第十五話 交錯
「初めまして。わたくし、ギルド『セイレーンの歌声』のギルドマスターをしています。フィブリル=ガルードというものです」
「・・・・・?」
「は、はあ」
『・・・・・』
ギルドの勧誘にあったのは町の西門での騒ぎから逃げ出すように立ち去ろうとした時だった。勇者登場に沸く観衆を、海を拓くが如く左右にのけて進み出た女性、フィブリル=ガルードはゆっくりとこちらに歩み寄り温和な笑みで話しかけてきた。そのゆったりとした動作が大人びた印象を与える。左目の脇にある泣きぼくろもその一因を買っているだろうか。
翡翠の髪に翡翠色のドレスを身に纏った彼女は何というかきらびやかだ。装飾品であちこち着飾り、まばゆいばかり。それでいて彼女自身の美貌が宝石の類に一切劣ってはいない。見惚れていたかといえばそうなのだろう。まぶしい。
『はっきり、ケバいっていったらどうですか?』
頭の中でシンが不機嫌さを隠そうともせず言う。
(僕の語彙が乏しいだけだからそんな事言わないの)
同じく頭の中で一応の注意を促す。とはいえそんな彼女が僕らに何用なのか。彼女の出現は退散しようとするアルフレッドたちの進路を見事に塞いでいた。
「単刀直入に言いますとわたくし、あなたの勧誘に来たのです。・・・が。その前に、勇者様?あなたのお名前を聞かせてくれないかしら?」
手を合わせるようにして提案であることを主張しながら、彼女はごく普通に名前を聞いて来た。
「・・・・・」
「・・・・・。」
「・・・・・あら?」
それに対してアルフレッドもアーシェも何も答えなかった。藪から棒に登場した彼女を怪しんだわけではない。質問の仕方が悪かったのだ。二人とも勇者ではないのだから、勇者様と尋ねられてもどちらの名前を聞かれているのか分からない。
とはいえ相手は確実に僕たちに向かって言っているし、勇者と勘違いされる土台があることも自覚している。このまま沈黙を続けるのも失礼に当たると思いアルフレッドは自分から名乗る。相手が聞いているのがアーシェの名ならそのきっかけにも出来るだろう。
「勇者じゃないですけど、僕はアルフレッドっていいます」
そう答えたところ、相手は続けてアーシェに名を尋ねる。と、アルフレッドはそう思っていた。本来の興味がアルフレッドではなくアーシェに向いていると思ったからだ。勇者でないと断っているのだから尚更、アーシェが勇者なのだろうという判断に行きつくはずだった。
「それは、良いお名前ですね」
「え? は、はい。どうも」
だか返ってきたのはそれだけだった。それ以上話の繋げようがない完結文。知りたかったのはアルフレッドの名前のみ。アーシェの名を尋ねる気など最初から無かったのだと暗に伝えていた。それがどうにもアルフレッドには居心地が悪く感じる。
「それで早速なのですが、どうでしょう?わたくしたちのギルド『セイレーンの歌声』に入っていただけないかしら」
ギルドマスターを名乗る彼女はにこやかに尋ねる。温和な笑みがよく似合うが、それに対して話が性急すぎる。何を目的としたギルドなのか、どれだけの人が、どんな人が所属しているのか、僕たちに何を期待しているのか。何も言わずに結論だけを求めていた。そしてその質問は明確にアルフレッドに対してのみ行われていた。アーシェのことなど目に留める様子も無く。
「ああ、えっと、お断りします。アーシェについてくので」
『断って正解ですマスター。雌の匂いがぷんぷんします』
頭の中で辛辣に告げるシン。そこまで言うことは無いだろう。優しそうな人だ。どちらにしろ断るのだが。
説明不足に不満があったわけでも、ガルードさんや彼女のギルドに不満があったわけでもない。ただアーシェを優先するというだけの話。
「あら、断られてしまったわ」
大して驚いた様子もなく、むしろ断られるの予想していたとその表情は告げる。そして彼女はちらりと背後の人物に目をやる。
