第十三話 竜の騎士
酒場のとあるテーブルに次々と皿が積み上げられていく。
「おかわり」
「・・・・・。」(ぱくぱく)
「ごちそうさまでした」
「おかわり」
おかわりを求める声が先ほどから何度も響く。何を隠そううちの娘の声である。周囲はそれを恐れと共に固唾を飲んで見守っている。
――なんだあの子、どれだけ食べる気なんだ・・・
――まったくペースが落ちないな。ドラゴン並みだ
――おまえドラゴンの食事速度知ってるのか?
――知らん
「おかわり」
「・・・・・。」(ぱちん)
「ほー」
子供の姿のままのリウがどんどんと運ばれてくる料理を食らいつくしていく。僕らと食べ始めて、僕らが食べ終わってもまだこの調子だ。その様はまさに悪名高き暴君のそれである。
「凄い食べるね」
「成長期」
「・・・・・。」
ならば仕方ないなと容認するアーシェ。宿代で食べ放題だからいいものを、これが自費で賄っていたものならば恐ろしいことになっていただろう。
「おかわり」
「おかわり」
――宿屋の主人大丈夫かよ
――宿屋の主人なめんなって。ああ見えてこの宿屋を100年続けてきた宿屋の守護神だぞ
――老衰してそうなんだが
「おかわり」
・・・・・・・・・・・・・。
「おかわり遅い」
――おい!さっき台所で宿屋の主人が肉離れ起こしたって!
――なんだって!?
~クエスト発生!~
それにしても成長期とは。頭の上に乗るのが好きらしいリウが成長するとなると。
「僕の首が心配なんだけど」
『安心してください、マスター。まだまだ大きくなります。この町くらい片足で踏みつぶせるぐらいには』
「何も安心できないから」
早めに頭離れしてもらう必要があるらしい。
「・・・・・。」
こいつは期待できる新人だぜ。と新たなメンバーに期待を寄せるアーシェ。
――誰か!代わりの料理人はいねえのか!?このままじゃこの町の宿屋としての業務が!
――宿屋の主人の容体はどうでもいいのか・・・
――ふん、ここは俺に任せておきな!
――あ、あんたは!?
――話は後だ!厨房に案内しな!
「まあ、成長するに越したことはないけど」
成体が想像できないのだが、どこまで僕たちの手に負えることやら。子供の将来に思いをはせている間もリウのお代わりは続き、
「おかわり」
「おかわり」
『おわかり』
「おわかり?」
急にリウが高圧的になった。
――まだまだぁ!!!!
――な、なんて、手さばきだ!見る間に料理が出来上がっていく!!
――もってくれよ・・・俺の体ぁ!!!!
なにやら厨房が騒がしいが食事は滞りなく運ばれてくる。
やがて、
「げふ・・・ごちそうさまでした」
意外にも礼儀正しく少女は言うのだった。
――ふ・・・燃え尽きたぜ・・・真っ黒にな。
――あの人どうしたんです?
