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第六話 遭遇

「さて」


 どうしよう。


 シャルは固まっていた。状態異常とかではない。いやある意味それに近いものかもしれない。ただ、これからどうするかも決められないほど、シャルの頭は思考を停止していた。




 少し前、オーマたちと別れての行動。木々の中、現れる魔物を特に苦も無く静かに倒す。もともとこのあたりの魔物に後れを取ることはない。魔法使いだろうが単独行動は慣れたものである。


 そこで聞こえてきたのは自分のものではない戦闘の音と怒号。


「見つけたっす」


 シャルは冷静にそこに目標の存在を定める。怒号の正体は焦った人間達の声。普通の旅人が普通の魔物にあってもあんな焦りは生まれない。ならその焦りを作り出したのはここにいるはずの無いなにか。


 すなわち。


 静かに騒音に近づいたシャルは茂みに隠れ様子を窺う。その頃には怒号は止み、しんとしていた。


「ちっ、この程度かよ。殺せねーってのに・・・」


 男の、幼い子供の声がする。さっきの怒号の野太い声とは全く違う。だが、その声にシャルは確信する。まさかこんなにも早く再びあいまみえることになるとは思いもしなかった。ネクスタの町での一件。あの時あいつの頭に付けておいた魔力の目印が役に立った。我ながら優れた判断力だ。


 頭はフードを被っていて分からないがあの白い尻尾。見間違えるはずがない。というか見間違える相手がいないだろう。その白い尻尾を持つ少年は横たわる盗賊たちの懐から金貨袋を抜き取っていく。


(魔族が金貨を集める・・・一体何のために?)


「ぐ・・・・・っつ・・・・何もんだ、てめぇ」


 少年の物とは対照的に低い声が聞こえる。少年の足元。その男は、他数人の男と共に横たわっていた。頭から血を流しなら。どうやら一人だけが辛うじて意識を保っていたらしい。


「あ?」


 シャルの潜む場所に背を向けていた少年は声がした方向を振り向く。結果シャルの方からその顔を確認することが出来た。間違いないあいつだ。その少年はフードの影でつまらなそうに口元をゆがめながら足を上げる。そして、意識のあった男を踏みつける。


「がぁっ!!」


「どーでもいいだろ、んなこと。それより。お前らのリーダー呼んでくれねえ?でないとお前ら腕の一本や二本は無くなるぞ?」


「だれ・・・がっ」


「あっそ。まあ、そうだよな」


 ごぎ、ぎ。鈍い音が響く。少年はゆっくりゆっくりと男の胸部に押し付けている足に力を込める。特に相手の精神を削ろうという考えがあるわけではなく、ただ少しでもこの時間を続けたいという風に。


 シャルは悩む。出ていくべきか。気持ちとしてはあの少年に一発特大の大魔球をぶち込みたい気分だが、同時に相手の思惑を知りたいという思いも、それにクロの行方も気になる。対して地面に横たわる男たちはその身なりから察するに皆、盗賊。盗賊は敵だ。魔物、あるいは魔族と同様に。助ける必要はない。


(・・・・・・・)