そんな彼女に侍るように数歩ほど後ろには厳つい男性が立っていた。無表情を保つという点ではアーシェと並ぶがとにかく厳めしい。顔面に刀傷らしきものが斜めに走っている。背が高く、がたいもいい。間近に立てば見下ろされること請け合いだ。護衛だろうか。その割に軽装で武器らしきものは見当たらないが、町中であればまず戦闘は起こらないから必要が無いのだろう。
ガルードさんの様相と併せて察するに町のご令嬢か何かと想像できる。そんな彼女はやはりにこやかな笑みを絶やさずにその首をかしげる。
「アーシェというのは?」
「・・・・・。」
「この子です、けど」
隣で無言で佇む幼馴染に視線をやる。何の感情も浮かべていない。
「そう・・・可愛い子ね。あなたも一緒にどうかしら」
「・・・・・。」
アーシェがガルードさんの視線に晒される。特に気にした様子も無く受け止めるアーシェであるが、アルフレッドはアーシェではなく自分がまず先に誘われたことに後ろめたさを感じてしまう。自分には何の力もないのに。そんなアルフレッドをアーシェはちらりと見やる。
「・・・・・。」(ふっ)
アーシェが鼻で笑った。
「?」
とはいえ無表情無反応なのでガルードさんには通じなかったようで今も返事を待っている様子。そんな彼女にアーシェは改めて首を振った。
「・・・・・。」(ふるふる)
「えと、断ると言ってます」
「あら、そう。残念」
やはりあっさりと彼女はこちらの拒否を受け入れた。そこまで熱心に求められる理由も無いのだから当然ではあったが。
「・・・・・。」
「お誘いいただきありがとうございました。では失礼します」
話は済んだとばかりに歩き出したアーシェの後を追いかける。相変わらずこういう状況でなんと頼もしいんだろうか。
「断られてしまったわ」
「そのようですね」
「なら、仕方ないでしょう?」
「・・・・・」
「アルフレッド」
一言、焦がれる男の名前を呟いて、フィブリルは笑みをこぼすのだった。
さっきの一件が切っ掛けになってしまったのかギルドの勧誘が続いた。
――『レベル1同好会』に是非入って欲しい!
「・・・・・。」(ふるふる)
レベル1じゃないから。とアーシェは断る。
――なら、うちの『図鑑コンプ』ギルドに!
「・・・・・。」(ふるふる)
一人で集めきることに意味がある。とアーシェは断る。
――私たちの『コンボ魂』で連携を極めませんか!?
「・・・・・。」(ふるふる)
一人でやってこそコンボは光るのだ。とアーシェは断る。
――『マル秘金策』
断る。
――『海の主釣り』
断る。
――『カジノ王』
――『料理番付』
――『ダンジョンマッピング』
――『パンツ~探求者の集い~』
「・・・・・。」
「アーシェ、とりあえず全部断る気だよね」
「・・・・・。」(こくん)
アルフレッドはわかっていた。アーシェは優柔不断ではない。どれだけ数があろうと本当に入りたいものがあればそれを選択できる子なのだと。ただ、もう一つわかることがあった。普通に入れるようなギルドがアーシェの求めるもののはずがないと。
要するに、全部断った後で、初めて見つかるようなギルドをアーシェは好むのだ。
「もうその意志は伝わったと思うからさ」
「・・・・・。」(こくん)
アーシェは頷くとアルフレッドの手を掴む。流石に二人とも断ってはすぐに補充されるギルド勧誘の波に辟易していた。この町に一体どれだけのギルドがあるというのか。
そのままアーシェはアルフレッドを引っ張りながらジャンプして誰かの頭を踏みつけたかと思うと近くの家の屋根に飛び乗る。
後は誰にも追われない様、そのまま屋根伝いに人のいない方へと走っていった。
「何とか、逃げ切れたかな?」
「・・・・・。」(こくん)
勘違いで勇者を称える人垣と、ガルードさんと同じくギルドの勧誘をしてくる人たちを何とか撒くことに成功する。結果防具屋のある区画に戻ってきてしまった。ずっとアーシェに手を引かれ、ついていくだけで精一杯だった自分を捕まえて勇者などと何を言っているのか。
『マスター。目を逸らしていても仕方ないですよ。確かにマスターは勇者ではありません。ですがそれに匹敵する力を既に手に入れているのです』
