表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/186

第四十話 重要アイテム

 階段を上る。エントランス正面の短い階段だ。すぐに二階に到達する。正面には部屋群がある。一階の両側の通路と同様、左に二つ、右に二つ、正面に一つの扉。そして。


 ケケッケケッケケケケケケケケ


 手前右側の扉を開け、半身を隠しこちらを見ながら笑っている、長い銀髪を顔を隠すように垂らした何か。


すー ばたん


 静かに近づき静かに閉める。意外にあっさり閉まってくれた。


「・・・・・・・・」


 何も無かったかのように通り過ぎようとする。何事もないならそれが一番である。


『つーかまえたぁ』


 背中に触れられる。まあそんな簡単に行くとは俺も思っていなが。








 目の前に、扉があった。


 後ろを振り向く。何もない。誰もいない。暗闇が広がっている。


 再度正面を向く。扉だ。


 これは・・・開けるしかないのか。


 扉を開ける。


 光が内から溢れだす。


「あ、オーマ、お帰りなさい!」


 ヒメがいた。エプロンを付けていた。


「ただい・・・ま?」


「ご飯にします?お風呂にします?それとも、わ・た・し?」


「お前で」


「・・・・・・・・・」


 ヒメは固まってしまった。


「そこでフリーズするなよ」


「正直私を選んでくれるとは思いませんでした」


「俺もびっくりしてる」


「うへへ」


 とてとてと近づいてきて相変わらず最高にかわいい笑顔を見せるヒメ。


「ちなみにお風呂はどこにあるんだ?」


 入ったのは四方が壁の孤立した一室。浴室は見るからになさそうだが。


「あるじゃないですか。ほら、床いっぱいに広がる血のお風呂が」


 今まで白かった床が一瞬で真っ赤に染まった。足を少し浮かせると血だまりに波紋が広がる。


「ちなみに食事は何が用意してあるんだ?」


 机や台所も何もない殺風景な部屋だが。


「そこにあるじゃないですか。狼少女の活け造りが今日のメインです」


 何かが足元に転がっていた。血まみれのそれが。


「で、お前を選んだ俺だがどうなるんだ?」


「もちろん、わ・た・し、と、殺し合いです」


 ああ、なるほど、面白い冗談だ。


 ヒメはいつの間にか佩いていた刀を抜き放った。


 こちらにはどうすることも出来ず、瞬く間に心臓を刀が貫く。


 殺し合いにはなるはずがない。お前を殺すことなんてできるはずが。





 エントランスで目が覚める。立ったまま。


 どうやら死んだらしい。心臓が痛いほど高鳴っている。夢、幻だとわかっているのに、何故か涙があふれていた。


「ふむ、そこで泣かれると、さっきそれで見分けた僕や見分けられたカオクイくんの立つ瀬がないのだけど」(どろどろ)


