第三十七話 貫く力
オーマ達を乗せた黒い生き物ことラッシーは、やがて終点にたどり着いたのか動きを止めた。前につんのめる感覚にオーマが視線を上げると、そこには明るい空間が広がっていた。洞窟であることは変わらないようだが、光を取り入れている様子も無いのに明るいことが、暗闇だった今までよりよっぽど不気味である。しかしもともと暗闇の洞窟に棲む魔物なら不自然に明るいこの場所には寄ってこないだろう。ちろちろと水の流れる音に目を向ければ、湧き水なのか岩のくぼみに水が溜まって小規模の泉ができている。飲み水になるようなら、休憩ポイントとして文句なしだ。更に脇には石でできた女神像が立っている。まるで神の加護があるとでも言わんばかり。
なのになんだろう。俺の勘がここから先に進むべきではないと訴えてくる。
「よっと」
しかしそうも言っていられないオーマは、周囲を軽く確認したあとラッシーから飛び降りる。そしてアーシェに向けて手を差し伸べた。
「ほら」
「・・・・・。」
しかし、アーシェはきょとんとする。大の大人程の高さがあるラッシーの背中から降りることになるので気を使ったのだが、いらなかっただろうか。
「・・・いらなかったな」
相手がどういう人間なのかを思い出し、要らぬ節介を焼いたとオーマが手を引っ込めるその瞬間、アーシェがラッシーの背中を蹴って飛び上がる。
「・・・・・!」
「・・・ちょ!?」
その軌道は小さな放物線を描いてオーマに向かった。オーマが目を見開いて見上げる先、両腕をオーマの方に伸ばしながらアーシェがオーマの首にかじりつくように飛びついてきた。たまらずオーマもアーシェの体を抱き留め、突進の勢いを殺すために体を半回転させる。
「・・・・・。」
「・・・・・・・・」
オーマの首にぶら下がるアーシェと、首を折られてはたまらないとそれを支えるオーマ。その状態でしばらく無言が続いた。正面から抱き付かれ幼子のように頬を擦りつけられて、悪い気はしないのだがなんとなくバツが悪い。
「降りろ」
「・・・・・。」(ふるふる)
首を振って拒否された。
「はあ・・・」
これ見よがしにため息をつくオーマ。
ゴゴゴゴゴッ!!!
そんなときでも地面はまだまだ揺れていた。
――ぬぉーん。ぬぉーん。
気が済んだのかアーシェがオーマから離れたころ、ラッシーが謎の鳴き声を発し始める。なんだこの鳴き声とオーマは振り返る。見ればラッシーがもっさもっさと飛び跳ねていた。明るい所で見ても結局何の生き物かはわからない。魔物の一種だろうか。あぶみも鞍も手綱もないのになかなかどうして安定感のある乗り物だった。手放すのは惜しいが世話の仕方もわからないのでは連れていけない。惜しむらくは犬か馬かもわからないその風貌である。まんまるだもの。
「達者でな、ラッシー」
「・・・・・。」
二人が見送る中、ラッシーは立ち去る・・・・わけではなく、すり寄ってくる。
――ぬぉーん。ぬぉーん。
「なんだ?」
黒いふさふさの体毛をこすりつけながら離れがたそうにしている。まさか、この短時間で忠誠心が芽生えたとでもいうのか。そう思うと、このよくわからないまんまるも愛おしく思えてくる。ああ、わかるぞ。お前の言いたいことが。
――ブツよこせや。おらおら。
「・・・・・・・」
――タダ乗りか?用が済んだらぽいか?あんちゃんええ度胸やないか?おらおら。
「ラッシー、がら悪っ!」
懐かれているわけでは無く、運賃をせびられていたらしい。好きで乗ったわけじゃないのに。無性に悲しい。
「ブツってなんだ?」
「・・・・・。」
悲しみの中、戸惑うオーマの腰にあるアイテム袋に、アーシェが手を突っ込む。ごそごそと随分遠慮なくまさぐっていたかと思うと中からブツを取り出した。
「チーズ?」
いつぞやのネズミ神から奪い取った、もとい譲り受けた『チーズ』がアーシェの手によってラッシーに投げ渡される。ラッシーはそれを一飲みに飲み込んだ。
――あ、どうも、ありがとうございます。今後とも『くろすけ運送』を御贔屓にお願いします。
「変わり身早いな」
――ぬぉーん。ぬぉーん。
ラッシーは鳴きながら、今度こそ、あるのかどうかもわからない踵を返して去っていった。
世知辛い。
気を取り直して、そんなこんなでたどり着いた場所は、しかし見事な行き止まりである。
だが俺の目は見逃さない。正面の壁がひび割れていることに。つまりさっきのように槍で穴を開けられる可能性がある。
「さあいけ、アーシェ!」
「・・・・・。」(ふるふる)
だが断られた。
「・・・・・。」
自分でやれって言われた。背を向けて、そのままてくてくと泉の方に土足で入っていったアーシェは、ぽわあと光り輝く。
「なんで土足で飲み水に使えそうな水の中入ってんの。なんで光り輝いてんの」
――オーマのHPとMPが全快した!
