 数人がオーマ達の方へ球体を投げたかと思うと、一斉に前、左、右へと散開を始め、同時に球体から噴き出した黒い煙がオーマ達の周囲へと立ちこめる。煙幕の中を無数の足音が反響する。






 幸いにしてヒメの反論を聞かぬまま戦端は開かれた。


 煙幕の中、一糸乱れぬ動きで息もつかせぬ攻撃を仕掛けてくる前衛をアーシェが捌くの感じながらオーマは笑みを浮かべる。


 これで、この力をヒメやアーシェに向けないで済む。普段のヒメならともかく、怪我を負ったヒメに向けられるわけがない。



――魔力解放。


――魔法陣同時展開。



 正直持て余していた。いつからかは正確にはわからない。ただこの溢れ出る力を、強い何かにぶつけたかった。


 現れた赤の魔法陣は複数。オーマを中心としたものを始め、左右に二つ、後方に三つ。そして空中に三つ。足りなければまだまだ増やせる。シャルの魔力制御の教育の賜物だ。魔力が有り余っているならそちらも活用すればいいだけの話だ。常時発動スキル―――『多重詠唱』。


「ヒメ、離れるなよ」


「は、はぃ」


 俺の傍のみが今これからの安全地帯だ。聖剣も抜かずにヒメの腰を抱き寄せ、魔法を発動する。


「『炎撃』掃射」


 次の瞬間、煙幕を貫きながら四方から飛んできた炎球を同じく炎の球が迎え撃つ。視界が塞がれても魔法ならばどこから来るのかが感じられる。


 赤と赤の衝突。衝撃が黒い煙を吹きばしていく。視界が晴れたその状況を確認してみれば、オーマ達は、剣やナイフ、斧、槍、その他近接武器を持つファイターに完全に包囲され、その奥からいくつもの魔法使いに狙われている。


「もきゅー」


 ヒメがリラックスし始める間も間断なく放たれる魔法と近接技の数々。


「アーシェ、近づいてくる奴全部頼めるか?」


「・・・・・。」(こくん)


 あっさりと逡巡なく頷いたアーシェは槍を頭上に突き上げる。遺跡の中、黒い雲がオーマの頭上を覆う。青い稲光を奔らせるそれはオーマに近づこうとするものに稲妻をもたらす。


「ぎゃっ!?」


 それ自体のダメージは大きくないらしいが、一瞬動きを止まらせたところをアーシェがHPの九割を削る大ダメージと共に再び外へとはじき出していく。敵の近接は完全に二の足を踏む展開だ。一人でオーマとヒメのいる範囲を守護するアーシェのゾーンディフェンスは流石の一言。気のせいかアーシェの背中が、褒めて褒めてとせがんでいる。


「後で存分に褒めてやる」


「・・・・・。」


 返事をしないアーシェだが、感情はその後の働きに如実に現れていた。


「オーマ・・・。私は何もしなくていいんですかー?」


 人の胸に顔を埋めながらのんびりとヒメが再確認してくる。


「寝てていいぞ」


「オーマの胸の内で?」


「胸の内で」


「ロマンチックですね」


 赤、青、黄色と閃光が明滅する中で。


「ふ、残念ですね、ヒメさん。私なんて頭の上で寝れるんですよ!」


「ロマンチックが皆無だな」


「・・・・・・ですね」


「私ともいちゃつけー」


 リーナが不貞腐れた。


 そんな会話の最中も、飛んでくる魔法に全く同質の魔法をぶつけては相殺する。炎が来ては炎を、氷が来ては氷を、雷が来ては雷を。雷で雷って防げるのかーと頭の片隅で驚きつつ、そんな作業を続ける。


 そんな受けの姿勢のために戦況が硬直する。硬直すれば業を煮やして戦法を変えてくるかとも思ったが、相手の前衛は足踏みを続け、後衛は成果のない魔法を放ち続ける。どういうつもりだろうか。疑問に思うもその答えはすぐにわかった。


「皆~!元気出すの~!」


 HPとMPが回復していく。もちろん相手の。オーマが競い合った分も、アーシェが削った分もすべて零に戻された。


「なるほど。持久戦こそ望むところか」


 それだけではない。まだ到着していなかった冒険者たちも集い始めた。このまま膠着した状態で人数が増えれば、此方がどんどん不利になる。


 なら、取るべきは回復など許さない一撃必殺の強攻撃。だが、同時に思い出す。セラから聞いた敗走話を。龍の炎に一撃で焼かれた敗北をこいつらは繰り返すだろうか。そう言えばここにいるべきガウェインの姿がない。


 試して見よう。


 魔法陣の一つが黒く、大きくなる。同時に他の魔法の威力も高めていく。相殺ではなく打ち勝つ威力に。貫く威力に。魔力の消費が激しくなるが問題ない。


 一撃で終わらせるのだから。


「滅びへ誘う腐食の連鎖、闇に染まりし母なる海よ。子を抱き、食らえ」


「オーマ?」


 練り込まれた強大な魔力にヒメが不安そうにオーマを呼ぶ。そんなヒメを抱きしめ返しさらに魔力を込める。


 究極魔法には分類されない、ただ強いだけの闇属性攻撃魔法。ただ強いだけ。当たると死ぬだけ。


 それに、こうでもしないとあいつはわからないだろ?


