第四十三話 守りたい
目を閉じてヒメたちの気の抜けるやり取りをやり過ごしたオーマは、冷静さを取り戻した上で口を開く。
燻り続ける真っ黒な殺意をひた隠しながら表面上はいつも通りに振る舞う。
「・・・・・それでさ」
「はい」
安心しているのかふわふわと弛みきった表情のヒメにそろそろ現実を教えてやらなければならない。
「お前らの守ろうとしていたセラがいなくなってるんだが、それはいいのか?」
「え?」
振り返ったヒメとアーシェ、その先にあるのは、いや無くなっているのはセラの姿であった。
「な、にゆ、え?」
ヒメが固まっていた。
「・・・・・?」
分身を使った?とアーシェがオーマの表情を窺いながら問う。
「俺じゃない」
分身なんて戦端を開きかねない行為をあの場でするわけにはいかなかった。
「じゃあ、どうして・・・?」
「確かめに行くか」
そう言ってオーマは返事も聞かず、つかつかとヒメが来た方向に歩き始めた。
「行くかって、何か心当たりがあるんですか?」
ヒメとアーシェも後に続く。これでもヒメは慌てていたりする。ガウェインらにあれだけ大見得を切っておいて、いつの間にかいなくなっていましたとは言えない。だが、そんなヒメの動揺はオーマに気にも留められていなかった。
別のことを考えていたからだ。
・・・・・・・・・。
幸いにして、あれからクエストは鳴りを潜めている。ヒメとアーシェとの戦闘。勝利条件にも敗北条件にも当てはまらない「降参」という手は、盤上遊戯に例えるなら初手の投了。そもそも戦う気があったのかさえ謎な行為に、クエストも呆れてしまったか。だが、当然の行動ではあった。俺の目的はヒメとアーシェに勝利して最強を誇ることではなく、セラを排除して安全な世界を作ること。ヒメ達など戦わずにやり過ごした方が良いに決まっている。そして二人が狙い通りに気を抜いている今がセラを殺すためのチャンスである。
そのセラは消えているわけだが。
(殺す・・・か)
自分の思考に引っ掛かりを覚える。おかしいのだ。ヒメが危険にさらされたのは今に始まったことではない。この町に来る前にも俺達を襲ってきた盗賊はいる。そしてそれを返り討ちにしたあと、生殺与奪の権利を得てしかし、殺したいとまでは思わなかったはずだ。より正確に言うなら、殺すことを忌避さえしていたのではなかったか。
あの時と今で何が違うのか? 何が違えば、今、これほど頭の中が殺意で埋め尽くされるのか。
今抱いている違和感を一言で表すなら。
この殺意は、本当に俺のものなのか?
と、そう自問するも、俺自身が確信とともにそうだと答える。そうに決まっている。そうでないなら、一体誰のものだというのか、と一蹴する。それはそうだ。俺の思考、俺以外の何が関与するというのか。
だからこれは。
「オーマ、大丈夫ですか?」
「・・・・・。」(調子が悪いのか?)
「ふー」
ヒメとアーシェからは心配そうな声をかけられ、リーナには耳に息を吹き掛けられる。
どうやら違和感を覚えられる程度には呆けていたらしい。
「・・・・・なんでもない。それでだ、・・・・なんか用か?」
思考にふける前の話題を思い出そうとするが、完全に忘れていた。忘れる以前に頭に入っていなかったのかもしれない。なので改めて聞く。
「セラさんの行方に心当たりがあるのか、です」
「ああ、それか」
セラの行方。心当たりというか目の当たりというか。
「お前らと話している隙に数人の男が攫っていった」
今思い出してもあれはやばい。
棺桶を担いでやって来た男たちが、気絶しているセラをそのまま棺桶に押し込めてえいやほいさと運んでいった。あんな祭のように威勢よく溌剌とした葬送があっていいのだろうか。口を開けてしまいそうなほど間抜けな光景だった。
「何ですぐに言わないんですか」
どうでもよかったとは言えない。むしろ何かあってくれることに期待して放置したのだ。
「お前らが気づいていないとは思わなかったんでな」
「そ、それは・・・」
もにょもにょとヒメが聞き取れない言い訳をこぼす。
「・・・・・。」
オーマに夢中ですっかり意識の外だったとは言えないんだぜ。と、アーシェは言っている。
逆にヒメ達が用意した葬送用の人員かとも思ったが、その割にはヒメもアーシェも彼らのことを全く認識していなかった。
「セラって、さっきヒメさんに息の根を止められていた人ですか?」
満を持してオーマの頭に乗り換えていたリーナがセラとは誰かと尋ねる。驚愕の真実と共に。
「止めたのか?」
息の根を。