――アーシェのHPとMPが全快した!
「・・・・・・・」
百歩譲ってアーシェが回復するのは受け入れよう。あの泉に何かあるのだろう。だが何故俺まで回復しているのだろうか。こわいよこの世界。
「・・・・・。」
その後、用は済んだと泉から出てきたアーシェが、今度は泉とは反対の壁にある石像に向かう。女性の背に翼が生えた女神の石像、明らかな人工物である。その前でアーシェは手を組んで祈りを捧げる。意外だ。あのアーシェが神に祈りを捧げている。意外だ。
女神像の前で少女が祈りをささげる光景。絵になるのだが、何故か、何故だか、ものすごく嫌な予感がしてくるのは何故だろう。嵐の前の静けさというか、束の間の小康というか、戦前の祈祷というか。
ああ。最後のか。
アーシェの祈りが済み、俺は先ほどのひび割れの前に立つ。
「俺に出来るのか? というかやっていいのか?」
「・・・・・。」(こくん)
やれば出来る。と根性論を建前にアーシェはオーマに穴掘りさせようとする。その手の槍をこれ見よがしにぶんぶん振りながら。
「危ないからやめなさい」
注意するとアーシェはしょぼんとしながらすぐにやめた。素直だ。
「いや、しかし槍は穴をあける道具じゃないだろう。そもそも聖剣といっているのに槍として使うのは如何なものか」
「・・・・・。」
真の剣術家は剣を使って料理するのだ。などと訳の分からないことを言ってくる。
「そもそも槍にするぐらいならハンマーとかスコップとかそんな感じの―――」
聖剣が光り始めた。もともと明るい中、目が眩むほどの輝きを聖剣が放ち始める。俺の要望に応えるように。
「俺に、抜けと言うのか」
目を閉じ、聖剣の柄に手を置いて問いかける。すると聖剣が俺に語り掛けてくる。
――抜くがいい、貴様の望む未来の為に。
聖剣も意外と乗り気だった。いいのかお前。剣として生まれたのに穴掘りに使われてようとしているんだぞ。あと、ここぞという場面で発揮するべき持ち主との意思疎通を、こんなどうでもよさそうなところで成立させていいのか。そして俺の未来は本当にこの先にあるのか。
「行くぞ相棒!」
有り余る疑問を脇にやり、オーマは聖剣を抜き放つ。光り輝くそれは、抜かれた先からその姿を変容させていく。そして抜ききった末に現れたその姿は。
スプーンだった。
望んでなかった。
いや、形、大きさこそスコップに近いけど、この形状、まず間違いなくスプーンだ。無駄にでかいスプーンだ。穴を掘るのに何故スプーン。
それっきりいい仕事をしたとばかりに聖剣の声が聞こえなくなった。おい、仕事しろよ。
「・・・・・。」
アーシェが心なしか残念なものを見る目で見ている気がする。
「やってやる。スプーンの力舐めんなよ!」
ざっくざっく。
オーマは黙々とスプーンで穴を掘っていく。実際穴を掘るのには適した形状をしている。壁にぶつけるたびにもともと亀裂の入っていた壁は崩れていく。そして。
ぐにゃり。
やたら硬い岩盤にぶつかったとき、それは曲がった。
「せ、せいけーーーん!!!!」
首が180度近く曲がったその様は、人間ならまず生きてはいられない哀れな姿である。
「ど、どうしてこんなことに・・・」
「・・・・・。」
それが、スプーンの限界なのさ。とアーシェが悲しそうに目を背ける。
「もう無理なのか?俺のスプーンじゃ、この壁を壊すことは出来ないのか!?」
「・・・・・。」
「・・・・・・・・・」
・・・・・・・。沈黙が落ちる。
「止めよう」
「・・・・・。」
飽きてきたので茶番を止める。実のところ心の片隅でスプーンを望んでいたことは否めない。
「もう、槍で良いよ槍で。とっとと変われ」
そう言うとあっさり先ほどの十文字槍へと姿を変える聖剣元スプーン。聖剣も随分とサービス精神が旺盛だ。
改めて槍で壁を突き刺してみるとあら不思議。土石が一瞬にして消え去り、壁には円筒状の見事な通路が出来上がっていた。込めた労力と成果がまったく一致していない。
「凄いな」
「・・・・・。」
どやあ。
何故かアーシェが威張るが、それが気にならない程度には偉業だった。
この力を使えばこれまで山越えで大変だった各地の商い道を、山の中一直線に短縮できる。そこで通行料を取ればがっぽがっぽ稼ぎ放題だ。これは・・・使える!勇者やってる場合じゃねえ。
「アーシェ、世界を牛耳るぞ」
「・・・・・。」(こくん)
そうして俺たちは将来、世界を支配することを―――。
ドガアアアアアアアン!!!
