第四十話 破壊者
「お手合わせありがとうございました」
ヒメが深く頭を下げる。剣も刀も鞘に収められており、戦いが既に終わっていることを告げていた。
「・・・・・・・・」
その正面で、地面に這いつくばっているガウェインが荒く息をついていた。汗まみれの腕をゆっくりと立ち上げ、何とか体を起こそうとするがすぐに力が抜け、崩れ落ちる。目の前に突き立った自慢の戦斧にすがり付くことすらできない。ガウェインは今や立ち上がれもしないほどに疲弊しきっていた。
最初こそヒメと互角の戦いを見せていたガウェインであったが、次第に動きを速くしていったヒメについていけなくなりやがて力尽きた。最初に希望が見えていただけにオーマよりさらにむごい負け方だったと言える。
「よく頑張ったの。もう、頑張らなくていいの」
戦いが終息したのを見て近づいてきたフィブリルは、無力にも地に沈んだガウェインを見て同情の笑みを浮かべる。
「安らかに眠って・・・」
「看取っちゃうんですか」
「ヒメ!」
「はい!」
白く灰になっていくガウェインを見てつい口を挟んでしまったヒメにフィブリルが強く呼び掛ける。
「ヒメには『プライドブレイカー』の称号を授けるの」
『プライドブレイカー』
数々のプライド高き者を打ち破って来た心折の鬼。近づくと火傷では済まない。精神的な意味で。
「ありがとうございます」
ヒメは謝意と共に称号を受け入れた。
「それと、これをあげる」
そう言ってフィブリルはガウェインの装備をすぱぁんと剥ぎ取りヒメに渡す。それを見たヒメは目を輝かせた。
――ヒメは『ガウェインの靴下』を手に入れた!
「オーマも喜びます」
ヒメは性能を一顧だにせず、『ガウェインの靴下』をアイテム袋に収納した。
「ヒメの彼の趣味はおいておくとして、『ガウェインの靴下』は交換アイテムなの。一杯集めると良いものと交換できるの」
「つまりガウェインさんはこれからも頻繁に倒されるということですね」
そしてその度に靴下を剥がれるわけですね。
「そなの。次戦うときはもっと強くなってるの」
「次回が楽しみです。次はオーマと戦ってもらいましょう」
「待て、勝手に再戦させようとするな」
あ、復活した。
「私のガウェインは負けっぱなしでは終わらないの」
そう言ってフィブリルは握ったこぶしを突きだした。それにヒメはすぐさま握りこぶしを打ち合わせて応える。
「私のオーマだって負けませんよ」
二人は不敵に笑いあった。
「それでガウェインさんの回収をお願いしてもいいですか?」
「よくないの。ガウェイン運ぶとか無理なの」
「ですよねえ」
それ以前に魔物を倒しながら進むこともできないだろう。
フィブリルがガウェインのもとへと楽しそうに歩み寄り、物理的に尻に敷き始めたのを見ながらどうしたものかとヒメは考える。ヒメとしてはここはフィブリルに預けて遺跡の奥にいるセラさんとやらに会っておきたい。私たちに近づいた変態セラとの関係も気になる。
「ま・・・・て・・・」
そこへ、息も絶え絶え、何故か苦しそうなガウェインがフィブリルに椅子代わりにされたままヒメを制止する。奥さんに尻に敷かれて嬉しくないのだろうか。フィブリルの方は楽しそうだ。
「お前は一体・・・、何者だ。それほどの腕を、どこで・・・身に着けた」
「どこでと言われても・・・・・・・家で?」
聞かれたヒメは素直に答える。兄、ラルフ、父、そして独学。誰に教わるにしてもその全てがヒメの自宅こと、リアン城で行われている。
「馬鹿をいうな。お前の家は魔境か何かか」
「馬鹿とか魔境とか失礼な。私を馬鹿と呼んで良いのはオーマと可愛い女の子だけです」
「ヒメは馬鹿なの」
「ちゃっかり可愛い女の子に入ろうとしますね」
否定はしませんが今はちょっと化粧が濃いです。素の方がかわいいと思います。
「真面目な話、ガウェインは人族の中でも十本の指に入るか入らないかのあたりを、ふらふらさまよいつつあると自負してるの」
「ただでさえ微妙なところなのに、それさえ自負なんですか」
妻なのに容赦ない。ガウェインの背でふぅと嘆息し足を組み換える姿はまごう事なきSだ。
「それを無名の女の子にこうもぼろ負けしたとあっては悲しくなるの」
「プライドの問題ですか」
ヒメが他人ごとのように言う。もともとプライドブレイカーの素質を持つヒメである。特に思う所は無い。
「違う・・・純粋な疑問だ。何故それほどまでの腕を持つお前が無名なのだ」
「・・・・・・」
・・・・『剣界の覇王』なんて称号もありますけど。
「お前がもっと早くにいてくれたら俺たちは。はもう言っても仕方のない事か。確か、ヒメと言ったか」
「はい」
名前の確認にヒメは頷く。
「ヒメ?」
「はい」
何故か繰り返すガウェインにヒメもまた肯定を繰り返す。
「ヒメ・・・・それにあの剣技・・・まさか、ヒメ姫殿下・・・?」
ガウェインがひめひめ言ってくる。
「ひめひめはやめてください。照れちゃいます」
