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第四十一話 限界


 ガウェインとフィブリルを置いてヒメは遺跡の通路を一人で歩き始め、やがて走り出す。左手で刀の鯉口を押さえ右手を柄に添えていつでも刀が抜ける体勢をとる。灯りは持てないが必要ない。ダンジョンの最深部はだいたい明るい。


「それで、一体どういうことなんですか、これは?」


「ぶーぶー。こっちが聞きたいぐらいですよー」


 走りながらヒメは虚空に向かって語り掛ける。呼びかけに応え、ヒメの頭上に現れたのはリーナだった。


「オーマのこと見ててくれたんじゃないんですか?」


 リーナとは同盟の件がある。もう日は跨いでいる時間だ。明日からと決めてあった同盟の開始は既に為されていると言って良い。こんなに早く活用されることになるとは互いに思いもしないが、事が起こってしまってはそうも言っていられない。


 そして同盟の「オーマ側での異変をヒメに伝える」という内容上、リーナは義務としてオーマについているべきであった。


「見てませんよ。起きてましたもん。食事終えてのんびりしてましたもん。だいたいなんで寝てないんですか。寝ましょうよ。いま寝る時間ですよね?」


「まあ、子供ですからね」


 仕方ないです。


「子供扱いするなー」


 リーナがぺしぺしとヒメの頭をたたく。小さすぎる手の感触にヒメはほっこりする。焦っていたのが少し落ち着く。


「それじゃあオーマも寝てないんですか?」


「寝てないどころか大暴れです。なんでか、昼間すれ違った赤い髪の女の子と睨み合ってましたー」


 しっかり把握してるじゃないですか。


 どうやら一度オーマのところには行ってきたらしい。しかし、オーマのもとを離れてここへ来なければならなくなった。知りたい。オーマに何が起こっているのか。


「もう少し詳しくお願いします」


「心休まる夜のひととき。私は台所に立ち、おじさんからもらった食材のいくつかを大胆にもまるごと鍋に投げ入れてぐつぐつと煮込んでいました。匂い立つ鍋。充満する白い煙。そこで私は気づいたのです。今まで私が料理などしてこなかったことに!「そこは飛ばしてください」食事を終え一休みしていたところ、遠く離れたおじさんに大きな精神支配の力が働くの感じました。そんなことをする不埒な輩、この私が成敗してくれますっ、と文句を言いに行ったら、おじさんと見知らぬ誰かがいろいろと話してまして、その後、おじさんが見知らぬ誰かさんに斬りかかりました」


 見知らぬ誰かとはおそらく、本物セラの事だろう。黒幕だ。斬りかかっても問題無し、戦う前に会話を挟んでいるあたりごく普通のボス戦だ。殺そうとまではしていないはず、なのだが。


「精神支配って何ですか?」


「おじさんの頭の中が『セラを殺せ』で埋め尽くされています」


 訂正。問題しか無かった。


「止めましょうよ」


「止めようとしたんですが、おじさんが精神支配を防いでるせいで私の魔法まで拒絶してるんですよ。おじさんには私の声も聞こえなければ、私がおじさんの頭の中をいじることも出来ません。無念です」


 しょぼんとリーナが声のトーンを落とす。さりげに怖いことを言っているのは指摘した方がいいのだろうか。


「それによく考えたらあの盗賊は埋めておくべきだと私も思ってました。でも何で関係ない盗賊が出て来たんですかね?」


 明るくなってリーナは言うが、リーナの言うセラが違う人を指している気がする。リーナはガウェインの話を聞いていない。入れ替わりも含めて認識がまちまちでややこしい。なので置いておくことにする。


「それじゃあオーマがアーシェちゃんと睨み合っているのは斬りかかったのを止められたからですか」


「そうそう確かアーシェとか言いましたね。今はアーシェさんが見知らぬ誰かを背負っておじさんから逃げてるところです。こっちに来てます」


「こっちに・・・。今はどんな感じてすか」


「どんなと言われても・・・滅茶苦茶暴れてます」


「オーマがですか?」


「見知らぬ誰かさんがです。なんか知りませんけど死にたいらしいです。おじさんに殺して貰えそうな所にアーシェさんに邪魔されたので暴れてるみたいですね。気持ちは分かります」


「わからないでください」






「それにしてもこの通路長いですね。結構走ってますよ」


「会話が終わるまで伸び続けるタイプですね」


 どんなタイプですかとリーナはツッコもうとしたが、何かが迫るのを察しヒメに注意を喚起する。


「来ますよ」


「わかってます」


 リーナに忠告されヒメはその理由に際して刀を抜く。そして前方から飛んできた氷の槍を『破魔の刀』で弾き、続く炎の球をたたっ切る。


「おわわ・・・」


 急な動作に慌ててリーナがヒメの髪にしがみつく。先に気付いていただろうとか、精神体なのだから落ちることはないだろうとか、指摘するのは野暮だ。可愛いし。


「皆がリーナちゃんみたいなら良いのに」


「嫌です」


 更に真っ向から飛んでくる魔法をヒメは刀で払いのける。刀にぶつかった炎球や氷槍はすぐに消え失せる。もともとの威力が弱いのもあってこの程度でヒメの足は止まらない。むしろ速度を上げさせた。本来初級魔法であり射程もかなり短いはずのこの魔法がどこからともなく長距離を飛んでくるという不自然がヒメを急がせる。その不自然を為せる筆頭がオーマであるために。


