第二十四話 分水嶺
「は、な、れ、ろー」
「い、や、で、すー」
オーマとヒメが一つ所に居ればこうなってしまうようで、一応の抵抗を示すオーマと全力の抵抗を見せるヒメが衝突した結果、ヒメの勝利に終わる。そうしていつものぶっきらぼうなオーマと喜色満面のヒメが生まれるわけである。
そんな既に予定調和あるいは日常茶飯事となってしまっている二人のやり取りを見て、苦笑いをしていたシャルがふと顔つきを変え口を開く。
「オーマ様・・・」
「ん?」
「あ、いや、その」
呼ばれて視線をやると、シャルは開いていた口をつぐみ、何かを躊躇う様子を見せる。聞くべきか迷っていたようだが、やがてオーマに向かってシャルはとある自分の境遇とオーマの境遇とを重ね思ったことを切り出す。
「記憶が無いのってどんな気分すか?」
「なんだいきなり」
けれどその質問は、沈鬱な面持ちからは想像できなかったもので、動機が理解できないゆえにオーマは聞き返す。もし皮肉か嫌味の類だったら俺は悲しい。
「別に・・・少し気になっただけっすよ」
しかしそんな返事をするシャル。もったいぶった言い方しておいて気になっただけも無いものだ。何でもないならと軽く流しても良いのだが、シャルが意味もなくそんなことを聞くとは思えない。ならば空気を読んで真面目に答えよう。俺にとっても考えをまとめる機会にもなる。もとはといえば考えないようにするための気分転換だったのだが。まあいい。
思考タイム!
――正しい選択肢を選んで考えをまとめよう!
またなんか始まった・・・。
まとめるために順序立てて考えていこう。まずははじまり!
Q、リアン城で目覚めたときオーマはどういう状態だった?
1、死んでいた
2、記憶喪失だった
3、ヒメに一目ぼれだった
4、魔王だった
唐突なクイズ形式に戸惑いを隠しきる。いつものことだ。いつものことだから。最後に変な選択肢が入るのはいつものことだから。
「くそっ」
最初も変だ!目覚めてねえじゃねえか!
「いきなり苦悩してるっすけど、そんなに答えにくかったっすか・・・?」
「どうしたんでしょうね」
割と戸惑いが漏れていたらしい。
答えは、2の記憶喪失だった。間違いない。
「目が覚めた時、俺は記憶喪失だった」
ようし、今回はどうやら素直な選択肢の様だ。これならいけるぞ。
初っ端の記憶喪失。それを俺自身がどう感じたかといえば。
「だが周囲に俺の過去を知る人間がいなかったからな。誰の記憶にも残っていないなら過去の俺は存在しなかったことと変わりはない。なら記憶について考える意味も無かった。俺は考えないようにするつもりだった」
家族とかがいれば共通認識の齟齬に苦しむことになったのだろうが、幸い、と言って良いのか召喚されたときにいた全員が初対面だった。なら流されるまま生きても問題は無かった。
「・・・・・突飛な考えっすね」
誰も知らないなら記憶がなくても困らない。今までの人生を削除されておいて、それはあまりにも気楽な答えだった。
「不安とかは無いんすか?」
「勇者なんて役目を与えられて、考える必要が無かったのも大きいだろうな。実際何も問題は無い。と、ヒメの件がなければそれで済んでたんだが。意外と俺のことを知ってる奴ってのは多かったみたいで―――」
オーマの視線がヒメを射る。オーマのことを知っていたであろう事実をさして隠すでもない少女を。
「?」
にこりと笑うヒメ。シャルと対話する俺に対して気を使ったのか抱き付いていた正面からは移動して脇に寄っていた。もちろん腕を抱きしめることとなる。睨まれているというのにそれすら嬉しそうに甘えて。そう、うちにはこの問題児がいた。
Q、ヒメの問題行動とは?