「・・・・・・・・・・ヒメ=レーヴェン、王女殿下?」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙が訪れる。
「・・・・・チガイマスヨ?私はヒメ=れ、れ、何だっけ・・・。そう!レーレです、レーレ。思い出しました。ヒメ=レーレです。可愛い王女とは無関係です」
ヒメがしたり顔で王女ではないと主張する。
「王女殿下だったか」
「ガウェインは気づくのが遅いの。ヒメなんて名前ヒメ以外にはいないの」
無視されていた。
「人の話聞いてますか?」
「お前は何を気安く殿下を呼び捨てに。それにため口などおこがましい」
「ガウェインも散々ため口なの」
「確かに」
フィブリルに尻に敷かれたままガウェインが確かにと頷く。
威厳も何もなくなってしまった。
「しかし敬語か。敬語は久しぶりだな。拝啓。姫殿下に置かれましてはますますご健勝のことと存じます」
「お手紙になってるの」
「え、えっと、お気になさらず、というか、本当、普通でいいので」
「そうか。ならばそうしよう」
「切り替え早いです」
ヒメが苦笑いする。本当に許して良かったのだろうか。敬意が感じられない。
「ガウェインは敬語が話せないの。困ったものなの」
「あなたもですよね」
「ぴゅ~♪ぴゅぴゅ~♪」
透き通った音色の口笛を吹くフィブリル。清涼な風が吹きヒメたちの体力が回復していく。なんて綺麗な音色だろう。でも誤魔化せてませんよ。
「それで、何故貴様はここに?」
「『貴様』には敬意が込められているの」
「注釈ありがとうございます。何故と言われても、フィブリルさんの付き添いですよ。心配だったので」
「ただのお人好しなの」
「そんな馬鹿な」
「また馬鹿って言われました」
実際、ここへはただ嫌な予感がするというだけで来ているヒメ。どんな予感かと言うと人が死にそう、そんな予感。初めは一人でこんなところに来ようとするフィブリルかと思った。ガウェインかとも思った。けれど二人とも死にそうにない。じゃあこの今にも誰か死にそうな気配はなんなのだろうか。
「なら何か?親切で来ただけで、セラを殺しに来たわけでは無いと?」
「えっと・・・、その口ぶりだと誰か殺しにくるんですか?確かにいろんな人に恨まれていそうではありますが。というかその恨みフィブリルさんには向かわないんですか?」
「向かわない。あの時のフィブリルが本人でないことは被害者の全員が知っていることだ」
「じゃあその被害者が今セラさんを襲おうとしてるんですか?」
「いや」
「違うの」
「違うんですか?じゃあ誰が」
「勇者様がな」
「来ちゃうのなの」
「・・・・・勇者様がですか。・・・・そうですか」
―――その頃、勇者。
「確か、勇者に殺されたいんだったよな?良かったな。お前の目の前にいるのは正真正銘勇者だ」
「・・・・?・・・・?」
未だ事態を呑み込めないといった様子のセラの正面で、勇者はこれみよがしに聖剣を振り上げる。
「殺してやるよ」
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
なんでかな。嫌な予感がする。
「ともかく、そういうことなら尚更私はこの先に行きたいです。誰かが殺されそうだというのなら私が止めます。だから―――」
その時。
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遺跡が揺れた。
物理的には揺れていない。ただ、圧倒的な魔力の波動が空気を伝いヒメ達を呑み込んだ。
先ほどまでむしろ揺らす側であったヒメらが、この空気震に身を固くする。ガウェインにとっては得体のしれない禍々しい魔力。ヒメにとってはよくよく覚えのある親しみ深い魔力。
「まさか・・・・!」
ガウェインが顔を青くして自分が守っていた通路の先を見やる。しかしその体は重く、動き出すことは出来なさそうだ。主に背中のフィブリルが原因で。
「ヒメ」
「はい?」
そんなフィブリルがガウェインの上で口を開く。
「セラのことお願いしてもいい?」
「んー。もちろん構わないのですが、ガウェインさんが許すでしょうか」
「ヒメ。いやらしいの」
「そんなこと言われましても」
「・・・・・・・・・・頼む。あいつを、守ってやってくれ」
ガウェインが顔を伏せてフィブリルの言葉を追って肯定する。
「責めている場合じゃないと思いますから今は言いませんが、いろいろと決着がついたらちゃんと説明してもらいます。その代わり、セラさんのことは任せてください」
ヒメはガウェインらに背を向けて歩き出す。
「セラさんも誰ももう死なせませんから。殴ってでも生かします」
そう言い残しヒメは遺跡の奥へと消えていった。
それを見送るガウェインたちは、一瞬の間呼吸を忘れる。
「なんだあの、言い知れぬ覇気は」
「頼もしいの」
「それはそうだが・・・・」
「それよりも」
「ん?」
「無事でよかったの」
「・・・・・・」
そう言われて、ガウェインはヒメとの戦いで命を懸けることさえ出来なかったことを思い出して苦悶した。