「うるさい。ならお前が行けよ」


 目元をぬぐいながらリンに訴える。俺自身、何で泣いているのか良く分からない。


 リンにまとわりつくよくわからない赤黒いどろどろはカオクイと言うらしい。どうでもいい新事実だ。


「それが、行けと言われても僕には君が突然胸から血を流して倒れたように見えたんだけどね」


「は?けたけた笑うなんか変な奴いただろ?」


「いや、聞こえなかったし見えなかった。おそらく君にだけ見えたのだろう」


「・・・・・・・・・」


 それは・・・・リーナと同じようにか。


『みーつけたぁ』


 その時、リンの後ろからこちらを覗きけたけたと笑うあの銀髪が現れた。


 ケタケタケタケタケタケタケタ


 けたけた笑い過ぎて顔が振動しまくり、やがて落ちる。首が転がる。


 近くまで転がって来た首は今まで覆い隠していた銀髪がはがれ、その顔を晒す。


 けたけたけた


 笑い続ける顔はこちらをにやけた顔で凝視していた。


 リーナではなかった。


「・・・・・・・・・・・」


 片足を持ち上げる。


 けたけた笑うその顔を踏みつぶした。









 扉がある。


 後ろを振り向く。何もない。誰もいない。暗闇が広がっている。


 再度正面を向く。扉だ。


 これは・・・開けるしかないのか。


 扉を開ける。


 光が内から溢れだす。


「あ、オーマ、お帰りなさい!」


「・・・・・・・・・」


「ご飯にします?お風呂にします?それとも、わ・た・し?」


「お風呂」


「あ、ごめんなさい。沸かし忘れてました。今すぐ入れますね。オーマの血で」


「やっぱり食事」


「あ、これから作るところなんです。今丁度食材が帰って来てくれたところで」


「用事思い出した。悪いが先に食べててくれ」


「逝ってらっしゃい?」


「・・・・・・・・・・」


 扉を閉める。前に広がるのは暗闇、それに彷徨う覚悟で、足を踏み入れた。


 悪い、ヒメ。帰るにはまだ少しかかりそうだ。ってか、なんで新婚シーンから始まるんだよ俺の悪夢は。





「オーマ!しっかりしたまえ!オーマ!」


「! お、おう。大丈夫だ」


 気が付けばリンに体を揺さぶられていた。どうやら死なずに脱出できたらしい。



 ぶつぶつぶつぶつ



 そしてまた。笑い声ではないが。


 声の方に目を向ける。


 もう何に身を隠すことも無くそれは全身を見せていた。


 ぼろの赤い服を身にまとった銀の髪の少女。髪が顔を隠している。不自然なまでに青白い肌が死人のそれを想像させる。少女は俯きながら何かをぶつぶつ言っていた。髪で顔のほとんどが隠れ、ただ口元だけが何かを訴える。


「・・・・・・・」


 しつこいな。触れてあの幻を見せられるなら、触らなければいいのか。


 ぶつぶつぶつ


「先に進むぞ」


「ん?ああ」


 ぶつぶつ呟く赤い服の少女を無視してまた階段を上る。階段を上ったあたりでまた少女の方を確認する。ぶつぶつ言うのを止めていた。笑いもせず。ただ無表情な顔でこちらを見ている。・・・・無表情?あれ、何で表情がわかるんだ?髪で隠れているだろうに。


無表情


 ああ、そら分かるか。


無表情


 ここまで近くで顔を見合わせていたら。


 鼻を突き合わせる距離で少女はこちらを見つめていた。首を傾げ髪が避けられることで片方だけ覗いた瞳。限界まで見開いた目でこちらを見つめていた。


あ”あ”。ああああああああああああああああああああ。


 突然濁った声を上げ始める。


 どろどろ顔が溶けていく。目がこぼれ落ちた。鼻が口が、その形状を保てなくなっている。


あああああ、あああ”あ”あ”



おまえも


 あまりにも近い距離はつぶやきを明確な声にした。


つぶされろ















 そしてまた死んだ俺はエントランスに戻される。だがそれっきりあの少女は現れなくなった。


「友の死を見続けるのは勘弁願いたいものだね」


「俺もだよ」


 正直今までで一番怖かったが表には出さない。そんな術をここまでで手に入れていた。


「足が震えているよ」


「ほっとけ」


 それにしても何故突拍子もなくヒメとのあんな夢を見せられたのか。そこだけは謎だ。正直、突飛すぎてあまり怖くなかった。




 なにはともあれ、これで終わりだと判断した俺は迷わず二階の正面の扉に進み、リンに開けるよう命じた。


「やれやれ人使いの荒い・・・」(ぴゅーーーー)


「なんか噴き出した!やめろ!!」


 リンにまとわりつくどろどろとした何かから勢いよく何かの液体が飛び出る。絶対触っちゃいけないやつだ。


「僕に言われてもどうしようもないのさ」


「爽やかに言うな」


「さあ、開けるよ。準備はいいかい?」


「・・・・ああ。さっさと終わらせてここを出るぞ」


 頷き、リンが扉の鍵穴に鍵を挿しこむのを見守る。かちりとくぐもった音を立てて鍵が開いたのだろう扉を、リンが開けていく。


 むわっと悪臭が広がる。ああ、嫌なパターンだ。死臭。人の死体を蒸し暑い部屋に何日も放置していればこんな匂いになるのだろうか。


 それすらまだ間接的なものだったらしく、扉の向こうには下へと続く階段が続いていた。


 微かな壁の灯火を頼りに降りていく。聞こえてくるのは俺とリン、二人の足音とぼたぼたと何かが滴る音、リンにくっついてるどろどろの立てる音だ。


 やがて地下階に相当するまで降りたところで階段は終わり、少し広い空間に抜ける。建物としては少し妙な形状に思う。二階からぶち抜きで地下へ続く階段なんて、まず聞かない。


