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第二十五話 厄介事

 話も済んだところで。


「そろそろ帰るか?」


「そうっすね、帰りましょう」


 シャルと示しあわせて帰路につく。結論がついてしまえば後は寝るに限る。やはりシャルを選んで正解だった。無難そのものだった。


「待ってください。ここで帰ったら私何のために来たのかわかりません。質問攻めにあっただけ損じゃないですか」


 宿屋で待ってればいいだろうにわざわざ後をつけて来たヒメが、ふてぶてしくも何らかの権利を主張しようと、帰ろうとするオーマの裾をつかむ。


「むしろお前は何のために来たんだ」


「えっと、それは、・・・二人で夜の特訓とか?」


「それはもうシャルと済ませた」


「シャルと?」


「ああ、お前よりはずっと丁寧に教えてくれたよ」


「夜の特訓、シャルに丁寧に教えられて・・・。響きがエッチです!」


「知るか! ってか、後をつけて来たんなら見てただろ?」


「見てたからこそです。私ともしましょうよー。剣が疼くんですよー」


 もう少し別の言い方は無かったのか、相変わらず怖いことを言う。剣を鎮めるために俺と何をする気だ。


「また今度な」


 そう断るとヒメが驚いた顔をする。まるで、今度なら良いんだと言わんばかり。断られるつもりで言ってたのか。ちょっと早まったかもしれない。


「明日から大変になっていくんすよね。なら早めに休んだ方がいいと思うっすけど」


「ま、そういうことだ。今日のイベントはこれで終わり。続きは明日以降」


 シャルが良いことを言った。流石常識人。


(貸し一つっす)


(ただじゃないのか)


(期待してるっすよ)


 目と目で通じあう。ほんといい性格をしている。


(お前のそういうところ、嫌いじゃないぞ)


(うちはオーマ様のへたれたところ嫌いっす)


「オーマとシャルが仲良過ぎて辛いです」


 通じあう俺たちに少しむっとしたヒメが、シャルに抱きつく。


「それで何でうちに抱き付くんすか!」


「オーマばっかり抱き付いて嫉妬してるかなって思いまして」


「してないっす!」


「帰るぞー」


(今じゃないんすか!?)


(まだだ、まだ行ける!)


(出し惜しみすんなっす!)


 ヒメに背中から覆い被さられたシャル。それを微笑ましく思いながら俺は二人に帰宅を促した。





 宿に戻るために町に入った時、また視線を感じた。


(もう誰も信じないっす)


 背後のシャルの視線は置いておくとして、シャルの教育のお陰か数を減じた視線からあることに気づく。その視線は俺に向けられたものは一つとしてなく、二人、ヒメとシャルへと向けられていた。同時にそう言えばヒメがシャルを抱えている時間と町を歩いている時間が一致するな、などと気づく。


 だから、少し考えての様子見。決して見捨てたわけでも、へたれたわけでもない。






 何事もなく到着した宿屋の前でヒメが足を止める。俺とシャルが数歩遅れて止まり、どうしたのか様子を見る。


「オーマ、残念ながら用事がありました。一緒に寝るのはまた後日ということで」


「後日も何も一緒には寝ない」


 流れるように変な約束を交わそうとするヒメに反射的に否定だけを返す。


「用事って何すか?」


「買い忘れたものがあるんです」


「そうっすか」


「では、おやすみなさい。二人とも」


 宿屋の前で笑顔を浮かべてヒメが挨拶する。それを受けてシャルは踵を返した。その一方でオーマは足を止めたままにヒメを見送る。


「あ、それとオーマ」


 そのまま行くかに見えたヒメが振り返ってオーマに呼びかける。


「ん?」


「もう、一人で宿屋を出ちゃ駄目ですよ?」


「理由は?」


「宿屋の外には危険がいっぱいです」


「そうか。一応気を付ける」


「はい」


 その受け答えで良かったのか、ヒメは今度こそ歩いていった。


「・・・・・・・」


 一人で。




「・・・・・オーマ様?」


 一向に振り返ろうとしないオーマを、怪訝に思ったシャルが戻ってきて覗き込む。


「いや、俺も買い忘れたもの、あったかもしれない」


 曖昧に言うオーマだが、その実、何がしたいかははっきりしていた。シャルもそれをわかったから期待通りの返答をよこしてくれたのだろう。


「ならヒメ様と一緒に行ったらどうっすか?」


「そうだな。そうする」


 別れ際のヒメのセリフ。あれはきっと・・・・ツッコミ待ちだ。





 その後、シャルと別れてヒメの後を追った。



 見失った。





「なるほど、これは便利だ」


 しばらくヒメを探して彷徨っていたが、ふと思いつき魔力感知をしてみる。すると便利なものであっさりとヒメの居場所を特定出来た。知りもしないこの町の地図が浮かび上がり、その中にヒメの姿が示されている。他にもいくつか魔力反応があり黒いシルエットを浮かべているが、ヒメのものと宿屋にいる仲間たちのものだけははっきりとわかる。こんなに便利ならもっと早く使えばよかった。


