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第三十五話 浮気

 かつん。かつん。


 かつかつかつ。


 闇の中。足音が響く。


 普段は闇に包まれたその場所で、不自然に浮かんだ一つの明かりが、上下に揺られながら移動していた。


 少女がランタン片手に石畳を歩いている。翡翠のドレスといくつもの宝石類が、暗闇の中光を反射してその姿を周囲に主張している。幼いながらに着飾った服装を見て、この場で言うことがあるとすれば動きにくそうの一言だろう。フィブリルである。


 そんな彼女は現在一人ではなかった。フィブリルは視線を前に向ける。


「うなー、うなー」


「ヒメ?」


「うなー?」


 前の方でうなっているヒメという少女。フィブリルは彼女の後をついていきながらその奇声に首をかしげる。その間、フィブリルの輝きに当てられたのか何体かの魔物が襲い来るが、ヒメの持つ剣に吸い込まれるようにしてその身を散らせていく。


 現在フィブリルとヒメの二人は共にトアル遺跡を探索していた。


 フィブリルは目的を持ってここを訪れており、ヒメはその護衛のようなことをしている。しかしヒメは先ほどからずっと心ここにあらずと言った様子を続けている。怪しくうなるヒメに対し、フィブリルは臆することなくその理由を尋ねる。


「さっきからどうしたの?」


「何がですか?」


 ヒメはフィブリルに背を向けたままぼんやりと尋ね返す。


「うなうな言ってるの」


「はー」


 フィブリルの指摘に今度は深くため息をつくヒメ。結構失礼である。そんなヒメは、吐いた息を少し多目に吸い込む。そして、振りかえって一気にまくし立てた。


(>Δ<)「今こうしている間にもオーマとアーリアちゃんとアーシェちゃんがいちゃいちゃしているのです!」


 力説するヒメ。


「旦那さんが浮気してると」


 そうフィブリルが小さく呟いたのを聞きつけてヒメが振り返る。振り返った拍子に、フィブリルの背後から襲い掛かろうとしていた一体の魔物が真っ二つになる。ごちゃごちゃ言いながらも隙が全く無いことに恐れ入る。おかげでフィブリルは安穏と遺跡の中を進むことができていた。


「浮気じゃないですー!男の甲斐性ですー!」


 口をとがらせて言うことはそんな気の抜けるようなことだが。


「じゃあ何を唸ってるの」


「混ざりたかった!」


 悔しそうにほぞを噛むヒメであるが、フィブリルと同行しているのはヒメの意思であり、悔しがる権利などない。それはヒメもわかってはいるのだが。


「今からでも行けばいいの」


 のうのうと離脱を勧めてくる同行者にヒメは苦笑いを浮かべる。


「フィブリルさんを一人にしたら死にそうな気がするんですが」


 さっきから、一歩歩けば魔物に当たる勢いで魔物の襲撃を受けていることこそ、ヒメがここを離れられない理由である。こんな調子で魔物が襲ってくる中に非戦闘員のフィブリルを行かせたらどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。


 そんなヒメの懸念を聞いたフィブリルは首を振って否定する。


「大丈夫なの。戦えないものには戦えないものなりの戦い方があるの」


「具体的には?」


「逃げるの」


「しかし回り込まれてしまった」


「逃げるの」


「にげられない」


「逃げるの」


「無鉄砲が過ぎます」


 呑気に無茶苦茶言っているフィブリルをヒメが諌める。HP100程度でダンジョン一つを逃げの一手で攻略するのは無理がある。そんな無謀を通そうとするフィブリルを一人行かせることがヒメに出来るはずもなかった。


「そこでうたうの」


「うたってどうなるんですか」


「寝る」


「敵が、ですよね」


「自分以外」


「さらりと味方も巻き添えにしてますけど」


「一人で動けば大丈夫なの」


 自分以外すべてを眠らせる歌姫の特技だろうか。眠らせた隙に逃げれば逃亡の成功率は100%となる。最奥までたどり着く算段はつくかもしれない。


「たまに自分も寝るの」


 さらっと決定的なまでの欠陥が上げられる。


「私がいた方が安全ですよね」


「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。少なくとも幻惑茸を踏みまくって混乱してしまうことは無かったの」


