第十八話 ギルドの町
「・・・・・」
オーマ達は町を歩く。オーマが先頭を歩き、その後ろにシャルを抱えたヒメ、リン、たまちゃん、セラの順で歩く。この歩き方、物凄く会話がしづらい。というかたまちゃんという非戦闘員とセラという要警戒人物を並べて歩くのはどうなんだ。
「セラ、隣に来てくれ」
後ろを振り返りちょいちょいと手招きする。
「なんや?うちをパートナーにご指名か?」
縛り状態は装備を換えたときに面倒くさくなって既に解除している。なのになんでこいつ逃げないんだろう。
「お前ってこの町詳しいのか?盗賊のくせに」
「まあ。それなりにはな」
言葉の端々に拒絶の意思をこめているのだが全く気にした様子もない。
「じゃあ、牢屋とか留置所的なところに案内してくれ。セラを入れたいんだ」
「あんたほんま鬼やな!?」
直接的に牢屋にぶちこむぞと脅してもツッコミで返されてしまう。
「シャルがあの調子だと頼れるのはお前しかいないんだよ。頼む」
「そ、そこまで言うなら、しゃーないなー」
「良いのかよ」
はにかみながら了承する盗賊の首領。自分で断頭台に登る死刑囚ってどんな気持ちなんだろう。ああ、なんでだろう、胸が痛む。
「あんたらにこの町の観光、存分に楽しんでもらうでー」
ようやく自由になった腕を頭の後ろで組んで、セラは楽しげに先頭を歩き出す。その背中を見ているとまったく逆の方向に進みたくなるのは俺が天邪鬼だからだろうか。
「観光とかいらないから。治安部隊とかなら構わないぞ」
「聞こえへんー、聞こえへんー」
「まあ、出来るだけ、思い残すことのないようにな」
「・・・・しまいには泣くで」
そう言って目じりに涙を浮かべ始めたセラ。嘘泣きだろうな。
「もふもふ」
「待ってくれオーマ!」
「なんだ?」
リンが何かを制止してくる。止められるようなことをした覚えはない。
「セラ君は僕の大事な愛人なんだ・・・!」
「・・・・・・」
突然のカミングアウトだった。
「ちゃう!ちゃうで!?そんな事実微塵もないで!?」
まあ、大方、友達をリン風に行った結果、愛の人=愛人となってしまったということだろう。
「彼女をこのまま牢屋送りにするのはとても気が引ける。なんたって僕の大切な愛人だからね」
「まあ、愛人ならそうなるだろうな」
「ちゃうゆっとるやろ!」
だがそれを何故今になって言い出すのか。まさか助けたいとでも言うつもりだろうか。
「だからどうか彼女に・・・最後の思い出を作らせてあげてほしい!」
「見捨てるのかよ!」
「助けへんのかい!」
つっこみが被ってしまった。
「愛とは時に、儚く厳しいものだからね」
「シャルの抱き心地もなかなかよいです。すりすり」
「うううがああああ」
「なあ、あんたらなんでそんな盗賊に冷たいん?盗賊やで?罠の設置に解除も自由自在、レアアイテムも盗めるし隠密行動にも適してる、パーティに一人は欲しい花形職業やろ!?」
「でも盗賊なんだろ」
まあ、段々と勇者が法に縛られない位置づけであることは理解しつつあるが、それと俺自身がどう判断するかはまた別の話。盗みは駄目だろう、盗みは。
「わかった。あんたらの盗賊嫌いは重々承知した。その上で、仲間って紆余曲折を経て仲良くなっていくもんやろ。最初は馬があわへんかったあいつも、旅の最後にはいないことなんて考えられない仲間になってるもんやろ!?」
「その通り。やはり僕の目に狂いは無かった。セラ君、君は愛の盗賊になる資格を持っているんだね!」
「もってへん!」
「そもそもまだ仲間になってませんけど」
「うぐ」
リーナが冷静に指摘する。そろそろセラも本当に涙目だ。
「ヒメちゃん!?あんたとはちょっと喧嘩もしたけど、これから仲良くなってくんやろ!?」
「へ?」
話を聞いてなかったヒメが突然話を振られて戸惑っている。シャルをぎゅーと抱きしめている。それによってシャルのうめきが増している気がするのは多分気のせい。
疑問符を浮かべるヒメに分かりやすくかみ砕いて説明する。
「セラって最初はあんなんだったけど最期は割といいやつだったなって」
それを聞いたヒメはすぐに察してくれる。
「・・・はい。惜しい人を失くしましたね」
「失くしてへん!まだなくしてへんよ!」
「・・・・・」
「・・・・・」
セラのツッコミを受けて俺たちは顔を見合わせる。そこまで必死に言うのなら、と考えを一度リセットする。その上で再び結論を出す。
「まあ、盗賊だしな」
「まあ、盗賊ですしね」
「職業差別が酷い」
セラが泣いていた。
「まあでも」
「え?」
ヒメの何らかのフォローを期待させる言葉にセラが顔を上げる。
「なんだかんだいいつつ最後にはあっさり仲間にするんですよね、オーマは」
「・・・・・・」
「私もリンさんたちもリーナちゃんも、一度断ってますよね?」
なのに今は同行させてます、的なヒメの笑みがいやらしい。
「前例がそうだっただけで、次もそうなるとは限らない」
「はいはい。ツンデレ乙です」
「馬鹿にしてるってことでいいよな?」
「褒めてるんですよ」
「つまり、いわゆるオーマのお約束というやつで、最終的には仲間になる感じ?」
セラが涙をひっこめきらきらとした目で見つめてくる。
「そんなことより」
「そんなこと言われた・・・」
「話を逸らしました」
「これでもかというぐらい見事な逸らしっぷりです」
――わーーーーい
――ひゃっほーい
――勇者様が現れたんだって!
