第七話 盗賊狩り
「死屍累々ですね」
木々が立ち並ぶ中、少し開けた広場に大勢の人間が倒れていた。オーマ達は広場を見渡しながらその惨状に足を踏み入れる。
「シャル!」
その中にシャルを見つけオーマは駆け寄る。うつ伏せに倒れていたのを仰向けにして、寝かせたままで何度か呼びかけてみる。
「・・・・ん・・・・・ぅう・・・」
「気絶してるだけみたいです」
オーマの頭が傾けられたため落ちそうになって、必死に髪に掴まりながら目の前にぶら下がっているリーナが言う。
「だけってのも変な話だな」
気絶しているというならその理由が何かあるはず。そして現状としてシャルの周囲に倒れている複数の人間、おそらくは盗賊だとは思うが。推測するに単独行動をとっていたシャルが盗賊たちと会い、戦闘の中で相討ちに至ったのだろう。
「オーマ、こっちにも女の子が倒れてます」
シャル以外男ばかりが目立っていたが他に女の子がいたらしい。ヒメが知らせてくる。見れば露出度の高い服をまとったヒメと同じくらいの歳の女性が倒れている。盗賊との関係性を想像するにあまり望ましくない理由がありそうだ。
「仕方ない保護しよう」
「おじさんは見知らぬ女の子を拾った~。 お持ち帰りすることにした~」
「頼むから言うな。他の奴らが起きたら面倒だ。二人を連れて森を抜けるぞ」
つれていくことを決めた以上、ちんたらしていても意味がない。いつ男たちが目覚めるかわからない今、さっさと離脱するに限る。
「お金は?」
「倒してもいないのに奪うような真似をしたらそれこそ盗賊と変わらない。放置だ」
「もう十分に稼いだからですか」
「やり過ぎたとは思っている」
さんざん道に迷った挙げ句、ここよりもっと酷い惨状を数多く作り出してオーマたちはここまで来たのだ。もう後戻りはできない。ちなみに迷っていた件だが最終的にはやはり目印通りに進んだ結果ここに来た。先人は偉大だ。
ともかくここを離れるためには、まず気にしなければいけないことがある。
「オーマは誰を抱えますか?」
「またか・・・。俺は何か?背中に人を背負わないといけない宿命でも背負ってるのか?」
「勇者ですからね。いろんなものを背負うことになります。人を背負ったまま宿屋とかに泊まるといちゃいちゃできます」
「・・・・・・・・」
最近勇者という職業は悪党に準じているのではと感じるようになってきた。箪笥を漁ったり、人から金貨を奪ったり、女の子を宿屋に連れ込んだり。それを国が許しているのだから手に負えない。俺が気にしてもしょうがないのでもう気にしないことにしたが。
「俺がシャルを背負う。ヒメ、じゃなくてリンがその子を負ぶってくれ。戦闘はヒメに任せる」
頼まれたヒメはほの暗い笑みを浮かべる。
「ふふ、最後まで足の力から抜け出すこと叶いませんでした・・・」
盗賊と戦いつつ剣気解放が発動出来るようになるたびに協力奥義を使ってきたが、最後まで足の力で貫いた。ヒメ一人で戦うことになれば当然協力奥義は使えない。足の力が愛の力に勝った瞬間だ。
「今は森から抜け出すことが先決だ。それにここは完全に盗賊の巣窟になっているらしい。一人しか戦えない状況で盗賊に大集合されても困るだろ」
倒しても倒しても出てくる盗賊たち。もうかれこれ100は倒しているのにまだまだ出てきそうだ。一人いれば三百人は存在するらしい。犯罪者が多すぎてこの国の治安が心配になってくる。
そんな状況に一人だけで対応できるのはヒメだけだ。
「お前の力が必要なんだ」
「言い換えると「お前が欲しい。」ということに?」
「ならない」
「我が愛しの主よ」
「構わぬ」
たまちゃんは偉そうに言いつつリンの背中から降ろされる。息を切らし肩を上下させながらも自分を背負えとは言わずに歩き続けたたまちゃんではあったが、少し前体力の限界が来たようでリンに強引に背負われていた。愛だの何だの言われて嫌そうにしていたが。
手の空いたリンとオーマに、ヒメは何気なく女の子を抱え上げ背負わせていく。
「愛は誰―――」
「そうと決まればさっさと行くぞ。それとリン、一応気を付けておいて欲しいんだが、その子起きた途端に襲い掛かってくるかもしれない」
ヒメによる設置が済み、いざゆかんと歩き出しながらオーマはリンに懸念を伝えておく。
「どういうことだい?」
