第十二話 和解
「あの、アーリア?」
「何でしょうか?」
そっぽを向いて三角座りしたままこちらの問いかけに反応するアーリア。さっきからずっとこの調子だ。
撤退した魔王軍に戻ってみるとアーリアは陣の外でいじけている、と、イーガルに教えられ探しに来てみたのだが。
「何を怒ってるんだよ」
「怒っていません」
「じゃあなんでそんな態度なんだ」
「別に、いつも通りです」
「なら、こっちこい」
――ピクッ
耳が立った。
「い、嫌です」
いつもなら素直に来てくれるのだが。その分拒否されると寂しい。
「・・・いつも通りじゃないよな」
「そんなことありません」
「はあ~~」
どうしたもんか。イーガルに助けを求めようと視線を向けるが、自分で考えろと取り付く島もない。
あのヒメの発言は否定したのだが、それだけでは収まってくれなかった。原因がわからないのが痛い。
「どうしたら許してくれるんだ?」
「許すも何も怒っていません」
「今来たら、なでてやるぞ」
「・・・・。」
今度は尻尾が動く。
「ったく、勝手にしろ」
アーリアの意志は固いようだ。いったん諦めて、踵を返す。何かプレゼントでも手に入れて出直そう。
「ぅ・・・あ・・」
「アーリア?」
「い、嫌です」
「な、何が?」
「傍にいてくれないと嫌です!」
一瞬、理解が及ばなかった。
「それは・・・何か?お前は俺を避けているのに俺はこの距離を保って傍にいないといけないのか?」
「はい」
きっぱりいわれてしまった。開き直ったな。
「まあ、いいが。」
アーリアがわがままを言うのは初めてだ。付き合うのもやぶさかではない。
「いいん、ですか?」
「アーリアのためならそれぐらい構わんが?出来れば避けないでほしいがな」
「それは無理です!」
「無理なのか」
心が痛い。
いつの間にかイーガルの姿は消えていた。相変わらず気を回し過ぎる奴だな。それとも面倒くさくなって逃げたのか?
俺も腰を下ろした後、会話もなく時間が過ぎていく。話はしたいのだが今はそういうときでもないだろう。アーリアの気が済むまで傍にいるつもりだ。
問題はヒメが『魔王の角』を使った場合、どうするかだが、幸いまだ呼ばれない。まあ、さっき別れたばかりで呼ばれることは無いだろう。
それにしても本当に何が原因なのか。全く分からない。
「アーリア、寒くないか?」
あたりはもう暗闇に包まれている。心配で声をかけてみるが。
「大丈夫です」
「そうか」
すげなく返され、それで会話は終わる。
そう言われたからと何もしないわけにはいかず、魔法で近くに火を起こす。
(今日は野宿か。)
これまでアーリアに動きはない。できれば今夜中には納得してくれるといいのだが。
火を起こすついで、あたりに石でできた壁、そして屋根を作る。魔法で作った簡易的な小屋だ。
「ありがとうございます」
「おう」
気づいたアーリアが礼を返す。喧嘩中だというのに律儀だ。
火の揺らめきに二人の影も揺れる。そんな沈黙が少し気持ちよく感じる。
「こうしてると昔を思い出すな」
何とは無しに口をついて出てしまった。
「昔、ですか?」
「イーガルに連れられてアーリアに初めて会ったときのことだ」
「ああ」
アーリアから納得の気配が伝わる。
場所もこんな小さい小屋で夜はとても寒かった。
「俺と会った頃、一緒にいてもずっとだんまりで、俺が話しかけようとするとすぐに逃げてたよな」
「当たり前です。どこの世界に魔王を恐れない子供がいるんですか」
少なくともあの時は子供だったのか、新たな発見だ。今更だが。あの頃から賢い奴だったしな。
「イーガルは普通だったぞ」
「弟が馬鹿だっただけです」
「昨日は子供も気軽に近づいてきたが?」
「あ・・・あれは、また別です」
何が別なのか。しかし魔王としては恐れられてしかるべきなのかもしれない。むしろ今の方がおかしいのか。
とにかく、なんとなくでもこの話をしたのは正解だったようだ。アーリアと会話になっている。
「逃げたと思ったら、いつの間にか戻ってきて壁に隠れて俺の方見てたなー」
「危険な存在を警戒していました」
「そうか?その割にはアーリアから好奇心しか感じなかったぞ」
「見当違いです」
「まあ、確かに警戒心の強い動物を相手にしてるようだったな。根気よく近づいてくるのを待って、頭をなでると喜んでくれたよな」
「う」
これは否定できないらしい。それを隙とみて、立ち上がりアーリアに近づく。拒否されなかったので一安心だ。
「ほら、こうやってさ」
そしていつものようになでる―――やはり喜んでくれた。
「ぁ―――卑怯です」
「卑怯で結構。アーリアとこうする方がずっと大切だ。」
あの後、二人におそろいのパーカーをプレゼントした。あの時のアーリアの笑顔は今も忘れない。
「あの時からずっと変わらない。アーリアは俺の大切な家族だ。アーリアのためなら俺は何でもできるぞ」
「何でもなんて言っては駄目です。何をさせられることか」
「アーリアにその心配はいらないだろ。それに口だけのつもりはないぞ」
「なら――」
「ちゅー、してください」
「は?」