――おいお前さっきの防具屋の前での見たかよ!?俺見たけどわけわかんなかった!
――じゃあ何に興奮してんだよ
――ああ、あの赤髪のやつだろ?宿屋の
――そうじゃなくて!ってそうなんだけど
「この町、騒がしくないか?」
「そうですか?」
「何も聞こえませんが」
お前らの耳どうなってんだよ。ヒメとリーナは周囲の声に無関心らしい。
「気のせいじゃなきゃ勇者って聞こえたんだが」
「気になるなら聞いて来ればいいだろう」
「・・・それもそうだな」
「というわけで。なあ、ジョージ」
「お?なんだいマイケル?」
「この町で一体何があったんだ?」
「それが聞いてくれよ。なんとこの町に勇者様が現れたのさ」
「おー、勇者が?それは凄いな。それでその勇者は一体どこにいるんだ?」
「さあ?」
ぞくり。
「・・・その勇者の名前は?」
「さあ?」
「外見は?」
「さあ?」
「そ、そうか、ありがとな」
「気にするなよ。俺とマイケルの仲じゃないか」
なんだ、こいつの冷たい目は。勇者の話してたんだよな?なのになんで勇者の話題を振った途端感情を失ったかのようにさあとしか言わなくなるんだ。
話を終え、ヒメ達のもとに戻る。
「俺が現れたらしい」
「オーマは二人いたんですね」
「勇者の偽物がいたという話ですよね」
俺とヒメのとぼけた発言をリーナが訂正する。
「偽物ですよ。許せませんよ。見つけ出して潰しましょう」
「お前はなんでそんな暴力的なんだ」
「たとえ却下されるような意見でも、出すことが大切なんです」
「それはそうだろうけども」
それにしても勇者の偽物と来たか。
「気になりますか?偽物の勇者さん」
ヒメが聞いてくる。ヒメ自身は特に興味は無いという様子。俺も別に興味は無い。
それに。
「偽物と決まったわけじゃないだろう」
「それだとおじさんが偽物ということに?」
「俺もそいつも本物かもしれない。勇者が二人いてもおかしくないだろ」
「そうなんですか?」
頭上のリーナが俺ではなく周囲の人間、ヒメやたまちゃんに問いかける。
「いや、勇者は世界にただ一人だ。本物が二人いるということはあり得ない」
「そうなのか?」
たまちゃんが言う。聖剣の事といい国を代表する使者なだけあって勇者について詳しいようだ。ヒメはその事実を頷きで肯定した。
「ならこの町に現れた勇者は偽物か。単なる勘違いか。あるいは俺が偽物だったとか」
「あっはっは、そんなわけないじゃないですかー。まったくもーオーマはー」
俺が偽物であるという仮定を白々しくヒメが否定する。何で棒読み・・・。
「不安になるから普通に否定してくれ」
「で、結局はどうするんですか、おじさん」
「何もしない。勇者を名乗るってことは魔王から狙われることも覚悟してるってことだろ。良い囮になる。案外本当に魔王打倒を目指してるかもしれないしな」
それなら協力できるかもしれない。
「ふん、随分と暢気なものだな。放置するということは勇者の権益を享受できなくなるということだぞ」
「え?まじ?宿代とかは!?」
「そこは大丈夫です。紋章があれば勇者である必要は無いので」
「それならいい」
別に箪笥を漁ったりできる権利などいらない。唯一求めている身分証明は一国の王がしてくれる。
「ふん、随分と慎ましい事だな」
「結局あんたが本物の勇者ってことでええんやな?」
セラが確認してくる。
「まあな」
とにかく、今町が活気づいているのは勇者っぽい誰かが現れたかららしい。
じと~~っ。
それとは別に町に入ってからずっと感じている視線はなんだろう。特定の誰かに見張られているというよりも、近づいた傍から視線を向けられるのだ。そしてその一部がしつこいぐらいのねちっこさを持っている。誰のものかはわからないが気づかれても構わないとばかりに。
厄介ごとが確実に近づいて来てるな。
町が活気づいている理由を知った後も町をぶらつく。第一目標はセラを引き渡せる場所。まだ明るいうちにさっさとこの町を後にしたい。セラ含め、どこに引き渡しに行けばいいのか、皆に聞いてみても答えるものはいなかったために自力でそれに該当する施設を探すことになる。
どうせその手の質問に答えないならと、知識があって困ることは無いのでこの町についてセラに尋ねる。
「この町の特徴を一言で説明してくれ」
「ギルドがある」
一言に限定したせいでいまいちわからないことになってしまった。
「他には」
「他は普通」
「普通ってなに」
「宿屋とか武器屋とか一通り揃っとるっちゅーこと」