 時間を無駄にした。急ぐことにしよう。面倒事に・・・、もう巻き込まれてるな。これは。


 ヒメの周囲をいくつもの反応が取り囲んでいた。


 そしてそれはヒメだけではなく、俺の前にも立ちはだかる影があった。見覚えのある赤髪が二つ。片方には蒼いドラゴンが乗っかっている。ZZZと完全に寝ている。


「子供はもう寝る時間だぞ」


「・・・・・。」


 オーマが投げかけた忠告に赤髪の片方が眠たげな目をこちらに向けたまま、その手を天に掲げる。


「こんばんは、オーマ。いえ―――」


 もう一人の少年の方が人の名前を呼び捨てにする。


「・・・・・。」(びしっ)


 赤髪の少女が上げていた手を、人差し指と親指を立てて振り下ろす。その指は不審の目をするオーマに向けられていた。


「―――『猛き放炎の魔術師』。犯人は、お前だ! って、アーシェが言ってます」


 少年がその意を伝える。


「・・・・人違いだ」


 人に変な二つ名をつけるな。


「済まんが今急いでてな。話は後でいいか?」


「・・・・・。」(こくん)


「いいのか・・・」


 話の分かる探偵さんの同伴でヒメを追った。






 オーマがしばし足を止めている一方、もう一つの現場。そこに広がっていたのはあまりにも圧倒的で絶望的な光景だった。


「これで、終わりですか?」


 そう尋ねるヒメの周囲に有象無象が倒れ伏していた。町の裏路地、治安の悪そうなその細い通路で、さらにその奥、月明かりも差し込まぬ暗がりをヒメがさも不機嫌そうに睨む。その視線の先には一人の男と、その後ろに庇われて立つ女性、ガウェインとフィブリル、その二人が立っていた。


 状況だけを言えば一人歩いていたヒメに冒険者の集団が襲いかかってきた。そして返り討ちにした。

 つい先程荒事が発生したその中心でヒメは剣を片手に悠然と立つ。三人横に並ぶのがやっとといった狭い通路で、剣を自由自在に操り前後から迫る冒険者たちに器用に勝利したヒメ。もちろん誰一人として過度に傷つけることなく意識を奪うという離れ業で。


 一瞬の間に行われた制圧劇に流石のフィブリルも息をのむ。それでも何とか笑みを保ってヒメと対峙して見せる。


「ふふっ、本当に凄い。素晴らしいわ。今日あなたたちに会えて本当に良かった」


「そうですか。私は嫌でしたよ。不躾な視線を四六時中大事な人達に向けられて黙っていられるほど私は温厚でも冷静でもありません」


「何の事かしら?覚えがないのだけれど」


「あはは、そうですか。喧嘩売ってるんですよね?その喧嘩買いたかったんです」


 ヒメが柔らかな笑みを浮かべる。今すぐ涅槃に送り出しそうな笑顔。同じ微笑でもフィブリルは裏に冷汗をたらしつつ弁明する。


「何か勘違いしているようですが、わたくしたちはただ魔王を倒したいと思っているだけです。あの憎き魔王を。あなたはそうは思わないの?」


「魔王を倒すですか。たいした実力もないくせによく言えますね」


 喧嘩腰であることもそうだが、ここまで人の発言を唾棄するヒメも珍しい。そうであることを知らないフィブリルにとっても何が癇に障ったのか分からなかった。


「その事はわたくしも自覚しています。だからこそ、あなたのような方に手伝って頂きたいのです!」


「お断りします。魔王は勇者が倒す。あなたの出る幕はありません」


「勇者が倒す?それは何時でしょう。明日?一月後?一年後?もし今よりずっと後になると言うのならそれまでに犠牲になった方々はどうなるのでしょうか。今立たなければ、どれ程のものを失ってしまうのでしょうか?」


「そうやって立ち上がって、無様に全滅して、一体何人の犠牲を出すつもりなんですか。これは警告です。その無謀な目標を今すぐ撤回して、二度と私たちに関わらないでください」


