第二十七話 傍観
宿屋の食堂。
ガウェインから手当てを受ける。不器用ながら、どれだけこの体のことを大切に想っているかが分かる繊細さに気持ち悪さが募る。それとは逆に手の痛みは引いていくが。そう言えば怪我をしているというのにHPが減っていないのは何故だろう。
疑問に思ったので聞いてみれば答えたのはガウェインだった。
「HPが減るのはダメージに対する警告のようなものだ。HPが尽きてなお体を酷使すれば死に至る可能性もある。それを防ぐため通常人の体は痛みを覚えるほどにHPを減らす。だがそれは逆に、痛みを感じさえしなければHPが減ることは無いということでもある」
「つまりフィブリルは痛みを感じていなかったと」
「一種の感覚遮断です。ダメージをダメージと思わないと言うか、いわゆる無敵状態。剣気解放などで一時的に同様のことが起こりますし、それを利用した戦い方も当然あります。ですが戦えないフィブリルさんが使えたというのが不思議です」
「補助魔法であれば戦わない者に付与することも可能だ」
「ああ、なるほど。自分じゃなく他の人にしてもらったんですか」
隣からヒメが付け加えつつ、新たに生まれた疑問にガウェインが解答し、ヒメが納得する。
上の方で会話されている印象を受けるが、理解できないわけではない。つまり、フィブリルには痛みを無視できる魔法がかけられていて、ヒメの剣を掴むことによる痛みを感じていなかった。だからHPは減っていなかったとそういうことか。
その一方、無敵とは言っても傷を負ったという事実がある以上、体は確実に損耗している。実際の体力とHPの差異。それが結果としてどういう状況を生むのかが問題だ。
「痛みを無視した分、後になって全部返って来るとかは?副作用というか反動というか」
「効果が切れたあとしばらく受けるダメージがやたらと大きくなる」
それは本来減るはずだったHPが減っていないことに対する調整のようなものかもしれない。体は傷ついているのにそれをHP満タンだと認識したままだと、回復魔法が使えないという不具合が起こる。いずれそのズレは取り返しのつかないミスを生むかもしれない。それを起こさない為の自己調整。
「それ先に言えよ!危うく死ぬところだ!」
しかし痛みを感じないということは自分がどれだけ傷ついているかもわからないということ。そこへダメージ増量された日には、テーブルの脚に小指をぶつけてぽっくり逝く可能性だってある。
「死なせるものか」
「何を根拠に」
「でも入れ替わるのなら、そのことを気にする必要がないどころかむしろ利点・・・ですか」
「そうだな」
痛みを無視出来るメリットは自分が享受し、後になって訪れるデメリットは入れ替わった相手に押し付ける。多少の無茶はむしろ自分を有利にすることになる。入れ替わった後、逃げるなり戦闘するなり、どちらにしろ都合がいい。
「そしてこの場合押し付けられたのは俺なわけだ。つまり今、俺は、小指の位置取りに細心の注意を払わなければならない」
「オーマは時々すごく馬鹿になりますね」
俺が小指ぶつけ死の危険に晒されているというのに、ヒメは信じられないことを言う。小指をぶつけて死ぬんだぞ?それが一生の締めくくりだぞ?とても正気ではいられない。
「治療は済んだ。俺の話を聞く準備が済んだら話しかけてくれ。ここにいる」
手当を終えたガウェインがそう言う。安堵や恨み、自分の不甲斐なさを悔いる気持ち、そんなものがないまぜになった表情をしていた。妻が小指ぶつけ死んだらと思うと気が気ではないのだろう。
眠っていたシャルとたまちゃんを起こして、リンを集めてからの事情説明。場所は引き続き食堂。
「かくかくしかじか」
「なるほど。オーマ様が女の子に」
「はい」
シャルがヒメの説明を聞いてため息をつく。また面倒なことにとでも言いたげだ。かくかくしかじかで何が伝わったのか。正しく伝わったのか心配だ。
