第九話 女盗賊
「な、なんやねんあんたら!装備破壊とか破壊された方の気持ち考えたことあるん!?お母ちゃんの手作りとかやったらどうする気や!」
「あー・・・。ヒメ、任せても大丈夫か?」
「はい」
胸を隠すようにして縮こまりながらもオーマ達へ恨めし気な視線を向ける暴漢もとい暴女かっこ全裸。その目の端に涙が浮かんでいるのが少しこちらの罪悪感を誘う。二つの意味で見ていられなくなったオーマはヒメに応対させる。
大丈夫かと聞いたのはやり過ぎてしまわないか、そこを心配したのだが、体ではなく服を切り裂いたあたり理性はまだあるのだろう。ヒメの言葉を信じることにする。そのままオーマは後ろを向く。勇者がどんな存在だろうが俺は常識を貫いてやる。
「さて、あなたがこんな目に遭っている理由ですが。オーマを攻撃した報いですけど何か?」
「ひい」
流石ヒメ。早々に力関係を思い知らせた。声を聞いただけのオーマまで身震いしてしまう。
「その健康的に焼けた肌に傷を付けなかっただけ感謝してほしいものです。ふふ、やんちゃな女の子が涙目になっているのはそそるものがありますね」
肌の色よりヒメが黒い。だが何故そんなにも怒っているのだ。やっぱり俺の所為なのか。結局さっきの件はうやむやになってしまっている。後でもう一度謝ろう。
「まずは名前を教えてください」
「名を訊ねんなら、まずあんたらから名乗りぃ!」
「ヒメです」
「オーマだ」
「あ、はい・・・セラといいます」
黙秘を許さないという雰囲気を漂わせるヒメ。
後ろを向いたまま背中で語る純白のランニングシャツを着たオーマ。
どちらに気圧されたのかあっさりと名乗るセラと言う名の女の子。
「・・・・・・・・・」
それを見て傍観者であるリーナは何を思っただろうか。
「セラさんはこの森で何を?」
「何でもええやろ」
「ご自分が倒れていたことを理解されてますか?」
「倒れてた?あんたらに襲われたんとちゃうんか?」
セラはいぶかしげな目をヒメに向けているのだろう。疑念がこもった確認の声。確かに目覚めたら見知らぬ男に手を伸ばされていたらその可能性も思い浮かぶのか。あるいは愛の戦士じゃなくても俺が怪しく見えたという事か。認めたくないが・・・。
「あなたは私たちの仲間と一緒に森の中で倒れていたんです。倒れる前の状況を覚えていますか?」
「・・・・・ありゃ?」
「覚えていない・・・と?」
「変やな。朝の記憶はあるんやけどそれからなんか曖昧や。うち何してたんやっけ?」
記憶が無い、とヒメが静かにつぶやく。記憶喪失と来れば俺と被るものがあるが、無くなっているのは短い期間だけの様だ。
「なら、何故先ほどオーマを襲ったんですか?」
「あ~なんや、誤解やったみたい?」
質問と言う形である程度ヒメから事情を伝えられ、自らの勘違いを理解したセラはあっけらかんと言う。襲われる、さらわれる、そう思ったからこその反抗。それに対しヒメが静かに口を開く。
「オーマ、いっそこの子襲いませんか」
「襲いません」
何を冷静な声で言っているのか。勇者のすることじゃないだろう。勇者じゃなければやったかというとそれもノーだが。
「物騒なやつやな~。それはそうと服貸してもらえへんか」
「・・・・・・・」
「そんな冷たい目でみんといてーや」
話は済んだとばかりに服を要求するセラはさっきの警戒心をどこへやったのか打ち解けた様子だった。ヒメの雰囲気は全く変わっていないのに。
「ヒメ、もういいだろ。解放してやれ」
誤解による攻撃だったのなら責めても意味がない。裸一貫をいびったところで得るものも無いだろう。なによりヒメの作り出す冷ややかな空気が心臓に悪い。
