第四十三話 魔毒
「これから、治療を始める」
すべての魔導書を読み終え準備は完了。これで治る保証はない。だからといってなにもしなければ、なにも起こらない。
「一応説明責任と言うものを果たしておこうと思う。俺は医者じゃない」
患者の、リーナの前に立ちなんとも無責任な説明をする。返事がないから完全に独り言になっているが多分聞いているような気がする。なので。
「よって、考えることはやめて、試せることを片っ端から試すことにした」
下手な魔法数打ちゃ当たる。これが俺の秘策だ。
もちろん何の根拠もなくそんな暴挙にでようというのではない。如何に回復魔法といえど、病人に使うのだ。ことは慎重に慎重を重ねるべきだった。ということでまず試し撃ちをする必要があった。対象はもちろん自分(分身)に。
結果。
――しかし効果は無かった
――やっぱり効果は無かった
――それでも効果は無かった
――いかんせん効果は無かった
これである。俺の魔法は失敗したらしい。なんかよくわからん白い光が時に神々しく、時に優しく、分身に降り注ぐが、効果なし。そう告げられただけだった。いきなりの挫折である。これが本番でなくてよかったと思うとともに絶望した。魔導書十数冊を無駄にしてしまったのかと。
そして幾度目かの回復魔法、『ホーリーエイド』を使ったときにそれは起こった。
――リーナのHPが全快した!
(・・・・・・・・・・・・・)
まさかの患者に飛び火していた。効果範囲の広さを見誤った。
だが、魔法の効力は確かに働いていた。
「癒しの光よ降り注げ!『ホーリーエイド』!」
――しかし効果は無かった
二度目、今度はリーナを対象に唱えてみるも、結果は効果なし。
それから幾度かの試行錯誤を経た結果。
「おりゃ!」
「・・・・・・・」
「分身のくせに避けんな!!せい!」
「・・・・・・・・」
「ぐは!」
クロスカウンター。
――オーマに7のダメージ
――オーマ(分身)に40のダメージ
「こんにゃろ・・・。癒しの光よ降り注げ!『ホーリーエイド』!」
――オーマのHPが全快した!
――オーマ(分身)のHPが全快した!
結果、わかったことは回復魔法は予めその魔法で効果の出る状態じゃないと、効果が無い事。要するにHPを回復する魔法ならHPが減っている必要が、毒を治す魔法なら毒にかかっている必要がある。なら、俺がすべきことはひたすらリーナの病気に効く回復魔法を探すこと、というのが結論だった。
魔法はその結論として、道具の方も試してみた。
どうでもいいが『薬草』ってどう使うんだろう。食べるのか、傷口に塗るのか、湯がいてその液を使うのか。
取りあえず分身の口に草のまま突っ込んでみる。治療と見なされたのか今度は反抗はなかった。
――ここで使っても意味は無い
――繰り返す。ここで使っても意味は無い
――再三繰り返す。ここで使っても意味は無い
――意味無いつってんだろ!!!
これが以前シャルが言っていた。ダメならダメで使えないということなのだろう。なるほどなるほど。
道具も同様に効く状態じゃないと使えないことがわかった。
「さて」
これで準備が整ったわけである。
片っ端から回復魔法を唱えていく。どうやらリーナのHPは一定時間の経過で減り続けているらしく、HPは回復する。だが、それ以外の効果は出ない。究極魔法一歩手前の大回復魔法、戦闘不能すら治す『リザレクション』もただ室内を光で満たすのみだった。
道具に切り替える。
道具はどう使うかを考えずとも、アイテム欄から選び、「使う」、「リーナ」の順に選ぶと俺の体が最適行動をとる。
取りあえず『薬草』を使うと、リーナの口(多分そうだと思われる)に手を無理矢理つっこんでいた。
――リーナのHPが全快した!
(乱暴だな)
などど他人ごとのように考えながら『毒消し草』『回復薬』等、どんどん使っていく。ある時は使えず、ある時はHP回復に留まり、ある時は熱々のうどん一本ずつ口に入れ、ある時は熱々のおかゆをすくって口元に運ぶ。
心なしかリーナの目元に涙が浮かんでいる気がした。余程おいしいのだろうと思うことにする。
そんな時間も気づけば終わりに近づいていた。『エリクサー』を飲ませるもやはりHP回復の効果しかなかった。
「まじか・・・・・」
ヒメに買ってきてもらった道具もシャルに譲られた魔導書の回復魔法もこれですべて試したわけだ。なのに成果無し。正直に言えば焦っていた。どうしても助けたいのに、全く改善が見られない。諦めたくないのに、諦めが頭を支配していた。
後、試せることと言えば、魔法なら、回復以外の魔法。シャルがいっていたような方法。
道具なら・・・・『魔物の狼肉』・・・毒を以て毒を制すという考え方もあるのか。他に、『星酒「天波」(飲みかけ)』、あと『氷狼の涙』。
魔物の肉はともかく他の二つを使ってみるか。
取りあえず、適当な回復魔法でHPを全快させて、『星酒「天波」(飲みかけ)』を使ってみる。
リーナの口に瓶の口をつけて逆さまにして中身を流し込む。これは本当に医療行為なのだろうかと不安が鎌首をもたげる。弱気になるな!おれ!