1、オーマにキスをした
2、オーマに抜刀術をお見舞いした
3、オーマの過去について隠し事をした
4、魔王を愛していた
なんだこれ。4番なんだこれ。浮気か?浮気なのか?別に付き合ってないけど。・・・ヒメを見る目が変わってしまいそうだ。
ジー。
オーマの視線がヒメに向かう。
「捨てられた子犬のような目?」
「うちには猜疑にかられた疑心の目に見えるっすけどね」
3番だよな・・・・? 1、2番も問題行動ではあるが俺の許容範囲内だ。
「ヒメが俺に隠し事をしている」
その隠し事が明らかに俺の過去に関係していたから問題だった。
「にゃんのことでしょうか」
からかっているのか焦っているのか判断に迷う噛み方をするヒメ。
「だから俺の過去どうなってんだ、って程度には考えざるを得ないんだよな。記憶を戻したいともな。なによりヒメやオーレリアみたいなやつに遊ばれてるのが一番むかつくし」
「むかつくっすか」
「むかつかれていましたか」
不安ではなく怒り、憤りの類を感じているとオーマは言う。それに対してシャルもかなり共感していた。頼んでもいないのに勝手に押し付けられれば、そうなる。
じと~。×2
オーマとシャルの物言いたげな視線がヒメに向かう。
「つ、次の質問行きましょうか」
さしものヒメも二人からそんな視線を向けられれば居心地も悪くなるようで、二人の視線を避けるようにオーマの背中に周り、後ろから抱きしめる形を取る。
さっきから、というよりも旅を始めてから幾度となく、当たってはいけないものが押し付けてられていることにヒメは気付いているのだろうか。気付いてやっているとしたら相当な悪女認定をせねばなるまい。
まあ。敢えて言及はしないけども。
「ごほん。なら、オーマ様はヒメ様をどうする気っすか」
どうするのか。とシャルは問いかける。それはむしろ自分自身への問いかけだったのかもしれない。だがそんな機微をオーマが知る由もなく、オーマは自分がどうするべきかを考える。
「どうする気っすか?」
ヒメが後ろからシャルの言葉尻をまねて言う。こういう態度をとられるとその表情をゆがめてやりたくなる。背中に抱き付くヒメと対面するように回転し・・・、ようとして先に引き離す方を優先する。その後向かい合ったヒメの頬をぐにゅぐにゅと揉んでやる。「うにゃひゃ、やめへくらひゃい」と結局は嬉しそうに返されて、手を離すとまた抱き付かれてしまう。
さて、どうするか。
Q、どうする!?
1、真実を言う
2、墓場まで持っていく
なんでいきなりエクスクラメーションマークがついてるんだろう。そして何の質問だろうか。
のこり1秒!
しかも制限時間付き。そのまま一秒が過ぎる。
「ヒメ。当たってるぞ」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・」
しばし女性陣の沈黙が突き刺さる。
「・・・・良かったです」
しばらくの沈黙ののち、距離を取ることもせずヒメはオーマの懐に顔を埋めた。
「いや、まあ、うん」
悪女だった。
取りあえず他の男は近づけられない。危険すぎる。
「そりゃまあうちは押し付けるほどのものはないっすけど」
昼頃に今のヒメと同じような態勢になっていたシャルが不機嫌になっていた。
Q、どうする!!!!?
1、貧乳はステータスだ
2、貧乳はステータス異常だ
3、みんな違ってみんな良い
4、ロリは人族の宝だ
5、むしろ男の胸に抱かれたい
何を・・・・どうすればいいんだ。割と切実に俺は今までで一番頭を抱えた。
一番角が立たない3番にした。
「ロリは人族の宝だ!」
また選択肢に裏切られた。
「同感です」
「・・・・・・・・ロリって、なんすか?」
「とある少女、いえ幼女が主人公の小説があるんですが、その子の名前がロリッタと言いましてその小説のタイトルもまた―――」
そこまでヒメが話した所でシャルの目が急激に冷えていった。
・・・・・・よし、話を進めよう。やっぱりこの話題は触れてはいけなかったんだ。
ヒメをどうするかの結論を出す前にヒメが俺に隠し事をする理由は何だろうか。
ヒメは俺に好意を持っている。それは確かだ。その上で俺の過去を知りつつそれを隠している。
「ヒメが俺の過去を話そうとしない理由は何だ?」
「知られたくないからです」
「理由を聞いてるんだが?」
「オーマが好きだからです」(きりっ)
「・・・・・」
ぐにぐに
「まひゃでひゅひゃ」
理由になっていない。こういう態度が嫌なのだ。勝手に自分の判断で良し悪しを決めつけて傲慢にもそれを押し付けようとする。知るべきではないなどと勝手に決めつけるな。
「好きだと、隠さないといけなくなるのか」
「はい」
「なら、あれだな。俺がヒメに嫌われればいいわけだ」
「私がオーマを嫌いになると」
そんなことあるわけがないとヒメは笑う。それに対して天邪鬼な俺は。
Q、どうやって嫌われる?
