第十三話 父親
アーリアいわく、
「和平締結の申し入れはすぐにするべきです」
俺は既にリアン国の城内、王の間にいた。
「勇者の機嫌を損ねるわけにはいかないので約束は守らなければなりません。そうすると時間がたてばたつほど、向こうは攻撃されないのをいいことに調子に乗ります」
だが、誰もいない。
「ですから、早い方がいいです。とはいっても一回で双方合意できなければ時間がかかってしまうので、その時は脅しがてら、いろいろ吹き飛ばしてください。もちろんけが人が出ない範囲でです」
当然だ、事前通達なし。しかも朝も早い。これでいたら、一日中いるのではと疑ってしまう。
「それでもヒメさんに怒られたら私に取り次いでください。説得します」
どれほど待つことになるだろうか。ちょうどいいところに玉座がある。
「それと相手からの要求には何も応えなくていいです」
座って待つことにする。
「それで決断しないような愚図な王なら、勇者が帰るまで、猶予をあげましょう。勇者の説得があっても無理な様なら――」
「貴様、そこで何をしている」
俺の回想に割り込む声があった。低く静かな声、威厳が感じられる。
「お前が、リアン国王か」
玉座に座ったまま、質問に質問で返す。そこにいたのは老齢の男性。あごひげをたくわえながらも精悍な顔つきは、年齢を感じさせない。服は王らしく煌びやかではあるが、動きを制限するような無駄はない。どこか完成した立ち居振る舞いは王だと主張するかのようだ。
「ふむ、なるほど。貴様が魔王なのだな」
相手も一見すると、俺の立場に見当をつけたらしい。
「ああ、察しが良くて助かる」
これなら、アーリア最後の手段、国王世代交代に及ぶ必要はないかもしれない。
――すっ
国王は剣を抜き放ち、正眼に構える。使い慣れた動き。
途端、剣気が爆発する。
「ぐっ!」
(何だよこれ)
魔力はまったく使っていない。にもかかわらず、ヒメよりはるかに強い威圧感。まるで最後のヒメの居合、それを四方から向けられたような。
「では聞こうか、何が目的だ」
向けられるのは純粋な剣気、そこに殺意や敵意はない。
「剣を向けながら聞くことかよ」
「油断ならないのでな。我が息子にしたこと忘れたとは言わせんぞ」
「血気盛んなのは親子で似ているな」
それが逆鱗に触れたのか国王はよどみなく足を前に踏み出す。
――ざっ
気が付いたときには、その姿は俺の正面にあった。
「なっ!?」
「遅い!!」
――斬っ
血しぶきが舞う。ぎりぎりで反応するも、よけきれず一撃を受けてしまった。
その一撃に距離をとる。
「おいおい、国王がこれほどだなんて聞いてないんだが」
幸い軽傷で済んだが、老練の剣さばきは警戒していなければ見ることもできなかった。
「これでも勇者の血筋なのでな。鍛錬は怠ったことは無い。勇者には選ばれなかったがな」
恐ろしいおっさんだ。
「改めて聞く、何が目的だ」
主導権を奪われてしまった。
「和平交渉に来た」
「何?」
「和平だ、和平。戦争を終わらせようといっている」
「今になってなんのつもりだ」
「思うところがあってな。お前らにとっても悪い話じゃないだろう」
「ふん、何か狙いがあるのだろう」
「可愛い娘をこれ以上戦わせていいのか?」
「よし、和平成立だ。正式な和平締結については後日にしよう」
国王は剣をさやに納める。
「おい!」
「何だ?」
「そんな適当でいいのかよ!」
「適当なわけがあるか。娘のためだ、何をためらうことがある」
「!!」
娘のため、ヒメのため、それだけでこいつは戦争の恨みを水に流そうというのか。
「――そうだよな、娘のためなら何でもするのが父親だよな」
「貴様にも娘がいるのか」
「ああ」
互いに目を合わせる。思えばこのときはじめて目を見たかもしれない。良い目をしている。
「あんた、名前はなんて言うんだ」
「クオウだ。お前は?」
「オーマ=サタンだ」
俺たちはどちらともなく近づき握手を交わした。
「だが・・・けじめは付けねばなるまい。貴様の娘に免じて、チャンスをやろうではないか」
「何の話だ?」
「わしには息子もいる。あれはしっかりもので自立もしている。だがわしの愛する息子には違いない」
「なるほど、仇討ちか」
「ああ、右腕をもらう」
「悪いが簡単にやるつもりはないぞ」
「ああ、好きに抵抗しろ」
そう言いクオウは俺の横を歩いて通り過ぎ、王の間の中心に立つ。
