第四十二話 全使全用
しばらく何も言わず目をつぶり、突っ立っていたオーマはやがて目を開く。
「さて」
それは何かを決意した目だった。
手始めにと、腰に戻っていた金貨袋とアイテム袋をヒメに投げて渡した。
「ヒメ。それでありったけの種類の回復アイテムを買って来い。必要ならお前の貯金も切り崩してくれ。その後でシャルを起こして連れてこい。・・・・・命令だ」
「はい!」
オーマから投げられた袋を受け取り、『瞬絶』の魔法を唱えたかと思うと一瞬でヒメはその場を後にした。使い走りにさせられるというのにその顔にはどこか安堵のようなものを浮かべて。
残った俺はオーレリアに目を向ける。ほとんど睨み付けるといった様相だっただろう。だがそれを受けるオーレリアの顔を見て毒気を抜かれてしまった。母娘だった。
「オーレリア、お前の思惑に乗ってやる。成功するか、保証はしないけどな」
「うん・・・・・・」
オーレリアの返答を聞いたのかどうか。オーマはそれだけ言って、踵を返し洋館に再び入る。
なかなか、ホラーとしてはいい感じのエンディングだったのではないだろうか。
もう十分だろう。ここからはホラーじゃない、俺の、勇者の物語だ。
自分の世界へと入り込む。正確には自らの魔法欄へと。一度ぱっと見で確認した中に何かあったかもしれない。リーナを助けるための魔法が。助けるための方法が助けるための道具が。
現実は物語のように甘くはない。館内だけですべてが解決するわけがない。だからたとえ一度は見捨ててでも脱出する必要があった。魔法を使うために。仲間の手を借りるために。
炎、氷、雷、地の魔法。結界魔法。状態異常魔法。分身魔法。ステータス上昇魔法。ステータス低下魔法。闇属性魔法。封印魔法・・・・・・etc,etc
一度は使ったことのある魔法と、名前だけで大よその効果がわかる魔法を並べていく。回復魔法の類は無い。せいぜい傷口を焼いて消毒、凝固させるのが関の山か。数だけあっても効果が分からないと何の役にも立ちはしない。
「ただいま帰りました!」
「うお!?」
「何事っすか・・・・?」
「はやいな・・・」
ヒメがシャルを連れて・・・抱えて戻って来た。おかしい。早すぎる。その速さがありながら何故もっと早く来て俺を助けられなかったのか。今俺はエントランスの階段を上り始めたばかりだ。オーレリアがその後ろについて来ている。そういやリンの姿がない。
「薬草、回復薬、毒消し草、解痺薬、活・目薬、気付け薬、聖水、解氷薬、冷却石、銀の針、リラックスハーブ、風邪薬、魔力うどん、かあちゃんのおかゆ、フェアリードロップ、後、バナナと牛乳と濡れタオルを各99個ずつ買ってきました!!」
そう言いながら差し出されたアイテム袋を受け取る。
途中から病人への看病みたいになってるがよくやってくれた。むしろ凄いのはそれだけの在庫を持っていて、なおかつ交渉を恐ろしく素早く済ませた道具屋の方だろうか。ただ、バナナと牛乳は既に四百個あるんだよ・・・ヒメ。
費用を聞くのは、借金に怯えるのは後で良い。
「あの~一体・・・?」
ヒメに抱きしめられていたシャルが事情を把握できずに戸惑っているが。
「ありがとう、ヒメ。それでシャル、次はお前に頼らせてもらう」
「はえ?」
ヒメに降ろされたシャルがとぼけた声を出した。どうせ俺には魔法の知識も医事の知識も無い。
シャル達を連れすたすたと迷いなく進み二階、そのまま真っ直ぐに奥の部屋に入る。
先ほどは地下へと続いていた階段がなく、そのままリーナの部屋につながっていた。やはり今までの洋館内での出来事は夢か幻の中だったのだろう。動く家の中に地下があるのがそもそもおかしい。
臭いばかりは同じだった。
「とにかくこいつを診てくれ」
「は、はあ」
ぞろぞろと入っていく俺たち。正確には俺とシャルとヒメとオーレリア。部屋の主の了解を取るつもりはない。
そして俺たちの視線の先には、人間の型の上に腐った汚物を何重にも塗りたくったような・・・・病人がいた。
「・・・・・っ」
ヒメが息をのむ。いくらヒメとはいえ王女に見せるものではなかったか。
「これって・・・・魔物を食べたんすか?」
一方のシャルは核心をついて来た。
「分かるのか?」
「ええ、まあ。一度見たことがあるので。もっとも、これより軽いものだったんすけど」
一瞬その表情に影が落ちるが、今は病気の方を優先したい。
「治せるか?」
「魔物中毒。そのままっすね、魔物の毒に中った。軽ければ二、三日で治るんすけど、見た限り手遅れっす。うちにはどうにもできないっすね」
期待を持たされて一瞬で落とされた。随分あっさりと見限ってくれる。
「なら軽いものはどうやって治す?毒消し草か?」
「毒消し草・・・?はっ」
鼻で笑われた。いや、どんな毒でも治るって言うから・・・。
「一つ聞くっすけど、これ、魔族っすよね。そちらさんも」
病人をこれと呼び、オーレリアを見ながらシャルは言う。
「ああ、そうだ。言いたいことはあるだろうが、今は―――」
「慌てないでくださいっす。情報を確認しているだけっすから。まあ言いたいこともあるんすけど」
そう静かに、自分の中で何かに折り合いをつけるような間を置いてシャルは説明を始める。
