その手のぬくもり 頭のぬくもり
ふにゃあ~~
大きなベッドの上、魔王様の膝を枕に、うとうとしている。
優しく頭を撫でる大きくて暖かい手のひらが、この場所が世界で一番安全な場所だと教えてくれる。
「相変わらず甘えん坊だな」
その言葉に反論する気も無い。むしろ何故昔の自分がそれを否定してたのか不思議なほどだ。ゆっくりと一定の間隔で繰り返される手の動きはまるで子守唄のように私を眠りに誘う。
「はへぇ~~」
「大事な話のつもりだったんだが、大丈夫か?」
「はひぃ~~~」
これは、そう、あの日の夢だ。魔族を一通り統一して一段落した時、魔王様が大事な話があると私だけを呼び出した。オーレリアさんや龍爺さんが、「ついにこの時が」「ようやく報われる日が」とか言っていたが、そんな話ではないのは悲しいかな私が一番わかっていた。
「聞いてるか?」
「~~~~~」
それはそれ。存分に魔王様のなでなでを堪能している私。自分とはいえ、へにゃへにゃし過ぎではないだろうか。とはいえ仕方ないとも思っている。あれはまさしく、麻薬。猫にとってのまたたびとはまさにあれと同等の代物・・・!
「何か嬉しそうだけど、なんか良い事でもあったか?」
「げんざいしんこーけいで~」
「おお、また難しい言葉を覚えたな、えらいぞ~」
愛でるためのなでなでが褒めるためのものへと移行し、手が往復する。それもまた存分に堪能しつつ、当時の私が全力で引き起こした理性で本題に戻そうとする。が、なでなでの前には無価値。理性はあっけなく崩れ去った。
なので、これからの魔王様の話は私の耳に届いているかいないか微妙な所である。
「魔族もそれなりに固まって来た。これからは政治というものも考えていかなければならない。だからアーリアを宰相とかそういうナンバー2に据えたいと思う」
「~~~~」
「まあ、軍師だとか参謀だとか、呼び方は何でもいいんだが、そこら辺の管理を全部お前に一任する。大変だとは思うがやってくれるか?」
「~~~~」
「そうかやってくれるか、流石は俺の腹心の部下だ。えらいぞ~」
「~~~~」
思えばこの時に、きちんと心を入れて聞いていれば魔王様の考えに気付けていたのかもしれない。気付いたところで魔王様の望みを否定できたかと言えばそれも無理だっただろうけど。
「力で支配する時代なんて辛いだけだ。その方法を否定はしないが俺は望まない。だから、アーリアには、俺がいなくなっても続く、体制基盤を作って欲しい」
「~~~~」
「滅茶苦茶大変なのはわかっている。だが、知っての通り俺たちには、いや、お前たちには猶予が無い。手伝ってやりたいのは山々だが、なにぶん俺は馬鹿だからな」
「魔王様は馬鹿じゃありません!たくさん、私たちを助けてくれてます!」
それまでうつらうつらしていた私が魔王様を侮辱する言葉に跳ね起きる。
「お、おう、そうか、ありがとな。とはいえ、賢くないのも確かでな。政治とか経済とかよくわからないんだよな~。そもそも人族のやつらどうやってんの?永続的に増えていく金貨とかどうやって価値保ってるんだ?」
「けいざい・・・?」
「その点、お前は呑み込みも早くて応用も出来る、その上、相手の腹の内も読めて、情報伝達に強い。最強なんだ、お前は」
「そうでしょうか・・・」
それでも私たちには魔王様が必要だった。強いからとか、知識があるとかはもう些事だ。家族として、導き手として、王として、あらゆる面で私たち魔族は魔王様に依存していた。
だからこの後、私が、なんばーつーになろうと思ったのも、一番上に魔王様がいてくれるからだった。
だから―――その決意に疑いなど何一つもつことなく。
「だから、早急だとは思うが、人族の資源、奪い取るぞ。戦争だ」
その決意に魔王様の負の観念を感じていながら。
「アーリアはその中で学べ。軍を、国を動かす方法を」
「はい!」
「いい返事だ」
そして私は魔王様の命令に従うままに、世界で一番大切な人を死なせてしまった。
私は逆らうことを知らなかった。
だから今度こそ。魔王様のあの日の言葉通りに。
その証明の為に私たちは勝たなければいけない。魔王様のいない魔王軍で。魔王様に。
「アーリアの下剋上、期待してるぞ」
「げこくじょう?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・??」
夢を見ていた。
ただただ広い空間に自分だけがぽつんと立っている。
目の前には巨大な祭壇が佇む。
夢の中の自分は何かに引き寄せられるようにその祭壇の頂上へとつながる階段を上っていく。
一つ、二つと、ただ階段を上る。そのたびに、左右に並ぶ燭台に蒼き火が灯る。
そんな、よくあるかはわからないが、他愛もない夢。
ようやくその階段を上りきり、その頂上にあるものに目を向けようとした瞬間。
「・・・・あ」
目が覚めた。
テントの中。胸が高鳴っている。恐怖とか、驚愕とかじゃない。これは高揚だ。今見ていた夢のどこに高ぶる要素があったというのか。ただ自分がわくわくしていたのは事実だった。あの祭壇の頂上にあるものが何なのか、それを知りたくてどきどきしている。こんな感情いつ以来だろう。
だがそんな高揚も、うたかたに消えていく。やがて夢の余韻も消え去り、惜しく思いながらも寝床から起き上がる。そして気づく。
自分が寝ていた隣に何かの存在を感じる。確認の為に毛布をめくる。するとそこには蒼いドラゴンが寝息をたてて眠っていた。ごつごつと硬そうな鱗、寝息と共にその背から生えた翼が上下する。猫のようにくるまって丁度アルフレッドの脇の下に収まるくらいの大きさの、ドラゴン。ドラゴン。
「・・・・・・・・・」
まあ、そんなこともあるか、と。アルフレッドはそのドラゴンの角に触れる。つるつるしていた。ドラゴンの角を触るのは初めてだ。初体験だ。
「・・・・・!・・・・・っ!・・・・・・・!!!」
ドラゴンを放置して外に出ると、朝日を受けて輝く緋色の髪をたなびかせ、槍を振るう少女がいた。
「おはよう」
少女はちらりとこちらを見ると無言で頷く。そしてまた鍛錬の一環として演舞を続ける。見慣れた光景。それを綺麗と思うのもいつものことだ。
幼馴染と二人で旅に出て、何事もなくリアン領に入って、それからしばらく、いくつかの町を越え旅を続けている。そしてまた、いつもと変わらない一日が始まったのだ。
ぼふ。
ふと、ずしりと頭が重くなる。
『お腹空いた』
『マスター!リウが空腹です!早く朝食の準備をしましょう!』
心に響き渡る何かの声。何・・・これ?
「・・・・・・。」
ふと気づけば正面の少女が視線をこちらに・・・いや、僕の頭の上に向けていた。
自分の頭上。そこに何があるのだろうか。頭が重いのも関係があるのだろうか。とりあえず確かめるために自らの頭上へと手を伸ばす。
がじっ
「いっつ!!???」
痛かった。かじられたらしい。
『今のリウは何でも食べますよー』
ぺしぺし。
後頭部を叩かれる。多分尻尾で。
「・・・・・ご飯にしようか」
「・・・・・・」(こくん)
その日の朝食で、食料が尽きた。同時に蒼いドラゴンが仲間になった。餌付け?
今までとは少し違う日常が始まった。




