第十四話 拒絶
――オーマは『魔法剣士』に転職した!
――レベルが1に戻った!
と軽快に転職した俺はようやくランニングシャツの呪縛から解き放たれたのだった。
必要だったのは勇者レベル20に剣術スキル10、魔法スキル10に金貨1000Gと割と早いうちに条件は満たされていた。おっちゃんを経由した意味は無かった。
使った金貨は虚空へと消えていった。どこへ行ったのかは不明である。
スキルを再びセットし、もう隙は無い。レベル1だけれども。
ネズミ神を倒したあと、ネズミ怪獣たちが逃げていくのを見届け(どこへ行ったかは知らない)俺たちは迷えずの森を脱出した。今は平原を東に歩いているところだ。
「もう二度とおっちゃんに就職することは無いんだろうな」
しみじみとつぶやく。思い返せばいろんなことがあったものだ。
「歴代の男勇者はなんだかんだで最終的にはおっちゃんに行き着くらしいですよ?」
「なんだかんだ強いっすからね」
「魔王の前に立つときも当然その姿だったと言われてます」
「凱旋の時ももちろんランニングシャツだったらしいっす」
ヒメとシャルによって勇者の嫌な最後が語られている。見栄より実益を取るとは何事か。いや、それでいいのか。
「武器が酒瓶だったりしそうですね」
頭の上のリーナが冗談混じりに言う。
「流石にそれはないですよ」
「てすよね」
「ハリセンだったそうです」
「・・・・・」
聖剣はどこへ。
「ところで俺は今、何を着ているんだ?」
普通にこんな質問をされたら少し頭の弱い人なのかな、と疑ってしまう事請け合いだが、俺は本気で聞いている。自分が今、何を着ているのかを。
「? 服ですよね」
「以前のものと同じじゃないっすか?」
「だからおかしいんだろ?俺はあの装備を外しているんだ。なのに何で転職すると服装がもとに戻ってるんだ?」
俺が今着ているのは『魔王のTシャツ』と全く同じものだった。魔法剣士に転職した途端服装が変わった。今はそれをセラが着ているにも関わらず。
「質問の意味が」
「よくわからないっす」
「そうかならいい」
上半身裸でなくて良かったと思うとしよう。早々にこの話題を切り上げた。
「お嬢さん、僕と愛を語り合わないかい?」
「いやや」
「共に愛ある時間を過ごそうじゃないか」
「いやや」
俺の中で勇者七不思議が出来上がりつつある頃、後ろではリンとセラがなんかやっていた。リンの突然の凶行にあのセラが引いてしまっている。
絵面的に縛られて後ずさる少女とそれに迫る怪しい風貌の男という大層まずい状況だ。だからお前はそのかつらを取れと。
「だが、僕は諦めない!君と愛を育むまで!」
「なんなん?こいつ・・・」
二人のテンションの差が激しい。ここは助け船を出してみよう。もちろん親切などではなく、面白そうだから。
「おい、セラ、愛を育むぐらい良いじゃないか。なんで断るんだ」
「え?あんたそっち側?」
「そいつ言っていることはめちゃくちゃだが誠実で良い奴なんだ」
意訳:ただ友達を作りたがっているだけなんだ。
「付き合ってやれよ」
意訳:友達付き合いしてやれよ。
「他人事やからそんなこと言えるかもしれんけどなあ!」
「何言ってるんだ、他人事じゃない。俺は既にそいつと愛を育みあっている!」
意訳:友達の間柄だぞ。
「うっそお・・・」
「うっそお・・・」
何故だろう。セラは先ほど以上に引いてしまっている気がする。ついでに頭の上のリーナも引いてしまっている。そういえばリーナはリンの真実を知らなかったっけ。しかしリーナが現れたのが宿屋で話しているときならリンの黒髪verを見ているはずだし、それについて聞かなかったということは把握しているということではないのか。そもそもリーナは今も俺の記憶を漁っていたりするのだろうか。心を読まれる事件が頻繁に起こっているとそこらへんよくわからなくなってくる。
「そう、オーマと僕の間にはもう切っても切れない絆が存在している!その名も・・・愛!」
意訳:(前略、中略)その名も・・・友情!