「うわ」


「どうしました?」


 そこへ上がったリーナの呆れの声にヒメは過敏とも言える早さでその理由を尋ねる。


「セラさんがアーシェさんの目をぐちゅって刺しました。さっきまで首も絞めてましたし、なかなかに傍迷惑な方ですね。私には及びませんが」


 ああ。そうなんだ。


「・・・・・・・」


 ヒメなそれっきり黙り込み、ぐっと地面を強く踏み込む。更に増した速度にリーナが悲鳴を上げる。相対的に向かってくる魔法の速度も上がるが、自分に向かってくるものに絞れば一本の刀で問題なくはじき飛ばせる。




 ヒメが暢気にフィブリル達との会話に興じていたのは、単純に言えば事態を甘く見ていたから。それは間違いない。


 ヒメは、アーリアがセラの死を防ぐために動いているのを知っていた。その為にアーシェを介し、オーマを動かすことも知っていた。知っていたから安心していた。


 オーマがセラを守ることも、アーシェがそれを完璧に補佐することも疑ってはいなかった。たとえ救う相手が誰であろうとオーマは王道に沿うタイプだ。死にそうな、死にたがっている人がいたら当たり前にそれを助けたいと思い、当たり前に助けようとする。現にリーナに対しては全力で助けた。


 それがまさか魔王でもないセラを殺そうとするなど思いもしなかった。何故セラだと殺そうとするのか。人族だからとでも言うのか。違うはずだ。何か理由があるはずだ。


 もう今回の件をリーナの件と同一視はできない。もはやこれはネクスタの町での魔力暴走に近いものだ。そしてその状態に至ったのはリーナの言う精神支配の所為。精神支配とは、おそらくあの呪いのこと。


 覚悟しておかなければならない。


 今のオーマが正気ではないことを。


「違います」


「え?」


「おじさんは正気です」


「それはどういう意味です?」


「・・・・・もう着きます」






 リーナの訂正の意味を問いただす暇もなく、ヒメはその場を目にする。セラを背負ったアーシェが地に伏せるために身を転がし、崩れた天井に飲み込まれそうになるというぎりぎりの瞬間であった。


「・・・・っ」


 いつもの居合では間に合わない。一度の斬撃で瓦礫を両断したところで二人を助けることは叶わない。


 ヒメは目を閉じる。諦めたからでも、目をそらすためでもない。その瞬間に出来ることをするために。


 間合いが広がる。研ぎ澄まされた神経が五感より先に間合いの内の状況を把握する。凝縮された時間の中でセラがアーシェと入れ替わり瓦礫から庇おうとするのを認識する。「もう嫌なのです」との言葉も空間を伝う波から読み取れた。それがわずかにヒメの手を鈍らせる。それさえなければもっと簡単に助けられたのに。ヒメにはその言葉と行為が、痛いほど、癪に障った。


 自分のために自分を殺し、誰かを苦しませるなど。


 ――――。


 無音の納刀。


「変な自己犠牲に浸らないでもらえます?あなたが暴れなければアーシェちゃんは逃げ切れたんですよ」


 聞かせるつもりのない文句を、言った時には全てを終わらせていた。



 ヒメの言葉の始まりと同時、瓦礫が彼女らに到達する。


 その直前をヒメの奥義が切り裂いた。


 姫流抜刀術『唯壱の型』


 ヒメの我流の居合は抜刀から納刀までを限りなく零に近い時間で行う。なら、更に抜刀前の構えと納刀後の構えが同じであるなら、一瞬の間に限りなく無限に近い数、居合を放つことも可能であるということである。理論的には。


 当然、ヒメの技量にも限界があり、普段は一度のみの抜刀で終わらせている。納刀時、カチンと音をさせるモーションも負担を軽減するための遊びである。その二つの譲歩を重ねて、ヒメは『ただの』神速の居合を行っていた。


 だがこの状況においてヒメは必要に迫られ、音の無い居合を放っていた。一瞬の間に無限に近い数の居合を重ねられるヒメの本領。少なくとも崩れ落ちた瓦礫が砂状になる程度には、それを重ねた。


 結果、セラたちに降りかかるはずだった大量の瓦礫は砂へと形状を変え、空気をはらみながら柔らかく落下する。


 どさあ、とセラの背中に大量の砂が降りかかる。それでもかなりの衝撃ではあったが、セラももとは冒険者の端くれである。砂に埋もれたセラとアーシェの二人だったが、すぐに二人は砂の中から起き上がり髪についた砂を落とすため首を振りながら、ぺっぺと口に入った砂を吐き出す。


