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第二十二話 萌芽

「お前はここで何してんの」


 部屋を出てすぐ、足元にうずくまる何かを蹴飛ばしそうになる。視線を下げて確認したところ、細剣を抱くようにして座り込むリンがいた。


「見張り。坊ちゃんを危険に晒すわけにはいかない」


「ああ、そう」


 折角の綺麗な黒髪を地べたにまき散らして、それだけリンにとってのたまちゃんの優先度が高いということだろうか。折しもこれからたまちゃんを一人にしてしまう所だったので好都合だ。


「じゃ」


「待っ!」


「ん?」


「・・・・・」


「え? 今呼び止めたよな?」


 待てと言われて待ってやったのに無言が返ってきてしまった。もう一度確認してみるも。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 沈黙が下りる。立ち去りたいのだがリンから何か言いたそうなオーラが発せられている。仕方がないので何か言うのを待っているのだがリンは微動だにしない。ただこちらに目を合わせたまま何かを訴えているが、残念ながらそこから何か読み取れるほど俺は感受性豊かではない。


(かつらかつらかつら)


 ふむ。かつらがどうとか言っているような気がするが多分気のせいだろう。


「・・・・・・・」


「・・・・・・・」


「かつらを返してください」


「まあ、いいけどさ」


 ようやく切り出したリンに持っていても扱いに困ってしまうリンのかつらを返却する。受け取ったリンはそそくさとそれを被り、実家に帰って来たような安心感を見せる。


「・・・・・じゃあな」


「待ちたまえオーマ。何かお悩みのようじゃないか」


「そうでもない。じゃ」


「・・・・・なら一つだけ。君はもっと愛に忠実になるべきだと僕は思うよ」


 いつものごとくアホなことを言うリンに背を向けて階段を下っていった。









「うわ。シャルいるし」


「何すか、その反応」


 宿屋を後にしようと出口につながる食堂を通り過ぎようとしたところ、隅っこの方で何かをちびちびと飲んでいるシャルと目が合った。


「何で一人でこんなところにいるんだ?」


「オーマ様こそ」


 くぴくぴ


 シャルは目を伏せ再び手に持った杯を傾ける。ゆったりとした静かな佇まいは、まるで熟練の酒飲みだ。


「それ、酒か?」


「りんごジュースっす」


「そうか」


 訂正。熟練のりんごジュース飲みだった。


 聞くだけ聞いて後は立ち去る。それ以上の用は無い。


「何処行くんすか」


「気晴らし」


「うちも行くっす」


「おう・・・。は?」


「ほら、さっさと行くっすよ」


 小走りでオーマを追い抜いたシャルは振り返る。据わった目がオーマを見つめる。そんな目で見られるようなことをしただろうか。


「まあ、いいけど」


 そんな了承を受けてシャルは再び前を向いて歩き出した。





 宿屋を出て二人で夜の街並みを歩く。


じ~


 また、視線を感じた。







「それで、何処行くんだよ」


「町の外っす」


「なんで」


 どこへいくか話し合いもせずどんどん先行していくシャル。普通に歩いていても遅れることは無いが、シャルの歩みに確信めいたものを感じ、その目的を類推する。


 夜、二人きりで、人目を避け、町の外へ行くとなれば。


「決闘か!?」


「何でそうなるんすか」


「じゃあ、男女の睦み合い?」


「セクハラっすよ」


「ふむ。この冷めたツッコミ。お前、シャルだな」


「その通りっすけど・・・」


 何を言ってるんだろう、この人、という目で見られてしまう。


「いや、似たような流れでこの前罠に嵌ったからな。一応シャルの偽物の可能性も考慮に入れていたんだ」


「偽物って疑ったんなら、のこのこついていくことをまず止めてほしいっす」


 ごもっとも。選択肢なんてものがなければ俺も今頃夢の中だったのに。そう思う一方で、こうやって二人だけで話すことも絆を深めるにはいい機会なのかもしれないと思った。


「心配してくれるのか?」


「してるっすよ。勇者様にもしものことがあったら人族はどうなると思ってるんすか」