「好きに間合いをとれ。このコインが落ちた時が開始の合図だ」
随分余裕ぶって待ってくれているが、ハンデを背負ってるのはむしろこっちだ。ヒメとの約束で傷つけるわけにもいかず、この達人相手に敗北を認めさせなければいけない。逃げられるような戦いでもない。これは和平締結の要だ。
取りあえず、クオウからもっとも離れた位置に陣取る。玉座を間に挟む形だ。
それを確認して、クオウはコインを弾く。
コインが地面に触れる――
――玉座が木端微塵になった。
「こんなん、右腕一本で済まねーぞ!」
「ふん、避けているではないか」
初動が全く分からなかった。辛うじて避けられたのは、最初から飛ぶと決めていたからだ。空なら剣は届かないだろうと思ってのことだが、あの距離で玉座を斬ったことを考えるとそうもいかないようだ。
「本気出さなきゃ死ぬな」
ヒメの時は殺気を感じ取ることで、間合いを把握できた。だが今は、全身に剣気を叩きつけられている。それが意味することは。
この部屋すべてが間合いの内ということ。
(中心に立ったのはそのためかよ。ハンデなんてくれる気ねえな。)
――魔力をこめる。
その間にもクオウは剣を振り斬撃を飛ばしてくる。
瞬間移動で避けつつ完成した魔法を発動する。
現れたのは計五人の魔王オーマの姿。
「分身か。だが――」
一振り――二人斬られる。
二振り――二人斬られる。
三振り――辛うじてかわした。
「無駄だな」
クオウは何でもないと言わんばかりだ。
「それはどうかな」
オーマは不敵な笑みで返す。
「何だと?」
クオウは視線を戻す。そこには斬られたにも関わらずうごめく俺の姿があった。気持ち悪いことこのうえないが、真っ二つに分かれた体から、失った半身が生えてくる。
「分裂・・・か。厄介な」
「どこまで増えるか試してみるか?」
「いや、本物を斬ればいい」
しゃべった俺が切り裂かれる。だがしばらくすると分裂する。
「はずれだな」
「ならば」
次は、すべての分身が木端微塵に刻まれた。俺自身はやはり瞬間移動でかわす。
「恐ろしいことをするな。」
流石にこれでは分裂はできない。だが――
――バラバラになった魔力片が再び集まり、魔王の形をとる。
「ぐ、面倒な」
そこで初めてクオウは攻撃をためらう。やはりそうか、こいつは魔法を使えない。少なくとも破魔の剣は。
今、分身の数は十体。普通ならここから俺本体は分身と入れ替わって逃げ出し反撃に転じるのだが。仕方なく躱すことに専念する。あとでばれて和平を渋られるのも面倒だ。
「何故、反撃してこない」
「何だ?手詰まりか?」
「ふむ、どうやら手加減されていたのはわしだったようだな」
「・・・・。」
「なら、その必要がないことを証明しよう。本気でこい」
言うと、地を蹴り本物の俺の方へ飛んでくる。しかも斬撃ほどではないが速い。思わず瞬間移動で逃れる。
しかし、クオウは天井を蹴り、再び現れた俺の方へ飛ぶ。瞬間移動は座標入力のため連続では使えない。とはいっても本来、気になるような時間ではないのだが、その一瞬の隙を突かれた。
「せいっ!」
「ぐっ!」
辛うじて発動した物理障壁が何とか剣を防ぐ。だがそれはフェイントだったのか、クオウは剣を基点に回転し障壁が張られていない場所から、俺の右肩に踵落としを叩きこむ。
「がっ!!」
二つの着地音が響く。一方は重い音を、一方は軽い音を立てて。
「だあーーーいてーー。」
体を起こしながらうめく。肩が砕けるかと思った。俺じゃなかったら本当に右腕を失っていたかもしれない。
「たく、手加減なんかしてねーよ。なんでお前みたいな強い奴が前線に行かないんだ」
「それは・・・わしが王だからだ」
「王、か。ま、確かにトップがほいほい前に出るもんじゃねーよな。だが、それじゃ守れないものもある。少なくとも戦場へ行った娘を守ることはな」
俺は既に一度俺の知らないところでアーリアを失っている。
「そんなことはわかっている。だがそれを元凶である貴様に言われたくはないな」
「そうか」
お互い思うところがないでもない。微妙な空気が流れる。
「ところで、なんで本物が分かった?」
「瞬間移動を使うのは本体だけなのだろう?」
「ああ、なるほど。」
確かにその通りだった。改良の余地がありそうだ。
「では、お言葉に甘えて、反撃するが、怪我しても文句言うなよ」
「怪我ごときで何を言うというのだ」
お前の娘が言うんだよ。
――魔力をこめる。
現れるのは黒白二振りの双魔剣。
