第二十一話 横暴
宿屋の外はいよいよ闇に沈み、食堂の明かりの下、復活した宿屋の主人が八面六臂の活躍で訪れる客をもてなしていく。めでたくお役御免となったオーマは感謝の証にと宿屋の一室を無料で提供された。
「結局この町に留まるわけですか」
リーナが、だから言ったのにとぱたぱたと足を上下する。
「夜も遅いからな。仕方ない。まあ、折角なんで今日は奮発してもう一部屋を取った」
「何のためにですか?」
そう聞いたのはヒメ。夜となり今は酒場としての機能を有す食堂のテーブル。六人掛けのそれに座るオーマ達は残りわずかとなった今日の最後の予定について話し合う。オーマにとって死活問題となるあの事について。
「もちろん、男女を別にするためだ。いくら魔王討伐という過酷な旅の中といえど、礼儀を欠かしては犬畜生にも劣ると蔑まれることだろう」
「そんなことないと思いますけど」
「これから部屋割りを発表する」
「むう」
不満そうにするヒメはオーマの隣に座っており、他のメンバーには見えない机の下でオーマの手の甲に「の」の字を書き出す。オーマはそれに対して表情を変えずに邪魔だとばかりに手を振って止めさせると、その手を狙いすましたように握られてしまう。
無料で提供された部屋と30Gでとった部屋の二つ。宿屋の二階、階段を上がってすぐの部屋とその隣の部屋が俺たちが取った部屋だ。そこへ俺たち六人をどう分けるかが問題となる。
「まず手前の部屋には、オーマ、たまちゃん、以上」
「陰謀を感じます!」
「たまちゃんと二人で何をするつもりですか!」
「何もしねえよ。次に奥の部屋にはヒメ、シャル、リン、リーナ、以上だ。何か異論はあるか?」
「ありますよ!何で私とオーマが一緒じゃないんですか!」
「そうですよ!私はおじさんの傍じゃないと安心して起きられないんですよ!」
「無いようなら朝までお別れだな」
「無視されました!」
「横暴を許すなー!」
隣と頭の上から文句が出るが異論ではなく文句なので取り合わない。
「待ってくれ、男女別ということだが、そうすると僕はオーマ達と同じ部屋になるはずなのだが」
本気でこちらの間違いを正しているつもりで自分が男だと主張するリン。
むしみしみち
テーブルから身を乗り出したオーマは、反対側に座るリンのかつらをむしり取る。
――『リンのかつら』を手に入れた!
また変なものを手に入れてしまった。
「・・・・・痛い」
「理解したか?」
黒い髪を抑えてうずくまるリン。多分これで女としての自覚が戻るはず。
「・・・・・主様」
うずくまったまま、すがるような声で主を呼ぶリン。そんなリンを一瞥してたまちゃんが口を開いた。
「鈴は我の護衛だ。同じ部屋でないと意味がないであろう」
「知るか。勇者一行なら寝床が別になるぐらい我慢しろ」
大抵のことはこの一言でなんとかなるはず。
「ぶーぶー」
「ぶーぶー」
「ぶ、ぶーぶー」
ヒメとリーナとリンがぶーぶー言い出す。五、六人が一つの部屋に押し込まれる事態になりかねなかった今までは文句ひとつ言わなかったくせに、分けるときは文句を言うのか。
「とにかく決まったことだ。変更は無い」
「坊ちゃん、力及ばず・・・無念」
力なくテーブルに伏せるリン。相変わらずかつらを取るとキャラが定まらない。
「坊ちゃん言うな。勇者が言うのだ仕方あるまい」
たまちゃんは最初からどちらでも構わなかったとばかりにこの決定を受け入れた。
「オーマ様・・・」
「ん、どうした」
「ヒメ様と一緒は・・・」
「解散」
「あああああ」
シャルの苦悩は絶えなかった。可哀想に。
「オーマぁ」
各自が自由行動となった中、ヒメがうるうるとした目と声で何かを訴えてくる。
「ヒメ」
そんなヒメを邪険にできるほど俺は冷血漢ではない。ヒメの両肩に手を置いて目を合わせる。
「・・・・」
「おやすみ」
「ううう」
それだけ言って俺は部屋に向かった。
・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして部屋に入り、しばらくしてから、
「お前も向こうだ」
「ばれてしまいました」
リーナを廊下に追い出す。頭に何か乗っけるのが普通になっている自分がいた。嘆息して部屋に戻ったところ廊下から助けを求める声が上がる。
「大変です!扉が開けられません!」
仕方がないのでまた部屋を出てリーナを助けようとすると、既にヒメが扉を開けてリーナを迎え入れていた。視線を向けられたことに気付いたヒメは恨めしそうな目をしたかと思うと、べー、と舌を出して引っ込むのだった。
「ったく、あいつらは」
「好かれているようで何よりではないか」
たまちゃんがからかうでもなく本気でそう言う。なら俺は、からかうつもりで言ってやろう。
「お前もリンに好かれてて良かったな」
「黙れ」
一刀両断だった。こんな反応を返されると邪推したくなるのが男女の仲というものだ。とはいえ自分に返ってきそうな話題を振り続けるほど俺も軽率ではない。
さて。
――誰と話そうか。
→ヒメ
シャル
リン
たまちゃん
リーナ
・・・・はい?