そういえばセラが突っ伏していることは確認したが、息がある事は確かめていない。あれがまさか死体だったとは。なるほど。あの愉快な葬送にも納得が行く。
「さすがだな」
「止めてません」
「まあ、セラが誰だろうとどうでもいいことに変わりはないです」
リーナはそう結論付けた。リーナに人族を気遣えというのもおかしな話だしな。
「それで、何なんですか、その攫って行った人達は?」
自分の不注意が際立ってきたためか、ヒメは、悪いのは全てそいつらだと誘拐犯達をやり玉にあげる。
俺が知るか、と言いたいところだが。
「400人。これがなんの数字かわかるか?」
「オーマが今までに愛してきた幼女の数?」
「そう。ギルド『セイレーンの歌声』の現在の団員数だ」
「ナチュラルにスルーしますね」
「シーファによるとこれのせいで二十近くのギルドがつぶれたらしい」
「結構な被害ですね。ところでシーファって誰ですか。幼女ですか。新しい子ですか」
「・・・・・?」
新しい子なのか?とアーシェ。呆れているのではなく、初めて聞いた事実を再確認するためのものだ。どちらにしろ無視する。
「ギルド瓦解の原因がセラだと分かればさぞ恨みに思う奴もいるだろう。その可能性が400人分あるんだ。セラに殺意を抱く奴がいてもおかしくない」
「分が悪くなるとスルーですか。そうですか、私の単独行動も許してくれるんですか」
「なんなら戻ってこなくてもいいぞ」
「滅相も無いです・・・」
ヒメは懲りていない。ちゃっかり許されようとするヒメに釘をさす。
「話くらい真面目に聞け。シーファはあの裸Tシャツの変態だ。偽セラだ」
「ああ、変態の方のセラさんですか」
ヒメが納得する。
「・・・・・。」
変態の方・・・一体何奴なんだ。アーシェは真剣に考え込む。
「不審者でしょう」
リーナが答える。間違ってはいない。
「話を戻すが、本物の方のセラはその400人ぐらいの被害者に命を狙われていてもおかしくない。それを踏まえてこの辺りには今現在約400の魔力反応が跋扈している」
「全員じゃないですか」
ヒメが面倒くさそうな顔をする。
「暗闇の中を迫る大量の追跡者。ホラーっぽくないですか?」
逆にリーナは嬉しそうだ。
「怖くはないけどな」
「そうですね。怖くはないです」
「なんでですか?」
「「剣が効くから」」
「あ、そうですか」
「って、攫って行った人たちがその被害者たちなら、本物セラさん攫われちゃって物凄く危険じゃないですか!」
ヒメが慌てる。
「そうでもない」
「そうなんですか?」
慌てたヒメがもう落ち着いた。信用し過ぎだろう。今しがたセラを殺そうとしていた俺を相手に。
「400人って結構な数でな。そのほぼ全員がリーダーであるセラに恨みを抱いているともなれば物凄く扱いにくいわけだ」
「そうですね」
「それが400人同時に今この場所に集まっている。セラではない何者かの指揮系統がしっかりしていた証拠だ」
「セラさんがいなくなってからまとまり始めたんじゃないですか?」
「夜、ばらばらに休息している400人が偶然事態を把握して集結か。ありえないな」
「誰かが代理でリーダーを務めたとか」
「数時間で400人をまとめ上げたと。それはそれであり得るのかもしれないが、最初から裏で統率していた奴がいたと考えた方がいいだろう。今回のセラ退治の件も計画されてのことだろうし、予定されていたのなら今ここに400人集まっていることは不思議でもなんでもない」
「でもそれってガウェインさんですよね?」
確かに、ガウェインが最もその統率者に当てはまりそうだ。
「まあ、それだけ統率がとれているやつらが、セラをその場で殺さずにどこかへ運ぼうというんだ。目的としては、公開処刑だろ」
推理と言うよりは願望を込めての公開処刑。俺が手を下す必要がないに越したことはない。
セラが何らかの魔法を使って助けを呼んだ、なんてことも有り得るが可能性は低そうだ。そもそも魔法って何でも有りなために考え始めたらきりがない。
「そいつらが集まりつつあるのがこの先だ。セラを殺・・・・殺されないようにするには、全員集まっていない今が好機だ」
「ガウェインさんなら公開処刑はないと思いますが。その場合どのみち急がないといけないのでは?」
その通りなんだから、お前は俺の言葉を信じてのんびりするのを止めろ。
「その前に確認だ。俺はセラを見逃したくない。ぶっちゃけ殺したいというのが本心だ。誰かに害を為すというのなら今のうちに排除しておくのが吉と思っている。その上でお前らはセラを死なせたくないと、そう言うんだな?」
「はい」
「・・・・・。」(こくん)
「別に私は構わないですけど」