セリフを遮られても特に萎えることなくリンは応答する。精神的にも打たれ強いようだ。愛の戦士は。
「色々と妙な点があってな。シャルがあの数の盗賊ごときに後れをとるとは思えないんだ。その子が人質にされたか足手まといになったって可能性もあるが、盗賊も倒れてるしシャルとその子の距離も空いていた。どうしてあの状況になったのか想像できない。なら警戒するに越したことはないだろう」
最初は相討ちを疑ったが、どこか違和感が残る。とすればその違和感の原因をあの場では異質だった少女に求めるのもおかしな話ではないだろう。・・・そうでなくても、目が覚めた時愛の戦士が目の前にいれば何をしてしまうか想像もできない。
「ああ、愛の下に了解した」
愛ってなんだろうな。最近その言葉を聞き過ぎて良く分からなくなってきた。
「オーマは名探偵ですね」
「推理じゃなく仮定だ。証拠も根拠もない」
ただ単に疑っているだけだ。もしかすると善良な一般市民かもしれない人間を。それでも見捨てずにこうして連れていくのだから勇者としての務めは果たしていると主張したい。
「だがその猜疑心は得難いものだ。勇者であれば尚更な」
意味深なことを言うたまちゃん。
「俺は何で急に褒められたんだ?」
「おじさんはポジティブです」
「褒めてなどいない。客観的にそうだと言うだけだ。勇者とは総じてお人好しがなるものだからな」
「おじさんも十分にお人好しだと思いますけど。素直じゃないだけで」
「ツンデレさんですね」
「どういう意味だ?」
ヒメがまた聞き慣れない言葉を使う。それに対してたまちゃんが聞き返す。やはりヒメの知識が少しずれているようだ。
「秘密です」
その会話の終わり、目にも留まらぬ速さで飛びかかってきた盗賊。余りにも唐突な襲撃。さぞや名のある実力派盗賊なのだろう。
――倒した!
戦闘にすら入らせず勝つヒメ。気が付けば盗賊が横たわっている。戦わずして勝つってこういうことなのだろうか。
ヒメが先導する形でやはり一列になって進む。
道中現れる魔物も盗賊も鎧袖一触、一撃でのしていく。俺のたっての願いもあってか殺さない様手加減しつつも決して再び起き上がれないように盗賊を制圧していくヒメ。
最初のうちこそ倒れ伏す盗賊の傍を抜けるとき警戒していたが、今やオーマ達後続は完全に気を抜いていた。それがいけなかった。
ぶほっ
「あ・・・・」
「どうした?」
「ごめんなさい、幻惑茸、踏んじゃいました」
申し訳なさそうに言ったヒメの足の下に、ひしゃげた物体があった。
ぶわっ
「ぶっ!?」
ヒメが優れているのはあくまで戦闘経験であって、例えば森の中を歩くことに慣れていようはずが無かったのである。シャルがいないことが仇になった。
幻惑茸。それがなにかはわからないが言葉通りに受け取るなら幻惑させるのだろう。一瞬であたりに巻き散らかされた胞子と思われる黄色い霧から察するに、この胞子を吸った生き物を。
そこまで思い至った時には既にオーマはその胞子を吸ってしまっていた。
ふと、黄色い霧の中、何かが風を切って迫る。切っ先、刃物、剣突。順に理解していったオーマはそれを辛うじて避ける。
「ヒメ!?」
その刺突はヒメによるものだった。黄色い雰囲気の中、刺突を躱されたヒメは態勢を整えゆらりと構える。妖しく目を光らせて。
(完全に幻惑なさっておられる!!?)
「ヒメ、ストップ!」
ぶん、ぶん、ぶん。
ヒメらしからぬ鈍い大振り。オーマでも辛うじて避けられるそれを繰り出す。止まることなく繰り返す。
(て、落ち着け。こういう時の為にいろいろアイテムがあるんだろう)
幻惑した時のためのアイテムもきっとあるはず・・・。幸か不幸か、こんな状況が初めてではないため焦りが感情を支配することも無く冷静に対処することが出来る。
オーマはアイテム欄を調べ、それらしいアイテムを見繕う。
『気付け薬』『リラックスハーブ』『フェアリードロップ』
このあたりだろうと狙いをつけ、まずは自分に使ってみる。
――オーマは気付け薬を使った!
(・・・・・・・・・・・・・)
何も変わらない。よく考えたら俺は幻惑していないのではないのか。なら使うべきは俺ではなく今も攻撃を続けてくるヒメ。
視線をやれば爛々と目を光らせ今にも飛びかかってきそうなヒメがいる。
あれ?どうやって使うんだろう。