「勇者様ね。でも実際、俺よりヒメやお前の方が強いだろ?なのに何で勇者が必要とされてるんだ?お前らが倒せばいいじゃん、魔王」


「勇者じゃないと倒せないんすよ、魔王は」


「つまり、ヒメにすら勝ち目がないほど魔王が強いってことだろ?俺にはとても倒せる気がしないんだが」


「・・・・・・・うちもそう思うっす」


「おい」


「でも、そういう歴史が繰り返されてるんすよ。栄枯盛衰、諸行無常、そして勇者必勝。世界の理っすよ」


「正義は必ず勝つとでも?」


「勝ってるんすよ、実際」


「勝てば勇者ってやつじゃないか、それ?」


「はい?」


「いや、勇者だから勝てるんじゃなくて、勝った方が勇者を名乗ってるのかもしれないなって」


「それってつまり・・・今まで勝利した勇者が実は本物の勇者を倒した魔王が成り代わってるってことっすか?」


「そうそう。実は全勝しているつもりで勇者は敗北を続け、人間の血筋はどんどんなくなり、魔王の血が入り込んできているとか」


「それ、結構怖いんすけど」


「俺も怖い」


 つい推測癖が要らぬホラーを呼び寄せてしまった。


 そもそも勇者とか英雄とか言ったものは達成された功績に対して与えられる勇名だ。それを最初からこいつが勇者だ、などと決めつけて送り出すことがおかしいのだ。そんなことをするからそれこそ勇名無実なんてことが起こってしまう。


 やべ。俺どうやって魔王倒すんだろ。








 そんな不安を膨らませながら町の外に着く。町を出た所で例の視線は感じなくなった。月明かりが俺たちを照らす。それからしばらく歩き、町から距離をとったところでシャルが振り向く。


「さて、いろんな不安があると思うっすけど、それもこれも皆吹っ飛ばしちゃうっすよ!」


「はい?」


 シャルがらしくもないテンションの高さで朗々と叫ぶ。そして人形を手渡してくる。いつ作ったのだろうか、どことなく俺に似た不遜な表情をした手人形。つまりそう言う事なのだろうか。


 シャルはオーマが手人形を装着したのを確認して、自らが装着しているシャル人形の口を開閉する。


「シャルと―――」


「・・・・・・・・」


「ん!ん!」


 シャルが手に付けたシャル人形の口をくわっくわっと開閉する。後に続けと言わんばかりだ。


「オーマの―――」


「魔法講座~!!わーぱちぱち」


「・・・・・・・・」


「一人でやらせないでくださいっす!」


 怒られた。一人も何もいつも一人でやってただろうに。


「改めて、始まりました第三回魔法講座、今日は魔力の制御について教えていきたいと思うっす」


「おお。待ってました」


 気落ちしながらもいつものシリーズ講座を一人でこなすシャルにテンションを合わせる。魔力を抑える方法について今日の昼にでも教えてもらおうと思っていたのだが、なにせいつの間にか夜になってたからな。聞く暇がなかった。


「はい。その前に、オーマ様、今何されてるか分かるっすか?」


 なにをされているか?オーマ人形の首をかしげさせてみる。


「変な芝居に付き合わされている?」


「帰って良いっすか?」


「悪い。わからん」


「今オーマ様の周囲を魔法の刃で取り囲んでるっす」


「なんてことしてんの?」


「やっぱりそうなんすね」


「?」


 シャルは得心が言ったという様子でシャル人形をびしっとオーマに向ける。


「オーマ様には魔力を感じる力が欠けてるっす!」


「そうらしいな」


 特には、これが魔力だ!といった感覚を覚えたことは無い。あ、いや、暴走した時に黒い魔力が見えたことがあったな。だがそれっきりだ。今も刃を向けられていることを感じていない。


「魔力を抑えるためには魔力を感じることが必要不可欠っす。だからまずはそっちから先にするっす」


「わかった。で、どうするんだ?」


「・・・・」(にっこり)


「え?」


 シャルが浮かべる満開の笑み。その珍しさがこれから起こることの非凡さを窺わせる。願わくばそれが良い意味での稀でありますように。


「特大魔力」


「・・・・・」


 シャルが片手をあげる。魔力を感じないと言った手前なんだが、すっごい圧力を感じる。ところで何で片手を挙げたんですか?


「全力でぶつけるっす」


 何で両手を掲げてるんですか!?


