第二十六話 入れ替わり
「入れ替わった?」
「ああ」
未だ状況を把握しきれていないヒメに、オーマはフィブリルの姿であっけらかんと頷く。アーシェとオーマの二人が立ち去った後、フィブリルとガウェインとヒメがその場に残り、その他大勢の冒険者が息をのんで三人の様子を窺う、そんな状況。
「それはつまりフィブリルさんの中にオーマが入ったってことですか?」
「そういうことになる」
フィブリルの目を見て問いかけるヒメ。フィブリルにインしているオーマもまたその目を見返す。入れ替わった可能性があるのは自分のみとは限らない。ヒメも本人ではないのではないか。そんな目を向けられてヒメは一人得心の言った様子で頷く。
「これはいわゆるあれですね」
「どれだよ」
「あちゃあ」
「あちゃあじゃねえんだよ、あちゃあじゃ」
ヒメに後ろに庇われた時、紫の靄が視界を包み、気がつくとガウェインの背中が見えた。同時にヒメらとも相対していた。その中には当然自分もいて、自分の視界に自分がいるという奇妙な現象に困惑するも、奇しくも自分は分身の使い手。なんだ分身か、と思って自分の体を見下ろせばそこにあるのはただただ華奢な少女の体。
なら目の前の自分は分身などではなく、本物なのではないか。それを思い至った時にはアーシェとオーマの姿は既になくなっていた。
「なるほどな。あの余裕はこんな芸当が出来たから。そりゃヒメ達を狙うわけだ」
お手軽に最強の体が手に入ればそりゃ楽だろう。どうやって入れ替わるかは知らないが、ここでヒメを取り囲んでいたのはヒメとの入れ替わりを狙っていたから。だがその間に俺が割り込んだせいでこんなことになったと。
入れ替わったのが俺で良かったというべきか、もしヒメだったらを想像すると恐ろしい。それに関しては不幸中の幸いだが、もとはといえばヒメが不用意にこんな所に来なければ今日一日何事もなく終わっただろうに。
「もしかして私の所為ですか?」
「もしかしなくてもお前の所為だよ。むしろ何で自分の所為じゃないと思えるんだよ」
ガウェインを間に挟んで責任の所在をヒメに押し付ける。こんな事態になっても割と冷静に話し合えるのはこの程度想定の範囲内だからだ。体を奪われるのは二度目。まったく、芸がない。
前回はリンが俺の偽物を見破るという奇跡を起こして解決したわけだが、今回はその逆。ヒメに対して俺が俺であると証明しなければならない。
「それを言うならオーマこそなんでアーシェちゃん連れてこんなところに来てるんですか!あれほど危険だって言ったじゃないですか!」
まあ、ヒメはあっさりと俺をオーマと呼んでいるわけだが。そういうことなら話が早い。
「ヒメ、後でお説教な」
「何で!?」
フィブリルの顔で、でも明らかにオーマ特有の含みのある笑みにヒメは後日訪れるであろう説教に怯えた。
――ヒメが仲間になった!