ヒメが説明しているのはフィブリルの姿で俺が説明しても信用に欠けると思われたから。皆を集めたのもヒメだ。俺は黙ってヒメの隣で腕を組んでいる。
「なるほど。確かに彼女はオーマのようだ。僕と波長が合う気がするよ」
リンがウインクをこちらに飛ばす。気持ち悪いので見ないふりをする。
「ヒメ様が言うんすから信じるっすけど、一応、証拠を出してもらっても?」
流石に注意深い我らが良心シャル。だが今まで培ってきた信頼は多くを語ることを必要としない。
「愛が・・・ほしいか」
「もういいっす」
「そうか」
愛って便利だな。俺もそろそろ愛という言葉の説得力に魅せられつつあった。
「もう、なんでオーマはそういうことをシャルに言うんですか。私に言ってください」
「お前に言ったら冗談じゃ済まなくなるだろ」
「だからこそですよ!」
「何がだ!」
語気を荒くするオーマとヒメを見て、二人、シャルとリンはその表情に理解の色を広げる。
「・・・なるほど」
「これはまた見事な証拠だね」
まあそんなわけで信用は得られた。
「ZZZ」
たまちゃんはというとリンに抱えられて運ばれてきたが九割がた寝ているし、リーナもいない。もう夜も遅く子供は寝る時間。何故こうも夜にばかり問題が起こるのか。町の外で野宿した方が安眠できる気がしてきた。
「で、話ってそれだけっすか?もう寝ていいっすか?むしろ何で起こされたんすか?」
そう言えばシャルも子供か。年齢を聞いた事は無いが身長で判断すれば成人はしていないと思われる。
「いやいやいや、そこは俺の体を元に戻そう。お前の力が必要なんだ」
「えー。明日でいいんじゃないっすか?もう夜も遅いっすし」
「放置はないだろ」
引き留めようとするとシャルが気だるそうにぶつくさ言う。反抗期の再来か。
「あ!」
思い付いたと声をあげるヒメ。
「なんだ?」
「放置良いと思います!むしろ今日は寝るべきです!イベントは明日以降です!」
何を企んだかヒメがそう言う。実際俺もそうしたいけど流石に女の体のままは落ち着かない。
「ガウェインはどうするんだよ?」
「待っててくれますよ」
「一晩中?ずっとあの何とも言えない表情させたまま酒場で待たせておくのか?」
「・・・・・」
安堵や恨み、自分の不甲斐なさを悔いる気持ち、そんなものがないまぜになった表情を。
「『準備ができたら』話しかけましょう」
待たせていいとヒメは言う。
ガウェインもまさか準備が済んだら朝になっていた、なんてこと想定していないだろうに。
「いや、している」
「してんの!?てか、お前も勝手に人の心読むなよ!」
「これも愛だね。はっはっは、世界は愛に溢れている!」
「愛で締めるな!話は今聞く!ちゃんと付き合えよ!?」
「「えー」」
俺の扱いはいつからこんなひどいものになっていたのだろうか。最初からか。
「まず、奴の狙いと、我らの本来の狙いについて話そう」
俺たちが席に着いたことを確認してガウェインが話し始める。俺はガウェインの正面に座りヒメとシャルが俺の両脇に座っている。リンはたまちゃんを部屋に戻しに行った。
「奴の狙いはこの町のギルド全戦力を一つに集結させて、魔王軍に対抗すること」
「ん?それは建前じゃないのか?」
それを建前に悪どく戦力を増やして、悪さするんじゃないのか。
「いや、奴は本気でそう企んでいる。奴にとって魔王軍を倒すことは正義だ。そのためなら何をしても良いと本気で思っている」
「真面目な方なんですね」
だな。ちょっと誤解していた。
「俺たちはそれを阻止するために動いている。魔王を倒すためとはいえ、人の心を踏みにじって良いわけがない」
「・・・・・」
そうだろうか。魔王倒すためなら多少はいいんじゃないだろうか。もちろん俺に被害が及ばない範囲で。
「奴がこの町の町長の娘、フィブリルの体を乗っ取ったのは今から七日前。マイケル、お前の想像通り、彼女を傷つけられたくなければ従え、と脅された」
「誰だマイケルって」
「オーマですよ。自分で名乗ったんでしょう」
「そういやそうだったな」
