第十六話 引き継がれぬもの
「それで、あの、僕たちに何か御用ですか?」
目の前のアルフレッドと名乗った少年。不思議と親近感が沸く彼が困ったように言う。炎のような真紅の髪を持ちながらもその気弱な物腰と優しげな顔立ちが苛烈な印象を和らげる。頼りなさげといえばそれまでだが俺には分かる。こいつ良い奴だ。
そんな彼の視線は現在ヒメの方へと向いている。アルフレッドと同じ赤髪の少女を抱き上げているヒメの奇行を奇異に感じてはいるようだが敵意までは感じない。今の内なら穏便に済ませられるだろう。
それにしても同類だと喜んでみたが、こいつ頭に何を乗せてるんだ?と、彼の頭の上の生き物を見やる。視線を感じたのかその生き物は目を開けゆっくりと赤い髪の上で四肢を立ち上げた。馬のようなフォルムでありながらその背には一対の蝙蝠のものに近い翼手を持ち、全身は蒼い鱗で覆われている。長めの首から背中、尻尾にかけてのその背には金色の突起が並び、その頭部は・・・、割と・・・可愛らしい。くりくりとした瞳がまるで見透かすかのようにオーマに向けられている。そしてその立ち姿には威風堂々たる趣きが―――
くてん。
立ち上がっていた蒼き生き物は気が抜けたかのように、またアルフレッドの頭の上に四肢を投げ出して目を閉じた。完全に人の頭の上でリラックスしている。何だこの生き物。
まあいい。取りあえず今はヒメの馬鹿だ。
「ヒメ、その子を放しなさい」
「ええー」
「嫌そうに言わない。気づいてないなら言ってやるが、お前がしようとしていることは誘拐だ」
「・・・・・。」
まったく。誘拐とは感心しないな。とヒメの腕の中の女の子も言っている。無表情ながら考えていることが伝わってくる。伝わってきたことが正しいという保証はないが。
「でも・・・・・・」
何か奥歯に物が挟まった言い方をするヒメ。そして何か思いついたように顔を明るくする。
「そうです!実はこの子私の知り合いなんです!」
「・・・・・。」(ふるふる)
「首振ってるぞ」
何か思うところがあるのか、中々少女を放そうとしないヒメが駄々をこねるが見事に少女自身に否定される。それでもヒメは諦めず言い募る。
「証拠にこの子の名前を当てて見せます。この子の名前は・・・ああああちゃんです!」
「・・・・・。」(ふるふる)
「首振ってるぞ。あてずっぽうにしてももうちょっとあっただろう。なんだよああああって」
「あ、あれ?」
そんなふざけた名前があるわけないだろう。
「アーシェ」
そこで今まで無言を貫いていた赤毛の少女は口を開く。そうして発せられた単語は彼女の名前だろう。アーシェと言う名前らしい。
「そうか、良い名前だな」
「・・・・・。」(こくこく)
オーマの何気ない社交辞令に少女は嬉しそうに頷いた。
「さて、ヒメ?」
「名前が・・・変わってる・・・?」
その手が緩み、アーシェの身柄が解放される。とっ、とアーシェは軽い音を立て着地した。良かった。誘拐事件は未遂に終わった。
「えっと、どういうことなんでしょう?」
アルフレッドが事態を把握できずに尋ねてくる。アーシェの方も同様の視線だ。俺も同意見だ。二人の目はこちらに、俺の目はヒメに向けられる。
「・・・・・」
しかし当のヒメはなにやら思慮に沈んでいる。なら代わりに俺が応じなければならないわけで。
「なんでもない。ちょっとしたスキンシップだ。迷惑をかけたな」
「いえ。迷惑ってほどじゃないですけど」
「・・・・・。」(こくん)
納得したのか少女は話は済んだとばかりにそのまま町の外へと歩いていった。切り替えが早い。
「それじゃあまたどこかで」
「ああ、じゃあな」
そして、アルフレッドと名乗った気のよさそうな赤髪の少年はアーシェと名乗った少女を追いかけるように町の外へと旅立とうとする。
「待ってください!」
それをヒメが制止する。まだ何か言う気か。
「何ですか?」
アルフレッドは制止の声に立ち止まって振り返る。
「これからどこに行くんですか?」
ヒメが聞いたのはそんなことだった。町の外へ向かう人間に対して普通の質問。
「どこへ、というのはないですけど、とりあえずさっきこの町を襲った炎の原因を調べに行きます」
「なるほど」
うわ・・・。凄い思い当たることについて調べに行く人だった。
「それなら、犯人は―――」
「ちょっと待とうか!ヒメ!」
何故か人の事売ろうとしているヒメの口を手でふさぐ。
「むご・・・・もごご・・・」
「犯人・・・。何かご存じなんですか?」
「いや!何でもない!そういうことなら気を付けてな!ほら、アーシェって子がどんどん先行ってるぞ!」
「え?あ、ほんとだ。それじゃあ今度こそ失礼します」
ちらりと後ろに視線をやり、慌てた様子で別れの口上を告げて、アルフレッドは町の外、迷えずの森の方向へ走っていった。
