第二十九話 連行
「やめろ。寝るだけだ。というか寝ろ」
「続きはまたオーマの体が元に戻ってからですね」
「続けたくない」
「またまたー」
ヒメが密着してくる。近すぎるこの距離で一夜、理性を保たせなければならないという事実にオーマは愕然とする。いや、女同士ならいいのだろうか。間違いなど犯しようがないわけだし。
どうなるにしろ監禁されるよりはましなはずだ。
まさかヒメがそこまで思い詰めているとは思わなかった。いや、兆しはあった。最初からヒメは俺のことが大好きだし、過剰な愛には何をするか分からない危うさもあった。最近では俺の身を案じすぎる情緒不安定なところもあった。しかしまさかここまで病んでいたとは。
ヒメを追い詰めた結果、這い出て来た願望というの名の大蛇。頼れと言った手前この願望にどう協力するかを考えたところ一つの案しか浮かばない現状にオーマは逃げ出した。
手に余る博愛は身を滅ぼす。食べたいと言われて大人しく食べられるやつはいない。信じる信じないの話じゃなかった。だって監禁したいって言われて、協力しようと思ったら大人しく監禁されるしかないじゃないか!
そして監禁なんかされたくないわけで、それなら一夜の苦渋に耐えてでも聞かなかったことにして、この件から逃げなければならなかった。
そんなオーマにヒメは言う。
「さっきの約束、絶対果たします」
何らかの決意のこもった宣言。しかし『さっきの約束』に心当たりのないオーマ。
「約束ってな―――」
景色一転。ヒメの姿が消え、目の前に赤髪の少年が立ち尽くしていた。
「―――んのことだ?監禁か?監禁宣言なの・・・・って・・・・何だこの状況」
「オーマさん・・・?」
平原。つまり町の外。訳も分からぬまま場面転換させられたオーマが見たものは、目の前で、何故か目を押さえているアルフレッドだった。声だけでオーマと気付いたアルフレッドは、けれどそれ以上何も言わない。明らかに様子がおかしい。
他に気付くことはといえば、初対面の時も先ほど同行した時も頭の上に乗っけていたドラゴンが今はいない。その代わりにアルフレッドの足元には見覚えのない深い青色の髪をした女の子がいた。アルフレッドの方を向いていてその容姿は確認できないが、ロリコン疑惑をかけられている俺は過度に気にはしない。
「何があった」
ならばと優先すべきは事態の把握。入れ替わりの件といい、ここ最近混乱させられる急展開が多発したおかげでむしろこの手の対処に手間取らなくなったオーマ。けれどその問いかけに誰も耳を貸さない。
「・・・・アーシェ?どこ?アーシェがいない・・・。死んだ? 違う。アーシェは、だって、いつもこんなことくらい平気で、でもじゃあどこに」
「ぱぱ・・・」
本当に何があったのだろうか。ただ惑乱するアルフレッドとそんなアルフレッドを気遣わしげに見上げる深い青の髪の小さな女の子。
「もう解決したのか?」
「アーシェ!!! ああああしぇえええぇーーー!!!!!」
「ぱぱ、あーしぇは・・・・」
見事なまでに無視されていた。アーシェが一体どうしたというのか。言われてみればいつも、と言っても二回会っただけだが一緒に居たアーシェが今はいない。
話にならないので、おろおろと視線をさ迷わせ錯乱するアルフレッドをひとまず置いて、オーマは自分の体を見下ろす。そして目に飛び込んでくる『おっちゃんのランニングシャツ』。それは紛れもなく数日来の付き合いであるオーマ自身の身体であった。何故かおっちゃんに転職してはいるが。
どうやら体がもとに戻ったらしい。随分あっさり戻ったものだ。ついさっき女になって、また戻って。何だったんだ、と文句の一つも言いたくなる。