「で、お前はなんで納得してる。成り済ましって考えはなかったのか」
「オーマの私を見る目はとても優しいです」
「ふざけるな」
「ふざけてないです」
「少し、良いだろうか」
「良くない」
「そうか」
「いやいや!そこで引き下がってどうするリーダー!」
「しかし、闇雲に事情を伝えたところで混乱させるだけだ」
「それもそうか!」
言い合いする声が聞こえたが今は状況の整理が先だ。
「とにかく状況も分からないまま動くのは得策じゃない。ヒメまで入れ替わられたら洒落にならないからな」
「でも入れ替わりとなると・・・・・・・オーマの体には誰が入ってるんでしょう?・・・うらやましい」
「フィブリルじゃないか?」
単純に入れ替わっただけならそう考えるのが妥当。
「でもアーシェちゃんの様子も明らかにおかしかったですよ?」
「今まで碌にしゃべらなかった奴が今にも高笑い始めそうだったもんな」
そしてその奇妙な様子のままどっか行った。その後を俺の体が追いかけて行ったわけだから・・・。
様子がおかしかったのは俺を含め三人。フィブリル、アーシェ、そしてオーマ。二者間なんて生ぬるいものではなく、三者、下手をするとそこらの冒険者含め壮大にシャッフルが行われた可能性もある。その場合面倒臭さが桁違いだ。今でこそ沈黙を保っている冒険者たちも、いつパニックを起こすか、俺たちに牙をむくか、分かったもんじゃない。俺はこそこそとヒメの後ろに隠れる。心なしか視線を集めている気がしてならない。
「俺の体がアーシェを追いかけて行ったってことは多分フィブリルとガウェインの二人がそれぞれの体に入ったってことだろう。つまり俺の中身はガウェインで・・・?」
「アーシェちゃんの中身がフィブリルさんってことですか。じゃあアーシェちゃん本人は?」
「そりゃ・・・」
取りあえずの仮定に、ある重大な可能性に気付く。アーシェの心はどこへ行ってしまったのか。話し合っていたフィブリル(オーマ)とヒメの視線がガウェインに向く。この濃い男に少女が入ってしまったとすると悲しいものがある。
「いや、俺はガウェインだ」
何気にただ突っ立っているだけのガウェイン本人が応える。アーシェが入ってたりはしなかったらしい。
「となると?」
入れ替わったことはわかっても誰と誰が入れ替わったのかがよくわかっていない。そもそも何が起こったのか。ここにいないのはオーマとアーシェの体、そしてフィブリルとアーシェの心。この場合アーシェの様子もおかしかったわけだからつまり・・・。
「ややこしいですね」
「まあいい。手っ取り早く済ませよう」
埒があかないと判断したのかそう言ったフィブリル(オーマ)がジャンプしてガウェインの胸倉を掴み下げる。それでも身長差があるせいで見上げるようになってしまっているが。眼光ばかりは間違いなくオーマの物。それは今まで魔王にすら向けていなかった、敵に向ける冷酷な眼差しだった。
「洗いざらい全部話せ」
「・・・・・」
「うう・・・ふぃぶ、りる・・・・・ううう」
そうガウェインに迫ったとき、ガウェインではないどこかから嗚咽が聞こえてくる。フィブリルがどうとか言う泣き声。見渡せば男女問わず様々な冒険者たちが総じてむせび泣いていた。正直引く。気がそがれる。
「ちっ、何で泣いてるんだよ?うざいんだが?」
「す、すまない。だが今は、今は!」「うおおおおおおおお、フィブリルちゃーん!!!」「ウェルカムバック!我らのフィブリルたーーーーん!の!体!」「良かった~良かったよ~」「これで僕たちはやっと―――」
「何なんだ・・・」
女の体故か、集団で囲まれると少しいや、かなり気持ち悪い。
「おいでー」
何故かヒメが心得たとばかりに腕を広げている。
「今、そう言う空気じゃないだろ!」
「オーマが可愛いです」
緊急事態になんでいつものテンションに戻ってるんだよこいつは。自分が招いたって自覚あんのか?くそ、しなければならない説教ばかりが溜まっていく。いちいち横道に逸れていても仕方がないので今は目の前のことに集中しよう。怒りを一つにまとめて尋問続行。
「何とか言えよ、あぁ!?」
「話の前にその傷の手当をさせてもらえないだろうか」
半ばやけくそのオーマに胸倉を掴まれたまま、唯一涙をこぼしていないガウェインが淡々とそんなことを言う。こいつはこいつで考えが読めねえな。敵、の筈なんだが。なんで堂々とここにいるんだ?鼻水垂らしてるそこらの奴らといい、こいつらにも事情があるということなのか。
例えどんな事情があったとしても俺たちに危害を加えたことを許すつもりはないが。
そんなことを考えているとガウェインが痛ましげな表情でフィブリルの手首を掴む。それをオーマは全力で振り払った。
またヒメの後ろに戻る。やばい。この体全然力が入らねえ。どうなってるんだ。
「治療・・・」
手の治療、そんなもの自分で出来る・・・はず。
「『オールヒーリング』」
・・・・・・・・・・・。
出来なかった。「効果が無い」のお知らせすらない。この体だと魔法を使えないのか、逆にオーマ本体の方は使えるということなのか。体が入れ替わったことで相手に利点があるとすれば能力の引継ぎ。体に付随した能力は全て向こう側ってことか。恐らく他の魔法も全滅だろうな。
「そんで、魔力感知も出来ないと」
そもそも魔力を感じない。折角手に入れた便利な力が早速失われてしまった。これでは自分の体の後を追うことも出来ない。そこまで確認してそう言えば自分の状態すら確認していなかったと思い至りステータスを見る。
~ステータス~
フィブリル
職業: 歌姫
Lv: 10
HP: 100
MP: 0
たまちゃんやリーナと同じ非戦闘員のステータス。それは良いんだが。
道具袋が無い。
金貨袋が無い。
そして装備は。
~装備~
フィブリル
右手:なし
左手:なし
頭 :なし
体 :翡翠のドレス
腰 :なし
足 :ロングブーツ
特殊:真紅のイヤリング
「ふむ」
割といいものを装備している。
――装備を外せない!