「ああ、・・・・・そうなん」
生暖かい目でセラがこちらを見てくる。
なんだろう、早まってしまったという後悔が半端無い。
「なら、尚更邪魔できひんかなーって」
視線を逸らしたセラは少しずつ俺たちから距離を取っていく。逃げようとは全くしていなかったセラがここで初めて逃げの姿勢を見せる。これはこれで良かったかもしれないがそんなセラの背後に忍び寄る影。
「大丈夫です。私も既にリンさんと愛を確かめ合っています」
ヒメが背後からセラの腰に手を回して抱き付いた。
「うひゃあ!? って、えええええ!!まさかやねんけど!? あんたそこの兄ちゃんにぞっこんやったんちゃうん!?」
満足げな表情ですりすりとセラに頬ずりするヒメ。いきなり打ち解けすぎてて怖い。後ヒメの俺への愛情が共通認識レベルになってて怖い。
「それとこれとは話が別です」
「そこ分けてええの!? 別でええの!?」
良い感じでヒメがアシストに入った。もうセラの常識的思考力はゼロだ。後はシャルとたまちゃんが追撃するだけだ。
・・・・俺たちはどこを目指しているんだろう。どこでもいいか。
「シャル!お前も言ってやれ!」
「え、えええ・・・・えと、まあ、その、うちもっす?」
俺とリンとヒメに期待の視線を向けられ、シャルも同調する。三人の圧力にさっさと頷いた方がいいと判断したのだろう。言った後はもう知らんぷりだ。
「ああ、僕らは皆等しく愛のともがらさ!」
リンが生き生きとしだした。内面を想像すると微笑ましくもあるが外面はただただうざったい。背景がきらきらしている。
「複雑なパーティーなんやね」
セラが完全に引いてしまっている。さあ、とどめだ、たまちゃん。
「我を、下らぬ話に、巻き込むな、アホども」
たまちゃんはこちらの会話に入る余裕も無くゼイゼイと荒い息をはいていた。そんな彼を皆で待っていたわけだが。
「よく来たな。ここはミツメの町だ」
町の入口に差し掛かったところで知らない人にそう声をかけられる。
「何か毎回こう言ってくる人いるよな」
「仕事ですからね」
「仕事?」
「24時間あそこに立って、町に入ってくる人に挨拶するだけの簡単なお仕事っす」
「物凄く辛そうです・・・」
リーナが大層気の毒そうにつぶやく。
24時間労働。人間業じゃない。それは置いておくとして給料がどこから出ているのかが気になる。やはり町の公共資金とかからだろうか。ならその目的はなんだ。雰囲気作りが妥当か。だがそれにしては重労働をさせている。あまり楽しいイメージは抱けない、逆効果だ。なら、きっとこの仕事には何か特別なスキルが必要と見るべきだろう。そう、町に害なすものを見抜く力を持っているんだ。間違いない、彼は町の警護の為に命を削っているのだろう。見上げた愛町心だ。
そう彼は町の入口で見張っているのだ。誰か怪しい人物が出入りしないかを。
そんな彼の視線が俺たち勇者一行を見ていく。見ていく、見ていく。
そんな視線に俺はようやく気付く。
「誰か!急いで服を買ってきてくれ。セラの物を!」
よく考えたらこの歩く破廉恥を町に入れるわけにはいかなかった。本人よりも俺たちの品位が疑われる。それに加えて縛っているとなればもう言い逃れができない気がする。
そんな焦りを見せるオーマに対して周囲は特に焦る様子も無く。
「セラってこの裸Tシャツに縛り状態の変態さんっすよね?」
「そうだ」
「否定できんけど・・・あんたらがした仕打ちやからな」
「買ってくるのはいいんすけど、なんでっすか?」
心底不思議そうに聞いてくるシャル。うちの中で一二を争う常識人が思い当たっていないだと・・・!?
「全く、シャルは鈍感さんですね」
そんなシャルに対してうちの中でも一二を争う非常識人が思い当たっている風に言う。
「オーマのTシャツのために決まってるじゃないですか」
言い切った。言い切りやがった。
「ああ、なるほど、別れる前の装備品回収っすか。レアアイテムみたいっすからねー。わかったっす。行ってくるっす。一番安い『布の服』で良いっすよね」
分かられてしまった。
「一番高い奴で頼むわー」
「一番高い『布の服』っすね、了解っす」
「たかがしれとるやないかい!」
シャルはそれだけ言うとすたすたと町に入っていった。・・・・一人にさせて大丈夫だろうか。
「ヒメが行くと思ったんだが」
「私はオーマに説教しなければいけないので」
「おう、したれしたれー」
「説教?」
「おじさん何かしました?」
言われて思い浮かぶのは。
「んーまあ、一つや二つや三つや四つは」
「何故謝らないのか不思議なほど思い当たってますね」
「私だって説教なんてしたくないですよ。なのにオーマが私の忠言をいつも右から左に流すから」
「前科一犯なん?」
「二犯です」
