第十二話 赤髪の勇者
僕らの国にはとある言い伝えがある。
『魔王現れ世界が混沌に陥るとき、赤髪の勇者が現れ、世界に希望をもたらすであろう』
割とどこにでもある伝説だと僕は思う。けれども、こと勇者の物語に事欠かないこの世界で、何百年もこの言い伝えが語り継がれて来た。その理由は何だろう。
そう、赤髪の勇者は実在したのだ。イースに出自を持つその勇者は幾たびの艱難を乗り越え魔王を討ち果たした。そんな史実が残っている。
けれど馬鹿らしいと思わないだろうか。かつて赤髪の勇者が世界を救った。それは事実なのだろう。だからと言って、それが何故、次も赤髪の勇者が現れるなんていう言い伝えになるのか。仮に赤髪だったからといって勇者になるとは限らないだろう、と。将来何になるかなんて個々人の自由だろう、と。
要するに何が言いたいのかと言うと。
「お願いだから無茶しないで!!」
「・・・・・。」(ふるふる)
幼馴染が勇者でもないのにやたら無茶するのは何とかならないでしょうか。
五層に及ぶ高い塔の頂上で、幼馴染は槍を持っていない方の手を握り、突き上げる。勝利のポーズ。打ち倒された巨鳥を踏み台にして。
彼女の表情はこう告げていた。
大丈夫、と。
「アーシェが大丈夫でも僕が大丈夫じゃないの・・・」
生涯何度目だろう苦言を呈しながら、いつも通り無表情にスルーされるのだと予想するアルフレッド。その頭上、文字通りの頭の直上で小さなドラゴンがそのおどろおどろしい魔の口を開く。
――ぐぎゃあー
『焼き鳥が食べたい、と言ってます。マスター』
「知ってる・・・」
何でドラゴンが焼き鳥なんてものを知っているのかと疑問に思いながらも、頭上のドラゴンのためにアルフレッドは目の前に横たわる巨鳥をどう調理したものかと考え始めた。
「・・・・・。」
流石保父さん。というアーシェの視線は極力気にしないようにして。
ある日、ある村で、二人の赤子が生まれた。その報せは過疎化しつつある辺鄙な村に、衝撃を走らせる。その赤子二人ともが、燃えるような赤髪だったのだ。
兄弟でもなんでもない二人が同じ赤髪を持ち、同じ時間に生まれた。はたで聞くだけでも運命的なものを感じずにはいられなかっただろう。
もともと赤髪の人族は希少だ。歴史を遡って数人しか確認されないほどに。それ程の希少性ゆえにこそ、赤髪を有す赤子もまた勇者になるという期待をかけられてしまったのだろう。だが、それが二人同時というのは空前絶後であった。なにせ勇者とはその時代時代において唯一無二の存在とされていたのだから。
かくして生まれた二人の赤髪の子供は、村から町へ都へと伝えられ国の把握するところとなる。そして国より遣わされた神官によって神の名のもとに二人に名が授けられた。
『アーシェ』『アルフレッド』
それが二人の赤子の名となった。
二人は平穏に、大過無く村での日々を過ごす。村の子として、家族として、ごく普通に育てられる。赤髪といえどそこを違えることは村の誰もしなかった。そういうものだった。
しかし、そこには何らかの期待があったのかもしれない。あるいは勇者が二人となることへの戸惑いや、不安があったかもしれない。二人の行動には自然と注目が集まった。
そんな環境の中で二人はめきめきと人とは違う才覚を発揮し始める。
アーシェは武術に秀でていた。村の道場の一人娘として稽古を受けてきた彼女はあっという間に父に並び、追い抜かんとする槍術使いとなった。
アルフレッドは和を為すことに秀でていた。人と話し、人を理解し、人の頼みを聞き、やがてそれは動物とも心を通わせることにつながっていった。
アーシェはしゃべらず、アルフレッドは戦わず、互いを補うような成長ゆえか、あるいは必然だったのか。二人はまるで共にいることが常であるかのように親しくなっていった。
そして運命の日、二人はそれぞれの親から告げられる。
「旅に出なさい。そして世界を見てきなさい」
「・・・・・。」(こくん)
アーシェは道場で、父親に勝利した時に告げられ。
「旅に出るのです」
「え?なんで」
「何となくなのです」
アルフレッドはその場のノリで母親に追い出され。
そして、二人は旅に出た。
「・・・・・。」
「・・・・・え?本当に?」
と、言うのが僕らの旅立ちまでの大まかなところだ。一つ訂正したいのは、僕がいつ「和を為す」なんて大層な才覚を発揮したというのか。
人並みだ。アーシェと比べてまともというだけで、人と話すのは普通のことだから。そりゃ確かにいろんな動物からいろんな頼み事されてアーシェと一緒に解決したりしてたけど。それ普通のことだよね。