そしてもう一つ気になる事。俺はグッジョブしていた。アルフレッドに向かって親指を立てている。強いて言えば体が戻ってよくやったという気分ではあるが、当然ながら俺がその行動をしたわけでは無い。最初からこのポーズだった。そしてこの態勢の理由が分からないオーマは真っ直ぐ突き出されたそれをどうしたものかと悩んだ末に所在無くおずおずと下ろしていく。下ろして良いのかと周囲を窺いながら。
そのように視線を周囲に向けると、人が大勢いることがわかる。目を押さえるもの、目を押さえて転げまわるもの、目を押さえて大切な者の名を叫ぶもの。大勢の冒険者が目がぁー目がぁーと叫んでいる。しかし何があったのかは皆目見当もつかない。
「そうだ、オーマさん!アーシェは、アーシェはどこにいるんですか!」
そこでようやく俺が目の前にいることを思い出したのか、アルフレッドは前のめりにオーマに向かってアーシェの居場所を尋ねる。アルフレッドも目が痛むのだろうか、険しくも薄く開いた眼差しでオーマに訴えかける。けれどアーシェの居場所などオーマが知っているはずもない。
「知らん。少し落ち着け」
「落ち着けるわけ!」
縋り付くように掴みかかってきたアルフレッドを宥めようとするが、多分意味がないと早々に諦めたオーマ。言って駄目なら、と手を振り上げ。
ぱんっ!
「っ・・・!?」
甲高い音をさせてアルフレッドの頬を張った。
「仮にも父親と呼ばれているのなら子供の前で情けない姿を晒すな」
言ってオーマは蒼い髪の少女を顎でしゃくる。
「ぁ・・・。僕は」
オーマに諭されてアルフレッドを自らを省みる。心配してくれている少女に目を向ける。けれどその姿はアルフレッドの目にぶれて見えた。
ぱあぁん!
その直後、いや、時を同じくして再び甲高い音が響く。吹き飛んでいくオーマの体。
「ぱぱをいじめるな!」
――オーマに120のダメージ
それは蒼い髪の子供の反撃であった。軽く浮遊した彼女は易々とオーマの体をビンタで吹き飛ばした。うめき声すら上げずにもんどりうって転がるオーマは、しかし転んでもただでは起きない。オーマは危機に瀕して、新たなスキルを開花させたのだ。
「へっ、どじっちまった。後は、任せたぜ」
攻撃を受けた時、仲間を激励して強化する、一人の時はなんの役にも立たないおっちゃんスキル。
――『散り様』
がくっ。
「オーマさん!?」
「オーマさん!オーマさんっ!」
俺は死んでしまったのか。思えば短すぎる人生。もう少しはっちゃければ良かった。
「しんでない」
ごっ
「げふっ!!」
――オーマに83のダメージ
横たわっているところに脇腹に蹴りを入れられる。なんだ、この仕打ち。俺この子に何かしたか?嫌われているのか?そう言えばヒメかリーナが羽虫のごとく嫌われてるって言ってたっけ。でもあれはドラゴンのことだし今は関係ないはず。
「リウ駄目だから!それ以上は犯罪になっちゃう!」
体全体で止めるように蒼い髪の少女を抱きしめるアルフレッド。まるで、まだ犯罪じゃないような言い草。子供じゃなければ出るとこ出てるぞ。心の中で毒づきながらオーマはゆっくりと立ち上がる。
「どうやら、落ち着いたようだな」
そう言われてアルフレッドは目を丸くする。
「まさか、僕を落ち着けるために?」
「おおー」
「そんなわけないだろ、ふざけんな」
頬をぶった分はお相子だが、蹴られたのは納得できない。しかし、これだけダメージを受けたのに死なないとは。職業おっちゃんのタフネスには頭が下がる。それにしても一体誰が何の目的で転職したのか。分からないことだらけだ。
ともかく、この体なら魔力感知が使える。
「アーシェがどこにいるかだったか。本当、俺が知るわけ無いだろうに」
「それは、でも!アーシェがいなくなるはず無いんです!あの子はとても責任感の強い子でなにも言わずにいなくなるなんてことあるわけが無いんです!」