「リウは力じゃない、娘だよ」
『あなた誰ですか?』
「アルフレッドです!」
『すみません、余りにも格好良いことをいうのでマスターではないものと思い、つい』
「いろいろひどいよ」
「・・・・・。」
走ったことで息を荒げていたアルフレッド。それをアーシェは隣で待っている。特に目指す目標が無ければアーシェが突っ走ることは無い。
「これからどうしようか?」
「・・・・・。」(だっ)
「え?アーシェ!?」
アーシェは何か見つけたのか駆けていった。
「・・・・・・・・・・」
しばらくシャルはその場に立っていた。何も考えられなかった。考えたくなかった。あいつのことを考えると頭がぐちゃぐちゃになる。それがまたシャルの心を苛つかせる。
「・・・・・?」
そのままずっとそうしていると、不意に誰かに顔色を窺われる。どうやら道の真ん中で突っ立っているシャルを心配したようだった。顔を上げてみると、混じり気なしの赤毛の少女がこちらを見ていた。無表情で。紅の瞳がシャルを映す。
歳は同じぐらいだろうか?少なくとも身長はシャルとそう変わらない。緑の全身を覆う旅装を見れば旅人であることはわかるが・・・。と、そんな彼女はこちらに手を伸ばしてきた。
――なでなで
「へ?」
「・・・・・。」
頭を撫でられていた。オーマ様みたいにごつごつした手ではない。だが同じように大きく感じた。心が落ち着いていくのを感じる。シャルは放棄していた思考を取り戻した。そして自分と同じくらいの少女になだめられたことに気恥ずかしさを覚える。
「だ、大丈夫っすよ?何ともないっす」
「・・・・・。」(ふるふる)
「嘘じゃないっす」
「・・・・・。」(じ~)
じーっと。無表情に見つめられる。責める意思は無いのだろうがそう感じてしまう視線だ。そんな真っ直ぐな視線にシャルがたじろいでいると、少女の後ろからこちらの方に駆け寄って来た同じく見事な赤毛の少年が声をかけくる。頭には蒼い子供のドラゴンを乗っけている。魔物使いだろうか。
「アーシェ、先々行かないでよ。ってその子は?」
「・・・・・。」
赤毛の少女は振り返って視線だけで何かを伝える。
「泣いてたの?」
「・・・・・。」(こくん)
「泣いてないっす」
「・・・・・。」
「なるほど。放っておけないってこと?」
「・・・・・。」(こくん)
会話になっていないのになぜか通じ合っている様子。そしてシャルにとってあまり望ましくない流れが作られているようだ。
「いや、気にしないでいいっすよ?ほんとに」
「・・・・・。」(じ~)
「君、親御さんは?」
「ほんといいっすから。じゃ、うち用があるので!」
それじゃ!とシャルは手を挙げ目の前の防具屋へ避難しようとするも、その腕を掴まれる。赤毛の少女によって。
「・・・・・。」
そして差し出される『黒の三角帽子』。落ちていたのを彼女が拾ってしまったらしい。シャルの落としものだと思ったのだろう。
「うちのじゃないっす」
「・・・・・。」(ふるふる)
何故か否定された。
「・・・・・」
そのまま強引に押し付けられるそれをシャルは先程のように拒むことはなかった。誰彼構わず当たり散らすような狭量者ではないのだ。
「もう、良いっすよね」
「・・・・・。」
手を放され、今度こそシャルは防具屋を訪れた。
幸い彼女らが店の中までついてくることは無かった。
そして一番高い『布の服』(10G)を自腹で買う。『黒の三角帽子』を売ることは出来なかった。
防具屋を出たときには赤毛の二人組の姿は無かった。シャルは一つため息をもらす。さて、戻るとしよう。
「珍しいね。ああいう子を放っておくの」
「・・・・・。」
防具屋の前で立ちすくんでいた水色の髪の少女。いつもならアーシェは絶対に深く関わろうとするはずだ。例えば彼女が他の仲間と合流するまでしつこくつきまとい、例えばその仲間が半裸の女性を縛っているのを見つけ、例えば悪漢と決めつけ戦闘を挑んでしまう。そんな展開が旅の間だけでも幾度あっただろうか。アルフレッドは遠い目をする。