「まずこの毒、正確には魔物の魔力、少量では大して害にならないっすけど個人差のある一定量を越えて体に入れると悪性の毒になり、発熱や体力低下、魔力減少を引き起こすっす。しかも厄介なことに本人の魔力と同調し始める。本来毒であるはずのものを自らの魔力と勘違いして、体に根付かせてしまう。そうなったら後は寄生するかのように体内から病人を蝕み続ける。おそらくその状態から更に魔物を摂り続ける、あるいは放置すると悪化してここまでに至る。と思うんすけど、そこらへんの推移は不明っす。患者も前例も少ないっすから。いまどき魔物をそのまま食べようなんて馬鹿、人族にはいないっす」
そこはオーレリアに反省してもらうしかない。というか今現在しているだろう。
「・・・・・・・・・・へえ」
「馬鹿でした・・・」
何故かヒメが目を逸らしているのは気にしないでおこう。
「で、治す方法っすけど・・・・毒を浄化してから魔物をその後一切食べない。それだけっす」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
毒の浄化はともかく。
「食べさせてないよな!!?」
「食べさせてないよ!!・・・・気づいた時からは」
オーレリアがしょんぼりとする。魔族でも子の親か。初対面の時の飄々とした雰囲気は今は鳴りを潜めている。反省の色が無ければ魔族人族関係なしに殴ることも辞さないつもりだったが、これを見てはもう何も言うつもりはない。後で本人から殴ってもらえ。
「毒を除いてから毎日栄養のある食事をとらせて十分に休養を取らせる。それで軽度のものは治ったっす」
「浄化って言うのはどうするんですか?」
「魔法でちょちょいと」
ちょちょいって。毒消し草とどう違うんだと。
「だが、それで治すにはもう手遅れだと」
「あくまで素人目の判断すけど、治るようには見えないっす。毒の量ももう簡単な魔法でどうにかなる程度を越えてるっすね」
素人だったのか。その割には饒舌な解説だったが。
「なら他に方法は無いのか」
「さあ、なにぶん未知の病っすからね」
シャルはあっさりと無いと言う。
「ですけど、未知であることが不治につながるわけではない」
「なんかかっこいい言葉ですね」
「そうっすか?まあ、オーマ様とこの子がどういう関係かは知らないっすけど、この患者に試せることを片っ端から試すか、確実な治療法を探して悩み続けるか、オーマ様が決めてくださいっす」
「そ・・・れは・・」
その選択は、下手をすればその時点で助かる芽を摘み取ってしまいかねない。何の糸口も無い状況でその選択は躊躇われる。
「ただまあ、それを決めるのは―――」
――どしん
と、ものすごい音がした。
見れば床に積みあがった、何冊もの分厚い本。どこから出した・・・ってアイテム袋か。まだ出し続けている。
「これは?」
「町を出たらオーマ様に読ませようと思って買った回復魔法関連の魔導書、計十八冊。これで足りないなら、朝になってからまた買いに行ってもいいっすよ?」
と胸を張り威張るシャル。つまり。
「読めと」
「読まないんすか?この中にその人を助ける手段があるかもしれないのに」
「お前はそれを把握してるんだろ」
「うちには助けられないと言ったはずっす。うちの魔法と魔力では。その上で今、その子を助けられるとしたら・・・誰だと思うっすか?」
「・・・・・・・」
「もう一度聞くっすけど、読まないんすか?」
「読みます。読ませてください」
「よろしいっす」
「シャルが生き生きしてます。あの日のラルフもそんな目をしていました」
オーマはシャルの剣幕に圧され魔導書に手をかける。そしてふと何か思いついたような顔をすると、分身を作成した。
「分身・・・・・。使える人、初めて見たっす。分身で手分けっすか?出来るんすか?」
シャルが驚きに目を見開く。やっぱり割と凄い事らしい。
「さあ。でも出来れば手っ取り早いだろ」
「出来なきゃ魔力の無駄遣いっすけど」
「だから試しの一体だ」
「ふむ・・・・じゃあ、ほら、他の人は出るっすよ。邪魔になるっすからねー」
「待って、その魔導書とかいうの、私にも読ませて」
言ったのはそれまで黙っていたオーレリア。彼女もきっと魔力は相当なものなのだろうが。
「は?嫌っす。魔導書は一人が読めば効果が失われるっす。これはオーマ様に読ませるために買った物っすよ」
「でも」
「悔やむならもっと早くに助けられなかった自分を悔やんでくださいっす。後自分で買ってくださいっす」
シャルは冷たく振る。それにはどこか侮蔑が込められていた。
「・・・・・・・・」
「行きましょう。お義姉さん。オーマならきっと何とかしてくれます」
「・・・・・・そうだね」
おねえさんってなんだ。いや、要らないことを考えるのはやめよう。
「これ、使えたら使って・・・」
「な・・・へ?」
そう言ってオーレリアが置いていったのはどこか豪奢な容器に入れられた透明な液体。
「エリクサー・・・」
を、十数個ほど。
そんなシャルの驚愕を残し出ていくオーレリアとヒメの二人から目を離し、とにかく今は。
――『オールヒーリング』を覚えた!