「そう。・・・本当にどうして皆さん断るのかしら。お陰でわたくしばかり悪者になってしまう」


 物憂げにフィブリルが漏らす。


「はあ」


 ヒメも又、ため息をつく。どうしていうことを聞いてくれないのか。その気持ちはヒメもまた同じだった。何故みんな前に立とうとするのか。


「この際、敵か味方かなんてどうでもいいです。フィブリルさん、死に急がないでください」


「そうだわ!だったらこうしましょう。あなたの要求通りわたくしたちはあなた方に関わらない。その代わり」


「・・・・・」


 悪者だと、そうじゃないと思いたいからこその警告だったのに。


「あなたの体が欲しいの!」


 ゾクリとヒメの体が震える。その感覚で相手が敵だということがわかった。相手が悪意を見せてくれないと敵だと判断できない。でも敵だと判断すれば戦える。それがヒメの体に刷り込まれた戦闘のスイッチを入れるための条件。なぜこうなってしまっているのかは自分でも分からない。


 それはきっと本当に悪意のある相手に対しての、隙。けれど、スイッチが入りさえすれば魔物だろうが魔族だろうが、人族だろうが。


「ふっ」


 ガウェインが踏み出す。空手のまま、ヒメの正面に足を踏み込み、掌底を繰り出す。ヒメはそれを剣を持っていない左手でいなし半身になって避ける。完全に躱されていながらヒメの髪を煽り上げる風圧にヒメは表情一つ変えずに掌底から掴みに変化したガウェインの手が届かない距離に飛びずさり抜いていた剣を納める。


 この狭い路地で長物は不利となる、今更ながらにそう判断し剣を納め同じく空手となったヒメは、しかし手を出すでもなくガウェインから繰り出される殴打と時折混ざる蹴りを下がることで回避していく。

 速く隙の無い連撃にヒメは眉をひそめる。手さばき、足さばき、目線、息遣い、その全てが熟練のものであるはずなのに、先ほどの冒険者たちと同じく何の脅威も感じなかった。そしてその動きは一連の動作をこなした後、最初に戻る。再び踏み込みからの掌打。それがわかったからヒメは口を引き結ぶ。


「残念です」


 ヒメがガウェインの掌打をかいくぐって鳩尾に肘を叩きこむ。流れた体に逆の手でもう一度握りこぶしを叩きこむ。そのまま吹き飛んでいくかに見えた体はしかし足を地面につけ踏みとどまる。しかしガウェインが吹き飛びの勢いを殺しきった時には、ヒメはその上空で高く振り上げた足を脳天めがけて振り下ろしていた。


 ガウェインが他の冒険者と同じくして顔から石畳の地面へと沈む。ヒメはその体を足場にもう一度跳躍。フィブリルの背後へと着地する。


 そしてフィブリルの首筋に剣を這わせた。


「あらあら。存外ガウェインも役に立たないのね」


 ガウェインという盾を失いながら強がりを見せるフィブリルにヒメは冷たく吐き捨てる。


「宝の持ち腐れです。あなたごときに百錬の戦士を使いこなせるわけがない」


 どれほど強かろうと技の無い攻撃に付け入る隙はいくらでもある。それをヒメが見逃すはずがない。


「そう、やっぱりガウェインは本気で戦っていないのね。仕方のない人・・・。ふふ、それでここからどうするのかしら」


「・・・・・・・・」


 首もとに当てられた刃物に恐れを見せることなくフィブリルは笑う。


「殺す?脅す?再起不能にする?あなたはどれがお好みかしら。それとも他に方法があるのでしょうか。楽しみだわ。でも」


 意味深に笑うフィブリルは首に差し出された剣を素手で、逆手で掴む。


「!」


 手のひらから滴り落ちる赤い血がフィブリルの白い腕を伝っていく。当たり前だ。抜き身の剣を生身の手で握ればそうなる。そしてその手はヒメの意思一つで容易く使い物にならなくなる。その状況が逆に、誰も傷つけたくないヒメの動作を鈍らせた。例え戦闘のスイッチが入っていてもそれだけは譲るわけにはいかないヒメの今の一線。そして、弱点。


