第九話 家族
一方、勇者。
オールド砦の北西に位置する町、ニューベルに送り届けられたヒメは、先に帰還していた魔法使いの少女シャルロット=ウィーチを探す。
水色のショートヘアーとトレードマークのマントはすぐ見つかった。町の入口に座り込み膝を抱えている。心なしかアホ毛が垂れさがり、その姿はまるで親を見失った迷子のようだった。
「シャル、ただいま」
「あ!お帰りなさいっす!ご無事で何よりっす!姫様!」
声をかけると親を見つけた迷子のように笑顔を浮かべ、向こうから駆けてくる。
「ごめんね、シャル。心配させちゃった」
「まったくっすよ!護衛を帰らせて、一人で魔王と対峙するなんて何考えてるっすか!?」
再会早々身振り手振りで必死にお小言を言う。実は砦での別れの際、少々強引に帰ってもらっていた。
「でも、そのおかげでこうして二人とも、無事だったんだから」
「それは、そうっすけど・・・」
シャルには心配させてしまった。でもヒメには確信があった。あの魔王なら、一方的に攻撃してくることは無いと。事実、オーマとは和平のための協力することになった。その上・・・。
「えへへ」
キスした後のオーマの照れた顔を思い出す。
「急ににやつき始めてどうしたんすか?」
「ううん、何でもない」
「そっすか?それより!・・・あの後、何があったんすか?」
「ああ、うん、えっと」
どう話すべきか悩む。まさか魔王と両想いになり和平を結ぶことになった、とは言えない。なら適当に話を作らなければ。
「一晩中、魔王と戦ってた」
「はい?」
「なかなか白熱した勝負だった」
思い返すようにうんうん頷いてみる。
「今まで、ずっと?あんな馬鹿げた魔力を持ってる奴とっすか?」
目を丸くして驚くシャル。
「無我夢中だったからね。あはは」
「信じられないっす」
ちょっとでたらめが過ぎたかもしれない。
「それより、魔王軍のことについて説明したいから、町長さんとこに行こう」
ぼろが出ないうちに話を切り上げ、目的を告げた。
町長とはシャルの転移魔法で初めてこの町に来た時に会った。魔王軍の侵攻に心を痛めていたので、魔王軍撤退の報を聞けば安心するだろう。
ちなみにここで言う転移魔法とはオーマの瞬間移動とは違い、あらかじめマーキングされ繋がれた場所同士のみでできる移動魔法だ。この場合は城とここニューベルが繋がれていた。しかも王族と優秀な魔法使いがいて初めて使える、非常に限定された魔法だ。
「というわけで、魔王と共に退いていくのを確認しました。もうこの町も大丈夫です」
伝えるのは辺りの魔族を倒したこと、魔王と戦ったこと、魔王軍が撤退したこと。
――ガサガサ
話しながらももちろん探索は怠らない。
「なんと、かの魔王を退けるとは!さすが勇者様ですな!ありがたや、ありがたや」
「大げさです。私はやるべきことをやっただけです」
――ガサガサ
やるべきことをやっているだけです。
「実際凄いっすよ、一騎討ちで魔王と引き分け、軍を退かせたんすから。正にうちらの希望の星っす」
感服したとばかりにうんうん頷くシャル。
「そんなことないよ、撤退したのは前線の魔族を全滅させたのも要因だろうし、その時はシャルも頑張ってたよ」
――ガサガサ
やはり剣ではいかに魔力で強化しようが、魔法そのものの殲滅力には敵わない。先の戦闘で倒した数はシャルの方がよほど多かっただろう。
「雑魚を倒すぐらい誰にだってできるっすよ」
そんなことを言ったら世界中の魔法使いが泣きを見るだろう。なにより魔族に敗北した義勇軍の方たちが浮かばれない。世界最強の魔法使いを他と同列に扱うべきではない。伊達に魔王討伐の護衛に選ばれていないのだから。
「いえいえ、御二方にしか出来ないことです。本当にありがとうございました。町の者たちも安心するでしょう」
「お役に立てて何よりです。私たちはこれで失礼するので、皆に早く伝えてあげてください」
――ヒメは『町長のももひき』を手に入れた!