「・・・・あのさ、俺、今、HPが48でな」


 上位職故か、ただの『勇者Lv3』でHP18だった時よりは多いが、それでも低い事には変わりない。ちなみに『おっちゃんLv1』の時はHPが80あった。おっちゃんはタフだった。


 まあそんなわけで特大魔力をぶつけられればHP0になる可能性が高い。そして俺は前途ある若者だ。こんな所で死ぬわけにはいかない。


「大きな魔力をぶつけられると危機意識から体がその原因を知覚しようとするっす。すると何ということでしょう、魔力が感じられるようになっているではないっすか」


「うん、それよりもな」


「とはいえもともと魔力が無い事には無駄死にになるっす。けどその点オーマ様なら安心っすね」


「安心?何が!?無駄死に!?今無駄死にって言ったか!?」


「何を聞いてたんすか。無駄死ににはならないって言ったんすよ」


「無駄かどうかはどうでもいいんだ!死にたくないんだ!」


 それを聞いたシャルは寂しそうな笑みを浮かべてこう言う。


「オーマ様、人は、生き返るんすよ?」


「生き返らない!」


「じゃあ、行くっすよ~」


「行くなー!!!」


「ていっ」


「ぐはっ」


――オーマは技能『魔力感知』を修得した!






「大丈夫っすか~?」


「川が見えた」


「ほお」


「向こう岸で龍がとぐろ巻いてたから逃げ帰って来た」


「龍は夢に見ると吉兆とされる魔族っす。良い夢見れたっすね」


「爽やかに言ってるけど、死にかけてるからな!」


「ちゃんと『リザレクション』かけたじゃないっすか」


「リザレクション・・・・ていうか。死ぬって比喩だよな。今のはただ戦闘不能になっただけだよな?」


「そうっすよ?HPが無くなると戦闘不能になるっすけど、それだけじゃ死なないっす。戦闘不能の状態でいろいろされると死ぬっす」


「いろいろ?」


「いろいろ」


「いろいろって?」


「ぞうも・・・・、のうみ・・・、くびちょん・・・・知りたいならご自分で試してみるっすか?」


 何か良い表現がないかと思索していたシャルであったが百聞は一見に如かずむしろ一試に如かずと、自分で試せとおっしゃる。


「・・・・やめとく」


「とはいえ勇者でもなければ危険極まりないっすから、勇者で良かったっすね」


「何が良かったのか」






「で、魔力の流れは感じ取れてるっすか?」


 本題に戻って、いざ魔力を捉えようとしてみるとそれはあっさり出来た。


「ああ。凄い勢いで体から溢れだしてる。なんか勿体ないな」


「オーマ様の魔力っすね。溢れ出しているといっても循環してるっすから無駄に消費するということは無いっす。むしろ体の外周を回すことで魔法に対する防御力が上がるっすから戦闘面では利点なんすけど」