「この勝負、わたくしの勝ちです」


 そのまま傷ついていく手には構わず、体を反転させたフィブリルはヒメと視線を交える。その目が妖しげな紫の光を放つ。口元には勝利を確信した笑みを浮かべて。


「今だ!」


 その時、地に横たわっていた筈のガウェインが叫び、常軌を逸した動きでフィブリルの背後から飛び出しヒメに渾身の右ストレートを繰り出す。


「『一つ』!」


 技は使えないはずじゃなかったのか。予想との違いにヒメは咄嗟に剣を引き足に力を込めようとして、更に気づく。


「しまっ・・・・・!」


 ヒメの足の下に氷が張っていた。複数の冒険者による凍結魔法。ヒメではなく地面の性質を変えるために使われた魔法。


 それがヒメの余裕を失わせた。












「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・。」


「・・・・・・」


 全てが交錯して再び静寂を作り出したその空間、そこにはヒメの剣を聖剣で受け止める、オーマの姿があった。


「オー・・・マ?」


 フィブリルの剣を素手で掴むという暴挙にヒメは狼狽えた。そこへ、ガウェインの技による強襲、足元の凍結。それに対しヒメは『手加減する』余裕なく体が反応するままに、最も早く、最も鋭い返しの斬撃を見舞っていた。全ての状況に左右されることなく、自らが引いた一線さえも超越して。

 カウンター。ガウェインの攻撃を無効化しつつ、フィブリル、ガウェイン、その他諸共に斬り捨てようとしたその刹那、その動き出しをオーマが止めた。


 そしてもう一つ、振るわれるはずだったガウェインの攻撃は。


「・・・・・。」


 アーシェの槍の柄で受け止められていた。


「アーシェ、ちゃん?」


「ったく何してんだか」


 そうぼやいたオーマはヒメと交えていた剣を引き、魔力のこもった足で凍った地面を踏み砕く。それによって地面の凍結は解除される。


 オーマの登場にヒメは安堵する。それ以上の言葉は交わすまでもなく、自分の落ち度を理解していたがゆえにただ一言。


「ごめんなさい」


「おう」


 それだけで許してもらえた。オーマと交えた視線にほっと息をついたその拍子に紫の光が視界を踊る。


 これはなんだろう、と意識したのも束の間、オーマの目が紫に光る。


 その時ばきりと何か木が割れるような音がした。


 オーマは目の異変に気付かなかったようで音に釣られて隣を見る。

 見ればアーシェの槍が折れていた。ガウェインの剛腕を流しつつ、それでも止めきるために力任せに受け止めた槍の柄に亀裂が入り、真っ二つに分かれた。ぷるぷると二つに分かれた槍を持つアーシェ手が震え、槍を取り落す。


 ガウェインとアーシェの力量を示すように、見下ろすガウェインの前にアーシェは跪く。


「大丈夫か?」


 オーマはガウェインには全く構わずにアーシェを気にしてしゃがみこみ無事を確認した。そのガウェインはと言うとひどく警戒した様子でこちらを窺っている。


「・・・・・。」(こくん)


「そうか」


 頷くアーシェの目が光ったのにオーマはまたも気づかないようで触れることは無い。


 これは私がおかしいのだろうか。ヒメはそう思って周囲への警戒を強くする。


「さてと」


 オーマがアーシェを庇う様にガウェインの前に立ちはだかった。





 ヒメがピンチに陥っていた時、オーマがどこにいたかというと路地を為す高い建物、その屋上にいた。そこから見下ろすようにヒメ達の様子をアーシェとアルフレッドと共に窺っていた。見ていたのはヒメがフィブリルの首筋に剣を当てたあたりから。ヒメ優勢の様子だったので出ていくつもりは無かったのだが突然アーシェに背中を押され突き落とされた。


 4階ほどの高さから落ちたにも関わらず着地が出来たは良かったが、突如迫る殺気に訳も分からず無我夢中で聖剣を構えた結果、ヒメの剣を受け止めていた。


 ので、かっこつけた。


 ヒメの剣を受け止めその後も、無防備にフィブリル達に背を向けていたオーマの心は、アーシェに向けて、後で覚えてろよのただ一意。それに対し何をするでもなく呆然とフィブリル達も立ち尽くしていた。辛うじて腕から離れずに済んだ手から、ぽたぽたと血を滴らせて。

 ヒメが剣を引いた際に手が斬り飛ばされなかったのは運が良かったというより、最後の瞬間に握る力を抜いていたのが原因だろう。そして力を抜いていたのは勝利を確信したから。ヒメ相手に勝利を確信できる何かがあったとすれば。