このまま寝るつもりでしたが?
「・・・・・・なあ」
「なんだ」
「寝る前に少し話さないか?」
「お前は黙って眠ることも出来んのか」
「ああ、出来ない」
そんな余裕ぶって時間を無駄にすることなど出来ない。俺には知らなければならないことが多すぎるのだから。
ごめんなさい。さっきまで寝るつもりでした。
「何についてだ」
そんな俺の言葉にどうしてこの部屋割りになったのかを察したようで、言葉少なにたまちゃんは続きを促す。そう、たまちゃんと二人だけの部屋にしたのはヒメ達には聞かれたくない話がしたかったからだ。
ごめんなさい。本当はただ男だけで寝たかっただけです。
「そうだな。いろいろ聞きたいことはあるんだが、さしあたっては勇者についてと、この国、いや、この世界について」
「断る。そんなことは他のものに聞け。あやつら以上に知っていることなどない」
「随分言い切るな」
「仮にあったとしても、それを語るためにどれだけ無駄話をさせる気だ。我は疲れているのだ。もっと気を使え」
はい。同感です。俺も眠りたいです。
「そういうことなら手っ取り早く済む話にしよう。町に入る前、セラから何を聞いた?」
「なんだ、放っておくつもりではなかったのか?」
「降りかかりそうな火の粉は避けるに越したことは無い。だが避ける為にはそれがどこから飛んでくるのかを把握しておく必要がある」
「要するに自分が不利益を被りそうだからと解決に乗り出すわけか」
「その通りだが?」
今更取り繕う必要もない。俺は俺のスタンスを貫く。町に一日でも留まることになってしまった以上厄介ごとに関わる可能性は格段に上がってしまった。対策しておきたい。
「ふん。それもリンに聞けと言いたいところではあるが、いいだろう、話してやる。あの者の話を信じるかどうかは主に任せる」
そう前置きしてたまちゃんはセラの熱かったらしい語りを伝える。
「数日前、『セイレーンの歌声』という名のギルドが設立された。リーダーは昼に会ったあの女フィブリル=ガルード、そして設立時からメンバーにはあの男ガウェインがいた」
「数日前に作って400人って凄いな」
「多くはガウェインの名を慕って集まったそうだ。その時には義勇軍全滅の噂は伝わっていた。敵討ちの為のギルドだと思う者もいたのだろう、名乗りを上げるものも多く、すぐに50人近く集まったそうだ。ただ、あやつが言うにはそこからがおかしかったらしい」
「おかしかった?」
「そのギルドはそこから異常な速度でさらに勢力を拡大した。たった数日で400人に届くほどにな。その増員された中には他ギルドのリーダーやエース、ギルドに入らずにいた実力者をが軒並み引き入れられていたらしい」
「それは、また」
なるほど、おかしい。仮に志を同じくしたとしてもギルドのリーダーなどは協力体制を築くなりすれば良い。わざわざギルドを移籍する必要はないだろう。それでも部下にまで強要したくなかったという気遣いの可能性もあるが。
「結果、二桁に及ぶギルドがメンバーを失い消滅した」
「ギルドは簡単には消滅しないんじゃなかったのか?」
「簡単にはな。リーダーを失い、他のメンバーも抜けた結果の消滅だ。しかも魔物退治を主とする戦力のあるギルドばかりがな」
「・・・・・・・・怪しいな。不自然過ぎる」
「ああ。そこをあやつも危惧したらしい。何か不正が行われているのではないかと」
「・・・・・・・」
「どうした?」
「ん?いや。セラはどこでそんな情報を得たんだろうなって」
「さあな、本人に聞け」
「何言ってんだよ。もう、あいつはいないんだ」
「そうだったな。我としたことが失言だった」
「いいさ。いつまでも引きずってはいられない。あいつの最期、無駄にはしない」
心に寂寥の風が吹き抜ける。気のせいか「死んでへんからなー」という声が聞こえた気がした。あいつはもういないというのに。
「それで結局セラは勇者に何をしてほしかったんだ?」
「助けて欲しい、とだけ」
「曖昧な要求だな」
「全くだな。話は終わりだ。我は寝る」
「待った、待った」
今にも寝床に入ろうとするたまちゃんを制止する。折角だからもう一つ聞いておきたい。
「たまちゃんはヒメ=レーヴェンについてどこまで知ってる?」
「・・・・その名は隠しているのではなかったのか」
無視されるかとも思ったがたまちゃんは答えてくれる。レーヴェンの姓に反応したようにも感じられた。
何故かヒメはレーレという偽姓を名乗っていたが、別に俺にも隠すようにヒメが要求したわけでもない。
「ヒメが隠していようが俺には隠す理由は無い。そもそもお前は気づいていただろ」
「その上で気づかぬふりをしてやっていたのだがな」
「分かっていると思うが俺が聞きたいのは実際のヒメじゃない。お前が知っているヒメについてだ」