「そんな、子供が失踪した時に普段育児に無関心な親が言いそうこと言われてもな」
そう言いつつも魔力感知でアーシェの居場所探る。一、二回会ったことがある程度で見つかるかはわからないが・・・・見つかった・・・・が。
「・・・・町のどこかにいる」
それ以上は分からなかった。頭に浮かぶ町の縮小図?のようなものの上に複数人のシルエットが重なって浮かび上がっている。ヒメ、リン、たまちゃんなどがいる中にアーシェらしきものもあった。
そして、ここはどうやら町を西に出てすぐの平原らしい。東を向けば、すぐに町が目に入った。
町の方の魔力反応が簡略されているのは、自分の周囲を優先して表示しているためのようだ。目がぁーと叫んでいる群衆は位置関係まではっきりしている。遠方になればなるほど魔力反応は捉えにくいということだろう。
「町のどこか」
「ああ」
オーマが町の方を確認している間、口の中で転がすようにアルフレッドは繰り返す。
「・・・・・」
「・・・・ん?」
一応の場所を教えたにもかかわらず、動き出さないアルフレッドにオーマは怪訝の目を向ける。
「・・・・あの」
「なんだよ。はよ行け」
「町にはどう行けばいいでしょう?」
「どうって・・・すぐそこにあるだろ?」
目と鼻の先の町を指して言う。
「どうやって行けばいいでしょう?」
どうやってというのは、つまり移動方法について聞いているのだろうか?
「・・・・歩いていけばいいんじゃないか?」
「どの道を通ればいいでしょうか?」
「一本道じゃねえか!?」
「先行してくれませんか!?」
「何で俺がお前の道案内をしなくちゃならんのだ!」
「この場から一歩も歩けそうにないです!」
「怪我でもしてるのか?」
「いえ、すこぶる元気です!」
意図が読めないアルフレッドの言動にオーマは首をかしげるしかない。まあ、少し案内するぐらい別に構わないが。
「ちょっとあなた!!」
「ん?」
仕方がないのでアルフレッドをつれて町に戻ろうとしたところで、剣幕荒く迫ってくる女性がいた。赤色のローブを羽織り、頭にはちょっと前衛的なとげとげしいサークレットを被っている。
「なんてことをしたか分かっているんですか!あなたの無茶苦茶な行いのせいで人ひとり犠牲になったんですよ!?」
「・・・・・」
「聞いてるんですか!?」
「・・・・俺?」
「あなた以外に誰がいるんです!」
その女性の視線はまず間違いなく俺へと向かっており、俺を糾弾していた。
「すまん。心当たりがない。そもそも何があったのかを全く理解していない」
その女性は俺の返答を聞くや、顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせた。
「リフィー。待ってください」
そこに割って入るように声をかけた人物がいた。落ち着き払った声に、今にも噴火寸前と言った様子だった女性は口を閉ざして下がってしまった。
「あの、ちょっと、よろしいでしょうか・・・」
落ち着き払った声が一転、おどおどとした声が聞こえてくる。そんな風に聞かれたら断る癖が俺にはついている。
「良くない」
「ごめんなさい・・・」
「ああ、いや・・・。なんだよ」
とはいえ、分からないことが多すぎた。話の出来る人物がいるなら事情を聞くに越したことは無い。オーマは声の方に目を向ける。けれどその方向、目が合う高さには誰もいなかった。
「こほん。ギルド『白獅子の剣』のリーダー、オーマさんでよろしいでしょうか?」
「ああ」
下からする声に視線を下ろしてみればそこにいたのは見覚えのない子供。橙色の跳ねっ毛が子供っぽい。相変わらずおどおどしていたが、咳ばらいをするとその声は再び芯の通ったものとなった。
「あなたも入れ替わりの被害者だった・・・。間違いありませんか?」
