吸血鬼お姉さん(Ⅲ)
「しゃべりつかれた~」
オーレリアがそう言ったのはオーマの話をし始めてから割とすぐのことだった。
「早いです!?まだ全然話してもらってません!!」
オーマについてのヒメが得た知識はといえば、オーマが女装してエルフの里(男子禁制)に侵入し、なんやかんやあってエルフの女の子たちを味方につけたという一幕だけである。大変な収穫であった。是非会いたい。凛々しいまーこちゃんに。
それはともかく、当然一つでは物足りない。
「え~でもかれこれしゃべり続けてるよ~?私にしては珍しいほどに~」
面倒くさいことが面倒なオーレリアは基本面倒くさがりで面倒なことはしない。だからただ話し続けることはオーレリアにとってそうあることではないのだが。
そんなことヒメには関係なかった。
「オーレリアさんの普段だとか口下手だとかどうでもいいんです。きりきりしゃべってください!!」
「扱いがぞんざいになり始めたよ~・・・?」
「遠慮が無くなったってことですね」
さらっと自らの無礼を善事に置き換える。実際なんだかんだ共通の話題は相互の距離を縮めてくれるのだ。うんうん。
「ん~ならさ~。少し私の話もしていいかな~?」
「え~~・・・・。まあ、いいですけど」
「あからさまに嫌そうな反応ありがとう~。ちゃんとオーマも登場するからさ~」
「ならぜひお願いします!!」
わかりやすいな、と苦笑するしかないオーレリア。ヒメはここに来ない方が良いと思っていたが、いてくれて助かったかもしれない。一人だとただ落ち込むばかりだっただろうから。
「あ~でも、長くなりそうで面倒だな~」
「あのですね」
「ん~まあ手短に話すよ。聞いてて楽しい話でもないからね~」
「そうなんですか?」
「うん。まあ、なんというか。私に娘がいたってことから想像つくと思うけど、夫がね~・・・いたんだよ~。まあ夫って言うには語弊があるかもしれないけど」
夫。そうか。人妻なのか。などと考えているヒメ。
「いた、というのは?」
「今、行方不明なんだよね~」
「行方不明・・・」
未亡人。などと結構ひどいことを考えているヒメ。
「子供が出来てすぐとかいう、やり捨てを疑うタイミングでね~いなくなっちゃったんだよね~」
オーレリアはゆるく言うが笑えない話だ。
「女の敵ですね」
「ん~でも、私にはそうは思えなかったんだよね~。ヒメちゃんの場合、相手がオーマだったらを想像してみたらいいんじゃないかな~?」
ヒメにとってのオーマが突然、ヒメの前から姿を消したらなら、それは。
「ハーレムづくりですね。やっぱり女の敵です。私は好きですけど」
「うん、ごめんたとえを間違えたね。ていうか、オーマの認識がおかしくないかな?」
普段からかいはすれど、オーマは芯の通った誠実な男である。それが何故ハーレムなどということになるのだろう。いや確かに周囲に女の子は多いのだが。
「まあ、とにかく、いなくなったのには何か理由があるんだって。そんな風に思っちゃったのが間違ってたんだろうね~。私は生まれたばかりの娘より、夫探しを優先した」
「・・・・・・・・・・・。・・・・・えっ」
「言い訳をさせてもらえば、吸血鬼は丈夫なんだよ。赤子の時から一人で生きていける程度には」
「赤ちゃんを一人ほったらかしにしたってことですか!!?」
「うん。この家にキュウちゃんを一人残して私は旅に出た」
「・・・・・・・・・」
ヒメは絶句する。オーレリアの言うことは母親として最低の行動だった。人間にとって親から子に与えるものが安全ばかりであるはずがない。それを放棄して良いわけがない。
「結局、夫は見つからず、消沈の下に帰ってみれば待っていたのは―――」
そこでオーレリアはどう言おうか言い淀む。それが良いものでないことはすぐに察せた。そして間もなくそれは告げられる。
「――全身を腐らせた、娘だった」
「亡くなっていたんですか?」
「ううん。生きてた。吸血鬼特有の丈夫さのおかげだったのか。せいだったのか。キュウちゃんの体は腐りながらも治癒を続けて、何とか生きてた」
「それは・・・・良かったです」
良かったと言って良いのか、少し迷ってやはりヒメはそう言った。良かったのだと。
「吸血鬼らしく魔法も優秀だったみたいでね、自分の仮姿を幻術で見せて会話するなんてことも出来た。帰って来た私にその子はなんて言ったと思う?」
なんと言ったか。分からない。そもそもヒメはそのキュウちゃんについて全く知らない。
「・・・・・気にしないで、とかですか?」
「こうなったのはお母さんの所為だからちゃんと治してね・・・って笑いながら言われた」
そうか、責めたのか。他のだれでもない娘本人が。ならもう今更、私が責めることは無い。
「強い子ですね」