つまり世間で言われるヒメ=レーヴェンの人物像について。ヒメの過去について。
「リアン国第一王女ヒメ=レーヴェンについて、か。―――ふむ。その存在ははっきり言えば謎に包まれていた」
「謎?」
「名は知らていても、その外見や人となりを知るものは誰もいなかった」
「王女だからみだりに姿を晒すべきではないとかそういうのか?」
「さあな。少なくとも我の周囲にその顔を実際に見たものはおらず、それはリアンの民でも同じという話だ。理由は知らぬが籠の中で生きてきたのだろう。我が知っているのはそれだけだ。後は絶世の美女であるとか、逆に外に出せぬほどの醜女であるなどと取るに足らぬ噂があるだけだ」
たまちゃんはそれで話を終えようとする。冗談じゃないまだ何も聞けてない。
「じゃあなんでお前はヒメがその王女だって気づいた?」
「現リアン国王、クオウ=レーヴェン、彼の者は今代稀に見る剣の名手だ。そしてあの者が見せたリンをも凌ぐ剣の腕、それが女と来れば誰もが一度は連想するだろう。クオウの娘、ヒメ=レーヴェンの名をな」
違う。そうじゃない。俺が知りたいのはもっと―――。
「・・・・・他にないのか。ヒメの話。例えば子どもの頃誘拐されたとか」
「そんなことが起これば大事件だ。隠そうとしてもすぐに知れ渡る。我が知らぬということは実際に起こった可能性は低いだろうな。心当たりでもあるのか?」
「いや・・・」
あくまで予想だ。ヒメはどこかの誰かに攫われたのではないかという。しかし、攫われてはいなかった。ヒメは以前の言葉通り箱入り娘であり、城の外に出ていたことも無い。なら、俺はどこでヒメと知り合うことになった?ヒメは過去、どこで俺のことを知った?
その条件下でなら答えは一つだ。
城の中で会った。それ以外には考えられない。ならどうやって俺は城の中に入った?
その場合の俺の立場は・・・。まさかとは思うが。
「ヒメには、兄弟がいるよな?」
「ああ。ユーシア=レーヴェン。ひとかどの人物だそうだな。既に父親に代わり一部政務を行っているとも聞く。勇者の第一候補とも言われていたな。それが何故お主になったのやら」
「ほっとけ。ユーシアの他に兄弟は何人いる?」
「ゼロだ。少なくとも我が知っている分にはな。もういいだろう。それ以上は本人に聞け、我は・・・もう、眠い・・・」
小さくなっていく声と共に、子供さながらに目を瞬かせたまちゃんは布団に沈んだ。
「・・・・・・・・意外と警戒心が無いのは信用されていると思って良いのか」
ヒメとユーシア、この二人に他の兄弟はいない。仮にも王族の家族構成だ。忌み子でも無ければ隠されることはないはず。記憶喪失の勇者が実は王家の人間だったとか、王道っぽいんだけどな。まあこの仮定はあまりにも物語的過ぎたか。
ならやはり、クオウの記憶にも残らない使用人の息子とか。それがヒメの目に留まったとしたなら大躍進だ。良かったな、俺。
「・・・・・・・はあ」
着々と情報は集まっている。ヒメが時折、言葉の端々に漏らすヒント。それを繋ぎ合わせているのが現状。客観的に論ずるのならヒメはかなり黒に近い灰色。怪しさ百点満点。何の、とは言わないが犯人を上げる必要に迫られれば筆頭候補。そんな疑念を周囲に振りまきながらヒメは一体何を目的としているのか。
なにより、以前自分の傷を押してまで先に進もうとした、ユーシアを救おうとしていたヒメはどこへ行ったのか。今では逆に足を止めさせようとする始末。『ヒメの記憶』。あれは本当にヒメの記憶だったのか?
「・・・・・・・」
どれだけそうやって物思いにふけっていただろうか。気づけば結構な時間が過ぎていた気がする。
ダメだ、考えがまとまらない。どうしても堂々巡りを避けられない。記憶喪失と情報不足が重なっているせいで可能性の爆発が起こってしまっている。今の情報ではどんな仮定をしようと全て有り得てしまうのだ。否定することが出来ない以上逆説的に全ての仮定が信用に足らなくなる。
分かったことは一つ、考えるだけ無駄だということ。
よし!寝よう!
もう一人ぐらいと話せそうだ。
――次は誰と話そうか?
→ヒメ
シャル
リン
たまちゃん
リーナ
「・・・・・・」
「おい、起きろ」
「ZZZ」
たまちゃんは眠っているようだ。他の人にしよう。
・・・・・・・・。
「おい、起きろ」
「ZZZ」
たまちゃんは眠っているようだ。他の人にしよう。
「ちっ」
「気分転換でも、するか」
一度回転を始めた思考はただ意味もなく同じことを繰り返し、眠りを妨げる。頭を空っぽにしたかった。
眠れないのは別の理由ですけど。
まあ、どうせ、ヒメは性懲りもなくこの部屋に侵入するだろうし。今のうちに外出してせいぜい悔しがらせてやるか。