「今何しようとしたんですか?」
金目の物を回収しようとしただけだ。
一通り確認したわけだが。
「なるほどな。見事に役立たずになったわけだ」
聖剣も道具も何も無い。今までの努力が全部ぱーだ。
俺の金が・・・。
「今お金が無くなったことを一番悲しんでませんでした?」
「入れ替わり、恐ろしいな」
「事情を話したい。落ち着ける場所に向かおう」
俺の事態把握を待っていたのだろうか、ガウェインが対話を切り出す。こちらとしても聞きたいことは山ほどある。だがここで頷くことは敵であるガウェインの思惑通りに動くということでもある。
「ガウェインさんはああ言ってますがこれからどうしますか?」
「俺の体、お前なら追えたりするんじゃないのか?」
「オーマ本人じゃないので無理です」
「俺本人なら追えるみたいな言い方だな」
「当然じゃないですか。いつもいつまでもお傍に」
「・・・・・・・」
もしかしてそうなんじゃないかと思ってたがこいつ完全にストーカー・・・。
「その話は置いておくとして、私も魔力感知は出来ませんが、出来ないなら出来る人に頼ればいいんです」
出来る人、そう言えばここにはそれなりに使えそうな冒険者が集っているわけだ。ヒメの足元を凍らせた手際も大したものだ、多分。今のところ敵だが、どうもフィブリル(俺)に並々ならぬ感情があるようだ。
既に泣き止んだそいつらに聞いてみる。
「・・・・・・・お前らー、魔力感知出来たりー?」
「「「「「「「するー!」」」」」」」
何故か皆声をそろえて唱和する。もしかしてこいつら俺の命令に従うんじゃないか?