「うぐ」


 今二人が探索しているトアル遺跡の入り口はあの迷えずの森の深部に存在した。つまりここへ来るために迷えずの森を通る必要があった。当然ヒメは幻惑茸を踏みまくった。フィブリルは混乱しまくった。ヒメは一度として混乱に陥ることは無かったので安全ではあった・・・・はず。


「でも早く来れたことは確か。ありがとう」


「どういたしまして」




 そんな二人の道中の始まりはほんの少し前のこと。オーマがいなくなった宿屋の一室に端を発す。


 二人は寝台を共にしていた。ベッドの中でヒメが一方的にフィブリルのことを抱き締める。頬擦りする。それ自体はあっさりと許容したフィブリルがぽつりと呟く。


「ガウェインが死ぬかもしれないの」


「大変ですね」


「連れ戻さないとなの」


「そうですか」


「世話が焼けるの」


 その後フィブリルがヒメを引きずるようにして二人は起き上がり宿屋を出た。ヒメはシャルを起こそうとしたのだが、ぐっすり眠っていたので置いてきた。リンとたまちゃんを起こそうともしたのだが、たまちゃんがぐっすり眠っていたので置いてきた。




 次の一幕。平原にて。


 そんなフィブリルの話からヒメの手助けが必要なのかと思いきや、後になって別に必要なかったと知らされる。


「なんでついてくるの?」


「なんでと言われましても。夜のダンジョンに一人でいかせるわけにはいきませんし」


「一人で大丈夫。森も遺跡も庭みたいなものなの」


「魔物は?」


「魔物も友達なの」


――ギャース、ギャース


 急に現れた魔物の群れもそうだそうだと相槌を打ちながらフィブリルに襲いかかる。


「友達に襲われてます」


 そんな魚に足が生えたような友達を蹴散らしながらヒメが困る様子もなく会話を続ける。


「何故か最近魔物が興奮気味なの」


「何ででしょうね」


 フィブリルのドレスが夜闇の中異常なまでに発光していた。


 こんなさっぱりとしたやり取りが、今ヒメがフィブリルに同行することになった過程である。




 次の一幕。トアル遺跡入り口にて。


「こんな所に遺跡があったんですね。気づきませんでした」


「ミツメの町の方から森に入って、目印の逆を進むとここに着くの。予め伝えておいて正解だったの」


 疲れ切った様子で、ヒメの背中に負われているフィブリルがげんなりとそう言う。


「ずっと混乱してましたもんね」


「・・・・・・」


 迷えずの森を通る間ずっと呪詛のような歌を延々ヒメは聞かされていた。歌姫は混乱すると呪術師になるらしい。思わずダメージを受けてしまいそうな歌声だった。歌詞が主にシとネで作られていた。





 直近の一幕。遺跡の通路にて。


「ガウェインさんは何で死ぬんですか?」


「みんなに迷惑をかけた責任とか考えてるの。しょうがないやつなの」


「自決ですか?」


「そんな感じなの、多分」


「割とアバウトですね」


 などと続いて今に至る。





 今回のフィブリル乗っ取られ事件でガウェインは始終セラの下で悪事を働いていた。その責任を取るつもりらしい。だが、それで自決するのはフィブリルが許さなかった。そしてそういうことならヒメもまたその暴挙を許すつもりはなかった。


 最終的にヒメはオーマの下に行くよりもこちらを優先した。それに対してヒメも思うところがあり、それこそ先ほど唸っていた本当の理由である。


(絶対怒ってますよね・・・)