ヒメが何度かオーマって呼んでるのは気にしない人なんだな。
「続けてくれ」
「やむなく従うことにした俺は、俺を慕って集まってくれた者たちをギルド『セイレーンの歌声』に加入させた。そしてその者たちには隠れて裏で戦闘向きのギルドの主要人物、もしくはそれと関わりの深い人物を入れ替わりを利用して誘拐、人質としてギルドメンバーに脅迫をかけ、ギルドを移籍させ戦力を増やした」
「そこまではだいたい想像通りだな。入れ替わりまでは流石に想定していなかったが」
しかし、軽く聞いただけでこのガウェインという男、最低だな。
「・・・・ZZZ」
くてん。
「おう?」
話の途中で黙って隣で聞いていたシャルがくてんと俺の肩にもたれかかってくる。余程眠気が強かったのかすやすやと寝息を立てる顔が幼気で起こすのが躊躇われる。
「ぐっときますね!」
「続けてくれ」
「人員は400の大台に上り、それでもなお魔王軍には勝てないと奴は判断した」
「そういや、お前らって魔王軍と一度戦ってるんだろ?義勇軍として。結果はどうだったんだよ。フィブリルが乗っ取られたから帰ってきましたとは言わないよな?」
話は変わってしまうが俺たちにとっては本題以上に重大な情報。気にするなという方が難しい。
「俺たち義勇軍、総勢200名は魔王軍の四天王と思われる龍一体に全滅させられた」
「龍・・・」
ヒメが一言おうむ返しに呟く。
「辛うじて生き残った俺は敗残兵をかき集めて帰還した。今残っているのは・・・十余り」
「そんなのがいるのか・・・」
「だからこそ奴は数だけではなく一人でそれに対抗しうるだけの戦士を求めた」
「それがヒメか」
だからヒメが狙われた。わずかに苛立ちを感じつつもそれを表に出すことはせず続きを促そうと相槌を打つ。
「いや、彼女を勧めたのは俺だ」
「は?」
「当初奴は勇者を狙っていた。だがその動向が読めず入れ替わりが困難を極めた。その時に現れたのがお前たちだ。勇者に匹敵する戦闘能力を持っている、そう説得して狙いを彼女に向けさせた」
「・・・・・・なんでそうなる」
「ん?」
最初からヒメが狙われていたなら、潰すべき相手は一人で済む。だが最初の狙いが別にあって、そこからヒメに移させたというならそれも到底許せることではない。
「俺とヒメはずっと一緒に居ただろ。何でそれでヒメの方が狙いやすいことになる?」
オーマによる怒りのこめられた詰問。聞いてることこそ単なる疑問だが、その答えによってはこの場の流れが完全に変わってしまう。それが分かったからガウェインも答えに迷った。
「お前は何を言っているんだ?」
勇者からヒメに狙いを移した。そう聞いて、オーマからヒメへと狙いが移されたと解するのが当然だ。ならずっと一緒に居た二人なのに、何故ヒメを狙うことになったのか。そういう疑問。
しかしオーマのことを勇者と認識していないガウェインにはそこで齟齬が生まれた。そして答えなかったことで単純にオーマを苛つかせた。
「てめえの勝手でヒメを狙ったってことだろうが!」
「のふ!?」
オーマに寄りかかっていたシャルが突如上げられた大声に驚いて、あたりの様子を窺う。それに意識をやることもせずオーマはガウェインを睨み付けていた。
「確かにそうだか、今更だろう」
剣幕荒く怒声を上げたオーマにガウェインは何を分かりきったことを、と泰然としている。その様子に更に怒りが増し、オーマは席を立ちあがって踊りかかろうとする。
予め察していたヒメに易々と止められることになったが。
「オーマ、すとっぷ、すと~っぷ。あの、ガウェインさん、勇者というのは誰の事ですか・・・?」
「アルフレッド殿ではないのか?」
「はあっ!!? アルフ・・・・はあ!?」
理解不能な名前が出て来て思考が吹っ飛ぶ。何でそこであいつの名前が出てくる。
「どーどー、誤解ですよ。オーマから私に狙いが移ったわけじゃなくて、アルフレッドさんから私に移ったんですよ。心配ないです」
「心配あるわ!おまえ!俺が何に怒ってるか・・・・!」