旅の最中、ドラゴンの子供、リウが頭に乗ってきたり、その保護者らしきシンが頭の中で話しかけてきたりするのもまた普通のことだ。
少なくともアーシェと一緒に散歩していたら山賊を一網打尽にしていたり、アーシェに誘われて町におつかいに行けば宝島で金銀財宝を発見していたりすることよりは普通のはずだ。
そう、僕は、僕たちは勇者でもなんでもないのだから。
「よく来たな。ここがミツメの町だ」
「何とか日が暮れる前に到着できたね。ミツメの町・・・」
「・・・・・?」
疲労の濃いアルフレッドの声。そこには安堵も含まれていた。何をそんなに疲れているのだろうか。せいぜい朝から迷宮を三つほど攻略したぐらいだ。
「まさにそれだよ」
「・・・・・?」
「何で用もないのにダンジョン三つ攻略しちゃったのさ!?」
「・・・・・。」
応えようとするアーシェ。
「そこにダンジョンがあったからは禁止!」
間髪入れず禁止してくるアルフレッド。
「・・・・・。」
以心伝心もここまで来たか。と感心するアーシェ。
「いつも同じこと言ってるからだよ・・・」
「ZZZ」
「リウ、寝ちゃってるし」
「・・・・・。」
頭の上で小さな寝息を立てるドラゴンを慈しむアルフレッド。それに構わずアーシェは町に入る。少し目を離した隙にドラゴンを仲間にしてしまうのだから流石と言う他ない。本人に自覚は無いがアルフレッドはたらしだと思う。本人に自覚は無いが。
「っと、先々行かないでってば。えと、まずは宿屋で良いよね」
「・・・・・。」(こくん)
「ああ、そう言えば食料も調達しないといけないし、お金が足りなくなるかもしれないのか」
無言で頷くだけのアーシェと会話を繋ぐアルフレッド。アルフレッドはコミュニケーション能力が図抜けている。首を縦か横に振るしか能のないアーシェには必要不可欠な存在だ。感謝している。
「・・・・・。」
夜の人気の無い街道を歩く。なんとなくこの町で良い出会いがあるような気がする。
旅は楽しい。いろんな発見があるから。ダンジョンとか迷宮とか洞窟とか塔とか。
「この町、ギルドとか有るらしいよ?明日見に行ってみる?」
「・・・・・。」(こくん)
「ギルドかあ。怖い人とかいないといいけど」
「・・・・・。」(ふるふる)
「いやいや、そんなイベント起こしたくないから・・・・えっと」
ふと、アルフレッドが意識を別に向ける。
「別に変じゃないよ。アーシェって顔に出るから」
そして見えない誰かと話し始める。
「いや、シンがどうかは知らないけど」
リウという眠っているドラゴンだけでなく他にも何かいるのか、今日アルフレッドは独り言を言うことが多い。私には分からないので少し寂しい。
「あっとごめん、アーシェ。シンはなんでか僕以外と喋りたくないらしくて」
「・・・・・。」
私の寂しさを察してアルフレッドは素早くフォローを入れる。流石だ。流石はたらしのアルフレッドだ。その人当たりの良さで誰にでも好かれる。特に子供と魔物に。
そんなアルフレッドが私も大好きだ。
「え?何さ急に。えっと僕も大好きだよ?」
「・・・・・。」(こくん)
親友だ。
そんなアルフレッドを魔族とも関わらせてみたいと思う。もちろん好奇心だ。しかしなかなか機会が無い。どこかに魔王とか歩いていないだろうか。
アーシェが宿屋の主人に『皇家の紋章』を見せる。
イース国の象徴、赤き鳳凰が描かれた紋章だ。これを見せると宿屋に安価で泊まることが出来る。
鳳凰は我が国イースの守護神として古くから崇め奉られている神様だ。僕らに名前を付けた神様とは別の存在らしい。一昔前はよく気ままに空を飛んでいていたらしいが、ここ最近は全くその姿を見せない。僕も残念ながら生まれてこの方見たことがない。
イースの鳳凰に対して、リアン国の王家の紋章は竜を象ったものを使っているらしい。こちらは崇めているというわけではなく魔物が落とす金貨に竜の紋様が刻まれているためにそれに合わせて竜の紋章を使っているとのこと。よくわからないがシンがぷりぷり怒っていた。
宿屋の主人は『皇家の紋章』を一瞥し、次いでアルフレッドの頭上のドラゴンを一瞥し、まるで無反応に部屋を割り当てる。
使える部屋は一つ。そこにアーシェと僕+子ドラゴンとで泊まることになる。今更同室を気にするような仲でもない。アーシェを先頭に二階の部屋へと向かった。
――おい、あの赤髪・・・
――ああ、間違いない。イースの伝説にもある。あの方が勇者様だ。
――ついにこの町に来てくださったのか
――おい待て、前の女も赤髪だぞ?