 無茶をするな、一人で動くな、そんな説教の後、ヒメがとったのは別行動というまさしく単独行動。説教を見事に無視した形である。


 しかし、死人が出ると言われてしまえば、ヒメには止める以外の選択肢がなかった。それにオーマの方は確実に無事だという確信があったのも大きい。なにせ、ダブルアーちゃんが傍にいるのだから。けれどその言い訳をオーマにするわけにもいかず、オーマとの再会ののち説教で済めばいい方である。


「悩み事?」


 やはり浮かない顔をするヒメにフィブリルは再度尋ねる。流石に誤魔化しきれないかと、ヒメは本当のことを言う。


「オーマを怒らせてしまったかもしれません」


「自分が悪いなら謝ればいいの」


 するとフィブリルは、何だそんなことかと言わんばかりにあっさり解決法を言ってのけた。だが、残念ながらそれでは済まない。


「良くないことだとわかっていて、それを注意された直後にも関わらず、懲りずに二度目の犯行ですが許してもらえるでしょうか」


「その人とは縁がなかったの」


 フィブリルの解答が悪い方に一転した。


「うにゃー」


 耳を塞いで首を振るヒメ。余程認めたくないものらしい。そう思うぐらいなら最初からしなければ良いのに、とはフィブリルも思うが口には出さない。後悔は先にたたないものだから。


「お詫びの品を用意しておくの」


「その手がありました!何がいいでしょう。やっぱり常に身に着けるものの方が良いですよね!でも男性にアクセサリーと言うのも違和感がありますし・・・。常に身に着けるもの・・・衣服・・・。はっ!・・・ももひきなんてどうでしょう!?」


「後で一緒にゆっくり考えるの」


 言外に却下しながらフィブリルはわずかに足を速めた。


 会話が終わる。遺跡の通路を歩いていた二人はやがて開けた場所に出る。光の差さぬ地下でありながらも、先ほどまでの通路とは違い明るさが保たれている。灯りがあるのだ。石造りの構造といい、光源といい、明らかに人工的なものが散見されることこそ、ここが遺跡と呼ばれる所以であろう。


 そしてその空間に、巨大な戦斧を地面に突き立ててガウェインが佇んでいた。






 遺跡の最奥とまではいかないながらも、奥深くの間で静かに瞑想していたガウェインは響いてきた足音に何者かの到来を知る。


「ガウェインー、来たのー」


 いよいよすぐそばまでやって来た人物を目を開けて確認すれば、そこにいたのは妻であるフィブリルと、その付き添いなのかヒメという少女であった。


 これにはガウェインも口を開けてしまう。


「何故来た!?大人しくしていろといったはずだ!」


 その言葉はフィブリルとヒメ両方に向けたものである。どちらに対してもセラの入れ替わりが解ける前に注意しておいた。ヒメに対してはオーマを通して間接的に。フィブリルには直接的に。にもかかわらず。