 視線を投げかけた先、丁度目を覚ましたらしいセラと偶然にも目が合う。


(しっかり見とけよ。お前の仲間が・・・)


「『腐母の抱擁』」


(足掻く姿を)


 禍々しい地響きをさせながら、湧き上がってくる魔力が地面を突き破り、弾ける。


 黒く染まった闇の水は、透き通った水と変わらない清らかさで広がり、子を求めて冒険者たちに降りかかった。


「やめてえええーーーーーーー!!!!!!!」


 その時響き渡ったのは、冒険者たちに絶望的な魔法が襲い掛かる悪夢を目にしたセラであった。


 けれど同時に――


「ぜーんぶ跳ね返せ~!!」


 歌姫の声と共にそれぞれの冒険者の周囲に透明の水鏡が煌めく。『リフレクト』。


 それが黒い腐水を跳ね返し、流れが逆転する。全てオーマを目指して。


「・・・・・。」


 立ち尽くすアーシェを、水は何も無かったかのように流れ、素通りする。ただオーマだけを目指す反射状態。呪いが術者に返るように、無効化された魔法は、その使い手のみに牙を剥く。たとえこの時アーシェやオーマがどんな行動を取ろうと、それがオーマに命中することは決定していた。


 黒い水が使い手を呑み込んだ後、そんな背後の惨状には目も向けないアーシェの正面に、ガウェインがいた。


 アーシェはただ冷静にガウェインを見定める。


「『十余り、六つ』!」


 アーシェの真正面に踏み込み巨大な戦斧を高速で振り抜くガウェイン。


「・・・・・。」


 迎え撃つアーシェ。アーシェの槍とガウェインの戦斧が打ち合わされた、その瞬間を狙うように他の冒険者がアーシェに殺到する。




 いよいよ大乱闘へ持ち込まれようとする中、戦いを中断するためにオーマの叫びが発せられる。


「そこまでだ!」


 オーマのすべてを停止させる一喝は、包囲の中心からではなく、外、いや、こういった方が早いだろう。セラの目の前から発せられた。




 魔を滅ぼす聖なる剣をセラに突き付ける光景を、その場にいる誰もが目にして動きを止める。その中で動くものが三人。歌姫がセラを庇うようにオーマとの間に割って入り、ヒメが舞台上のオーマと腕の中でぐったりするオーマとを交互に二度見する。そしてそんなヒメを抱き寄せていたオーマの「分身」が反射による即死を受けて崩れ落ち、溶けだす。


 それを受けて、次に動くものが三人。


 ガウェイン。


「やめろ!フィブリル!」


 セラ。


「やめなさいよフィー!これでいいの!私はここで死ぬ!死にたいのよ!」


 そしてリーナ。


「わー。おじさんが泥にー(棒)」




 それらを受けて歌姫こと、フィブリルは口を開いた。真っ直ぐにオーマを見つめるその瞳には、恐れも敵対心もない。


「セラは、殺さないで」


 ただ懇願していた。





 そしてさらに動き出す者たち。我に返った冒険者たちが反転して壇上へと殺到する。


「分身だ!」「忍者だ!」「いや、勇者だ!」「勇者か!」「忍者勇者か!」


 勇者=忍者説を唱える者。


「えげつねえ!」「えげつないぞ勇者!」「流石勇者!」「流石勇者えげつない!」


 勇者=えげつない説を推す者。


「Don't touch!」「Don't touch!」「Don't touch!」「「「フィブリル!」」」


 あとは、よくわからない。




「ちょ、お前ら!状況見ろよ!完全に歌姫が人質になってるだろ!無視してくんなよ!それでも親衛隊かよ!?」


「Don't touch!」「Don't touch!」「Don't touch!」


「やめろ~!」


 正直怖かったので、セラに剣を向けるのを止め、オーマは慌ててその場から離れた。収穫はあった。



 走ってヒメのもとに戻る途中でガウェインと目が合う。その目は驚きに満ちていた。




「オーマのバーカ!オーマのバーカ!」


 ガウェインを通りすぎ、戻ってみると、ヒメに罵倒された。


「別に約束は破ってないだろ」


 そして再び、オーマは「セイレーンの歌声」の一団と対峙する。


 振り出しではない。切っ掛けは与えた。後は・・・・セラ次第だ。



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