「オーマの大切な私を、ガウェインさん達が勝手に傷つけようとしたから。ですよね?」
あっさりと、俺の怒りの源を明言するヒメ。それを言ったのがヒメだったからオーマは反論に窮する。馬鹿みたいにどやっ、としたヒメを見て、既にそれを肯定するしかないほどに自分が感情を見せてしまっていることを悟った。
「~~~~~っ」
「あれ?オーマ?」
説教追加。意気を挫かれたオーマは萎むように怒気を消しながらそう決めた。この場で一番悪いのがヒメだと理解してしまった。
けれどその場で言い争うことはせずヒメを遠ざけガウェインに向き直る。
「なるほど。お前は探っていた反抗の機を今夜に定めてフィブリルにヒメとの入れ替わりを勧め、入れ替わったところでヒメの体を拘束して、フィブリルの体を安全に確保。その後人質を救出し、事件を解決に導こうとした。だがイレギュラーが起こり俺とアーシェが現れフィブリルが誰と入れ替わったのか分からなくなってしまった。そこでフィブリルの中身が俺であることを確認して一先ずの協力体制を築こうと事情説明をしようとした。ってとこか?」
怒りのやり場を無くしたオーマはこのくだらない説明にも嫌気がさしてさっさと話を進めようとする。
「ああ、そうだ」
ガウェインの肯定を受けて予想は事実に変わる。こいつらは自分達の都合の為にヒメの体を囮にした上に犠牲にしようとした。拘束という表現を使ったが、尋問、拷問、処罰に報復。憎い相手に何をするつもりだったのか。
それが念頭にあるから、目の前にいる相手と協力する気が起きない。だから結論を急いでしまう。
「聞きたいことは二つ、そいつの、体を入れ替えるための条件はなんだ」
「目を合わせること」
なるほど、無茶苦茶だ。だが、わかっていれば対策もできる。
「入れ替わりを解除する方法は」
「言うつもりはない」
「何?」
分からないではなく、言わない。協力を目的とするならあり得ない返答だ。オーマは眉をひそめる。
ガウェインは立ち上がる。見上げた先、オーマを見下ろすその顔は厳しいものだった。
「俺の要求は一つだ。この宿屋から出るな」
ガウェインは告げる。最初からそれを告げるために、こいつはこの場にいたのだ。
「・・・・・・どういう意味だ」
「けりは俺たちがつける。お前の体も元に戻す。だからこの件にお前達は手を出すな」
一方的な断絶に俺はガウェインを睨み付ける。
「素直に聞くと思うか?」
「聞いてくれ。是が非でも」
ガウェインもまた俺を睨み返してきた。
俺とガウェインの間で火花が弾ける。
どういうつもりでそんな提案をするのか。わざわざ自分の印象が悪くなる話をして、他者からの協力をはね除けて、最後に貫くその言葉が、俺の体―――フィブリルを守るためだというのなら。
「わかった」
「オーマ・・・?」
「明日の朝、元に戻っていなければ俺達も動く。いいな」
「ああ」
ガウェインの了解を経て話し合いは円満に終わる。
「どうなったんすか?」
「この件に関して俺たちは手を出さないことになった」
シャルは話がついたと見るや結論だけを俺に述べさせる。同席しておいて確かめるのは、寝ていたからか。
「どういう心境の変化ですか?」
「ヒメ、俺は人というものを信じているんだ」
「そうですかー」
全く信じていない気のない合いの手。人の言葉を少しは信じてほしいものだ。
判断したポイントは三つ。
一つ。そもそも機を見ていたガウェインが、今日と定めて事を起こし、イレギュラーに遭ったにも関わらず、ここに留まっている。
二つ。ヒメが焦っていない。
そして三つ。ガウェインに事情を聴くよりも先にあいつがこう言っていたのだ。
(フィブリル=ガルードは入れ替わる力を持っている・・・ってアーシェが言ってます)
と。
ヒメのもとにたどり着く道程での会話。あいつは知っていたのだ。こうなることを。
以上三つから、この事件。決着は、俺ではない誰かが着ける。
ガウェイン。そして、アルフレッドに、アーシェ。二人目の勇者達のお手並み拝見だ。