「もーがー。もーがー」
「あー、よしよし、取りあえず落ち着けー?」
ヒメの口を塞いでいた手を離す。
「オーマが犯人ですよー!」
「撫でてやるから黙ってようなー!」
「おふう。わかりました~」
ふう。危なかった。
「いーなー、いーなー。私も撫でてほしいなー」
頭の上で思い出したようにリーナが騒ぎ立てる。お前を撫でるのは大きさ的に無理だ。
「あの、何してるんすか?」
聞き覚えのある声がそう尋ねてくる。見れば目的の人物であるシャルが呆れを含みまくる視線でこちらを見ていた。少し落ち込んでいるようにも見えるがその無事な姿に安堵する。
「シャル、遅かったな。なんかあったのか?」
「変なやつと変な人にちょっと足止めさせられただけっす」
疲労した様子のシャル。なにがしかの苦労があったのだろうか。
「この国変な奴多いからな・・・。まあ無事でなによりだ」
「それでオーマ様は何をやってるんすか?」
自らの遭遇した出来事を共有しようとはせずシャルはその話を終える。まさかまた忘れたというわけでもないだろうに、何のために隠すのか。どうやらシャルは単独で物事を片付けることを良しとするタイプらしい。まあ話を変えたいというなら乗っておこう。聞かれた問いに答える。
「見てわかるだろう」
「分からないから聞いてるんすけど」
「ヒメを鎮めている」
「荒神か何かっすか?」
「似たようなものだ」
「ふにゃ~。えへへ」
頭を撫でるだけで機嫌をよくするこの扱いやすさ。さっきの出来事などもう忘れてしまったかのようだ。そこは良いのだが。
「女の子捕まえて拾ったとか言い出してな。諦めてもらうために落ち着かせている」
「そうっすか」
シャルは短くそれだけ言って納得したらしかった。納得するのもどうかと思うが、ヒメの日頃の行いが仕事している。
例の事件は必ず闇に葬られなければならない。俺が町を攻撃したなんて事実は無かった。
「あの二人は仲間になってくれそうでした」
俺が勝手に事情を騙っているのが気に障ったのか、撫でられている最中のヒメが拗ねるように言うが、態度はそれとは反対にデレデレしている。こちらの胸元に頬や額をすりすりしている。
「どこでそう思ったのか」
「仲間どころか敵意まき散らしてたんですが」
リーナが頭上から言う。
「敵意?」
そんなものはあの二人からは感じなかったのだが。
「やっぱり気づいてなかったんですねー」
リーナが呆れたように言う。言われて二人の様子を思い起こすが別段敵意を向けるといったことはされていなかったはずだ。
「でも二人とも普通だったぞ?」
「あの二人じゃなくて男の子の方の頭の上にいたドラゴンですよ!」
「あれドラゴンか」
アルフレッドの頭上に乗っかっていた蒼い生き物。ドラゴンだったらしいが。ドラゴン自体は有名なものでそう言われればそんな姿をしていたかもしれない。そんなものを頭の上に乗っけているという違和感よりも、自分と似た境遇の存在に心躍ってしまっていた。
ドラゴンに敵意を向けられていたらしいが、むしろあのドラゴン安穏としていたように見受けられたのだが。
「まあ、結構嫌がられてましたね。羽虫のごとく」
ヒメは気付いていたらしい。
「羽虫のごとく嫌われてるのに仲間ってどういうことだよ」
「おかしいなー」
ヒメはそれだけ言って俺の懐から離れた。おかしいのはお前の思考回路だ。などと毒づいていると。
「・・・・っ」
「ん?」
どふっと、今空いたばかりの胸の内に何かが飛び込んできた。視線を下げてみればそこに蠢く水色の髪。ぴょんぴょんと一本の髪が跳ねている。
「え?」
「えっ?」
「え?」
俺とヒメとリーナの驚きに息をのむ音。それを一身に集めたその存在は小さくつぶやく。
「なんでそんなに驚くんすか」
人の懐に顔をうずめたままぶっきらぼうにその存在、シャルは言う。
「いや、だって。お前がこういうことするとは」
「意外です」
「・・・・・・」
それぞれに思う所を言う。ヒメは無言だった。
「別に頭を撫でるくらいいいじゃないっすか。ほら、さっさと撫でるっすよ」
「いや、別にいいんだが・・・」
何故か上から目線のシャル。前にも一度撫でてほしいと言われたことはあったが、あれはからかいの意味合いが大きかった。今回のものは毛色が違うようだ。対処に困り思わずヒメの方に視線をやってしまう。
(撫でてあげてください)
といった感じの視線を返される。それでいいのか。そもそも俺は何故ヒメの意向を窺うような真似をしているのか。撫でたければ撫でる。それで済む話だ。
所在なさげに漂わせていた手を左手をシャルの背に当て、右手をシャルの頭に乗せる。
「・・・・・」
そのままゆっくりと撫でてやると、シャルの強張りが解れていく。