「オーマの後を追うことが出来たりー?」
「「「「「「「しなーい」」」」」」」
「しないのかよ!」
「「「「「「「だってオーマとか知らないしー」」」」」」」
こいつら殴りたい。何で声そろえてんだよ。何でそこまで傍若無人に振る舞えるんだよ。
「まあ、オーマも魔力が抑えられるようになりましたからね。知り合いでもない魔力を探すのは難しいんでしょう」
「人の頑張りを仇にしやがって。シャルに頼るしかないか」
「取りあえず宿屋に戻りましょうか」
今のところそれが安全か。
「そうだな・・・手当も出来るし。とその前にヒメ、そこの屋根にアルフレッドがいるから連れて来てくれ」
アルフレッドもまた放置されているはず。今まで呼ばなかったのは忘れていたから。他意はない。
「それはいいですけど・・・。一人にして大丈夫ですか?お留守番できますか?」
「・・・・・行け」
「はーい」
そう頷いたヒメは軽々と飛び上がりに屋根に登る。その拍子にスカートが揺れる。見えそうで見えない。そして周囲で残念そうな声が上がる。
ヒメがすぐ飛び下りてくる。再び同じ声が上がる。この冒険者共は揃いも揃って上を見上げやがって。
「『ブリザード』」
魔法を唱えてみるが何も起こらない。
「誰もいませんでした。多分アーシェちゃんを追いかけたんですね」
「ちっ使えない」
「ご、ごめんなさい・・・」
「いや、そうじゃなくて、取りあえずそこの冒険者共を全員倒して経験値にしてくれ」
「はい!」
変なところで打たれ弱いヒメ。役目を与えてやると嬉々としてヒメは剣を抜く。
「「「「「「「「え!?」」」」」」」」
「オーマの信頼の為です。斬り捨てごめんです!」
「「「「「「「「ひー!」」」」」」」」
―――しばらくお待ちください―――
ちゅんちゅん
ぴよぴよ
ほーほけきょ
なるほど。戦闘の様子が全く分からない。これが非戦闘員の目線というわけか。
「終わりました!」
「よくやった」
「ぐっ、これほどまでとは・・・」
唯一ヒメのスカートに見向きもしていなかったガウェイン含めて正義の鉄槌が下った。
しかし経験値は手に入らない。この体では成長すらしないようだ。予想以上に八方塞がりだな。この場合勇者は俺なのか、体の方なのか。
アルフレッドはアーシェを追ったっぽいし。仕方ない。事情を聞くため、態勢を整えるため、宿屋に戻ろう。
「鬼ー」「悪魔ー」「魔王ー」「おたんこなすー」「かぼちゃー」「ピーマン」「えび天ー」
その前に。
「特徴のないそこら辺のどうでもいい冒険者共は帰ってろ」
「「「「「「「ひどい」」」」」」」
ガウェイン以外の全員が帰った。何だったんだあいつらは。
「後、ヒメ」
「はい?」
「スカートで軽々しく跳ぶな」
「え?」
「見えるだろ」
「覗いたんですか?・・・へー」
「・・・・・」
「あ、えと、気を付けます」
「そうしてくれ」
「でも、光の加減で見えなかったはずです!」
「・・・・・」
何だその根拠のない自信は。夜だし確かに見えなかったけども他の奴もそうだったとは限らないだろう。まったく。
宿屋に帰る最中、俺とガウェインの間にヒメが立ち、いざという時の防波堤になっている。この体ではどうしようもないのだが気に入らない状況だ。
「ガウェイン」
「なんだ」
「お前はフィブリルの、この体の本来の持ち主の、何だ」
「・・・・・・夫だ」
「夫・・・・、ほお・・・」
フィブリルというか、俺への視線に何かあると思い、兄とか、父とか、それでもやはり赤の他人だとか想像していたのに夫と来たか。
そんなガウェインの答えに、ヒメは要らぬ対抗心を燃やしフィブリルの体を抱き寄せる。相変わらず胸当てが痛い。
「オーマは私のですよ!」
「今はな」
「宣戦布告!?」
妻の体に男が入っていていい気がするわけもない。それでもこの状況を許容する理由・・・。
なるほど。入れ替わりという能力はたとえ非戦闘員だったとしても、人質として有効なわけか。
「なあヒメ、もし俺の体に入ってる奴が、命令に従え、従わなければオーマの体を殺す。って言ったらお前はどうする?」
「自殺なんて出来ない様にオーマを制圧して拘束してから考えます」
「一歩間違えば俺死ぬな」
「じゃあどうすればいいでしょう」
「いや、それでいい。それで正解だ。俺も浮かばれるだろう」
「生きることを諦めないでください!」
「ガウェイン、お前ならどうする?」
「・・・・刺激しない様、要求に応じるふりをして付け入る隙を探る」
つまりそういうことか。ガウェインはそうした。
そしてそんな協力者がいれば、別の人質を別の形で連れ去り、さらなる脅し文句、お前の仲間は預かった。返してほしくば従え―――とも続けられるわけだ。
そして更に人質を増やし続け、同時に自らの戦力も増えていく。なるほど、美味い作戦だ。
ただ、これでわかるのは、この作戦を考えた張本人が馬鹿だという事だ。