 それでもシャルには見捨てることは出来なかった。だが、シャルが動くよりも早く、向こうで動きがあった。


 痛みの為か、今度こそ気を失った男に興味を失い少年が顔を上げる。


「まだいたのか。つーかこの匂い・・・」


 少年はフードをそして鼻をピクピクさせ、シャルが隠れている茂みに目を向ける。その瞬間。


「イーガルお疲れー!ぼくは嬉しいよー!」


 少年に飛びつく影があった。


「っ・・・今どっから湧いて出た?帰ってなかったのか?」


「ぼくが大事なイーガルの活躍を見逃すはずがないじゃない!」


「はあ?」


 少女だった。白いワンピースをまとい、流れるような黒髪、その頭の上につば広の帽子をかぶった少女。誰かに似ている。シャルはそう感じた。


「嬉しいくせにー。うりうり」


 少女は仲睦まじげに白い尻尾の狼少年にすり寄る。


「やめろっての!そういうとこ無駄に―――」


ガサッ


 物音。草をかき分けるようなその音に、少年は言葉の途中で視線を即座にそちらに向ける。そして目を見開く。


「な・・・・・」


「およ?」


「・・・・・・・・へ?」


 いつの間にか、何故かシャルは立ち上がっていた。


 呆然と。シャルも、狼少年も、それにじゃれつく少女も。ただ無言で。


 何故自分は立ち上がってしまったのだろう。


・・・・・


・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・。


 と・・・ぼーっとしてる場合じゃない。冷静に冷製に・・・・あれ?冷製ってなんだっけ。パスタ?





「なんで・・・お前がここにいんだよ」


 少年からしても驚きである。盗賊どもの残党が隠れていると思った草むらに、かの魔法使いの少女がいたのだから。立ち上がっていたのだから。折角、気づく機会を逸したというのに。


「・・・・・・」


 少年の視線の先で、茂みの向こうに立ち、冷めた目を向ける少女・・・すなわちシャルは、こちらの質問への回答か自らの頭を指で二度とんとんと叩く。


 頭を使え?少し考えてみる。・・・わからない。


 首をかしげる自分に彼女は少し目を鋭くする。


 ふと頭をよぎるのは今の状況。少女に抱き付かれているこの状況。


 まずい・・・・わけではない。何もまずくない。人族のあいつ相手に後ろめたいことはなんらないし、あいつだって特に怒りとか悲しみとか、あるいは喜びとか、何か感情を発しているわけでは無い。


 そう結論付けられるはずなのに。何故か少年は動けず固まる。シャルも無表情のまま立ち尽くす。そして少年が動かないからか彼にくっついた少女も何を思ってか動かない。冷静に観察すればその口元に含み笑いが見て取れたかもしれないが、そこにいる二人は今初めて修羅場の当事者となるという経験に完全に固まっていた。もちろん今が修羅場だということを二人とも全く自覚していなかったが。


 沈黙が続く。


 敵が現れた!先制攻撃のチャンス!不意を突かれた!


 以上三つが被ってどうすればいいのかわからない。結局どれなんだ。


 見つめ合う。ある意味熱烈な恋人同士よりも長く、長く見つめ合う。




「おおっぉぉぉうらっせいいいいい!!!!!」


 それを破ったのは乱入者の無粋なおたけびだった。


 その声に流石に我に返った少年は眼前に迫る鉄の塊を見る。獣さながらの反射神経で瞬時に地面を蹴り、自らのいた場所に振り下ろされるハンマーをくっついている少女ごと躱す。そして反復。再び地面を蹴りそのハンマーを思いっきり拳で殴る。


パリン。


 その重厚な見た目に反して、甲高い音を立てそれは中心から真っ二つに分かれる。


「おおお、真っ二つ」


 そこで初めて少年は振るわれたハンマーの持ち主を見やる。


 巨漢。ではなかった。男、ですらなく。筋骨隆々なわけでもなく、華奢な女だった。少年の拳圧に獣の毛のような茶の髪が広がりその表情が覗く。自信満々の笑み。ハンマーを手放し胸と下腹部より下のみを隠す露出の多い服装のいずこかからナックルを取り出し、胸の前で拳を、ナックルを構える。