「ではもう町を発たれるので?ゆっくりなされてはいかがですかな。町のもの総出で歓迎させていただきますよ」
「いえ、急ぎの用事ができましたので。機会があればまた寄らせていただきます」
「用事って何すか?」
「後で話すよ。では町長いずれまたお会いしましょう」
「はい、御武運をお祈り申し上げます」
「ところでシャル、これ・・・装備する?」
「しないっす」
「それでシャル、私たちこれから――」
――くぅ~~~。
「・・・・。」
盛大に腹の虫がなく。確かにヒメはまだ朝食を食べていないが、この音の発生源は・・・。
「それより、ご飯にしないっすか?昨日から何も食べてないんで・・・」
「昨日から?何で?」
ヒメですら、まさかの魔王城で食事していたのに。
「姫様が心配でご飯がのどを通らなかったんすよ!」
「・・・そう、ほおー。ふーん」
「な、なんすか?」
「愛い奴愛い奴」(ぎゅー)
嬉しいことを言ってくれるシャルを抱きしめる。
「な、何するんすか!?放すっす!」
「ん~。よく考えたらシャルと会ってからずっと気を張っていて可愛がってあげられなかったなーって」
「可愛がる必要はないっす!うちはただの護衛っす!」
「そんなことないよ~。大切な仲間だよ~。」
「なんか前と性格が変わってないっすか?前はもっと凛としてたっすよ!」
「ううん、むしろこれがいつもの私。本性を現しただけだよ~」
「本性とか言わないでください!!」
シャルは無理矢理私を引きはがし、距離をとった。
「はあー、はー、ほんと・・・疲れてるんで・・はー・・やめて・・ください」
真剣に拒否されてしまった。
「残念。ま、おふざけはこのくらいにして宿屋に行こうか」
「・・・・そうしてください・・・っす」
(恥ずかしがっちゃって、早く打ち解けられるといいな。)
ヒメは懲りていなかった。
「それで、用事ってのは何すか?」
目の前には御馳走が並ぶ。すでに町長の話はこの店にも伝わり奮発してくれたらしい。食べながら話す。魔王城でもそうだったっが、礼儀作法も何もない食事が楽しくもある。
「うん、お城に戻ろうと思って。転移魔法ならすぐだよね?」
「まあ、そうっすけど、もうっすか?」
「うん」
この町に転移したのは二日前だ。早いとは自分でも思うが、すでに事態収拾の糸口は見えている。
それに、城には兄が戻っているはずだ。様子を見ておきたい。事情を説明する形で戦況を広めれば作戦にも合致する。
「どうせ、すぐっすから構わないっすけどね」
「うん、ありがと」
その後食事を終えたヒメたちは、町の広場にある転移魔法陣を使って城へと移動した。
城に戻るなりヒメは、シャルを待たせ兄ユーシアの居室へと向かった。道中、見回りの兵士や侍女に会うも話もそこそこに通り過ぎる。
ユーシアの居室、扉の前にはユーシア付きの侍従ラルフが立っていた。
「姫様、よくぞご無事で」
「うん、ありがとう、ラルフ。それで兄様は?」
「はい、それが昨日、突然何者かとともに現れ、兵士に見つかるや否や置き去りにされたそうです。発見時既に治療は済んでいるようでしたので、今は療養中です。ですが腕を失くされて、もう剣を振ることは・・・」
「そうですか。それでも無事でよかったです」
ほっと息をつく。どうやらオーマはちゃんと兄を送り届けてくれたようだ。腕を失った兄を無事と呼ぶべきではないかもしれないが。
「目を覚まされた時は荒れていましたが、もう落ち着かれています。お会いになられますか?」
「はい、お願いします」
「かしこまりました」
――コンコン
「・・・ユーシア様、ヒメお嬢様が来られています」
「通してくれ」
扉の内からユーシアの声が届く。ラルフは扉を開け、誘導してくれた。
部屋のベッドの上でユーシアは体を起こしていた。
「ヒメ、戻ったか。無事な様で何よりだ」
兄の姿を確認して、どこかまだ張りつめていた緊張の糸がほどける。
「兄様も、よくご無事で」
「無事?・・・ふん、殺す価値も無かっただけだろう」
だがユーシアは自嘲するように吐き捨てる。魔王を倒すためだけに磨いた剣は魔王本人に脅威とされることなく、身柄さえ利用されることなく放り捨てられた。その屈辱は兄にとってどれほどのものか。
だがそれでも、兄は生きている。それだけでヒメにとっては十分だった。
