第四十一話 5050
走る。俺たちは逃げていた。悲しそうな顔をする女の子を一人残して化物から逃げていた。閉まったままの玄関。地下への通路を塞ぐ障害物。予定を裏切る回り道の連続。突然新しい道が見つかってその道を進むと知っている通路に出る、なんてことを繰り返しながら。何度も死んだ。復活するのは聖剣が置かれていた場所。その時点で既に化物に追われているため、また逃げ始める。
けらけら笑う少女が道を塞いでいたり、扉のことごとくががちんがちんと金属音を鳴らしていたり、縛られていた筈の絵画が解放されて目をハートマークにして追いかけてきたり、ゾンビ犬の幽霊を素通りしたり、「あれ」が何故かここは任せて先へ行けとばかりに、にやりと笑って道を譲ったり。
どうにか俺たちは甲冑通路の奥。鍵のかかった扉の前にたどり着く。もう時間的にも死亡回数的にも猶予はあまりないだろう。今にも背後に迫った化物がこの部屋の扉を突き破って来かねない。だから早く脱出したいのだが。
「鍵がない」
「それは困った」
逃げる最中に拾うのかと思っていた。とうとう辿りついたはいいが、鍵が無かった。どこかで見落としたのかもしれない。あるいはあらかじめ見つけておくべきだったのか。
ここへ来て詰み?このまま魂を奪われあいつと一緒に暮らす?嫌だ。絶対に。
きっとまだ何か方法が。
「だめだめじゃないですか。おじさん」
「リーナか・・・・・・」
そう言って現れたのはあの化物、ではなくリーナ。と、区別するべきなのかはわからない。だが、リーナが現れた途端、甲冑通路から何の音もしなくなった。
「はい。その扉の鍵です」
そう言って突如現れた銀の髪の吸血鬼は鍵をよこす。
「何で・・・・?」
「言いましたよね。最後まで味方だって」
ああ、そう言えばそんなことも言われたか。脱出するのに夢中で忘れていた。そもそも。
「追いかけて来てるのはお前の体だろうが」
「さあー何のことやら」
受け取った鍵を鍵穴に挿しこむ。鍵が開く。本物の脱出用の鍵。
「・・・・お先に失礼しよう」
恐ろしいことにまた空気を読んだらしいリンが扉を開け先に進む。肩のどろどろがその拍子にぼとっと落ちた。
「99回。惜しかったです。最後にお情けで一回死んでくれませんか?」
「ごめんだ」
リーナは俺の明確な拒絶にわずかに顔を歪める。
「残念です。でも・・・・・とても楽しかったです。オーマおじさん、ありがとうございました」
無理をしたような笑顔でリーナはそう言った。俺がこの館を出た後、リーナはどう過ごすのだろう。一人でまた誰か来るまで待ち続けるのだろうか。オーレリアや館の化物たちと案外仲良くやっていくのだろうか。想像するしかないその未来に、ただ分かるのはリーナがそれを望んでいないこと。
少なくとも俺がいる間、見せなかった悲しげな顔を、してしまうようなものだという事。
だから俺は、ふざけるなと思う。
「何、一人で切ない雰囲気出してるんだ」
そんな俺の静かな怒りに、リーナは寂しげな色を見せる。
「別れを惜しんでもくれませんか?」
「当たり前だ!惜しむ?何を!?お前はさんざん俺を面倒な目に遭わせた上に、後ろでそれを笑って見ていただけだろうが!」
最初からずっと・・・俺とお前には良い思い出なんて一つもない。
そんな俺の言葉にリーナは少し唇を震わせ、そして俯く。
「仲良くも・・・なれていませんでしたか」
「考えればわかるだろう!お前が勝手になついてきただけだ!俺が拒絶できないのを良い事にな!自惚れるな!!」
今更。そんな当たり前のことを。
「あ・・ぅ・・・ごめ・・・なさ」
リーナの声が震える。ぐずつく。それがまた俺をイラつかせる。何で、こんなにもむかつくのだろう。
「信じる?ああ言った。俺にはそれしか方法が無かったからな!だが今はすぐに出られる!言ってやるよ!俺はお前のこと何一つ信用していない!!」
いや、本当はしていた。していたから悔しいんだ。信用するべきじゃなかった。あんな風に裏切られるとは思っていなかった。
「なら・・・何で使ってくれないんですか?」
そうだ。何を、俺に使わせようとした?
「置いてありましたよね。・・・・重要アイテムが。私を・・・殺せる武器が」
何故あの部屋の前に置いた?・・・・聖剣を。お前を殺せる武器を。
「私・・・・おじさんになら・・・・おじさんに・・・殺してほしかったんですよ?」
ああ、だからだ。
「最後に誰かの心に残るのならもうそれで・・・」
だからこんなにむかつくんだ。
また、一人になろうとしているから。最初から全部諦めて、叶える気も無い悪逆な願望を見せびらかして。それで自分を殺させるように仕向けて。
――お前の望みはそれじゃないだろう。
その忘れたものを思い出すきっかけにすら、俺はなれなかったから。すがりつくことさえさせられなかったから。たった一言。助けてと。
だから、何一つ信用できない。
だから、何一つ思い通りにさせるわけにはいかない。
だから。最後の鍵をリーナが持っていたというなら。
「お前も一緒に行くんだよ!!」
リーナの手を遮二無二つかむ。掴める。ずっとそうだ。頭を撫でたときも、アイアンクロ―した時も、本を読んでいた時も、ぶら下がっていた時も、こいつは自分から俺が触れられるようにしていた。触れ合いたがっていた。
「触れたいならいくらでも触ってればいい!一緒に居たいなら!!傍にいたいなら!!!お前が一緒に来い!!!!」
何もないなら、これから作ればいいだけじゃないか。
俺はリーナの手を掴んだまま外への扉をくぐった。
きっとリーナは自覚していないのだろう。俺と触れあう度に、自分がどれだけ嬉しそうな顔をしているか。
扉を抜けると、そこは洋館の前で。
ヒメとオーレリアがこっちを見ていて。
俺は何もかも元の状態に戻されて。
ようやく脱出できたのだと後ろを振り返れば。
そこに―――リーナの姿は無かった。
ただそびえ立つ洋館が、オーマのことを見下ろしていた。
「勇者って・・・・・・・・・・・・・・なんなんだよ」
手をきつく握りしめる。
――オーマは百度の危機を乗り越えた!!
――5050000の経験値を手に入れた。