 空間を調べる。目の前には扉があり、足元には無造作に剣が放り捨てられていた。


「重要アイテムじゃなかったのかよ」


 あまりに無下な扱いに聖剣・白を不憫に思う。いや、不用意に奪われた俺が悪いんだけどさ。


 迷いなく剣を帯びる。わずかばかりの落ち着きを得ることができた。聖剣の力が俺を強くしてくれる。


――聖剣・白を装備した!


――聖なる力が湧き上がってくる!


 勇気が3上がった!

 根性が1上がった!

 活力が2上がった!

 男気が4上がった!

 へたれが2下がった!

 疲れが2下がった!


――オーマはビビらなくなった!



 ・・・・・・・・・。














 今度こそ最後の扉だろう。今度は俺が開ける。鍵はかかっていなかった。


 開いていく扉の先は暗くほとんど何も見えない。館中に配置されていた明かりがここにはなく、背後の階段の灯火が微かな輪郭を見せる程度だ。想像とは違い、ひんやりとした空気が漏れだす。次第に目が慣れていく中、意を決し中に入る。



「また何かを探すのかい?」


「いや・・・・」


 一言否定し黙り込む。そして暗闇に慣れた目がそれを目にして諦めと共に口を開いた。


「いるんだろ?リーナ」


「・・・・ふむ」


 虚空に問いかける俺をリンが見てくる。だが俺の視線はただ闇の先を見つめていた。


「・・・・・・・・・はい」


 ぼんやりと光る人魂のように、明るさを持ったリーナの姿が現れた。


 これまでど変わらず宙に浮くリーナの姿。そしてリーナを明りとして、暗闇は晴れる。それはリーナの足元、ベッドに横たえられた物の姿をあらわにした。


「・・・・・・・・」


 無言のオーマ。それは絶句でも、恐怖でも、ましてや嫌悪でもなく。・・・ただ、無性に。


 死臭の原因。間近で生暖かい息を吹き付けられたかのように顔前を悪臭が覆っている。

 巨大なベッドを埋め尽くす腐った肉の塊。暗闇の中判別はつきにくいが、白、緑、青、黒およそ肌色とは呼べない異色が斑点模様を描いている。

 なのにそれは辛うじて人間といえる形をしていた。頭を想像する膨らみのあたりにはわずかに銀の髪が散らばっている。そして今なお生きていると主張する脈動と醜いうごめき。


「それが、お前なんだな」


 幽体を取るリーナの本体。それがこの腐物の化物。


「あまり見ないでください。エッチ」


 残念ながらこれを見て興奮するほど俺は物好きではない。言った本人も感情が欠けていた。


「・・・・お前は生霊なのか?」


 俺達の会話にリンは察してか無言でいてくれる。俺の言っていることには想像を付けていたらしい。そこまで驚いてもいなかった。


 だから、今はリーナのことだけを考える。


「ご名答です。私はまだ生きています。こんな姿になっても。こうして出てくることが出来るのは、魔法が得意だったお陰ですね」


「何で、こうなった」


「魔物を食べていたからだそうです」


「魔物・・・・を?」


 魔物には毒があるんじゃないのか。


「魔族領には食べ物がないんです。魔物しか。そして、魔物の中には私にとって毒となるものが含まれていた。それを子供のころからずっと食べて来て、結果この姿です。知ってますか?オーマおじさん。赤ん坊って何でも食べるんですよ。流石に物心つけばゾンビに手を出す気にはならないんですけど」