一瞬、ヒメとしたキスを思い出す。だが、アーリアは家族なのだから違うだろう、となると・・・
「何でもしてくれるんですよね。口だけじゃないんですよね。ならちゅーしてください。さあ、今すぐ!」
口だけじゃない、その一言に天啓を受ける。同時になるほどと思う。そう、アーリアの言うちゅーはいわゆる家族でする挨拶のことだろう。
「まあ、構わないが」
「ほら、できない―――って、良いんですか!?」
今まで出したことないんじゃないかという大音声で聞き返してくる。
「ヒ、ヒメさんのことが好きじゃないんですか!?」
気付かれていたのか。まあ隠し通せるわけないか。やはり女の子だな。
「好きだぞ?」
「じゃ、じゃあなんでちゅーなんてできるんですか。堂々と浮気ですか!?」
「少し落ち着け。いっただろ、アーリアのためなら何でもって。それにちゅーぐらいヒメも許してくれる」
「ちゅーぐらい!?ど、どこまで進んでいるのですか!?」
「論より証拠だ、ほらこっち向け」
「あわわ」
顔を真っ赤にして慌てるアーリアの顔に口を近づけ、額にキスをした。
――ちゅ
「ほら、な。」
顔をさらに赤くするアーリア。
「これぐらいならいくら頼んでもいいから、あんまり俺を避けないでくれ。その方がつらい」
「・・・て、ひ、ひたいじゃないですか!?」
顔を赤くしたまま突っ込む。
「なんだ、頬の方が良かったのか?」
今度は頬に口づける。
「~~~~~!!!」
アーリアの瞳に涙が浮かぶ。
「まあ、これくらいなら家族としていいんじゃないか」
その瞬間、火山のように今にも噴火しそうだったアーリアが固まった。
「・・・・・。」
長く沈黙が続いた後、
「・・・・・・家族と・・・して?」
「ああ、なんかおかしかったか?」
「いえ、いいんです。そうですよね。ふふふ」
「ア、アーリア?」
「魔王様は、私のことが大切なんですよね、家族として」
アーリアが今までと一転、吹っ切れたように笑顔になる。
「あ、ああそうだが」
「それで、ヒメさんのことが好きなんですよね。異性として」
「ああ、そうだ」
「・・・完敗じゃないですか」
小声でぼそっと言われたため聞きづらかったが、完敗とは、どういう意味だろうか。
そして、アーリアは俺から離れ居住まいを正して正座する。そして深く頭を下げる。
「なら、お願いします。邪魔なのはわかっています、ですが、これからも私をそばに置いてください」
「ん?当たり前だろ。邪魔なわけがない」
「まあ、そう言うと思ってました」
「なんだそりゃ」
これにて一件落着、なのだろうか。最後は意味が分からないまま進んでしまったが。
「それはそうと魔王様、世間一般で言えば家族にちゅーするのは相当気持ち悪いと思います」
「まじで?」
嘘だろ、信じられない。キスは挨拶じゃなかったのか?
「まじです。だから――」
――ちゅっ。
「ヒメさんには言っては駄目ですよ」
アーリアは俺の頬にキスをして、その日一番の笑顔を浮かべた。
翌日、
絶対命令『総員!帰れ!』
そんな俺の言葉で魔王軍は解体された。どのタイミングで行うかずっと悩んでいたが、昨日のようなことがまた起こっては面倒だ。この機に行うことにした。もし、人間が反撃に出ても、俺一人で止められる。
もちろん、反対の意見は聞こえたが、絶対命令に逆らうことはできず帰って行った。
もともと、魔族の環境改善のために組織された軍だった。太陽が存在しないため、作物が育たず、毎日変わらず雪と氷に閉ざされた土地。魔族領で争いが起こる根本。そんな場所だった魔族領を変えたくて集まった同志たち。その意志を踏みにじるつもりはない。
幸い、実験的に投入した俺の光源は少しずつ雪を溶かしているらしい。戦争が終わったあとは本格的に解決に乗り出す。それで納得してもらおう。
だがこの決断は俺が下したわけでは無い。
「これで良いのか?アーリア」
「はい。人族への抑止力も魔王様だけで十分です。そもそも私たち四天王を含めた魔族すべてを合わせても、魔王様一人には及ばないのですから」
「過大評価しすぎじゃないか?」
「これは、四天王の共通認識です。もちろん、全軍に行動するためのエネルギーとして供給していた魔力、さらに封印している力も入れてのことですが」
「あまりそっちの力は頼られてもな」
「もちろん、作戦上、封印を解放する必要はありません。魔王様の考える通り、勇者の協力があれば和解は容易です」
改めて、勇者と協力して和平を目指すことの説明をした次にはもうアーリアは指示を出し始めた。
「相変わらずアーリアは頼りになるな」
「別に私自身は大したことはありません。私の無茶な指示を実現してくれる魔王様がいるからです」
娘が優秀で俺は嬉しいぞ。
「というわけで、さっさと行ってください」
「なんか、冷たくないか?」
「年頃の娘はこんなものです」
「そうですか」
というわけで俺は和平を結ぶため、アーリア指揮のもと動き出すこととなった。
「行ってくる。アーリア」
「いってらっしゃい、魔王様」
「もう、いいのか?」
イーガルが聞いてくる。
「うん」
「そうか」
それだけ聞くともう、イーガルはなにも言わなかった。