更に不思議なことにそんな行き当たりばったりなのに、総じてみれば、アーシェの判断はたいていいつも正しかった。周囲を幸せにした。元来の性格がそうさせているのだろうが、アーシェは我が道をひたすらに行く。何の打算も計画も無く、なのにそこに最善とも思える結果がついてくる。
そんなアーシェが今回は少女の断りの言葉に素直に従ったようにその場を後にする。すたすたと町の外門へと向かうアーシェ。町を出るつもりだろうか。
「どこに行くの?」
「・・・・・。」(ぴっ)
尋ねたアルフレッドにアーシェは一方向を指し示す。その先に何があるのかつい先ほどの出来事を思い出せばすぐに行きつく解がある。
簡単な話だった。目の前の何かありそうな少女よりも、確実に何かある方をアーシェは選んだのだ。そして重要度で言えばはるかに大きいそちらを。
アーシェが指さしたのは町の西。先ほど巨大な火柱が迫ってきた方向だった。
「シャル、遅いな・・・」
「そうですね。シャルさんならすぐに戻ってきそうなものなのに」
リーナが頭の上で同意する。やはり一人にするべきではなかったか。迷えずの森でのこともある。少し心配だ。
「なあ、ほんま、ちょっとでいいからうちの話聞いて?」
「様子見に行くか」
「そうですね。私も一緒に行きます」
自然にヒメが申し出る。思わず頷いてしまいそうになるがすんでのところで却下する。
「いや、ヒメはここでセラを見張りながら待ってろ」
「見張りでも何でもつけてええから話を」
「嫌です」
そう言ってヒメは腕にくっついてくる。
「一緒に行きます」
「お前も大概俺の話を右から左だよな」
「何を今更」
頭の上でリーナが呆れた様に言う。確かに残念ながらヒメの自由奔放さは今に始まったことではない。
「もうええ!勝手に言うからちゃんと聞いといてや!」
「仕方ない。リンとたまちゃんはそいつ見張っといてくれ。じゃあ行くぞ」
と、何やらまくし立て始めた盗賊一名をいつもの理由(面倒くさい)で完全無視して、ヒメとリーナを連れて町に入った。
町の門をくぐる時、ふと入れ替わるように町を出ていく赤毛の二人組を目にする。何故だかその二人に目を引かれた。
すれ違う瞬間、先頭の赤毛の少女と目が合う。
それも一瞬のこと。何事も無かったように俺は視線を前に戻し、町に入っていった。
「オーマ」
町に入ってすぐヒメが声をかけてくる。横からではなく後ろから、いつの間にか腕を放して後ろに回っていたらしい。呼ばれる声に振り返る。
「なんだ?」
「女の子を拾いました」
「はい?」
おんなのこをひろいました。どういう意味だろう。意味不明な供述をするヒメ。振り返ってヒメを確認すれば、その腕に・・・、少女が抱かれていた。先ほどすれ違ったばかりの赤毛の少女が。
それを目にしたオーマがうめきを漏らす。それに気づいているのかいないのかヒメは満足げな表情だ。
「ゲットです」
「・・・・・?」
ゲットされてしまった?と首をかしげている赤毛の少女。
「返してきなさい」
オーマは振り絞るような声でそう言った。
「あれ!?いつの間にかアーシェがいない!」
『後ろです、マスター』
「後ろ・・・?」
アルフレッドは言われて振り向く。
「でも可愛いですよ?」
「・・・・・?」
可愛い?と首をかしげる少女。
「可愛かろうとそこは問題ではない。持ち主が探し回って困ってるかもしれないだろ。返してくるんだ」
そして先ほど目にした二人組のうちのもう一人の赤毛の少年を持ち主呼ばわりしてオーマはその方向を向く。
そして二人は出会う。
片や頭に吸血鬼の少女を乗せ、王女に振り回されながら旅を続ける勇者。
片や頭にドラゴンの子供を乗せ、幼馴染に振り回されながら旅を続ける他称勇者。
二人の出会いは。
まず互いの頭上に視線をやり。
次に傍らの女性陣を見やり。
最後に互いの目に浮かぶ何かが自分と著しく似ていることに気付き。
「オーマだ」
「アルフレッドといいます」
熱い握手を以て行われた。
「なにか通じるものがあったんでしょうか」
「・・・・・。」
ヒメとアーシェは首をかしげた。