「良いのかい?君の体があんなことやこんなことになっているかもしれない」
突然のリンの問いかけ。戻ってきていたらしい。
「確かに・・・・」
ほんとだ。どうしよう。
「シャル、俺の体って今何処にいるかわかるか?」
聞かれたシャルは少しの間目を閉じて、そしてその場所を口にした。
「教会っすね」
「なんでそんなところに」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
三人揃ってその意味ありげな沈黙はなんなのか。
「ところで、奴、奴、言っているけど、フィブリルいうのは本来の体の持ち主の名なのだろう?そもそもの犯人の名はわかっているのかい?」
最後の最後、リンの質問にまだいたガウェインは滞りなく答えた。
「奴の名は、迷えずの森を棲み家とする盗賊一派の首領セラ。指名手配犯だ」
答えてからガウェインは宿屋を後にする。事件の解決に乗り出したのだろう。
それにしても、セラ。どこかで聞いたことのあるような名前だ。どこだったか。
「僕の愛人じゃないか!」
「あー」
そうだ。リンの愛人の名前だ。
そのセラが黒幕だとすると、俺たちが会ったセラと名乗る少女は・・・・誰だろう。まあ、放っておこう。
「もう寝ていいっすか?むしろ何で起こされたんすか?」
結局待機することになりシャルが眠そうにさっきと同じことを言う。
「そうだな。今日はもう寝るか」
「そうですね」
がし。
「何故手を繋ぐ?」
何故かヒメに手を繋がれて宿屋の二階に上がり、手前の部屋を通り過ぎる。
「いや、俺の部屋はここ・・・」
「残念ですけどそこは男の方が眠る部屋なんです」
「あー」
俺=フィブリル=女 ・・・ヒメの部屋へ→
「うわ、そういうことか。だが、心の方が重要だろ!そして俺の心は男!」
「ふむ、なら僕はこちらの部屋だね」
リンが陽気にそう言ってたまちゃんの待つ手前の部屋に入っていった。今回ばかりは仕方ない。さあ、俺も行こう。
「はい、体の性別優先です。オーマはこっち」
「待て待て待て、いろいろ待て!」
「待ちません。ふふふ」
ヒメに抱え上げられる。それでフィブリルの体では逆らえなくなる。ヒメの傍を安全地帯のように思っていた俺が馬鹿だった。
「シャルー!」
「平和っていいっすね。一人でベッドを使えるだなんて」
担ぎ込まれる俺の後から部屋に入ってきたシャルは、爽やかな笑みでベッドを整えていた。
そしてヒメにベッドに連れ込まれる。俺をベッドに座らせて背を向けたかと思うと一瞬で聖鎧を脱いだヒメが振り向いて笑顔を浮かべる。そして押し倒そうとしてくる。
これはまずい。何がまずいってこのままだと宿屋を抜け出すことが出来ない。
「抜け出しちゃ駄目ですよ?」
「な、なんのことだ?」
「オーマ様のことっすから、出るなと言われたら出たくなるんじゃないっすか?」
「そんなこと・・・・ないぞ?」
どうやら、口だけの了承にするつもりだったことは気づかれていたらしい。
「話し通りならガウェインが一番悪いじゃないっすか。その人がけりをつけるって言ってるんすから任せればいいんすよ」
「同感だが・・・。ヒメも同じ考えか?」
「そうですね。今回、オーマの出る幕はありません。その姿では」
「そうか」
お前がそれをいうのか。
「じゃ、一緒に寝ましょう!」
「その前に、お待ちかねのお説教タイムだな」
「あ・・・」
はしゃいでベッドをぱたぱたと叩くヒメの出鼻をオーマの冷たい声が挫く。
「正座」
「・・・はい」
有無を言わせぬオーマの命令にヒメはベッドの上で居住まいをただし正座する。
「おやすみなさいっす」
「あ、シャル待って」
我関せずと就寝を決め込んだシャルを引き留めようと、ヒメが腰を浮かせたところで再びオーマの声。
「ヒメ」
「はいっ」
「床」
「え・・・」
「・・・」
冷たい声で床を指さすオーマにヒメはようやく、自分が好き放題しすぎたことに気付いた。