1、ヒメの兄を蹴る
2、ヒメの父を蹴る
3、意地悪な継母になる
4、魔王になる
正解あるのか、これ。もう3番でいいや。
「ああ、意地悪な継母のごとくヒメをいじめて嫌われてやる。そうすればヒメが俺の過去について隠す理由は無くなり快く教えてくれることだろう」
「それは・・・・ありかもしれません」
何がだ。
「表面上はつんつんしてるんですけど、押し付けられた仕事をこなせばお菓子とか用意してくれてそうです」
「ああ、確かに。正当な報酬は用意してそうっすよね」
俺はどんなイメージを持たれてるんだ。
「けどオーマは口にするだけで実行はしないですよね。残念です」
言外でもなくへたれと言われた気がする。実際する気は無かったが。ヒメに嫌われようと思うと本気で非道なことをしなければならない気がする。それこそ4番の魔王になる勢いで。そこまでしてなお味方でいてくれそうで実行するのは俺も気が乗らない。
否定しない様子を受け、ヒメは無造作にオーマの両手を握り、にぎにぎと弄びながら上下に揺らす。それを黙って放置するオーマに、ヒメは笑いかけた。
「嫌われる・・・いじめる、ふむふむ」
シャルが参考になるといった風に頷く。何を参考にしているのだろうか。
いじめて嫌われるという手が使えない以上、ヒメの狙いについて自力で推測する必要があった。狙いが分かれば対策も立てられる。記憶が戻るのならそれに越したことは無いが生憎記憶の戻し方なんて知らない。
「記憶が戻ったら良いとは思うが、もし今後も記憶が戻らないなら、きっと今のまま何も変わらずに続いていくことになる。ヒメとはなあなあのままで」
そしておそらくヒメの狙いはそこにある気がする。
「結婚式は上げますか?なんなら内縁の妻でも構いませんよ?」
それはあまりよろしくない。
「ヒメ様、今大事な話をしてるんすよ」
「大事な話をさせたくないからふざけてるんです。今のオーマは真剣に考えています。よくない傾向です」
どうやらヒメにとっては続けてほしくない話らしい。よし、続けよう。
「で、もし記憶が戻らないまま、ヒメに何も教えられないままだったら、その先に何が待っていると思う?」
「何が待ってるんすか?」
そこに待っているものがヒメの狙いであるのなら。
Q、隠し事をするヒメの狙い、その先に何が?
1、オーマとの結婚
2、何もない
3、魔王討伐の栄光
4、魔王の幸福
「ああ」
そうか、そういうことか。クイズ形式にされたお陰でようやくわかった。
「何もないんだ」
「はい?」
そう、そこには何もない。少なくともヒメの狙い通りに行けば何も起こらないはずだ。正確には魔王退治という出来事こそあるがそれは予め分かっていることだ。隠すも何もない。むしろ魔王退治は隠れ蓑。
「何があるのか、何があったのか分からないままいつの間にか終わっている。例え何かが起こっていてもそれを何でもない事と思わせる。それが、こういう隠し事をする奴の狙いだ」
浮気も汚職も裏切りも、隠し通せば何も無いのと同じだ。隠される側にとっては。
「そうなんすか?」
「違うます」
シャルに聞かれたヒメの言葉遣いが怪しくなる。
そうだ。何でそんな当たり前のことに気付かなかったんだろう。隠すということは何かを目指してすることじゃない。何かを避けるためにすることだ。つまりヒメはこの先、または今現在起こっている何かを知っていてそれから俺を遠ざけようとしている。
ということになる、のか。
後は、揺さぶりでもかければ。
「何も知らないまま勝手に物事が決められていく。それ自体はいいさ。もともと一人の人間の意思でどうこうできることなんてわずかだ。だが、その中にもし俺にとって大切な物が含まれていて、それを勝手に左右されているというなら。俺はそれを・・・」
「やめて、ください」
「許さない」と続けようとした言葉を呑み込み、嘆息として吐き出す。またこれだ。俺が切り捨てようとするとそんな顔をする。ぎゅっと、ヒメが手を強くにぎる。握ったその手は震えていた。怯えていた。本当に何で今まで気づかなかったんだろう。俺のことが好きで好きでたまらない奴が、俺に嫌われようとも隠し通したいことなんて。
どうせ碌でもないことに決まっている。
「なら推測するしかない。ヒメが隠していること。俺の過去、するべきこと。全部推測を重ねていく」
「オーマ?」
拍子抜けしたようにヒメが見上げる。ついそんなヒメの頭に触れたくなって、軽く手を置く。手を置かれた拍子にヒメが目を閉じた。そのすがるような目に映っていた俺は何を思っていたのだろうか。目が閉じられてしまった今、もはや窺うこともできないけれど、今の俺の気持ちは誰よりも俺自身がよくわかっている。
「もうだいたい予想はついてるけどな」
「ちょ、ちょっとまってください!考え直してください!」