しばらくそうして撫でている時間が続く。ヒメとリーナが無言で佇んでいるのが居心地を悪くさせている。シャルをそんなに撫でているのだから今度自分たちのこともそれ以上に撫でてくれますよね?などと考えているのではと思うのは被害妄想だろうか。
「・・・・・っ!」
とはいえ、それもほんの少しの時間。撫でられていたシャルが両手を突き出しオーマから距離を取る。
「・・・・・」
「・・・・・」
そのまま無言で一歩二歩と後ろに下がっていく。頭を上げずに、視線を下げたまま。そして背を向ける。
「~~~っ!・・・・・っ。~~~~~っ!!!」
悶えだした。頭を抱えてうずくまり、声にならない声を上げている。
「ええ・・・」
「うわああああー、何してんすか、うちはーーー。うちはああーーー。あああああああああ」
シャルは何か自己嫌悪に陥ってるらしい。うん、さっきから思ってたけどこれはもう確実だ。シャルの様子がおかしい。
「ヒメ、シャルを確保」
「らじゃー」
「あああああ・・・・・」
指示を受けたヒメが、シャルを抱え上げて抱きしめる。
さて、この町。
何かあるな。シャルがこうまで取り乱すとは。
取りあえずセラを牢屋送りにしたらさっさと出た方が良いのかもな。厄介ごとに巻き込まれないうちに。
シャルを捕獲し、待たせているリンたちの下に戻る。
特に何かあった様子も無く普通に待っていた皆と合流する。シャルもお使い程度は成し遂げていたようで『布の服』を買ってきていたのでこれをセラに着るよう指示する。
「はあー。『布の服』かー。はあー」
などとあからさまに嫌そうなリアクションをしながらもセラは素直に装備を換える。『魔王のTシャツ』が帰って来た。目の前でいきなり服装が変わったんだが。早着替えなんてレベルではなかった。
服装としての形状を維持している以上そんなことはありえないわけで。透過、あるいは一瞬で粒子状に分解して即結合したのか。どれだけの技術があの布の服にこめられているのか。流石は一番高い布の服。いらんことにこだわっているようだ。
布の服自体は、名称通り布でできたローブのようなものだ。飾り気は一切なく素朴で服としての機能のみを有したもの。まるで囚人に着せるような服であり、悪い意味でセラにふさわしい服と言えた。
「ようやく町に入れるな」
「さっきのままでも入れたと思いますけどね」
「ううううう」
シャルが再起不能のダメージを負っているようでさっきから唸っている。ヒメがそれを両手で抱きしめている。
「それで、オーマ。いや、勇者。手伝ってくれんな?」
「何の話だ?」
唐突なセラの確認に疑問を浮かべざるを得ない。
「さっき話したばっかやろ!?」
「いや、聞いてないし」
「なんで聞いてへんの!」
「ここにいなかったんだし仕方ないだろ」
「何でこれから大事な話するっちゅー時に別のとこ行ってんねん!うちが熱く語ってたんはなんやったんや!」
「あーはいはい。ごめんごめん。続きは牢屋の中でなー」
「それあんた絶対聞かへんよな!」
「オーマ!」
適当に流しているとリンが間に割って入る。
「僕がばっちり聞いていた安心したまえ!」
そうか。セラが俺がいない中で本当にしゃべっていたのなら一緒に居たリンとたまちゃんは一応は聞いていたはずだからな。
「じゃあセラは用済みだな」
「言い方・・・・・。とにかく頼むで、ほんま」
何を頼まれているのか全く分からないが。俺が言えるのは一つだけ。
「断る」
「今、なんて?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「断る」
「今、なんて?」
「断る」
「今、なんて?」
「断る」
「今、なんて?」
「断る」
「今、なんて?」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
王の力じゃなかったのかよ・・・!
「やれやれ。冗談抜きに―――」
口ぶりから察するに見かねたらしいたまちゃんが嫌なループ現象を止めてくれる。
「―――この町、きな臭いことになっているようだぞ」
その一言には重々しい雰囲気が漂うのだった。
あれ?これ、結局付き合わされる流れ?知ったこっちゃないなんて、言っちゃいけない雰囲気?
「いや、待て、その前に!盗賊の依頼を勇者が受けるわけないだろ!勇者と盗賊の協力とか絶対ダメだろ!」
「何を言ってるんだい?オーマ。古来より勇者は盗賊と協力関係にあるじゃないか」
「!?」
「盗賊の技術を勇者が享受し利用する。その代わりに盗賊組織の存在を勇者が見逃す。そういう裏取引があるのは公然たる事実だ」
「改めろよ!公然と見過ごしていいことじゃない!」
「つまりはそういうこっちゃ。歴代勇者に倣ってあんたも・・・な?」
「な? じゃねえええええ!!!!!」
記憶喪失の間の地盤として必要とはいえ、勇者、想像以上に黒かった。
「シャルをもふもふ~」