「うちのんが世話んなった。覚悟はええか?」


 どうやら目的の人物。盗賊のリーダーらしい。


 獰猛な笑み。浮かべたのは二人とも。自らの拳の衝撃で自分のフードが取り払われてしまった少年はそれを隠そうともせず口角をつりあげる。


「こーら。何やる気になってんのさ」


 こつん。


「?」


 未だにくっついている少女に小突かれ少年は睨みをそちらに向ける。


「シャルがいるんだよ?すぐに他の皆も来ちゃうよ」


 そう言われ少年は本来の目的を思い出す。目的を考えればいつもでもここに留まっているべきではないと、その考えに至る。


 折角これから面白くなりそうだって時に。とはいえまたあの女と対峙するのは避けたい。野生の勘があれには逆らうなと言っている。


「イーガルはえらいもんね~我慢できるよね~」


 イーガル。少年の名はイーガルと言うらしい。その情報をシャルが得たとき、ふと少女がこちらを見ていた気がした。


「お前、俺を馬鹿にしてるよな」


「色気より喰い気じゃねえ・・・。ねえ、シャル?」


「へ・・・・・?」


「じゃあ、またねー」


 そんな能天気な少女の声と、思い出したように少年がシャルに送る視線を残し、イーガルと呼ばれた少年たちは姿を消した。


「はっ」


 そこでようやくシャルも正気に戻る。今までこんがらがっていた状況が一斉に整理され始め、現状を理解するに至る。


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


 今度は残された二人が見つめあう―――女盗賊の首領と対峙してしまっている今の現状。


「えっ、戦うん?」

「えっ、戦うんすか!?」


「戦わへんの?」

「戦わないっすよ!?」


「そうなん?」


「は、はい」


 戦う必要はないらしい。言葉は人類の叡智だ。


「・・・・まあ、あんたは手ぇ出してへんみたいやし?」


「・・・・・・・」


 女盗賊は地面に何人も横たわるおそらく部下たちに目をやる。彼らの傷は打撲傷が主だ。魔法使いによるものだとは考えにくいと判断したのだろう。また、彼らを介抱するにしてもシャルがいては動きにくいと言外に示している。


「失礼するっす」


「ほな、な」


 得心の行かぬままこの場はお流れになってしまったらしい。いつもなら戦ってもいいのだが、今はあいつらに引き合わせれたかのようで馬鹿正直に戦うのは避けたい。


 シャルは振り返りその場を後にしようとする。そしてその先にある馬鹿げた気配に直面し独り言をつぶやく。


「結局追いかけてきたんすね」


 感じる強大な魔力。ともすればボスでも現れたのかと思ってしまう、その持ち主の居場所をあっさりと知らせる馬鹿げた力。一人で来たのはこれを考慮したためだ。隠密行動は無理。早めに隠す方法を教えないといけない。それはそれとしてどう言って戻ろう。勝手な行動を許してもらえるだろうか。




 それにしても一体あいつは何なのか。魔王軍の四天王ということはわかっているが、それが自分にあの態度は何だというのか。なんというか、気にかけられている。


「イーガル・・・・イーガル・・・・」


 言葉にしてみてもしっくりこない。覚えはない。構われるいわれも無い。なのになぜこうも分からないことにイライラするのか。むしろあいつにイライラしているのか。


 もしかすると・・・。


「・・・・っつ・・・」


 頭が痛む。まるで思い出すことを止めるように。思い出すような過去も無いのに。めまいにも似たわずかな変調に思わずふらつく。


 ふらついた先、目の前の少女に手を伸ばされる。


(へ・・・?)


 一瞬ながらも、致命的なまでの隙。


 その手が額に触れた。


「ごめんね。今はあんまり知られたくないんだ」


 少女はそれだけ言い、用は済んだとばかりに姿を消す。意識を失ったシャルには届かなかったが。


どさっ






 倒れ伏す音にその場で唯一意識のある女盗賊は振り返り、今さっき別れた魔法使いへと視線をやる。倒れているその姿へ。そして倒れているシャルを認める。


「ちょ、あんた大丈夫なん?」


 呼びかけてみるが反応は無い。無反応。転んだだけというわけでもないらしい。


「えええ。・・・てか、なんや。この人数運ぶの大変過ぎひん!?」


 優に二桁を数える倒れた部下たちへの対処に女盗賊は途方に暮れていた。


「うん、ごめんね。でも君も運ばれる側なんだ」


「はっ?」


「おやすみ」


「こい・・・・つ」


どっ





「死屍累々っと」


 多くの者が横たわり意識を失っている中、少女は笑う。全てが自分の思い通りに進みつつあるのだ。これが笑わずにいられようか。


 とはいえ先はまだまだ長い。


「頑張ってね。お兄ちゃん」


 なーんて。あはは。








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