「そこは頷いておいてください」
「私はNOと言える魔族なのです」
ヒメとアーシェが頷き、リーナは保留する。二対一、多数決では俺の負けだ。リーナをこちらにつけても割れてしまっては意味がない。
「なら、セラは助ける。その件とは別に、して欲しい事がある」
「なんでしょう」
「・・・・・。」何でも言ってみろい!と、アーシェ。
「してほしいのはヒメになんだが」
「私にですか?」
そうこうしているうちに、やたら長かった通路が、会話が一区切りされるのを待っていたかのように都合よく終わりを迎える。
通路を抜けたそこは、ヒメとガウェインが戦いを繰り広げた場所であり、今現在、フィブリル(おそらく本物)と眠っているセラ(縛られている)がいて、その周囲に100に及ぼうとする冒険者が集まっていた。
ただ、様子がおかしい。
「あれは、・・・。なんだ?」
オーマが動揺を隠しもせずに説明を求める。それほどに理解できない行為が広がっていた。
「あやしいダンスです」
とヒメが言う。
「偶像崇拝じゃないですか?」
とリーナが言う。
「・・・・・。」
昔あんな悪魔集会を見たことがある。とアーシェが言う。
しかし誰も明確な答えはもたず謎は深まるばかり。
そんなオーマ達の視線の先で。
「みんなーっ!!盛り上がって行くのーーー!!」
「「「「「「Wooooooooooow!!!」」」」」」
「みゅーじっくぅ、すたーと!」
どこからともなく音楽が流れ出す。しばし曲が流れ、壇上の翡翠ドレスの少女が足でリズムを取りながら歌い出しに合わせて口を開く。
「ある~日♪」『ある~日っ』
「森の~中♪」『森の~中!』
「魔女さ~んに♪」『魔女さ~んに!』
「出会~った♪」『出会~った!』
「すたこーら、さっさっさーのさ~♪」
素早さUP! 素早さUP!
素早さUP! 素早さUP!
素早さUP! 素早さUP! 素早さUP!
素早さUP! 素早さUP!
「・・・・・」
描写不足で何が起こっているのか分からないと思う。でも分からなくていいのではないかと俺は思うのだ。
「それで手伝ってほしいことって何ですか?」
ヒメが言葉を失っているオーマを呼び戻しつつ先の要求を聞く。思わず圧倒されていたオーマは後ろ髪をひかれながらもヒメに視線を戻し気を取り直す。
「ああ。簡単なことだ。お前はここで一切、戦うな」
「戦うな・・・?私が、ですか?」
「ああ。右腕を庇っているお前が、だ」
その理由を付け加えながら念を押す。これから起こる戦いにヒメの参加を認めない。俺はそう言った。
「それは・・・・」
オーマの心配が目に見えるその要求に、ヒメは照れと不満がないまぜになった、けれどもやはり納得のいかない顔で不平を表す。
思えばヒメはずっとこんな表情をしている。思い通りにならないことにやるせなさを感じた顔を。
「ヒメ」
「は、はい」
オーマの冷たい呼びかけにヒメの表情は一変する。怒られるとわかってしょげかえる子供の様だ。そう、子供の様。何もかも考えが甘い、力があればどうにでもなると考えている。力を得てしまったからこその傲慢、軽挙、油断、増長。
「俺はずっと言ってるよな? お前に無理してほしくないって」
「はい・・・。言われてます」
だが。
「それ、俺も同じなんだよな」
「え? まあ、確かにオーマに無理はしてほしくないですが」
「そうじゃなくてさ。究極魔法とか不用意に使うなって度々注意されてるだろ」
「はい。してます」
「だからさ、俺が勝手した分、ある程度ヒメの勝手も許容しようとは思ってたんだ」
「過去形なんですが」
「過去の事だからな。つまりな、ヒメ―――」
「お互い様にはしたくないだろ?」
それを聞いたヒメはオーマの言葉を正しい意味で理解する。
オーマがヒメに無理をするなと言うように、ヒメもまた言っているのだ。強すぎる魔法を使うなと、オーマに。
お互い様とはつまり、オーマの言葉が通らないなら、ヒメの言葉も聞き入れられないということである。
それは大勢の人がいるこの場所で、オーマの究極魔法が荒れ狂うことを意味した。
脅しそのものだ。けれどこうでも言わなければヒメは止まらない。一人で戦おうとする。自分をひたすらに顧みず、ひたむきに無視して、必死に無茶をする。その結果がどうなるか。俺は知っている。知っている気がする。
もちろんどうしようが本人の勝手であり、ヒメの勝手であり、俺の勝手だ。
「・・・・・・・」
けれどその無茶を、俺は許せない。
「分かりました」
ヒメは、折れてくれた。
ヒメが頷いたことに俺は心底ほっとしていた。




