第十九話 治安悪化
ギルド本部とやらに足を踏み入れる。入ってすぐの正面に受付が三つ並んでいる。右手には壁沿いにいくつか板が立ててあり、なにやら書かれた紙がいくつも貼り付けてある。
左手には机といすが数多く設置されており多くの冒険者がたむろしているのが見える。なにやら話し合っているようで外以上に騒がしい。それが、俺たちが建物内に足を踏み入れた途端一斉に視線をこちらに向ける。ひそひそと囁く声まで聞こえてくる始末。
「うえ、感じ悪いです」
リーナが心底嫌だとばかりに視線を避ける為に頭の上に伏せる。
シャルに会った時に言われても特に気にしなかったのだが、ここまで注目されるのは予想外だった。魔力を抑える方法、シャルが気付いたら本格的に教えてもらおう。
視線は無視することにして他に気になったことを尋ねる。
「この紙はなんだ?」
入ってすぐ右手に目につくように立てられた板。そこに貼られた紙について。
「へ?・・・・あ、ああ、紙・・・な」
「ん?どうした」
ヒメの後ろでこそこそと視線を避けていたセラ。しばらく様子を窺って何かを判断したのかヒメの後ろから出てきた。こいつはこいつでヒメの背後が一番安全であると理解した様子。
「それはクエストの発注書や。町人が依頼を受付に申し付けて、その内容を受付嬢がその紙に変えてここに貼るんや。受ける側はその紙を受付に提出してギルド名を記入することで受注したことになる」
「なるほど」
どんなクエストがあるのかと適当に見る。
―暗殺クエスト―
ネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサンネルサン・・・
報酬:1億G
難易度:☆☆☆☆☆
依頼人:不明
いきなり物騒なものを見てしまった。見なかったことにしよう。
―誘拐クエスト―
ローサという娘をさらって来てほしい。報酬に世界の半分をやろう。
報酬:要相談
難易度:☆☆☆
依頼人:不明
誘拐を堂々と依頼するな。子供のいたずらだろうか。
―強奪クエスト―
デーデデ=デデーデが持つ星の杖をどんな手段でもいい、ここへ持って来てほしい。
報酬:Lトマト
難易度:☆☆☆☆
依頼人:不明
依頼人不明が多すぎる。依頼主の身元ぐらい保証してほしい。
―救出クエスト―
桃プリンセスが亀の魔族にさらわれてしまった。マンネリのため行けない私に代わって彼女を助けてほしい。前金として緑のキノコを4つ用意してある。
報酬:燃える花
難易度:☆☆☆☆☆
依頼人:赤い服の男
なんというか。
「治安悪いな。そもそも誘拐とか強奪とかクエストとして良いのかよ」
「もちろん依頼したやつも実行したやつも犯罪者になるけど、それさえ覚悟すればクエストは成立する。と言っても少し前ならこんな依頼出るはずがないんやけど」
「理由があるのか?」
「魔王がおるからな。魔王の存在が秩序を乱し、その結果人々の心が荒んで悪事が横行してしまう。ってことになっとる」
なっているらしい。魔王が存在することによる悪影響。魔王でなくとも戦争が近づけば人心は荒れる。やむをえないことか。
「魔王のせいにしてやりたい放題ですか。浅ましさしか感じません」
視線の件もあって人間への嫌悪を露わにするリーナ。怒りを示すのはいいが俺の頭をぺしぺし叩いてどうする。
「そんな人間の頭の上に乗っているのはいいのか」
「恩人相手に無礼を働くほど私は落ちぶれていません。むふん」
人の頭を常に踏み台にしておいて何をいっているんだこいつは。寝そべっているリーナの頭があるであろうあたりをつついてみる。
「えふー」
くすぐったそうにリーナは身をよじる。
「・・・・」
指にじゃれてくるリーナの相手をしているとヒメからの視線を感じた。
「?」
「私もつついてほしいです」
聞かなかったことにした。
「皆さん、どうかなさいましたか?」
と、クエスト版の前で駄弁っていた俺たちに、話しかけてくる女性がいた。首をかしげた動きに沿って耳についている真紅のイヤリングが揺れる。
「っ!」
セラが弾かれたように今度はオーマの背後に隠れた。その動きこそ不審そのものだが俺たちの今までの行動に不審な点は無かったはずだ。声をかけてくる理由があるとすれば親切心からか。
「いや、クエストを眺めていただけだが?」
だからさっさと切り上げる為によくありそうな風景だと説明したつもりなのだが。
「あら、ですがここ最近のクエストは難しいものが多いでしょう?」
彼女は一歩足を踏み出し話を続けるつもりのようだった。