 ゾンビを食べたと暗にそう言う。ゾンビを食べては、食べさせてはいけないことぐらい―――


「・・・・・オーレリアは何をしていた」


「吸血鬼は子育てをしません。生まれつき高い魔力は天敵の存在を失くしていますから。それで久しぶりに帰ってきて、こんなになってる私を見たときのお母さんの顔は見物でしたよ」


 天敵がいなかろうとまともな食事が出来なけりゃ意味がないだろう。いや、むしろその毒になった魔物こそ天敵と言えるだろう。どちらにしろ、立派な育児放棄だ。人間の尺度で言えば。


 だが、今はそんなことを議論するつもりもない。


「治せないのか」


「エリクサーという霊薬を知っていますか?」


「いや、知らない」


「いわゆる万能薬です。あらゆる傷を癒し病魔を消し去る、世界が創りし命の水。どこから手に入れたのかお母さんが用意してくれました。飲みました」


 だが今、この状態だ。つまり意味は無かった。


「・・・・・・・・・・・・・・」


「他の似たような症状の子は治ってるらしいんですけど、余程この病気と吸血鬼は相性が良かったんですかね。病気によって腐っていく体を吸血鬼特有の治癒力の高さが腐ったまま治癒させていく。壊死した肌に腐ったかさぶたを重ねて。それを繰り返した挙句、この巨大さ、手遅れです」


 一旦背を向けたリーナが淡々と告げるのはむごたらしい病魔の真実。リーナが向けた冷たい視線の先でぼろっとベッドから肉塊が崩れ落ちる。光の加減でその塊に無数にわく蛆虫が目に入る。その拍子に悪臭がまた押し寄せた。


「・・何だよ・・・それ」


「同情してくれますか?」


「・・・・・」


 人が死ぬのが当然なら病気で死ぬのも当然だ。それに感傷は抱かない、それが知らない人間なら。例えばシャルの父親が死んでいると聞かされても俺は何とも思わない。だがシャルが傷つけられれば俺は。目の前の少女に対して、俺は。

 どうやら俺は随分と利己的な人間らしい。


「私、魔族ですよ?普通に育っていたら人間を殺すこともあったかもしれない。勇者がそんな辛そうな顔をするのは筋違いじゃないですか?」


 再びこちらを向き、見ている方が泣きそうになる笑みでさっきまでと変わらず俺をからかう。


「そうだな」


 そんな顔に同情してしまう俺はきっと、まったくもって勇者に向いていないのだろう。


 だが事情が分かった以上、もうここにいる理由はなくなった。脱出するべきだ。


「それで治癒不能の吸血鬼の化物が俺をここに連れて来てどうする気だ」


「言い方酷いですよ。これでも女の子なんですよ」


「この館に来てうんざりすることの連続だ。さっさと済ませて俺は帰りたい。さっさと用件を言え」


「もう、ムードも何もないんですから・・・・。では言いますけど」


 何かを押し隠したような顔をずっとしていたリーナは、それでもまだその表情を続けながら言う。


「ずっと傍にいてください。・・・・・寂しいのはもう嫌なんです」


「・・・・・・・・・・・」


 ああ、そうか、そうくるのか。そんな顔で。そんな声で。


「もっと遊びたいです。もっと話したいです。・・・・・・・これで終わりなんて嫌なんです!もっとずっとオーマおじさんと一緒に!」


 なら選択肢は一つだ。


「だめ・・・ですか・・・?」









 ―――絶対にごめんだ。




「それが叶わないなら―――」


 そんな俺の回答を察していたのだろうか。俺が口にするまでもなく。


 変化の兆し。リーナの声が低く耳障りな『音』に変わる。


 今までただ寝転がっていた塊が凄まじい勢いで起き上がる。どこからが口なのか。起き上がったそれは一瞬でリーナを呑み込み。奇声を上げる。


 巨大なその肉塊のあちこちからまるで顔のようなできものが膨れ上がる。それがまるで血の涙を流すかのように赤い液体を吹き出し始める。叫びなのか鳴き声なのか聞くに堪えない不協和音が頭の内側から響く。


「逃げるぞ」


「・・・・・それで良いのかい?」


「ああ」


 リンに一言そう告げ、俺たちは一目散に扉を抜け、逃げ出した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