「何でそこまで焦るんだ?」
「焦るに決まってます!もし知、ら、れ・・・」
「・・・・・」
「あぶな・・・・かった。誘導怖いです・・・」
「ちっ」
そんな今のやり取りが確信に近づける。ヒメが隠していることについてではない。ヒメという人間についてだ。隠し事下手だ。なんかすっきりした。記憶が戻ったっぽい頃の余裕ぶった態度にすっかり騙されていた。
「はー、そっか。そういうことか」
「な、なんか納得してませんか?それ間違いです!絶対違います!」
「ほお。じゃあ答え合わせでもするか?」
「し、しません」
「だよなー。お前顔に出るもんなー」
「なんですか、それは」
「試してみるか?例えば封印されたというお前の記憶、何故か俺がもっていたわけだが―――」
「わー、わー、わー!」
「もう一つ持ってる『ああああの記憶』、お前アーシェのことああああって呼んだけど、この町に引き留めたのは―――」
「わーー、わーー!」
「記憶といえば、シャルとセラも同じく記憶を失くしているわけだが、もしかすると記憶を故意的に失くす方法が―――」
「わーわーわーーーっ!」
「え?」
「ちょっとうるさい」
近い距離で大声をだされて耳に響く。ずっとくっついていたヒメを今度こそ引きはがす。引きはがされたヒメは何か一語でもよからぬことを言おうとしたら飛びかかるという目で見てくる。
まあ、こんな調子でヒメと対面しながら考察していけば多分俺は真相にたどり着ける。俺がロリコンだなんて大ぼらを吹いたヒメはどこへ行ってしまったのか。
「お二人は意外と火花散らしてるんすね」
オーマとヒメのやり取りに置いてけぼりを喰らっていたシャルだが、それでもシャルはそのやり取りの本質を理解していた。だからこその感想にオーマとヒメは。
「そうだな」
「そんなことないです」
「「・・・・・・」」
肯定と否定とを同時に返した。
ヒメにとってはそんなことないらしい。
「ま―――」
「キスしますよ!」
「・・・・・・・」
ヒメのその発言によって訪れる完全なる静寂。
「何で黙っちゃうんですか」
何でと言われても。お前こそなんで「ま」の一言にそこまで反応するんだよ。
「・・・・・・後悔、しないんすか?知らないままで」
俺たちの漫才を見て俺が既に決めたことに気づいたのか、シャルはまた質問をする。それに対し、出来るのはただ肯定だけだ。
「絶対する」
「すると思います」
予想外に隣からも肯定の声が上がる。それも真剣な声音で。
「ヒメ?」
「何も知らずに、何も出来ずに手遅れになった時、本当につらいですよ」
「そうっすか・・・。そうっすね」
ヒメのその断言に力を貰ったのか、シャルは強く頷いた。そんないい場面も俺にとっては不服でしかない。
「おまえ・・・よくそんな矛盾したこと言えるな」
「してないですよ。私が後悔したくないだけです」
「俺の後悔は!?」
「絶対に後悔なんてさせません」
「すると思ってるんだろ!?」
「させません」
「強情な・・・・」
「オーマに言われたくありません」
ヒメはきっと嘘とか騙すとか、そういうことが出来るタイプではない。どこまでも真っ直ぐにひたむきに、頑固なのだ。それがわかったから。俺は決められた。
「くすくすっ」
シャルが忍び笑いをする。そんなシャルを俺とヒメはきょとんとして見つめる。今日は不思議とシャルがよく笑う。
「お二人は凄く信頼し合ってるんすね」
「なんでそうなった」
「はい」
「「・・・・・・・」」
「相手を疑うようなことや騙しますなんて宣言、普通面と向かって出来ないっすよ?特に一蓮托生の旅の中では」
「それはまあ確かに・・・」
「私もオーマも愛し合っていますから」
「言ってろ」
「今の、否定しなくてよかったんですか?」
「・・・・・」
「ふふーん」
勝ち誇るヒメ。
ま、あそこまで露骨に俺の方から話題を逸らせば、どんな結論に至ったかなんてバレバレだよな。
「訂正するのが面倒だっただけだ」
「そうですかー。訂正するのが面倒ですかー」
「こいつは・・・」
ヒメの頭に手を伸ばす。
「きゃー」
逃げるそぶりを見せておいて、全く避けようともせずオーマに捕まってしまうヒメ。
俺はもう、考えない。思考放棄。それの何が悪い。
この時間が続けばいい。そう思うから、今少しの間だけ気づかないでいよう。
いちゃつき合う二人を見て、シャルは思う。きっとこの二人のようにはいかない。きっと酷く醜いぶつかり合いになるだろう。それでもシャルロット=ウィーチとして知らずにおけるわけがない。信頼も愛もそんなもの欠片もないけれど。
思い通りにされるのだけは納得が行かないから。
結局最終的には選択肢はこれ一つで事足りるのだ。
隠し事された。されてむかついた。だから。
Q、どうするか。
1、信じる
2、信じない