「ごめんなさい、代わりの服はないんですけど、まあ・・・いいですよね?」
「良いわけあるかい!」
ヒメの言う通り確かに装備の余りは無い。となると誰かの装備を外す必要があるのだが、そこまでしてやる必要があるかといえば、まだ殴られた頬がじんじんしている。
回復魔法は一通り覚えたこともあってこの程度自分で治すことができたのだが、だからと言って殴られた恨みが消えるわけでもなく。常識ある勇者であっても、聖人ではない俺はすべからくして根に持っていた。表には出さないが。
「なあ、そこの常識人っぽいおにいちゃん。服ないんか?寒いんやけど?あんたの連れのせいやねんけど?」
「ヒメ、もういいぞ。解放してやれ」
「どこに解放する気や!自然にでも帰す気かい!!」
繰り返すは先ほどと同じようで違う意味の言葉。その些細な違いに気付きツッコミを入れるあたり奴の属性が窺い知れる。
「じゃあ、そういうことなので。歩く破廉恥はお帰り下さい」
「誰のせいや!誰の!」
「はあ、仕方ないな」
袖にしようにもこのままで裸で放置しておくのも目に毒だ。リーナと違って出るところは出ている。
「よこしまな気配を感じます。私はまだ発育途上なんです」
頭の上からリーナが身を乗り出しオーマの額をぺしぺしと叩く。落ちるぞ。
――オーマは『魔王のTシャツ』を外した
「ほらよ、これでも着ておけ」
そう言えば『魔王のTシャツ』を装備しているはずなのに俺の上半身は『おっちゃんのランニングシャツ』のみ身に着けられている。魔王のTシャツはいずこへ。装備を外しても外見に変化はなかったがアイテム欄には『魔王のTシャツ』が戻って来たのでそれを取り出し後ろ手に投げる。もちろん見た目はよくあるTシャツ。
逆にしたらよかったと頭をよぎるも『おっちゃんのランニングシャツ』は装備品というわけではないらしく装備欄には表示されていなかった。俺は一体何を身に着けているのだろうか。
「何やこれ、めっちゃ強そうやん。もうけもんやな」
受け取ったらしいセラはそのよくあるTシャツの真価に気付いたらしい。声がはしゃいでいる。
「そんなお宝をぽっとでの子に上げちゃうなんてオーマのお人好しは最早罪です。あの子が黙っていませんよ」
よくわからない怒り方をしているヒメの影で渡された装備を着ている様子のセラ。
男物のTシャツのみを着るという少しあれな服装。サイズの大きいTシャツは下半身も隠していたが胸の隆起が全体として服の端を引き上げぎりぎりな状態。
「むしろ破廉恥レベルが上がってます」
「勝手に変なスキルつけんなや」
「もう大丈夫か?」
「一応な」
その言葉に後ろを向いていたオーマが改めてセラと顔を会わせる。
「なんというか・・・」
「あんまみんといて」
言葉では照れていながらも気にしたようすもなく頭をかいている。全裸でなければそれでいいのか。羞恥心のラインが分からない。
開口一番口ごもったオーマにヒメもまた反応する。
「じろじろ見るぐらいなら後で私に強要して・・・って、全然興味なさそうですね」
「まあな」
見知らぬ女の子の赤裸々な姿。スタイルも良いし、男として興奮しそうなものなのだが、オーマの反応には呆れといったものしか含まれていなかった。
「ロリコン大魔王の面目躍如です?」
「まて!リーナにだって興味は無かった!」
「ロリコン・・・?」
「じゃあ、誰になら興味あるんですか」
「・・・・・・・・」
~選択肢~
→ヒメ
あれ・・・?ヒメだけ?選択肢ですらない?
げしげし
ちょっとまて。え、まじで?俺ヒメにしか興味ないの?生き別れの恋人がいる気がしていたのは気のせいだったのか?