――勇者が二人・・・?
――ガウェイン殿にお伝えしろ。勇者らしき二人が――
何やら酒場が騒がしかった。
「うわあ!!?」
町の静寂をアルフレッドの驚きの声が切り裂く。
「んー。ぱぱ、耳痛い」
アルフレッドの前で眉をひそめ耳を抑えながら不快感を訴える少女。その姿は今までどこにもなかったものだ。
「ああ、ごめん」
突如出現した少女に驚くアルフレッドではあったが次の瞬間には驚きを収めている。アーシェは特に驚いた風でも無く荷物を下ろしていた。気付いていないわけでは無く動じていないだけだ。
アルフレッドの頭上のドラゴンが突然蒼い光を放ったと思うと、目の前に小さな女の子がいた。宝石のように蒼く輝く髪とは対照的にぼろぼろの布の服を着ている。眠たげな顔をしていたがアルフレッドの大声に目が覚めた様である。おそらくドラゴンが女の子になったということだろう。改めて考えてみるとその程度別に驚くことでもなかったかと思う。
そんなことより疑問に思うべきは。
「・・・・・。」
子持ちだったとは。という目でアーシェが見てくる。そんなことあるわけないってアーシェだってよくわかってるだろうに。付き合い長いんだから。
自分よりも事情を尋ねるのに最適な相手は頭の中にいる。
「どういうこと?シン」
『パパはパパでも養父です。マスターが養父。リウが養子。リウが自分で決めました』
子供主導で養子縁組がなされていたらしい。別にいいけど。
「子供として扱えばいいのかな?」
『愛してあげるといいですよ』
シンの簡潔過ぎる説明を理解しアルフレッドは目の前の小さい――と言ってもドラゴンの時よりは大きい――リウに問いかける。
「ええと、リウ?何でその、人間の体になったの?」
一度言葉を発しているので、しゃべることは出来るのだろう。
「んー?ぱぱと寝たい」
「・・・・・。」
ほう。と見てくるアーシェ。
「あーいやー女の子と一緒に寝るというのはまずい気がするかなー」
「リウ、雌だもん」
「・・・・・。」
調教済み?という目で見てくるアーシェ。悪気がないのだから性質が悪い。リウがドラゴンだってわかってるよね?
「まあ、いいけど」
一緒に寝ることを無理に断る理由も無い気がする。ドラゴンかつ子供なのだから。
「・・・・・。」
流石だ。と無表情に見てくるアーシェ。何が流石なのか。
『マスターには断れませんよねー』
計画通りとほくそ笑むシン。
「んふ」
アルフレッドの腰に飛びつくリウ。
了承の返事を受けそれぞれに反応する女性陣なのであった。
―――ぎゅるるるるうぐおおおすあかがががががぐぎゃああー
「・・・・・お腹空いた」
凄い音がした。今夜、僕は生きて明日を迎えられるのでしょうか。
「・・・・・。」
リウの腹の虫を聞いたアーシェが下ろしていたリュックから魔物の肉を取り出す。
「・・・・・。」
そしてアーシェはそれをリウの目の前で揺らす。
「はぐっ」
リウはあっさりと肉に飛びついた。
「・・・・・。」(なでなで)
「はぐはぐ」
アーシェに頭を撫でられながらリウは魔物肉をかじっていく。毒は大丈夫なのだろうか。ドラゴンならば大丈夫か。
「アーシェ、なくなった」
すぐに肉は喰らい尽くされるもすぐにアーシェが次を用意する。
「はぐはぐ」
「・・・・・」(なでなで)
「慣らしてる・・・」
『リウ!竜神の誇りを持ってください!』
「はぐはぐ」
「・・・・・。」(なでなで)
『リウ・・・』
「あはは。皆マイペースだねー」
初めはなんでドラゴンが一緒に食事をしているんだろうと疑問に思いはしたけど、懐いてくれているみたいだし、たまにドラゴンブレスを吐いてアーシェを援護してくれるし仲間になったということなのだろう。
娘と言われると違和感はあるけど、可愛くないわけでは無い。これからの付き合いに不安は無かった。
『マスター眠りましたね・・・・。さあ、リウ!今です!口づけです!でないと私がいつまでも声だけの存在です!』
「すやすや」
『リウー!!!』
「宿屋に勇者と思しき者たちが訪れたようです」
男はそう告げる。
町の住宅街。裕福な者たちが住まう、その中でも他とは一線を画す大豪邸の一室で。その家の主に男は告げる。
「そう。勇者様がついにいらしたの」
落ち着いた声が返される。開け放たれた窓から差し込む月明かりに彼女の裸身が浮かび上がる。大きな部屋にぽつんと一人佇む少女はまるで幻想的な絵画の一部の様だ。フィブリル=ガルード。それが少女の名であった。