「そうなんですか?」


「覚えてないの」


「覚えてないそうですー」


「ぐっ、鳥頭が・・・!」


「奥さんに対してその物言いは看過できませんよー」


「出来ないのー」


 何故か息ぴったりでガウェインのことを責め始める二人にガウェインはこめかみをひくつかせる。


「妻を心配した夫の言葉を無視するような奴に言われたくない!」


「うぐ」


「胸が痛いの」


 女性二人して心当たりがあるのか胸を押さえて苦悶する。その様子にガウェインもわずかに溜飲が下った。


「何のために来た」


「ダーリンを止めに来た。死んでほしくない」


「ダーリン・・・」


 ヒメがぼそっと一部分を復唱する。


「・・・・・・死のうとしているわけでは無い」


「じゃあ何をしにこんな所へ?」


 ヒメが尋ねる。死のうとしているわけではないならヒメが止める理由は無くなりそうである。


「・・・・・お前のようなものたちをここから先に行かせないためだ」


「この先に何かあるんですか?」


 ガウェインの体の後ろにはまだ通路が伸びている。その先は闇で、どこに通じているかは当然ながらヒメにはわからない。だからそれは当然のごとく浮かんだ疑問。


「セラがいるの」


 答えたのはフィブリルだった。


「セラさん?」


「セラが私の体を乗っ取っている間、私はこの先の牢屋にセラの体で囚われていたの。なら入れ替わっていた体が元に戻った今、向こうにいるのはセラ本人なの」


「なるほど。では何故ガウェインさんはここで通せんぼしているのでしょう」


「・・・・・なんでなの?」


 フィブリルは少し間をあけて、その質問をガウェインに向ける。


「分かっているんだろう。お前は」


「わからない。わかりたくない」


 フィブリルが首を振る。苦しそうな口ぶりは空気をシリアスなものに変えていく。


「俺はあいつと一緒に罪を償わなければならない。大勢の仲間を死なせた罪を、巻き込んだ罪を、傷つけた罪を。だから俺はセラを、この遺跡に閉じ込める。二度とあいつに誰かを傷つけさせないために」


「はあ」


 置いてけぼりなヒメは気のない相槌を打つ。食事とかお風呂とかどうするんだろう。そんなことを考えていた。けれどフィブリルはガウェインの言葉を理解した上でこう返した。


「私より、あの泥棒猫を取るの?」


「ん?」


 なるほどそう言う話だったのか。ヒメは胸をときめかせる。


「違う、そうじゃない」


「違わない。私と一緒にいることよりも、セラと一緒にいることを選んだの」


「それはそうだが、そういう話じゃない。責任と贖罪の話だ」


 ガウェインが呆れたように否定する。確かにそういう色恋沙汰ではないことは察することはできる。その一方でガウェインの体からフィブリルの匂いが充満していることも気になるところではある。何せ先程までそのフィブリルの体には別人が入っていたのだから。


 ヒメがそのことに気づいたのはフィブリル(オーマ)に抱き締められたときだ。抱き締められながら、くんかくんかしたときだ。フィブリルから漂っていた匂いがガウェインのものと似通っていた。フィブリル(本人)でも確認したから間違いない。香水の匂いが特徴的だった。


 それから推理するに、ガウェインはフィブリル(セラ)と、匂いが染み付くほどに密着していた。


「浮気者」


 それを妻であるフィブリルが気付かない筈がなかった。


「それを言うのか?お前だって了承しただろう?」


「ん?」


 おや、雲行きが更に怪しくなってきた。フィブリルさんは予め知っていた?


「したけど、嫌だった」


「俺だって嫌だった。だが、仕方ないだろう」


「それに、ガウェインが傍にいてくれないのはもっとやだ」


「・・・・すまん」


 唐突で直球な感情論にガウェインは言葉を詰まらせる。


 推測するに二人は互いに納得した上でセラさんを交えて浮気プレイをしたがやっぱり嫌になって、元鞘に納まろう、と、そう言う話だろうか。中々複雑である。


「一緒に帰ろ?」


「・・・・・いや、それは、だな」


 冗談はさておきガウェインが押されていた。なるほど。フィブリルさんが一人で十分だと言っていたのは、説得には一人で十分という意味だったのだろう。夫婦なだけあって話の運び方を心得ているのだ。


「なら、いつまでここにいる気なの?セラが正気に戻るまで?それまで私は寂しい思いを続けるの?」


「それは」


 しかしその弱みを特に分かっているのはガウェイン自身なのだろう。口ごもりながらも決意のこもった視線でフィブリルを見返す。


「俺のことが許せないというのなら、忘れてくれていい」


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 女性陣が固まる。二人から少しばかり怒りが感じられる。それはもう本当に少しだけ。


「わかったの。ならもう仕方ないの」


 そう言ってフィブリルはいつから仕込んでいたのか、ドレスの下から切っ先鋭いナイフを取り出す。


「え!?」

「な!?」


 ヒメとガウェインの驚きの声が重なる。


 突然フィブリルの手の内に姿を現した凶器。心中でもする気だろうか?ヒメの目的は死人を出さないことである。話の流れからガウェインの自殺の可能性は無さそうだと思っていたのだが、衝撃の展開である。しかしフィブリルとガウェインの距離は遠く、ヒメの方はすぐにフィブリルからナイフを奪い取れる距離だ。まだ様子見を続ける。