ブラン・ノワール。
アーリアとイーガル、二人の姿から連想し創造した魔剣だ。
もちろん、俺の分身も皆取り出す。
お前が息子の為に戦うのなら、俺は娘と息子の為に戦ってやるよ。
「いくぞ」
「御託はいい、さっさとこい」
そう言われればもう後には引けない。
俺はクオウの背後に移動する。瞬間移動ではない、ブランの力で加速したのだ。瞬間移動と見まごうほどの加速にも俺の体なら耐えられる。
だが、相手もそれだけでは驚きもしない。俺が背後から振るう剣を振り返りながら弾く。だがもちろんそれだけでは終わらない。双剣の長所は手数の多さだ。弾かれながらももう一方で斬りつける。それもクオウはいつの間にか戻した剣で弾いてしまう。
それで俺の態勢は崩れ次の攻撃に遅れが出る。だがこちらは一人ではない。分身の一人が力任せに両剣を叩きつけクオウの防御を誘う。しかし、クオウは軽く剣で触れ、受け流してしまった。
その間にも態勢を整えた俺を含め三人で斬りかかっていたのだが、まるで相手にされない。剣を返す速さもさることながら、時に左手の人差し指と中指を立て剣に見立てることで、手数を増やしこちらの攻撃を受け流すといった器用なことまでしてくる。
ブランの力で俺は斬りつけるほどに速さを増していく。だというのに、クオウもまたそれに呼応するかのようにどこまでも加速している。もう三分は切り結んでいるのに互いに一歩も引かない。
「本当に人間かよ」
「貴様はそれでも魔王か?」
にやりと笑うクオウ。こいつ、楽しんでいるのか?
「いってくれる」
その言葉に反応したわけではないが、一斉に分身がクオウから距離をとる。待ち受けるのは六人の俺による長時間合詠唱。
「これはどうだ?」
「くっ」
瞬間、王の間を炎嵐、氷吹雪、岩石流、轟雷がかわるがわる埋め尽くした。そして、四体の竜。
時間がたっても消えることは無い。だんだん中心へ範囲を狭めていき、やがて繭のように一塊の膜と化す。この魔法の本来の用途、封印。クオウも解放された後で封印されていた事実と負けを認めるだろう。
だが―――
―――パキンッ
「嘘だろ・・・。」
ひびが入った結界に驚きを隠せない。あれだけ魔力をこめていれば、俺だって二、三日は・・・いや、あれは強すぎる魔力を使うものを封印する魔法。つまり、魔法を使わないあいつには効果が薄いのか?
それでも生身であの狂乱の嵐を耐えるか?
そうこう考えている内に封印の結界が限界に達し、砕け散った。
(うへ。本当に抜け出しやがった)
だが流石のクオウも魔力による攻撃には対処しにくいのか、ところどころ傷を負っている。
ようやく一矢報いたことになる。ここらが潮時だろう。
「これ以上は、本当にどちらかが傷を負うことになる。もういいだろう」
もうこんな化物と戦うのは御免だ。
「決闘といったはずだが?それに、わしにとっては傷を負わせるのが目的だ」
「悪いが、俺にその気はない。今、あんたを傷つけたところで利益がない」
「仕方あるまい。なら最後の一撃受けて見せよ」
「話聞けよ!――てか城吹っ飛ばす気か!?」
人の――魔王の話も聞かず、クオウは構えを取る。剣にやばいほど力が集中しているのを感じる。
「はあー・・・構わん、受けて立つ」
「ふっ、そうこなくてはな」
俺は止めたぞ。
向かい合う俺とクオウ、そして――
「ハァ!!!」
クオウが剣を横一文字に振りぬく。
「ふ!!!」
俺もノワールを振る。
クオウから放たれるのは先ほどの斬撃を分厚くしたような線から面へと姿を変えた極太の斬撃波。なのに速度も速くなっている。
俺が放つのは魔力の爆発。地点は丁度俺とクオウの中間地点。先ほど俺たちが何十合、何百合と切り結んでいた場所だ。
今まで使わなかったノワールの力。
斬撃の軌跡を魔力の爆弾に変えて貯留、貯蓄する。つまり斬れば斬るほど強くなる最後の一撃。先ほどの斬り合い、分身も含めてノワールが振るわれた回数はおよそ千。爆弾一個が俺の大魔球一発ほどの威力。正直ここまでノワールを使ったこともなかったのでどの程度の威力になるか分からない。部屋が吹っ飛ぶくらいで済めばいいが。
超爆発にクオウの斬撃波がぶつかる。が、一瞬で斬撃波はかき消され、爆発が広がる。
「あ、やべ・・・。」
そこにあるのは、閃光と爆風と振動、だが不思議と音は無かった。
その日、リアン国の城の一部が突如爆発し、国王が巻き込まれるという事件が発生した。