報告の為に訪れた男に少女は微笑みを浮かべて近づいていく。裸のままで。
「如何なさいますか?」
「わかっているでしょうに」
直立する男にフィブリルはしな垂れかかる。緑の長い髪が揺れる。しかし男は動かない。手を後ろに組み泰然自若と少女の戯れを無視している。
「ふふ、勧誘いたしましょう。わたくしたちのギルドに」
「ですが、勇者様に入って頂けるでしょうか。ギルドなど自ら作れば済む話です」
言葉の上では真面目に話し合いながら、少女の体は淫靡にすりつけられる。背が届けば今にもキスを始めんばかりだ。
「その時は・・・お願いしましょう。いつも通りに」
「おおせのままに」
「・・・・・・・つまらない」
「何がでしょうか」
いつまでも反応しない男に焦れたように離れたフィブリルの目が妖しく光る。藍の瞳から放たれる紫の妖光。
「・・・・・」
男の目から光が消える。後ろ手に組まれていた手が左右にだらりとぶら下がった。
「良い子です、ガウェイン。今日も『お願い』しますね」
それが合図であったかのように、男の手がフィブリルの肢体へと伸ばされた。
朝、ふと違和感を感じて目を覚ます。目を開けると目を閉じたリウの顔が眼前にあった。今にもくっつきそうなほど、というか一部が既にくっついていた。唇がねぶられる。なにこれ。何で眠っている相手に口吸いされてるんだろう。
離れればいいのかと体ごと頭を遠ざけると、追いすがるようにしてリウは離れてくれない。はむはむとアルフレッドの上唇を甘噛みしている。牙を立てられたらと思うとぞっとする。
(アーシェ、助けてー)
いつも僕より先に目が覚めているアーシェに助けを求める。
「・・・・・。」(ぐ)
案の定先に起きていたアーシェはこっちの事情を把握しておいてそれでもグーサインでアルフレッドを応援するにとどめる。
(僕、何を応援されてるの)
などとのんきなやり取りをしているのもつかの間。
「!!!?」
全身が煮えたぎるように熱くなった。
「がっ・・・・あ、ぐ、あああああ!!!!!」
火照ったとかそんなレベルではない。火に直接かけられているようだ。視界が真っ白になる。死が脳裏をよぎる。頭ががんがんと警報を鳴らす。手がどこかを抑えようとわななくのに、何処を抑えればいいのか分からずただ震えるばかり。
「・・・・・。」
これ程苦しんでいるのにアーシェはいつもの無表情だ。心配すらしていない。ひどい、と思うのもつかの間、こんなことを考える余裕がある自分に気付く。
「あ・・・れ・・・」
気づけば唇を塞いでいたリウはいなくなり、狂おしいほどの熱は名残すら残さず消え去っていた。そして最も痛みの大きかった右手の甲へと目をやると、禍々しくアギトを開く竜の刻印が刻まれていた。
「なに、これ」
「・・・・・?」
そこで初めてアーシェが異変らしきものを感じて首を傾げる。つまり今の出来事はアーシェが反応する間も無いほど、一瞬の出来事だったというのか。
「一体、何が・・・」
瞬間。アルフレッドの意識が飛ぶ。
白の世界。ただ椅子が一つだけあり、自分はそこに座っている。そんな自分の膝の上で、足をぷらぷらさせているリウがいた。
「リウ?」
「?」
呼ばれてこっちを向くリウ。何か用かと問う視線は先ほどの熱烈な行為を感じさせない純粋なもの。
『マスター、何か質問があるのではないですか?』
そこへ現れるシン。その姿形は人の姿のリウと全く同じなのに纏う雰囲気と目の色が違う。リウは瞳の色は蒼、雰囲気は無垢といったところだが、シンは瞳の色は紅、雰囲気は静謐と言える。そこで思うのは雰囲気など当てにならないなあという事。
「じゃあ。一つ。何で僕リウに唇奪われたの?」
『リウのお腹が減っていたからです』
「また!?」
『他に質問は?』
「あー、無いです」
『うそー』
そして意識は戻る。
「あるふ。お腹空いた」
「あるふ・・・?アルフレッドだけど・・・」
「あるふれ?」
「アルフレッド」
「ある!」
「減ってる!アルフレッド!」
「ぱぱ、おなかすいた」
「面倒臭がらないで。まあ、朝ごはん食べようか・・・」
脱力させられてしまった。
「・・・・・。」(ぴと)
「アーシェ?」
アーシェがアルフレッドの額に手を当てる。
「・・・・・。」
「・・・・・?」
「・・・・・。」
大丈夫か。と見てくるアーシェ。
「あ、うん、大丈夫みたい?」
「・・・・・。」(こくん)
ならばよし。とアーシェは頷いた。
みんなで酒場に向かった。