げしげし
「こら、リーナ、蹴るんじゃない」
「乙女心をお察し下さい!」
「一人二役かいな・・・」
セラから変な感想が帰って来た。どういう意味だ。
「お前、もういいぞ。町にでも森にでも好きなところにお帰り」
「なんで野生動物相手みたいになってんねん。ついてくに決まっとるやろ」
「なんで?」
割と本気で驚いている。
「こんなかっこの女一人森に置き去りにするきかいな!」
「でもお前盗賊の首領だろ?」
「な、なんでそれを!!?」
さっき戦ったときに
――盗賊の首領に不意をつかれた!
って出てたから。
「ふっ、お前の正体なんて初めからお見通しだったんだよ!」
「な、なんやてー」
「オーマ、楽しそうですね」
「ごほん」
咳ばらいをする。話しやすい人柄なのか、つい話が盛り上がったが、勇者と盗賊、互いに相いれない関係にある。
「俺たちにはお前の生殺与奪を自由にする権利がある。お前は逃げなくていいのか?俺たちの仲間が戻ってきたらもう逃げられなくなるぞ?」
リアン国の刑罰システムだが一部の犯罪者には賞金がかけられることがあり、捕まえてしかるべきところに引き渡せば賞金を得られるらしい。ちなみにその後、犯罪者は牢獄で一生を過ごすことになるとか。相変わらず犯罪者に厳しい。この盗賊の首領セラに賞金がかけられているかは知らないが、捕まることは避けたいはず。ましてや女であれば牢獄行きより悲惨な結末だってあり得る。
「なんや、逃がしてくれんのかいな。お人好しやなー」
「言われてますよおじさん」
「逃がすつもりはないぞ?」
「え?」
「逃げられたら仕方ないし追うのには都合が悪い。でも逃がすつもりはない」
という体裁は保っておきたい。
「どういうこっちゃ」
「鈍いな」
「捕まえておくのも面倒くさいから逃げるならさっさと逃げろってことです。逃げないなら・・・・ふふふ」
「面倒くさいってそんなわけないやろ~」
「いや、その通りだが」
「嘘やろ?」
なんなんだこいつは?捕まえてほしいのか?だが残念ながら今は所持金が50000Gに迫りつつある。
「いや、今は正直これ以上金を得るわけにはいかなくてだな」
「なんでですか?」
その理由を知らないヒメは不思議がる。
「たまちゃ・・・・・いや、お金の持ち過ぎは良くないからな。腐らせるだけだ」
「それは、私を非難しているのでしょうか」
「お前、実際いくら持ってんの」
「耳、貸してください」
「ん」
貸して、といいながら自分の方から近づいてくるヒメに耳を傾ける。
「ごにょごにょごにょ」
「何で語呂合わせで覚えてるんだ?」
「誤差の範囲で少し減りましたけどね」
それを数字になおすととんでもない額になることだけはわかった。てか、そんなに金貨存在するものなのか?娘がそれだけ持ってるのに父親のお小遣いが100Gなことに少し物悲しさを感じる。
「なんやぎょーさん持ってることはわかった。ちょっとちょーだい」
盗賊だけあって金にがめついのかそんな要求をしてくるセラ。
「欲しければオーマに買われてください」
「お前は一体俺をどうしたいんだ・・・」
「私の物に?」
「それがなんで女を買うなんて話になるんだ!」
「あれ・・・?」
「そんで、いくらぐらいもらえんにゃろ」
「売女は黙ってろ!」
「うちまだ処女やもん!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「何か言いや!」
どうするんだよ、この空気・・・。
「教育に悪そうな会話ですね」
「あの、買うと言うのは戦闘力とか労働力とかいう意味でして。傭兵的な意味でして」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・う、うちはそうやと思ってたで?」