「けど?」


「それを町中でやるのは、武器振り回して歩いてるようなもんすから」


「危ない奴ってことか?」


「変な人ってことっす」


「変な人?」


「町中をぴょんぴょん飛び跳ねて移動したり、飛び込み前転を繰り返して移動したり、武器を振り回す勢いで移動したりする人のことっす」


「変な人というか、危ない人だよな。精神的に。何のためにそんな移動方法を取ってるんだ、そいつらは」


「謎っす。みんな不思議に思ってるっす。昔、同様に疑問に思った人がいたようで、その人は直接勇者様に尋ねたらしいっす」


「まさかの勇者か。・・・むしろやはりというべきか。尋ねたやつもある意味勇者だな。それで解答は?」


「分からないっす・・・。尋ねられた勇者様は「ちっ、引っかかった!」と謎の言葉を残して絶命したそうっす」


「絶命!?」


「ええ。それ以来、うちらはそれを教訓に、そういう行動をする勇者様はそう言う動きをしないと死ぬ病気にかかっているのだと判断して、スルーしておくことにしたっす」


「とすると・・・・・・じゃあ今までの町での視線は?」


「常時魔力バリアを展開しながら歩くのもなかなかの奇行っすから。オーマ様を変な人認定して遠巻きに眺めてたんすね」


「ぐおおおおおお」


 変な人に見られてたー。


 絶望感たっぷりに地に手を付くオーマはシャルは見下ろす。


「・・・・オーマ様って勇者らしくないっすよね」


「褒め言葉ありがとう」


「どういたしましてっす」








「続いて魔力抑制についてっすね。どうするっすか?」


「どうするとは?」


「奇行をし続けないと死ぬ病気だったりしたら、うちは・・・・・・これ以上教えるわけには・・・」


「そんな病気は無い。さっさと教えてくれ、ああ、いや、その前に抑制ってことは何か悪影響があったりするのか?」


「方法と、魔力量次第っす。無理矢理大量の魔力を体内に押し込めたりすると、体が破裂するっす」


「えぐいな・・・」


「そういう実験も昔はあったみたいっすよ。それも今は禁忌っすけどね。それだって魔族すら越えるほどの、それこそ魔王並の魔力を込めてやっとっすから、今のオーマ様の魔力量なら心配する必要はないっすよ」


「そうか」


(今のままなら、っすけど)


「何か今変な含みを感じたんだが?」


「気のせいっすよ」


「じゃあ改めて教えてくれ」


「まず精神統一してくださいっす」


「そんなのやれと言われて出来ないんだが」


「そうっすか?じゃあ目を閉じて自然体を取ってくださいっす」


「・・・・・・」


 言われた通りに目を閉じて手をぶらりと垂らす。その後の指示に従って力を抜き、深く息を吐いていく。リーナの館でやってた深呼吸と同じ要領だ。


「そのまま自分の魔力を感じてくださいっす。しばらくその状態を続けるっす」


「・・・・・・・」


 魔力。感じられるようになったと言ってもおぼろげなものだ。湯気のように捉えどころがないようでいて、重力に引かれるようにして俺の体にまとわりつく。燃え盛る炎とも、流れる水とも、吹く風とも、動かぬ地面ともどこか同じようでいて何かが違っている。全ての性質を足して割れば案外こんな動きをするのだろうか。


 そんな体をめぐる魔力の動きを追っていると次第に変化が生じる。魔力を意識で追いかけていたものが、今度は逆に魔力が意識を追いかけ始める。意識した先に魔力が集中する。


 それに気づき、さらに意識を集中させようとすると、ふっと魔力が離れていき散っていく。そこからはまた魔力を感じることから始め、魔力を追いかけ、魔力に追われる。それを何度か繰り返していると、段々と、魔力が散るぎりぎりの集中度が分かってくる。


 魔力が散らないぎりぎりのところで集中を保っていると、どんどん際限なく魔力が集中していく。やがてそれ以上、大きくはならないという所まで来た時。


「はは・・・」


 試行錯誤に水を差すように漏らされたシャルの笑いに集中が途切れる。何事かと目を開ければ、口元に浮かべていた笑みを引っ込めたシャルがバツが悪そうにしていた。


「ごめんなさい。ちょっと驚いて」


「何にだ?」


「それは、まあ・・・、何でもいいじゃないっすか。それより、今の魔力とさっきと、どう違うか分かるっすか?」


「どうって、・・・・やけに大人しくなってるな」


 今になって思えばさっきまでの魔力は無秩序にただ暴れまくっていた。それが今では円を描くかのように俺の全身を静かに流動している。抑制というから押し込めるようなイメージを持っていたがこれはどちらかと言えば制御していると言った方が正しい。


「はい。魔力が放出される範囲がかなり狭まって、動きも緩慢になってるっす。オーマ様の魔力を追う意識の流れが魔力の流れを作り出したんすね。魔力は精神的影響を受けやすいんすよ」


「これで抑えられたってことか?」


「はいっす。もう不審な目は向けられないと思うっすよ」


「へえ」


「あとあと、魔力の操作がもっとうまくなれば、魔法の威力や範囲、性質や組み合わせとか、いろんな調整ができるようになるっすよ!」


「嬉しそうだな」


「はい!一点集中の『炎煌灼熱球』とか今度やりましょう!」


「ヒメが許せばな」


 自分のことのように喜ぶシャル。宿屋で遭遇した時のような鬱屈としたものは消え去っている。あるいはあえて忘れようとしているのか。俺の気分転換のつもりがシャルの気分転換になってしまったようだ。


「シャル、これからもよろしく頼むな(ヒメの相手)」


「はいっす(ヒメ様の相手以外で)!」


「・・・・・・・」


「・・・・・・・」


「ふふふ」


「ははは」








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