――クエストで宿屋の手伝いしたらしい
――ああ、あの・・・。
――ああ、あの悪魔のクエストだ。
食事を終え、初めての町の探索を始める。アーシェの目当てのギルド本部か食材目当ての道具屋か。どちらにしようかと話し合いながら宿屋を出る。
「と、その前にリウの装備買っていいかな?」
「・・・・・。」(こくん)
アーシェが頷き歩き出す。アルフレッドはその後に続く。リウはアルフレッドと手を繋いでとなりを裸足で歩く。リウが言うには「ドラゴンだから大丈夫」とのことだが、幼気な子供を裸足の上にぼろきれを纏わせて歩き回るのも気が進まない。というか世間体が悪すぎる。ならドラゴンになってもらえばいいのではないかとも思うがなんとなく手を繋いだリウの機嫌がよさそうなのでそんなことも言えない。
というわけで町の西側にある防具屋にリウを連れてきたのだが。
「いらない」
「じゃあ・・・・これは?」
「いらない」
「これとか」
「いらない」
けんもほろろに断りまくる。靴も服もいらないの一点張りだ。アルフレッドは困り果てる。
『リウは正真正銘野生児ですからねえ。むしろ生身の方が丈夫なくらいですよ』
装備:素手、を地で行くタイプのようだ。こういうタイプは『鍛え抜かれた筋肉』とか『強靭な皮膚』とかを装備している。しかもそれを固定している場合が多い。そうでなくても子供の装備は固有のものが多いのだ。すぐに選ぶものもなくなる。
そんなやり取りを見てアーシェはふと思いついたようにアイテム袋から何かを取り出す。
「・・・・・?」
これはどうか?とリウに尋ねるアーシェ。
「だいじょぶ」
「・・・・・。」(こくん)
説得に成功し、アーシェはそのアイテムをリウに手渡す。そしてアーシェがそれを装備させる。
「何か見覚えのある服・・・」
「・・・・・。」
アーシェはさらにアイテム袋から小さい靴を取り出し、リウに渡す。リウはまたしてもそれを受け取った。
リウが装備した服と靴、それは。
「おおお?」
子供サイズの赤いシャツに、茶色の短パン。足には不思議とリウの足にぴったりな麻の靴。
変ではない、変ではないけど・・・。変です。と言いたい。服が変なわけでもリウが変なわけでもなく、その服がここにあることが変。
「どう?」
けど嬉しそうに聞いてくるリウにそう言うほどアルフレッドは野暮ではない。
「似合ってるよ」
「えへん」
「・・・・・。」(ぐ)
喜び合う二人。それを見ながらアルフレッドは思う。何故僕が子どもの頃に着ていた服と履いていた靴をアーシェは持っているのだろうかと。どちらもいつの間にか箪笥とか下駄箱から無くなって不思議に思っていた失くし物なのに。
「謎だ・・・」
「・・・・・。」
防具屋を冷やかし再び外に出たところでアルフレッドと手を繋いで歩いていた少女が口を開く。
「もうすぐ、この町、滅びる」
「リウ?何を突然?」
「・・・・・。」
突然予言される。不吉極まりない未来。意味を咀嚼するのに時間がかかってしまった。
「ん?」
アーシェとアルフレッドに視線を向けられ首をかしげるリウ。
「いや、滅びるってなんでさ・・・?」
「・・・・・。」
アーシェが無表情ながら厳しい雰囲気を発している。これは僕がアーシェの家に遊びに行ったとき、アーシェが食べるはずだったプリンを一緒に食べる事になってしまいプリンが半分になってしまったときと同じ雰囲気だ。つまり、かなり警戒している。
「だって―――来るよ?」
リウはゆっくりとある方向を指さす。町の外、方角的には西の方だ。
来る。何が来るというのか。指された方向を見ながら、さらに問いただそうとしたところでそれが来た。
紅蓮の。
炎が。
町を。
ただただ理不尽な暴虐は、町を赤く染め―――。
ほとんどの人が何が起こっているのか気づかないままにその全てを―――
「うわああああああああ!!!!!!!」
「うるさい」
「あ、ごめん」
って・・・え?