ヒメの言いたいことは察している。二犯というのが何を指すのかも。
一度目はリアン港での『灼熱球』事件。二度目は多分ゾンビの時の幼女巻き添え事件だろう。未遂のネクスタの町ぶちギレ事件は数えられなかったようだが。
「まあなあ」
結構やらかしてるしな。
「まずはこの地面に通った亀裂を見てください」
ヒメに言われてリーナと共に視線を向けるとそこには迷えずの森から続く、謎の亀裂が存在した。亀裂というには幅が広すぎるし、底では赤く熱された地面がマグマのように溶解しているのだが。一体何があったというのか。
「見たぞ」
「次にその一番最後を見てください」
その亀裂をたどっていくと、町のぎりぎり、入り口の直前で何かに阻まれたかのように亀裂が終わっている。逆に言えば何かに阻まれなければ町に到達したかもしれない。直撃していたかもしれない。
「見たぞ」
「何か言うことは無いんですか」
「無いこともないかもしれない」
「じゃあ、言ってください」
「悪い」
「三度目です。ヒメの顔は三度までです。次同じことがあればその時、オーマの旅は終わります。人生の墓場に案内します」
「おじさんをどうする気ですか?」
「結婚する気です」
「・・・・・」
「・・・・・」
ちょっとヒメの結婚に対するイメージが気になった。
「あれが・・・愛なのか!」
「真似するなよ、鈴」
「いや、実際。ダメだとは思ってるんだが、感情が高ぶると何故か全力出してるんだよな・・・」
「危険人物やん・・・」
盗賊に言われてしまった。
選択肢の件といい自身が爆弾というのはどう扱って良いものやら。
「何事にも全力なのは良いことです。それをカバーしきれないのは私が弱いからです。ごめんなさい。でも本当にやめてください。オーマの本気は危険なんです。どうしても手を出したいならその時は私にぶつけてくれればいいです。全力で受け止めます」
「私にぶつけてもいいですよー。受け止められませんがー」
まあ、ヒメが言うこともわかる。というか、俺の通常その考え方をするはずなんだが。
何故かぶっぱなしている。そうするべきな気がして。
「俺って勇者に向かないんじゃないだろうか」
「そんなことはないです!オーマほど勇者になって世界が平和になる人はいません!」
「言い切りましたね」
「俺まだ何も世界の危機とか救ってないんだが。というかその言い方だと世界が勝手に平和になっているような」
「気のせいです」
ふむ。
「ヒメは、自分が勇者の方がうまくいくとか思わないのか?」
俺より明らかに強いヒメ。俺でさえその方が良かったのではと思うことが多々ある。ならヒメはどう思っているのか。そんなことを言いつつも目的は話をずらすこと。それにヒメは素直に引っ掛かる。
「・・・・・思ってます。今でも。いえ、今だからこそなおさら。でもきっとオーマはそれよりずっといい未来を作ってくれますから」
「その割に引退させようとするんだな」
「世界より私たちの結婚生活の方が大事ですから」
「・・・・・・お前さ、俺じゃないやつが勇者だったらどうしてたんだ?」
俺と同じように記憶喪失の、しかし俺ではない誰かが召喚されていたら。今と何か変わっていたのだろうか。
「その時はきっと、私はオーマに攫われてますよ」
「は?」
「私はオーマの物だという話です。オーマがそう望む限り」
「・・・・・・」
思わせぶりな発言。今の『オーマ』は過去の俺を指しているのだろう。ようするに昔の俺はヒメが他の誰かと関わり合いになろうとした瞬間攫うような・・・危険人物。
「なあ、オーマ?」
考え込んでいたところでセラに声をかけられる。
「ん、何だ急に、名前で呼んだりして」
「あんた、勇者やったん?」
「勇者やったん」
「まじかーーーー!目の前におったんかーーー!」
「「?」」
何やら悶えていた。
「むしろ勇者じゃないと思ってたのか? そう言えばたまちゃんは俺が勇者だってなんで知ってたんだ?」
「聖剣を持っていたからだ。たまちゃん言うな」
息を整え終えたたまちゃんは簡潔に解答する。なるほど。だから聖剣について知識の無いっぽいセラには分からなかったのか。
「勇者のあんたらに頼みがある!」
決然とした勢いでセラは申し込む。何かの依頼。
「断る」
「さて」
どうしよう。
シャルは固まっていた。状態異常とかではない。いやある意味それに近いものかもしれない。ただ、これからどうするかも決められないほど、シャルの頭は思考を停止していた。
「げっ」
目の前の少年が嫌そうな声を上げる。上げたいのはこっちだ。防具屋に来てみれば何で町中を堂々と歩いているのだ、この狼少年。
町に入ってすぐの防具屋の前。何故かシャルは防具屋から出てくる狼少年と鉢合わせしてしまった。白いパーカーのフードで獣の耳は隠れ、どうやら尻尾も仕舞われているようで一見すると人間と見分けがつかない。