 向き直ったオーマがそこまで思考した所で遅ればせながら立ち位置のまずさに気付いたヒメがオーマの服を力づくで引っ張り前後を入れ替えてアーシェとオーマを庇い立つ。


「・・・・・え?」


「あ?」


 その時ヒメの後ろにいるアーシェと、前にいるフィブリルが意味なき声を発する。ただ、混乱していることだけは伝わるその声に不思議に思ってヒメが後ろの様子を見る。


「・・・・・。」


 アーシェだけでなくオーマもまた無表情ながら首をかしげさせている。


 何だろう、この違和感は。


 そこでまたアーシェがつぶやく。


「どう・・・して?」


「え?」


 心底わけがわからないとそう呟いて、アーシェは状況を確認するために周囲を見回し、ヒメやオーマ、ガウェインや地べたに這いつくばる冒険者たちの歯噛みする顔を見て、そして。


「ああ、そういうこと?」


 悟ったように、満面の笑みを口元に浮かべた。それに対し周囲がそれぞれに理解を進めていく前にアーシェはその場を高く飛び上がって建物の屋上を走って離脱した。


「・・・・・!」


 その後を間髪入れずにオーマの体が追いかける。壁伝いに三角飛びに建物をのぼったかと思うとアーシェが走り去った方へ駆けていった。


「オーマ!」


「アーシェ!?」


 何も言わず行こうとするオーマを呼び止めるヒメと、同じくアーシェを呼び止める屋上にいたアルフレッド。だが呼ばれた二人は一切止まる素振りも見せず去っていく。


 無視されてショックを受けつつもヒメが後を追おうとする。


「ヒメ!待て!」


 そこへヒメを呼び止める声が上がる。


「は?・・・・え?」


 呼ばれて振り返って見れば、それはフィブリルの声で。けれどまぎれもなくオーマの呼びかけだった。混乱しているヒメに対しそのフィブリルはぱっくりと切り口の入った自らの手を見ながら、その手でぺたぺたと自分の体を触って綺麗なドレスを血まみれにしていったかと思うと、一言。


「何というか・・・・・・・・入れ替わったみたいだ」


 そう、オーマが言った。


「つーか、手がめっちゃいてえ」








 建物の上を二つの影が走る。


 オーマの体が走りながら剣を抜き、その剣は瞬く間に姿を変え長く細く、やがて槍の形となる。


「ほんと、しつこいわね、マイケル?」


「・・・・・。」


「しつこい男は嫌われるわよ」


「・・・・・。」


 そんな忠告を一切聞き入れることなくオーマの体は屋根伝いに走る。


「まあ、いいわ。ちょうどこの体の使い勝手も確かめておきたかったところだし、ねえ?」


 そう言ってアーシェの体は足を止める。そしてリュックを漁っていたかと思うと、槍を取り出す。


「・・・・・。」


 それを受けてオーマの体もまた足を止める。そして自らを顧みるように目を閉じる。見ているのは自らが使える魔法、技、道具。戦闘前に確認する基本的なこと。普段なら確認するまでもなく把握できているものだが今は違う。


 そしてその量の多さにしばし固まる。


「すきあり」


 そんなオーマの体へ弧を描く槍の先端が迫る。


 ばちばち、と今日使えるようになった雷の力を槍に纏わせて。


 それをオーマの体は持っている槍で払いのけようとして、一瞬雷光に視界が奪われた。そして予想以上に重く動きにくい体。槍先を数度戦わせたところで鋭い一撃がオーマの体に迫る。辛うじて一撃目を躱したところで全身が隙だらけになっていた。気付いたときには自らの槍が宙を舞い、体の中心を別の槍が貫く。体に痺れが走る。


 暗い闇の中、黒い服を赤い血が浸す。かはっ、と血を吐くと、全ての力が抜けていくようにオーマの体が傾く。


「ふーん、なるほど。予想以上にこの子も強いんだ」


 オーマの体を貫いた槍を勢いよく抜き去って、気に入ったと、アーシェの顔が笑う。


「本当はあなたのお気に入りの子の体をもらうつもりだったのだけれど、まあいいわ。どうせあなたはもう死ぬし。それじゃあ、ばいばい、マイケルさん」


 薄い笑みと共にアーシェの体は――いや、アーシェの体を乗っ取ったフィブリルは――オーマの首めがけて、振り上げた槍を突き刺した。何度も何度も何度も。


 狂気の笑みと共に。











「・・・・・・・」


 その一部始終をこの町に留まっていたイーガルが見届けていた。


 イーガルの立つ建物の一部が軋みを上げながら凍っていく。


「・・・・・・・」


 彼は終始無言のままフィブリルが夜の闇に消えていくのを見続けた。


 やがて、残されたオーマの体も、槍と共に消えていった。









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