「結局逃げないのか」
「なんやその顔、あほみたいやで」
「いいか!?このまま一緒に居ればお前は酷い目に遭うんだ!もうはっきり言うが、頼むから逃げてくれ!お前には自由でいてほしいんだ!」
セラの両肩に手をやり必死に説得するオーマ。
「なんや・・・そんな必死になられたら、うち・・・」
「頬を赤らめるな!」
「早速落としにかかってますよ、ヒメさん」
「流石の私にも驚きの速さです」
「うんざりしてんだよ。何でみんなして押し掛けてくるんだ、しかも女ばかり!」
「あはは、あんた女運悪そうやもんなあ」
「私のことを言ってるんですか?」
「いやー?そう聞こえたんならそうなんちゃう?」
「・・・・・・・・・」
一瞬ヒメが不安に歪んだ顔でこちらを見る。が、すぐに目を逸らした。今更その反応は卑怯だろう・・・。
「ヒメ」
「なんでしょう」
呼びかけながらセラから離れヒメに近づく。
「情緒不安定である自覚はあるか?」
「・・・・・あります」
原因が俺にあるため触れにくいのだが、流石にここまで顕著なものを放置する方が悪い気がしてきた。
「ったく」
ヒメを引き寄せ頭を撫でる。
「あ、う。ごめんなさい」
撫でる手の下でヒメは項垂れる。冷たかった雰囲気が急速に鎮まっていく。
「いい。ただ、一応聞くが何に怒ってるんだ?」
「オーマが傷つけられ―――」
「え?」
「あ、ちが、くなくて、えと」
俺が傷つけられたから怒った?勇者に喚んだやつの言葉とは思えないな。今までの戦いも和やかに眺めていたことが多かった気がするのだが。しかしそう言えば今日はヒメが俺を守ろうとすることが何度かあった。心境の変化というものなのだろうか。
「そうか・・・・。ありがとな。いつも助かる」
「そうです、か?えへへ」
表向きは褒める。事実守ってくれることは助かる。だが何故かヒメに守られることを避けたがっている自分がいる。男としてのプライドだろうか。エゴと言われたばかりだがそれでも俺は―――。
「なんや手慣れてんなあ」
「日常茶飯事でいちゃつかれる私の気持ちも考えてほしいものです」
「おにいちゃん、腹話術上手いなあ。どうやってんのや?」
その言葉にようやく合点がいく。リーナが人形扱いされていた。
「お前、随分呑気だが牢獄行き自覚してるのか?」
「大丈夫やって」
「その根拠はどこから来るのか・・・」
「その前におじさんはあなたの部下をたくさん倒してきてるんですがそれは良いんですか?」
あえて触れないでいた地雷へと無理矢理踏み入れさせるリーナの言葉。ちなみに『地雷』とは地面に雷を発する罠を配置する魔法で、上に魔物が乗ると発動し高威力の雷撃を放つ恐ろしい罠だ。地雷と言うのはそれをさした触れるべきではないものと言う比喩なわけだな。・・・俺は何でこんな説明をしているのだろう。
「あーそれは許せんけど、見ての通り手も足も出ーへんかったしな。しゃーないわ」
だがその地雷原は全てが不発だったようだ。
「諦めがいいな」
「きっとどこかで罠にかけようとたくらんでるんですよ。殺すか縛るかして捨ておきましょう、おじさん」
「子どものする提案じゃないな」
「言わせてんのあんたやろ」
どうやらリーナが実際にしゃべっていても人形に見られるらしい。そのくせ自然に動くことを不思議とか怪しく思う様子もなくただそういうものと受け入れている。まさかこいつもリーナを服装の一部とでも解しているのだろうか。それに俺自身のランニングシャツへのツッコミも特にない。
目が悪いのだろうか。
「オ~マ~」
「おっと、無心で撫でてた」
「はふぅ。オーマのなでなでは凶器です。いえ、奥義です」
「なんだそりゃ。今度ヒメと戦う時に使えばいいのか?」
「勝てる気がしないです」
照れた様に笑うヒメはいつものヒメだった。
ちょろいなー。