――『レストア』を覚えた!
ただひたすら読みふけった。
「読みながら話したり聞いたりできるっすか?」
そう聞かれたオーマは分身を一体増やす。
「出来ないんすね」
「それじゃあ聞くっすけど、他に魔族で同じ症状の子はいないんすか?治った例とか、重度まで行った例とか」
「何故それをオーレリアじゃなく俺に聞く?」
「オーレリアってあの魔族っすか?あのひと、怖いっす」
怖がっていたらしい。何故追い出す必要があるのかと不思議に思えば、そんなことか。
「エリクサーで大半の子は治せたけど、そいつ、リーナはだめだったらしい。それ以上に重かった子はいないそうだ」
「大半って、そんないっぱいいたんすか!?ってか、エリクサーって、一年に一度手に入るかどうかの秘薬っすよ!!?」
「ああ、そうらしいな」
「ああ・・・魔族怖いっす。馬鹿ばっかっす。勿体ないっす」
「・・・・・・」
そうは言うがいくら貴重でも健康には変えられない。それで病人が助かるなら俺は正しい選択だと思う。シャルが言っているのは未然に防げたとか別の方法で治せたという意味だろうが。
「でもエリクサーでダメとなると・・・方法は二つっすね」
「あるのか!?」
「正しいかは分からないっすけどね」
「どうするんだ?」
「一つは焼き落とすことっす。不浄部分を全部。おそらく内部もほぼ全て侵食されてるっすから。全身丸焼きっすね」
「死ぬよな?」
「戦闘不能と死の境界線。そのぎりぎりまで追い込むっす。そこから生の領域に帰って来たものは不浄を排して蘇るっす。一部例外を除いて」
HP0の時点でほとんどの状態異常が戦闘不能に上書きされる。そして戦闘不能から回復すれば元の状態異常は消えている。相当厄介な状態異常を受けたときの治し方である。もちろん死の危険が大きく実行例は少ない。とのこと。
「例外って?」
「ヒヨコ化はそれでは治らないっす」
ヒヨコ化。史上最も恐ろしいとされる状態異常である。とのこと。なんでもぴよぴよとしかしゃべれなくなり戦うにも『つつく』しか出来なくなるという。本で読んだ。
「ヒヨコ化はともかくリーナの病気は」
「わからないっす。でも試す価値はあるということで」
「なら。もう一つは?」
「特効薬を作るっす」
単純明快に最も難しいことを言ってのける。
「特効薬・・・」
「耐性、抗体、免疫、何でもいいから、何か症状を改善する要素のある特効薬を作るっす」
「ふう」
そう簡単にはいかないか。
「じゃ、そういうことで、後は頑張るっすよー」
「何処行くんだよ」
「うちがいても意味ない気がするんで。あとはオーマ様次第っすよ」
そう言ってシャルもまた出て行ってしまった。
――『癒しの息吹』を覚えた!
――『天使の抱擁』を覚えた!
まあ、この部屋に人数がいると殺人級だからな。臭いし汚いし。
その後、部屋にまた分身が増えた。掃除を始めた。濡れタオルが役に立った。
今出た部屋の扉を閉めるシャル。
口元には薄く笑みを浮かべて。
「丁度いい・・・・・・・機会っすからね」
シャルはその場に座り込む。息荒く、自分の体を抱きしめた。
「・・・・・・・・・寒い・・・・・・パパ・・・・・・」
ただひたすらに本を読む時間。
俺自身の背中に何か気配が生まれたような気がした。
――何してるんですか、おじさん
――見たら分かるだろ、お前を助けるために必死なんだよ
ああ、だめだ。意識が朦朧としてきたのか幻聴が聞こえる。よく考えたら今日あんまり寝てないし、ご飯だって昨朝に食べたきりだった。
――それは、えへ、ありがとうございます
――どういたしまして
こんな疲労困憊でよく今までまともに頭を働かせられたものだ。全部オーレリアとリーナの所為だ。治ったら土下座させてやる。
――
――
やべ、なんだ。本気で眠くなってきた。集中しないと。
――眠らないんですか
――寝るのはお前が起きてからだ
――意地っ張り
――どっちがだ
絶対に治すから。