翡翠色の髪に翡翠色のドレスを纏った女性。絹糸のような肌に薄くひかれた口紅が映える。問いかけと共に浮かべた微笑みは優しそうな気質を表しているかのようだ。一言で言えば綺麗な女性なのだが、何故だろう違和感がある。大人びて見えるというよりは―――。
「・・・・・・」
ヒメが反応しない。可愛い言わない。
「・・・・・・」
リンが無言でいる。愛だの言わない。
「・・・・・・」
リーナが無言でぐいぐい髪の毛を引っ張ってくる。
「皆さんのことは今日初めて見かけますが、ギルドには所属なされているのですか?」
「いや、どこにも所属していないが見るぐらいは自由だろう」
「まあ。そうなのですか。ですが秘密保持の観点から言わせてもらえば無関係の方にはあまり依頼内容を知られるべきではないのです」
「そらそうだろうな」
誘拐とか強盗とかはそうだろうよ。
「ですので、どうでしょう。わたくしのギルドに入ってみるというのは」
手を合わせて首をかしげてにこやかに尋ねられる。随分唐突なお誘いだ。
その提案が来た直後、後ろから服の裾を引っ張られる。肩越しに振り返るとセラが小さく首を振った。それを見て視線を戻す。
「名乗りもせずにいきなり勧誘か?」
「これは失礼しました。わたくし、フィブリル=ガルード。『セイレーンの歌声』というギルドのリーダーを務めております。あなたの名前を伺っても?」
「俺はマイケルだ。よろしくな」
「うわあ」
名前を名乗っただけなのにリーナが「よくもまあいけしゃあしゃあと」的な声をあげる。酷い話だ。
「素敵な名前ですね」
「だろ」
「うわー」
ヒメまで同じ声を上げる。
「それで『セイレーンの歌声』とやらはどういう趣旨のギルドなんだ?いまいるメンバーの人数は?これまでの実績は?何故俺を誘う?」
「ガウェイン、答えてくれますか?」
そう言ってフィブリルは後ろに控えていた男に答えさせる。男の方はその振りを予想していたようで、すらすらと答えていく。茶と黒が混じったような髪。目を見張るのはその体格と顔の強面具合。鍛え抜かれた筋肉と、爪で抉られたかのような顔に残った傷痕、口髭に濃い眉毛と鋭い眼光、浅黒い肌。どう見ても団長の風格だ。
一言で言うと渋いおっさん。
「現在の団員は423名、我々は退治クエストを中心に町人に害をなす魔物や時折現れる魔族の駆除を目的としている。現在は魔王征伐のため力ある団員を集めている最中だ。あなた達に声をかけたのはその実力を見込んでのことだ」
見た目に違わず、低くがらのある声で簡潔に質問に答えるガウェインと呼ばれた男。彼らのギルドは魔物退治を専門とする大手ギルドらしい。そしてその目的は。
「魔王征伐と来ましたか」
ちゃんと勇者以外にも魔王を倒そうとする気概を持つやつがいたんだな。これで俺が戦う必要がなくなったりすると一安心なのだが。
それにこの大男、実力を見込んで――のところでヒメへと目を向けた辺り、どうやら俺よりヒメの方が強いことに気付いている。目が利くな。
俺は今レベル1だけどな!
などと感心していたところ、先ほどセラに引かれた裾がさらに絞られる。どうやら裾を握ったまま強く握りしめられたようだ。拳が震えるほど握りしめて一体なんだというのだ。
どちらにしろ勇者が別にいると世間に思われている現状で俺たちが勇者だ、などと主張して協力を求めてもややこしいことになるのは目に見えている。また、身分を隠してギルドに入ったとしても新入りとして自由に動けなくなってしまうのは勇者として大変望ましくない。
断る理由をいくつか考えて、次にギルドに入ることによる利点を考える。大きなものだと戦力だろう。400人という数は大きい。だが・・・・、普通にヒメの方が戦力として大きそうだ。
次に情報面、きっと世情や敵について俺たちより遥かに通じているに違いない。こちらは正直俺にとってはかなり欲しいのだが。
再び前に立つ二人を見る。フィブリルという女とガウェインという男。どこまで信用できるだろう?盗賊の首領よりは現段階で信頼できるだろうが・・・。
だが、ふと気付く。ガウェインは、一度ヒメに向けた視線を戻しオーマを高い視点から見下ろしている一方で、フィブリルがずっとヒメに目を向けていたことに。羨望や憧れに近い眼差し。その中に、わずかに気持ち悪さを感じた。それに気付いてからはすぐだった。
「悪いな。俺たちは魔物や魔族と戦うのが苦手でな「愛ゆえにね!」細々とやっていくつもりなんだ「愛のためにね!」そっちのギルドとは合いそうにない」