 二人とも無事であった。






 アーシェとセラが互いの姿を見て二人とも助かったことを理解し合う。


「おぐっ!?」


 その直後、セラに異変が訪れる。うめき声を発し崩れ落ちたのだ。崩れ落ちるセラの背後に、左手で持つ刀の柄尻を向けたヒメの姿があった。


「容赦ないです」


 ヒメの頭上から真下を覗き込むようにしてリーナが感想を呟く。視認したわけではないが何をしたのかは想像がついた。


「・・・・・。」見てないよ。なにも見てないよ。


 アーシェは視認こそしたが見なかったことにした。


 ヒメが刀の柄尻でセラの頸椎を強打したのである。


「良い子は真似しちゃだめですよ。頸椎には重要な神経が走ってますからね」


 と、スッキリした顔でヒメは続けた。


「あなたもしちゃだめでしょう」


 リーナがツッコんだ。






「そんなことよりアーシェちゃん!目を見せてください」


 セラの気絶を確認し、ヒメはアーシェのもとに刀を納めながら走り寄り、アーシェの目に付着した血と砂の塊を軽く払いのけてその傷を確かめる。


「・・・・・。」


 アーシェはおとなしくされるがままになる。


「ヒメさん急いで!傍に来てます!すぐそこにいますう!!」


 目に涙を浮かべながら、リーナが思い出したようにばしばしとヒメの頭を叩いて急かす。想い人を指して随分な言い様である。


 通路は瓦礫が塞いでいる。ヒメが居合で粉々にしたのはヒメの位置からセラたちのところまでに落ちてくる瓦礫のみであった。オーマとの間に落ちてくる瓦礫には触れていない。今オーマはその落ちた瓦礫に阻まれて来ることが出来ない。


 けれどそれも今のオーマには時間稼ぎにしかならないだろう。それでもヒメは落ち着いてアーシェの傷を診る。


「良かった。単なる『目つぶし』ですね」


「何が良いんです?何が良いんです?」


 響きとやることの残忍さの割に直接的なダメージの無い『暗闇』の状態異常を与える目つぶし。『暗闇』なら治療薬『活目薬』を使えばすぐに治る、時間経過でも治る、言ってしまえば軽傷である。見た目が酷いだけだ。


 ただこれをオーマが見たならキレること請け合いである。ヒメだって聞いただけでむかついたのだ。しかし件の魔力解放はこれ以前に行われている。オーマは別の意図でセラを殺そうとしていたのだ。そこに怒りが加わって複雑なことになってなければいいのだが。


 更に厄介なことに―――。


「っ・・・」


 ヒメが右肩を押さえ激痛に顔をしかめる。


 問題はむしろ、瓦礫を粉微塵にするために無理をしすぎたヒメの右肩の方であった。いくら人並外れているとはいえ、まだ人の内である。限界はすぐそこにあった。


「・・・・・!」


 心配してくれているのかアーシェがヒメの目を真っ直ぐ見つめる。


「大丈夫です。左手はまだ使えますから」


「・・・・・。」


 逆を言えば右手は使えないのか。そんなことをアーシェは聞くがヒメには届かない。


 ヒメは迷えずの森でオーマから分配された『活目薬』をアーシェに渡す。言葉が伝わらないことを理解したアーシェはそれ以上の問答をせず『活目薬』を受け取りごくごくと喉に流し込んだ。


「飲み薬だったんだ」


「終わったなら早く逃げますよ!やつはすぐそこです!」


 リーナが再び急かす。どことなく楽しそうだ。追われるのが好きなのだろうか。他人の恐怖を他人事として楽しむ、ヒメとは相容れそうにない部分である。


 そこで。


 どかあああぁぁん!!!


 ヒメの背後で道を塞いでいた瓦礫が、陳腐な効果音と共に吹っ飛んでいく。


「あわわわわわ」


 リーナがあわを食って怯える中、ヒメがゆっくりと振り向く。


「なあ、ヒメ」


 瓦礫を除いて向こうからやってきたのは誰あろうオーマである。十文字槍を片手に威圧感をまき散らしながら登場する。まるで魔王だ。格好良い。


「お前まで邪魔しようとはしないよな?」


 ご機嫌ななめの様子だった。


 それを見てヒメは右腕をだらりとぶら下げながら左手で器用に刀を抜き、一度宙に放って持ち直す。


「やだなあ、オーマ」


 リーナちゃんは一つ誤解をしている。別に時間が足りなかったからオーマに追いつかれたわけでは無い。もともと逃げるつもりなど無かったのだ。


「私がオーマの邪魔をするのなんて、もはやお約束みたいなものじゃないですか」


 ヒメが笑顔でそう言い、つられてオーマが薄く笑う。笑みに満ちた暖かい空間だった。


「火花散らせないでくださいよ!」


「アーシェちゃんはセラを連れて先に行ってて」


「・・・・・。」


 アーシェ言語をヒメは解しない。何を言ったかは分からないが多分頷いて撤退してくれるだろう。


 そう思ったヒメの隣に槍を持って並び立つものの姿があった。アーシェだった。


「断られてた」


「・・・・・。」


 得意げなアーシェはやる気満々だった。


 セラは砂に突っ伏したまま放置されていた。




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