「その一通りを説明してくれ」
「ん?勇者やのにそんなことも知らんのか?まず、宿屋に武器屋やろ、あと防具屋に道具屋、酒場、そんでもひとつ教会。これだけ揃って初めて町を名乗れる。一つでも足りひん場合は村になる。まあどの施設もそれなりに需要はあるから、どれかが欠けるようならそれだけ人口が少ないってことやからな。それとは逆にこの町のギルド本部、お隣さんの闘技場とか、他やと・・・大聖堂とかは特別なもんで町の象徴みたいになってるんや」
「なるほど」
世話焼きな人柄なのかどんとこいとばかりにすらすら説明して見せる。この機にいろいろと聞いておこう。
「ギルドって何だ?」
「簡単に言うと同じ目的を持つもの同士で組んだパーティやな。規模に制限が無いからでかいのやと百人規模にもなる。個々人じゃなくギルドという一つの法人格を得ることでクエストをこなしたり報酬をもらったりがスムーズにいく。地位がはっきりするから信頼を得やすい。信頼が大きければ規模を大きくできる。規模が大きければ自然と目標の達成にも近づきやすいっちゅう、そんな感じやな」
「営利目的なのか?」
「そういうわけでもないな。仲間内でのんびりやっとるとこもあるし、ギルド次第や。ギルド本部はけっこー儲けてるらしいけどな」
「国営じゃないのか?」
「結構昔に勇者主導で作ったらしい。民間にも自衛の手段が必要やってことでな。依頼をするのも依頼を受けるのも民間人がやってる」
「「ほうほう」」
ヒメが一緒になって頷いている。
初めて勇者のまともな活躍を聞いた気がする。ちゃんとまともな勇者もいたんだな。
「例えばどんなギルドがあるんだ?」
「そりゃもーおすすめは盗賊ギルド・・・ってー、うそうそ!そんなもんないんやけどな!そんな見つけ次第潰そう的な目、せんでええからな。そうやなー最近は『セイレーンの歌声』っちゅうギルドが勢いあるみたいやねんけど。ただな、そのギルドのリーダーのフィブリルっちゅうのが――」
「ギルド本部っていうのは?」
「今の流れで聞く気無しかい・・・。本部はギルド全体を統括してる組織や。ギルドの新規設立の許可を出したり、解体の命令を出したりする。まあ余程悪い事してへんかったら大丈夫やけどな。他にもギルドにクエストを斡旋したり有望な人材を集めたりもしてる」
「なるほど、勉強になります」
何故かヒメの勉強にもなっていた。ヒメの知識は戦闘寄りだ。周りの人間は何故王女に戦闘寄りの知識を与えたのだろうか。
「ギルドを新しく作ったり出来るのか?」
「メンバー集めとか資金集めとか出来るんならそりゃ出来るけど?」
資金集め。金がいるのか。
「ふーん。設立と維持費あわせていくらぐらい必要なんだ?」
「維持費はない。新規設立には50000G必要や」
「結構高いな」
ちなみに今の所持金は10万G強。盗賊を倒しまくった結果、大幅に増えていた。たまちゃんが必要としている額を越えていることはこっそり隠していた。例の、男だけで寝よう作戦は継続しているのだ。失敗する気がしているが。
「ちなみにギルドを立てたは良いが、何もせず放置してるとどうなるんだ?」
「どうもならんな。忘れ去られるだけや」
「いいな、それ」
「ええんか?」
「放置する気満々ですね、おじさん」
変に縛られないというの気楽だ。一方でそれは実働しないギルドの処分ができないままということになるのだが。そこはそれ、俺には関係のない話。
「折角ですからギルド本部、見に行きませんか?」
ヒメが提案する。うきうきしている。
今の説明を聞きながら一通りの施設を回ってみたが、どこもセラを引き取ってはくれなかった。ギルドというクエスト関連の処理をしている施設なら犯罪者の処遇について適しているかもしれない。
「ギルド本部はどこにあるんだ?」
「あそこやけど?」
指さした方向には木造の建物が一軒、幅を利かせていた。間口が広く多くの人間が出入りしている。町の象徴という言い方がされたが、この様子を見ていればここが町の中心として機能していることがわかる。
行ってみるか。
じ~~。
それはそうと。
「ヒメ、この視線どう思う?」
「気にしなくていいと思います。オーマの魔力が気になるんですよ。シャルだけじゃなくそれなりに気付く人もいるということです。冒険者が受けるクエストには荒事が多いですから」
やはりヒメも視線に気づいていたのか。口にしなかったのは図太いからだろうな。
「私の傍を離れないでくださいね?私が守りますから」
「へいへい」
どっちが勇者なのやら。