変な言葉が付け足されたが断りを入れる。考えるまでも無く変な言葉はリンのものだ。合いの手と共にヒメの前に立ってヒメに注がれていた視線を遮断した。さっき道具屋に寄った際に買っていた赤いバラを口元に添えている。そんなことに金を使っていいのかと疑問が浮かんだが口には出さなかった。
「そうですか。それは残念です。・・・本当に」
俺たちの対応に警戒されていることを悟ったのかフィブリルはあっさりと退散した。それについてガウェインも去っていく。二人の姿がギルドから消え、ようやくセラは服から手を放した。
「リン、ありがとな」
セラが背中に隠れていたためにヒメを庇えなかった。代わりに前に立ってくれたリンに感謝した。
「ありがとうございます。リンさん」
「なに気にすることは無いさ。僕らの愛に、違いは無いのだから」
「あると思うぞ」
「それにしても怪しいですね」
「うん?」
「さっきのギルドです。『セイレーンの歌声』、魔王征伐を目標としているらしいですが、私はそんな名前一度も聞いた事がありません」
「それは、最近出来たってことじゃないのか?それに城の中にいたんじゃ聞こえないこともあるだろう」
「それはそうですが、怪しいです」
「最近出来たにしては規模が大きい。それにあの男、ガウェイン、確か―――」
記憶を探るように言い淀むたまちゃん。その言葉の後を継ぐようにそれまで会話から外れざるを得なかった少女が口を開く。
「ギルド『漆黒の戦火』、そのギルドリーダー、だった人っすね」
「・・・・っ」
セラが息をのむ。
「シャル?起きたのか」
「まあ、少し前に。それで、あの、ヒメ様下ろしてくださいっす」
「やです」
「や、って・・・」
「しばらくこのままでいましょう」
「・・・・・」
「ご愁傷さま」
「・・・こういう時助けないから、自分の時見捨てられるんすよ」
「お前もな」
「むう」
といいつつもシャルはそこまで抱きしめられていることを嫌がっている様子は無かった。
「それで、『漆黒の戦火』だっけ?なんなんだそれ?」
「国内最大の武闘派ギルドだったとこっすよ。リーダーのガウェインって人がとんでもなく強い人で、向かう所敵無し、百戦百勝の魔物退治のエキスパート集団だったって話っす」
「やたら過去形なのは?」
「そのリーダーさんが今『セイレーンの歌声』に入ってるみたいっすから。それに・・・」
「それに?」
「・・・・・壊滅したって噂があるんすよ」
「・・・・・・・っ」
「壊滅って『漆黒の戦火』がか?」
「はいっす。魔王軍の襲撃に応じてギルド総出で義勇軍を結成、その後消息が途絶えているらしいっす」
「へー。でも隊長が無事だったってことは安心しても良いのかね」
「だと良いっすね」
「・・・・・・・・・」
「次はうちが聞きたいんすけどギルド本部に一体何の御用っすか?」
気を取り直したと言う様にあたりを見回すシャルは事態を把握するための質問をする。
「ああ、そうそう、セラの引き渡しに来たんだった」
「・・・・・・」
あれ?ツッコミが無い。
振り返ろうとしたところでこちらに小走りに寄ってくる男に邪魔された。
「ちょっとあんたたち!そこをどいてくれ!」
「お? おう・・・」
「総員!目ぇかっぽじってよく聞け!!」
俺たちをクエスト版の前から押しのけたおっちゃんは腹から出した声で一身に注目を集める。目か耳かどっちかにしてほしい。あと、目はかっぽじりたくない。
「緊急クエストだ!」
ばんっ!
そう言って叩きつけるように一枚の赤い縁取りがされた紙を板に貼りつけた。
同時にテーブル席にたむろしていた冒険者たちが一斉に押し寄せる。俺たちは貼られたクエストの内容をチラ見だけして巻き込まれない様に退避した。
―緊急調査クエスト―
先ほと発生した猛火、あれが再び襲い来ればこの町が滅びかねない。よってかの猛火の発生原因を調べ、何としてでも発生を防いでほしい。報酬は成果による出来高制とする。この町の存続がかかっている。勇士よ、どうか頼む。
報酬:十万Gより
難易度:?????
依頼人:ギルド本部長
備考:受注ギルド数の制限なし。報酬は個別に与える。
「簡単に済みそうですし本部長の信頼も得られて一石二鳥ですね」
「・・・・・・そうだな」
もちろん受けなかった。
「まったく、魔王の所為で治安が悪化するばかりだ。それもこれも全部魔王が悪い」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「なんだその沈黙は?」
「いえ」
「別に」
リーナとヒメが物言いたげにしていた。