「うん。大物だった。その時、急にいろいろ考えちゃってね。一人でも話せるようになったんだ、とか、自分は何してたんだろうとか、キュウちゃん可愛いな~とか。何で・・・・・・一人にしちゃったんだろう・・・とか」
「・・・・・・・・・・・・」
「ああ、ごめん。オーマが出てきてないね。すぐに出すから」
そういう意味の沈黙ではなかったのだが。ヒメは何も言えなかった。
「それからまた家を空けた。今度は娘を助ける方法を探しに。あの人のことはもう諦めたから」
「またその子を一人にしたんですか?」
「うん。それしかなかったから。私友達とかいないからね~」
「それは・・・でも」
何か言い募ろうとして、ヒメは言葉につまる。なら一緒にいれば良かった?連れていけば良かった?助かる可能性を削ってまで?それもまた・・・・違う。
「そんな時だった。魔王のことを知ったのは」
そんなヒメの躊躇をオーレリアは話を続けることで上書きした。
ヒメは口を噤む。オーレリアがその決断に至った理由は定かではない。だが何も考えずしてそうしたはずがないのだ。
(・・・・・・・・・・・・・・・)
キターーー(>_<)ーーーー!!などとは思っていない。懸命に押し返したので大丈夫だ。
「なんでも、魔王を名乗る青年が子供の病気を治しながら訪ね歩いてるって」
「どこが魔王ですか・・・」
それは医者だ。怪しさ抜群の。
「それで初めて気づいた。キュウちゃん以外にも似たような病気の子がいたんだって。それでその噂の青年を探してみた」
オーレリアにとって正に希望だったのだろう。その青年は。
「会えたんですよね」
「会えた。アーリアとイーガルを引き連れて、最初はどこのはぐれ迷子かと思ったよ」
会えた。そのことに安心してしまう。語りの中でまで安心するとは自分はどこまでオーマに傾倒しているのか。
「でも、正直彼らのことは信用できなかった。それに二度と失敗するわけにはいかなかったから。だから近くで観察することにした」
「正しい判断です」
初対面の魔王を信用するのは間違っている。はず。常識的に。だがそれを決断したオーレリアの焦燥は推して知るべしだろう。
「私が観察する中、魔王は病気を治すことと引き換えに、患者とそれに関係する人たちに絶対服従を要求していた」
「魔王じゃないですか」
いきなり予想以上に魔王していた。魔王というより悪魔か。
「子どもは従おうとしていたけど親が従わなかった場合は子供だけ攫って行って治した」
「魔王です・・・ね」
ちょい悪魔王。
「強情に従おうとしない子供に対しては靡かぬなら治してしまえの精神で片っ端から治していった」
「あれ・・・魔王ですか?」
そこで治しちゃうのか。
「ああ、ちなみにその病気は子供だけにしか発症しないんだけどね。子どもを完全に取り込んだ魔王年少軍はやがてその義侠の志から大人をも取り込み一大魔族組織、魔王軍になった」
あっさり魔王軍が誕生してしまった。
「気付けば私も四天王になってた」
どうしてそうなった。
「もうなんで魔王を名乗ったのかだけが謎ですね」
アーリアからも聞いたがみんなのオーマ評に魔王の要素が相変わらず見られない。
「医者とかヒーラーで良かったんじゃないですか?そうすれば戦争も起こらなかったかもしれないのに」
医者に世界征服宣言されたならきっと流せたことだろう。・・・いや、流しちゃ駄目なのか。
「それは本人に聞かないと分からないけど、でもさ、ヒメちゃんの言う、医者とかヒーラーとか聖人聖女、それ皆、魔族の敵だよ?」
「あ・・・・・」
そうだった。
あれ。じゃあ、オーマが魔王を名乗った理由は。
どう考えても。
魔族に信用されるための・・・。
魔王、その名に悪意は無かった。
だが人族にとってその名は悪そのもの。
だって昔から魔王と人族は戦争を繰り返してきたから。
なら・・・・古の魔王は・・・・何故魔王を名乗ったのか。
もしかしてそれは・・・オーマと同じ―――
―――バタン!!
「この愛の戦士!幾多の試練を友と共に乗り越え今再びこの地に降り立つ!!」
金髪のどこかで見たことがあるような、だがバラは持っていない、謎の男が現れた。
「・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
しばらくの沈黙ののち。
「敵ですか!」
「ふむ、いつぞやの天使ちゃんと・・・これはどういうことなのだろうか」
「邪魔が入っちゃったね~」
警戒しながら身構えるヒメに対し、気安く近づこうとした男がくるんと一回転して地面に叩きつけられる。
「ぐおほぉっ」
その様子を見ることも無くオーレリアは洋館を仰ぎ見る。
もう決着がつく頃か。
オーマは、どうするのだろうか。・・・・なんて。
分かりきっているのに。