魔力反応は無かったからシャルがつけた目印は解除されたと言うことか。失っている記憶の間にばれてしまったのか。そもそもあの時の反応はばれた上での罠で、誘き寄せられたのか。
シャルは油断なく周囲に気を配る。幸い通行人はこの時間帯にしては珍しく全くいない。そして他に魔族の気配は・・・・。おかしい。周囲の魔力を探ろうとしてシャルは気づく。このあたり、魔力が荒れ狂っている。オーマの魔力に慣れつつあった所為で今まで気付けなかったが、この地点を境にまるで強大な魔力同士がぶつかりあったかのように魔力が渦巻いている。
「あの野郎、絶対わざとだ・・・・」
驚愕の事態に関する思考を進めたくはあるが、今は目の前の敵に集中するべきだった。伏兵はいるかどうかも分からない。たとえ一対一だとしても戦闘に及べば町に被害が出ることは避けられない。ならば逃げるか、あるいはオーマ達との合流を急ぐか。どちらにしろこのまま対峙しているのは得策ではない。
「ああー。まあ、丁度良かったのか・・・」
「は?」
苦々しい顔をしながらも何かを決めたのか、少年は真っ直ぐシャルへと視線を向ける。機先を制された。そして少年は何かを持った手を差し出す。シャルは咄嗟にその延長線上から身を躱すが、見たところ攻撃では無かったらしい。
「これ」
「は?」
「やる」
「は?」
少年が差し出してきたのは『黒い三角帽子』。魔法使いの帽子として確固たる地位を築きながらも今どきダサいと、それだけの理由で干されている悲しき装備。それを見てシャルはもう一度。
「は?」
「は? じゃねえよ!いいからさっさと受け取れよ!」
「嫌っすよ!何で魔族なんかから物貰わないといけないんすか!!」
「い、い、か、ら、受け取れ」
「い、やっ、す、よ」
「黙って受けとりゃ良いんだよ!」
「いらないつってんすよ!」
「この、やろっ・・・!」
「なんっすか・・・!」
互いに押し付け合って『黒の三角帽子』が形をいびつに変える。このまま押し付け合っても仕方ないと二人同時に手を離す。結果『黒の三角帽子』は地面に落ちる。それを二人の目が追い、しばしの沈黙。狼少年は呆れるように深く息を吐き出す。
「お前、その頭の所為で人間から嫌われてるんだろ」
「?」
急に話題が変わった。因果関係が少しおかしく、正しくはシャルと同じ髪色をした何者かが人族を裏切るような行いをした結果、シャルのしたことと勘違いされて忌み嫌われている。ということなのだが髪の所為と言われれば確かにその通りだ。しかしそれが何だというのか。魔族には関係ない事だろう。
「これで隠せばいいだろ」
「・・・・・・・・・」
つまり、この魔族は。
「っ・・・! 大きなお世話っすよ!!うちはこの髪を、親からもらったこの髪を誇りに思ってるっす!それを何で隠さないといけないんすか!!!」
「隠さねえと嫌われるからだろうが!」
「それで構わないつってるんすよ!」
「それで迫害されてたら親も浮かばれねーだろっ!!」
「あんたにうちの親の何が分かるってんですか!!!」
「分かるに―――!」
売り言葉に買い言葉、になるかと思いきやしかし少年が先を言うことをためらったことで一方的なものとなる。
「大体あんたはなんなんすか!!うちを庇ったりこんな物寄越したりして!何が目的なんすか!」
「か、庇ってねえよ!たまたま通りがかっただけだ」
「事情ばっちり把握しといてそんな嘘つくんじゃねえっすよ!!いつから見てたんすか!!」
「ぐ・・・」
「・・・・・・」
言い返されないからシャルも落ち着くことになる。それでも拒絶の姿勢は変わらなかった。
「あんたに気にかけられる覚えはないっす。うちは魔族が嫌いなんすよ」
「・・・・・・・。」
その言葉を受けた少年は。反論することを諦めたようで。だが一言だけぼそりとつぶやく。
「知ってる」
「は?」
「俺も・・・人間が大っ嫌いだ」
そこに憎悪を込めながら。
「そうっすか、なら」
「・・・・・・」
そう言っておいて、少年は地に落ちた帽子を拾い上げ、数回はたくと、再び差し出してくる。
「なにをしてるんすか」
「良いから受け取れ」
「・・・・・断るっす」
それをシャルは同様に、いやさっきより苛烈に、それを払いのける。
再び地に落ちる『黒の三角帽子』。
少年は苛立たし気に顔をゆがめ、落ちた帽子に目もくれずシャルに背を向けた。
「勝手にしろ」
「・・・・・・・・・・」
意味がわからない。何をしに来たんだあいつは。頭がおかしいのか。
そのまま少年が立ち去っていくのをシャルはただ黙って見送った。イラついて止まない胸を抑えながら。自分が心を乱されていることを誰よりも自覚しながら。
地面に落ちた『黒の三角帽子』が寂しげに風に揺られていた。