生きて洞窟を出られたらの話だった。
――この先から危険な香りが漂ってくる。
――このまま進みますか?
~選択肢~
→はい
いいえ
おお。気が利く選択肢じゃないか。答えは勿論。
「よし、行くぞ」
そう言ってオーマは、迷いありまくりの面持ちで一歩を踏み出した。
「違うんだよ。帰りたいんだよ」
一歩を踏み出した後で、すぐさま踵を返すオーマ。けれど。
「・・・・・。」(ふるふる)
もう戻れないのさ。あの頃には。とアーシェに邪魔される。背中を押されながら通路を無理矢理進まされる。嫌な予感がするんだよ。それに歩いているとだんだん汗が滲んでくる。それは脂汗というよりは純粋に暑さによる汗であった。
「暑くないか・・・?」
今までひんやりとした空気が漂い、熱気とは無縁だった洞窟が急に熱を帯び始める。一歩進むたびに頬を汗が伝い、視界が揺らぐ。
「・・・・・。」
ん。とアーシェがリュックから取り出した筒を差し出す。
「水か?サンキュ」
オーマは何も疑わず受け取って筒の中身をあおる。ひんやりとしたそれはジェル状で、のどごし滑らかに胃へと下っていった。
「・・・・水じゃないな、なんだこれ」
「・・・・・。」
アーシェは何も言わなかった。
「おい」
「・・・・・!」
な、なんだあれは!とアーシェがオーマの呼びかけを切り裂くような無言を上げる。
「今更だがお前の言語どうなってんだよ」
「・・・・・?」
おっしゃっている意味がわかりません。ととぼけるアーシェ。伝わっているから良しとしているが、無言でここまでの表現が出来ることが不思議でならない。むしろ無言なのを普通の言葉に変換している俺の受容力がおかしいのかもしれない。
アーシェの指さす先、開けた穴を抜けてみるとそこは再び行き止まりだった。だが、突き当たりの壁が赤熱している。今にも溶け出さんばかりの熱を感じさせる赤く光る岩壁。そこに亀裂が入っていた。
「ここ、穴あけて本当にいいのか?」
「・・・・・。」
わからない。けど進むしかないんだ。とアーシェが無責任なことを言う。
「あまり気が進まないな」
地下でこの熱量は溶岩を彷彿とさせる。それほど深く潜ってはいないが、貫いた瞬間溶岩が溢れだしたら洒落にならない。
一方で魔法でどうにか出来そうだとも考える。いきなり冷やしたりはしないが、溢れだす溶岩を防ぐ程度のことなら出来なくはないだろう。考えれば他に手はありそうだ。
グオオォォォン!ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォッ!!!
だが、その考える時間は与えられなかった。
洞窟内が再び揺れる。絶え間ない揺れに今まで完璧に耐えていた洞窟の天井が、何故かここへ来て初めてぽろぽろと小さな石ころを落とし始める。そしてそれが呼び水となって、小さい石から中くらいの石へ、中くらいの石から大きな石へ、だんだんと天井から落ちる石の大きさが大きくなっていく。
落石から落岩へ。落岩から落盤へ。一度崩れてしまえばそれはすぐだった。
「っ」
それを察したオーマの行動はまさに電光石火と言えただろう。迷いなく赤熱している壁を十文字槍で貫いたかと思うと、その先にあるものも見ず、『結界』を誰に言われるまでもなく使用してアーシェの手を引いて中に走り込む。
手を引かれて走るアーシェの目に映ったのは、信頼する師匠の姿だった。