――リーナは酔っぱらった!
(・・・・・・・・・)
余計な状態異常を足してしまった。だからといってへこたれるわけにはいかない。次に『氷狼の涙』。
――リーナの魔毒が治りやすくなった!
「まじか」
まさかの効果ありである。だが治りやすくなったということは、まだ治っていないということである。
「清き流れよ、邪を祓い流せ!『ピュリファイ』!」
――リーナの魔毒が治った!
「・・・・・・・」
こうして俺の戦いは何ともあっさりと終わった。努力が微妙に無駄だった気もするが、得てして世の中こんなもんだろう。今は結果を喜ぼう。ありがとう、みんな。ありがとう、分身。ありがとう、アーリア。
治癒したリーナを観察していると、体を覆っていた腐肉がぐずぐずと焦げたかのように黒くなり剥げ落ちていく。腫れていた顔面も、徐々に徐々にその体積を減らしていき、やがて俺の知るリーナを見て取れる顔へと落ち着いていく。体中に残った痕は消えないが、安静にしていればいつか完治すると思いたい。
とにもかくにもこれで―――
「・・・・・・・ぁ」
「起きたか?」
体とは現金なもので元気になった途端その活動を再開したらしい。リーナの目が何度か震えた後にゆっくりと開いていく。
「まだ治ったばかりだからな。今は寝とけ」
「・・・・・・・・・すん」
「?」
「ひっく・・・・ふぇ・・・・・ふえぇーーーーん!!!」
「!!? 何故泣くっ!」
突如泣き出したリーナに驚いている間に、リーナはベッドの上から飛びついてくる。軽いその体を受け止めるのに支障はない。が、病人が急に動かないでほしい。後、出来れば泣くのも体力を使う行為なので止めてほしい。
「やーだっ!・・・・おじ、おじさん・・・・・・ぐす・・・一緒にいる!」
「・・・・・・・・・・おい?」
しがみついたリーナが涙をこすりつけるようにオーマの衣服を濡らしていく。
「嫌です!・・・・・・・・ひぅっ・・・・傍に・・・・っ・・・・・いるんです!」
「ああ」
なんか知らんが寂しがっているらしい。なら、とばかりに抱えやすいよう座り、その背中をぽんぽんと叩く。
「安心しろ。傍にいてやるから。その代わり、ちゃんと休んで、ちゃんと治せ。そしたらもっと一緒に居られるだろ」
「ほんと・・・・・?」
「ああ、だから。少し落ち着け」
「うん」
なにこれ。リーナがかなり素直だ。目覚めた途端減らず口でも叩くのかと思っていたのに。
・・・・・・・・・・
「すぅー、すぅー」
やがてリーナはオーマの腕の中で寝息を立て始める。
ーーリーナの酔いが眠りになった!
そういえば酔っていたんだっけ。今の年相応?背丈相応の駄々はそれが原因だろうか。
そんな事実に力が抜け、リーナを抱えたまま後ろ向きに寝転がった。
「はあーーーー」
疲れた。何とか勇者の面目躍如できただろうか。
それはそうとリーナの寝息を聞いていると、こちらの抑制していた眠気が刺激されて・・・・少し・・・・・寝よう。
――バタン!
その時、扉が勢いよく開く。オーレリアあたりが進展に気付いて駆けこんできたのかもな、などとのんびり予想を立ててみたが、現れたのはヒメ。その後ろからひょっこりシャルも覗いてくる。
ここにいたって、自分の意識から今の今まで逃れていたある事実に気付く。
「・・・・・・・え?」
「・・・・・・へ」
ヒメとシャルが横たわる俺たちを見てとぼけた声を上げる。
そして、二人の視線は俺よりも胸の中の少女へと。そう、今抱きかかえているリーナはさきほどまで体中の皮膚が腐って膨張していた。そんな状態で服など着ているはずもなく。
「・・・いや、あの、これは」
「お・・・」
ヒメが何かを言おうと、口を「お」の形にする。
「お?」
「オーマが・・・・」
「・・・・・」
わなわなと震えていたヒメはやがで叫んだ。
「ラッキースケベされてます!!」
「・・・・・」
何故かヒメの中では俺が被害者らしい。
つまり、何があったかというと、リーナは全裸だった。