「ああ」
「分かりました。この件についてはあなたに責任はありません」
「どうも。それで何があったか聞きたいんだが」
「お話ししたいところですが、その前にあなたにはこの町で起こった猛火襲来事件の容疑がかけられています。すみませんがギルド本部までご同行願えますか?」
「あー、そっち」
「はい、そっちです。申し訳ない」
ついに来たか、この時が。
周囲を見渡す。先ほどと変わらず多くの人、見ず知らずの冒険者たちの集う様子が見える。いや中にはガウェインと共に居た冒険者も見受けられる。
町中の冒険者が集まっているのではないだろうかという数。その中で逃亡などすれば、まず助からな・・・・いや、ヒメの協力を得られれば勝てる。
「オーマさん・・・?」
「証拠はあるのか?」
心細そうにオーマを見つめるアルフレッドがいるが、今はそれよりも重大な危機に立たされている。
「迷えずの森で何らかの強大な魔法剣技が発動した痕跡が見られました。その魔力痕が今日、というより昨日ですね。この町で放たれていたあなたのものに似通っていたという情報があります。ですから照合させてほしいのです。申し訳ないですが」
魔力痕。そんなものがあるのか。もしかするとそれは決定的証拠と言うやつではないだろうか。
「・・・・もしもなんだが、勇者が犯人だった場合、扱いはどうなるんだ?」
「それはどういう意味でしょう?」
突然の仮定に、すぐ答えることはせず子供は上目遣いに見上げてくる。
「魔王を倒す大事な使命があるわけだろ?それなのに捕まってたら大義も果たせないだろう」
「はい。ですから、勇者様が犯人だった場合、人族は魔王に負けますね」
「・・・・・・」
こいつ、勇者だろうと捕まえる気だ。
「まあ、もしもの話ですよね」
「そうだな。もしもの話だな」
逃げるか。
「逃げようだなんて」
「思うなよぉ?」
気づけば左右を二人の女性に挟まれていた。微笑とにやけ面というある意味対称的な二人がオーマを油断無く警戒している。この二人には見覚えがある。ギルドで受付をしていた女性達だ。そう言えばギルドでは緊急調査が行われていたのだったか。
「もしかして、この大人数は俺を捕まえるために・・・?」
やれやれ、随分と過大評価されたものだ。
「いえ、たまたまです」
「たまたま・・・」
たまたまだった。
「たまたまあなたがここにいたので、ついでに」
「ついで・・・」
ついでだった。
「ご愁傷さまです」
「そうか」
何だろう。無性に・・・やるせない。
「あの、オーマさん・・・」
残念ながら同行出来なくなったことを察してか、アルフレッドが可哀想なものを見る目でオーマを見つめる(被害妄想)。
「アルフレッド、本当に怖いのはな、人の心だ」
「え、いや、意味わかんないです」
俺の渾身の捨て台詞は特に何も響かなかったらしい。どうやら俺を売ったというわけでもないようだ。本当に偶然だったらしい。悪い事は出来ないな。
「おら、きりきり歩けー」
言葉が乱暴な方の受付嬢が肩を強めにつついてくる。
「あっ、ちょ、待って、え、なにこの突然の挫折。俺の物語これで終わらないよな、な?」
「まだ疑いがあるというだけですから、無実なら少々時間を取らせるだけです。ご容赦ください」
「・・・・・・無実じゃなければ?」
「一生牢獄」
そんなやり取りを残しオーマは連行されていった。その虚しき後ろ姿にアルフレッドは何を感じたのか。拳を強く握る。
「今なら、自分の意思で歩き出せる気がする。いや、歩かなくちゃいけないんだ」
『良い反面教師でしたね』
アルフレッドはリウと手を繋いでオーマの後を追うように町に向かった。
「オーマさん、面白い人だったね」
「うん」
彼は僕に勇気と強さを与えてくれた。
さあ、アーシェを探しに行こう。