 ヒメが警戒してフィブリルとの距離を確かめる間にフィブリルはナイフの切っ先を自身の喉に向け、脅し文句を告げる。


「私を殺して、あなたは生きるの!」


「意味が分からん!?」


 鋭い突っ込みに思わず漫才でもしているのかと錯覚してしまうが、真剣に考えれば火急の事態である。ヒメは即座に動いていた。


 一足でフィブリルの側面に位置取り、フィブリルの手首を掴み、喉元から引き離す。その後、手間取ることも無くナイフを奪い取った。


「あう・・・」


 そのまま、ヒメはフィブリルを胸のうちに抱き止めた。


「ごめんなさい。今は万一すら起こしたくないんです」


「反応がまじめすぎるの。漫才にマジになっちゃだめなの」


「漫才だったんですか・・・」


「漫才だったのか・・・」


 思わず斧を置いて走り出していたガウェインもあきれ顔である。


「でもこれで、ガウェインを止める方法が失われてしまったの」


「ちなみに今の流れからどうガウェインさんを止めるつもりだったんですか?」


「私を止めるために駆け寄りナイフを奪い取ったガウェインはこういうの。『なんでやねん!もうええわ!どうもありがとうございました!』と。仲直りの合図なの」


「そうなんですか」


「・・・・・」


 ガウェインさんは向こうの方で遠い目をしていますけど。


「けれど、もうこの手は使えないの。一度すべったネタを繰り返すのは危険なの」


「なら、今度は私に任せてくれませんか」


「任せたの」


「決断早いですね」


「人間勢いが大事なの」


「では、任されました」





 ヒメはフィブリルの体を離し、ガウェインに向かう。


「あなたは、そこから先に誰も行かせないためにここに残って、その場所を守ろうとしているんですよね」


「ああ、そうだ」


「なら―――」


 ヒメは、剣と刀、二本あるうちの刀のみを抜く。


「―――負けてしまえば、そこにいる意味はありませんよね」


「なるほど、力づくか」


 ガウェインが突き立っていた戦斧を軽々と肩に担ぎ上げる。


「さっさとおうちに帰ってください」


「その言葉、そのまま返させてもらおう」


「ファイトなのー」


 睨み合う二人から遠く離れてフィブリルがどちらともつかぬ応援をする。いつの間にか壁際に座って手を振っていた。








 細い刀と巨大な斧が互いに風を切りながら打ち合わされる。本来ならば刀の方がぽっきり折れてしまいそうな激突だが、刀はそれが当然とばかりに受け止め押し返してみせる。


 ガウェインは弾き返された斧を体を軸にして一回転させ再びヒメへと叩きつける。ヒメもまたそれに応えるように刀を斧に向かって力任せに振るった。激突した二つの武器は、その反発力の前に、軌道を逸らして宙に弾かれる。互いに武器を巻き上げられた形。相手の隙をつこうと二人は一心に武器を戻そうとする。その結果、武器の重量の差からわずかにヒメの戻しが速かった。ガウェインの隙のある正面に斬撃を叩きこむ。


「はあっ」


「ふんっ」


 それを左手で受け止められる。


「えー」


 何も持っていない裸の手でヒメの斬撃が止められた。ヒメにとっても初めての経験である。掴まれた刀を反射的に引っ張るがびくともしない。その隙にガウェインは反動を殺しきった斧を、刀を動かせないヒメめがけて振り下ろす。


「素手は、苦手なんですよ!」


「!?」


 今度はヒメが驚かせる番だった。ヒメもまた空の左手を使い戦斧の側面を殴りつける。ガウェインの膂力と共に振り下ろされた超重量の一撃だったが、横からの力に大きく軌道を変えヒメの右側へと流される。そうなると当然ガウェインの体も前のめりにヒメの方に流されてしまう。