そこは朝訪れた、真っ白な世界だった。膝の上にリウが乗っているのも目の前にシンが現れたのも同じ。
「今のって・・・」
確かにアルフレッドの目の前で大きな火柱が凄まじい勢いで町を呑み込もうとしていたのだ。その熱気をアルフレッドはひしひしと感じていた。あれはどこへ。
『この町が今から滅びる原因ですね。どっかの考えなしの愚か者が撃った流れ弾です。町に着弾すると同時に大爆発を起こします。まあ、人間の町が滅びようがどうでもいいですけど』
シンから説明を受ける。おそらくこの世界にいる間は外の世界は止まっているか、余程遅く進んでいるのだろう。そんな判断を一瞬でするアルフレッドはしかし焦りからシンプルに思ったことを口にする。
「止めなきゃ!」
『マスターには無理ですね。ちっさいのにも無理です。止められるのはリウぐらいでしょうか』
「リウ?」
「うん。出来る」
そうか、出来るのか。ならリウに止めてもらえばいい。それで解決だ。
『こら、リウ。素直に出来るなんて言っちゃ駄目です。こういう時は足元を見るんです』
「ちょっと、シン?」
「足元?」
言われてリウはシンの足元を見る。
『そうです。こういう、相手が自分の力を必要としているときこそ、自分の意見を通すチャンスです。さあ、リウの望みをマスターにぶつけてください!』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「・・・・・」
『・・・・・・』
「んー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・」
『・・・・・・・』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」
「なさそうなんだけど」
『あるはずです』
「・・・・・・・・・・・・・あ」
「あった?」
『さあ、言いなさい、リウ、あなたの望みを』
そして、リウは口にする。自分の望みを。
「せかいへいわ」
「え?」
「ぜんぶ、リウのぜんぶ、あるふにあげるから」
「リウ・・・?」
「みんなが笑っていられるせかい」
それを聞いてアルフレッドは。
「つくりたい」
意識が現実に戻る。目の前には炎が迫る。だから、もう何も考えず。
『マスター、叶えてください。リウの望みを』
右手の甲に宿る紋章に願いをこめる。リウのものではなく自分の願いを。
「竜神の紋章を以て命じる!リウ!この炎を吹き飛ばせ!」
その瞬間、繋いでいた手が離れる。蒼き少女は蒼き光と共にその姿を宙に浮かせる。
その姿は少女のまま、だが存在を竜神へと変え、放つ。神撃の咆哮を。
「「『じゃっじめんと・ろあー』!!!」」
少女の手から放たれた破壊の衝撃波は、しかしそれは町を守るがごとく、猛威を振るおうとする豪炎をたった一撃でかき消した。
「凄・・・」
「・・・・・。」
呆然とするアルフレッドとアーシェの目の前でリウは。竜神の子は。
「けふ」
ポンと音を立てて、小さなドラゴンに戻った。
――ふあああああ
そして大きな欠伸をすると。
ぽふ
アルフレッドの頭にのっかった。四肢をだらしなく投げ出している。
「リウ・・・・君は」
『マスター、お見事です』
「これで、良かったのかな?」
「・・・・・。」(こくん)
文句のつけようが無くいい結果だ、と主張するアーシェに。
――ううううおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!
――ゆうしゃさまだあああああああああああ!!!!!!!
――町をーーーーーーー!!!!!
――救ってくだされたーーーーーーー!!!!!!!
突如湧いて出た町民たちがアルフレッドたちを囲み、それによってアルフレッドは自分のしたことを反芻し。
「ちがっ!断じて僕らは勇者じゃ―――」
『むかしむかし――』
「え?」
『世界を救った竜騎士がいました。名をレッドと言った彼は、それはそれは見事な赤い髪をしていたそうです』
「それって、まさか」
それはどこかの誰かの特徴に合致していて。
『彼は空を共に駆けるパートナーを、娘のように可愛がっていたそうです』
「は、」
「・・・・・?」
関係性も見事に一致し。
『彼のパートナーである真紅のドラゴンは彼の頭の上を定位置にして幸せそうにしていたらしいです』
「は、」
他にも共通点が見つかるその古の竜騎士は。
『リウをよろしくお願いしますね、マスター』
「嵌められたああああああああああああ!!!!!!!!」
ぺし
「はうっ」
尻尾で叩かれた。
「すごい、すごいすごいすごいです!見ましたか今の!あの炎を一瞬で消してしまいましたよ!」
柄にもなくはしゃぐフィブリル。外出中は流石に服を着ている。翡翠色の華美なドレスに身を包み馬車で揺られながら宿屋へ向かう途中であった。
「ですが、あの炎、一体どこから」
ガウェインは無感動に別の疑念を語る。勇者様がいなければあれでこの町は滅んでいたかもしれない。それ程のエネルギーを持っていた。
「そんなことはどうでもいいです。私はあの力が欲しいです!ふふ、早速勧誘に行きましょう」
「かしこまりました」
ガウェインは御者に指示を伝え、あとはただ人形のようにフィブリルの対面に座る。
「今からあの力が私の物になるのですね」
少女の目が紫の妖光を発する様をガウェインは無関心に眺めていた。ただ自分の感情を押し殺して。
その日、町は勇者の登場に沸いた。