 そうしてできた無防備な体勢を、ヒメは見逃さず素早く左手を引きガウェインの顎めがけて振りぬく。それに対しガウェインは咄嗟に右手の戦斧を手放し、右手を引き戻して腕でヒメの左手を受け止める。


 有効打を与えられなかったと判断したヒメは再び左手を引いて打撃を繰り出す。しかしそれは安易な攻撃だった。完全に引き戻されたガウェインの右手でしっかりと受け止められてしまう。


「・・・・」


「・・・・・・」


 しばし戦いは膠着する。互いに両手とも抜き差しならぬ状況。ならば次はどうするか。そう考えて至った結論は、足であった。


 ガウェインの右足がヒメの脇腹に迫る。今度は双脚での攻防が始まるかと思われたが、それはヒメが避けた。


 ヒメは刀を持つ右手を手放し、ガウェインに掴まれた左手を振り払って後退。蹴りを避ける。同時に走り出す。その先にはガウェインによって手放された戦斧があった。


「・・・・・」


 それを見送ったガウェインは蹴り上げていた右足を下ろし、左手で刃先を掴んでいたヒメの刀を、右手で柄を持つように持ち換える。そして八相に構えた。しかしその正面にヒメはいない。


 ガウェインの左側面を走るヒメが戦斧を拾い上げ、走りながら三回振り回し、遠心力が十分に加わったところでガウェインめがけて投げる。


「ていっ!」


「はあ!!」


 一瞬の間に迫ったそれをガウェインは打ち上げた。投げられた戦斧の投擲速度と回転を読み、丁度幅広の刃とぶつかるところで刀を掬い上げるように振り抜いたのだ。見事に打ち上げられた戦斧は更に回転を加えられつつ宙を舞う。


 しかしそれは囮だった。戦斧の後方から現れたヒメが今度こそ隙だらけとなったガウェインとの間合いをつめる。ヒメの右手には、もう一つのヒメの武器である、王家の剣があった。それを両手で掴み、振り下ろす。


「『裂塊』!」


「ぐっ」


 ヒメの剣が地面に鋭く叩きつけられ、その衝撃波がガウェインに向かう。まともに受けたガウェインはダメージに仰け反り、そこからヒメのコンボ始まる。


「『昇月』!」


 衝撃によりのけぞったガウェインをヒメが掬い上げるように打ち上げる。その姿は異常なまでに空高く舞い上がった。


「『雪風』・・・あ」


 けれど、空中のガウェインに更に追い打ちをかけようとしたところで、ヒメに向かって刀が飛んでくる。それを避けつつ左手で刀の柄を掴んだことで連撃に穴が開いた。同時にヒメは気づく。


 空中、ヒメが向ける視線の先、ガウェインの打ちあがった先に、先ほどガウェインによって打ち上げられた戦斧が舞っていた。その光景にヒメは次に来る反撃を悟る。ヒメは追撃を中断してガウェインの落下地点からバックステップで瞬く間に離れた。


「『八つ』」


 それと同時、ガウェインは相手の行動に構わず、空中で掴んだ戦斧を構え、空中から落下の勢いを加えながら地面に思いっきり叩きつけた。 







 まるで隕石の衝突のような突撃を受けて遺跡全体が大きく揺れる。もうもうと煙が立つ中、戦斧を肩に担いだガウェインが現れた。


「やはり、手ごわいな」


「なるほど」


 きっちり安全地帯にいたヒメはゆっくりと剣を鞘に納め、再び刀を構え直す。


「今は本気ということですか?ガウェインさん」


「・・・・さっきは悪かったな。気が乗らなかったんだ」


「今は気が乗るんですか」


「ああ。少なくとも、自分の意思だからな」


「フィブリルさんが怒りますよ」


「もう怒ってる」


「むきー。いきいきするななのー!」


「ほんとですね」


「では行くぞ」


「こちらこそ」




「「『剣気解放』」」







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