「お前にも本当にすまない。私が不甲斐ないばかりに危険な役目を押し付けることになってしまった」
「それはいいのです。それでみんなを守れるなら」
どうやら兄も落ち着いているらしい。以前の執念は薄れて――
「だが安心してくれ、魔王は私が必ず倒そう」
「え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「これ以上、ヒメが頑張る必要はない。あとは私に任せておきなさい」
この人は何を言っているのだろうか。
「・・・そんな腕で何を・・・言っているのですか?」
「うで?ああ、片腕を失くしたくらいどうってことないさ。人間には腕が二本あるのだから」
そう言ってユーシアは左腕を掲げる。兄が失ったのは右腕、利き腕だ。それを突然左腕だけで戦うなんて不可能だ。それを剣の道を進む兄が気づかないはずがない。
「確かにもう私はヒメよりもずっと弱い。魔王になんて敵わないだろう。それでも私は諦めるつもりはない。妹を一人戦わせて、友の死を忘れて安穏と暮らすことなんて、私にはできない」
(ああ・・・。こんなことになっても兄様は変わらない。本当に・・・ばかだ)
無駄に強情で、無駄にまっすぐで、無駄に妹思いで、無駄にお人好し。正直鬱陶しいほどに。そういう人なのだ。だから止めないといけない。そうでないと本当に実行する人だから。
ヒメは左腰につけた剣をすらりと抜く。
「ヒメ?」
「ふ――!」
兄の眼前で剣を振りぬく。兄の前髪が数本舞い落ちる。
「今の、見えましたか?」
「え?」
反応が遅れて返ってくる。気づきすらしなかったなんてことは無いだろうが、話にならないことに変わりはない。
「今のを視認できない様では、また敵に捕らえられるのが落ちです。次は今回のように解放されないかもしれません。そのとき傷つくのは兄様だけとは限りません」
可能性の話なら人質に取られることだって当然考えられる。そのとき私は兄を見捨てることはできない。
「私は自らの役目を途中で放棄するつもりはありません。そこに兄様に出てこられては邪魔以外の何物でもないのです」
事実をはっきり告げる。
「だ、だが――」
「だが、ではありません。私は出来損ないの兄に足を引っ張られて死ぬなんて真っ平御免です。兄様のためではなく、私のために、よくよくご自愛くださるようお願いします」
兄はぽかんと口を開けている。ここまで言って聞かないなら、いっそ私の手で仕留めてもいいのではないだろうか。
「では、失礼します」
私は踵を返し、兄の部屋を後にした。
翌日、リアン国城内、謁見の間。別名、王の間。
勇者としてシャルと共に国王に事情説明中。昨日は父も忙しかったようで一日待つことになった。既にシャルに説明したことに齟齬が生じないように、魔王との一騎討ちには触れなければならない。つまりその事実をこの父に伝えなければならない。
「――というわけで魔王軍は撤退しました」
「な、なんということだ・・・。ヒメお前・・・」
報告を受けた父、リアン国王は驚愕し、まるで恐ろしいものを見つめるかのような目をヒメに向ける。そして――
「すまない!わしが不甲斐ないばかりに、ヒメを危険な目に遭わせてしまった!もう勇者としての働きは十分だ!あとはわしらに任せてゆっくり休息をとるがいい!ヒメ!よく無事で帰ってきてくれたーーーーー!!!」
そう言って飛びかかるように抱き付いてくる父を躱す。これは王ではない。父だ。あの兄にしてこの父ありだ。
「たった数日で何を言っているのですか。勇者に選ばれたものとして務めは果たします」
と言っても、魔王を倒そうというのではない。和平を結び平和な世に戻すことこそ、今のヒメの役目だ。
じりじりと迫る父親を、ヒメもまた警戒し距離を保つ。流石に親子で抱き合うような歳でもない。ヒメの抱きしめ癖は間違いなくこの父親からだろうが。
「その必要はない、先日送った援軍が崩れた前線部隊を建て直し、魔王軍の撤退に乗じて一気に押し返してくれるだろう。」
「へ?・・・・今、なんと?」
晴天の霹靂とはこういうことを言うのだろうか。援軍を?送った?
「それは本当ですか!?いつ!?」
転移魔法は少人数でしか使えないため、魔力消費の大きさを考えれば、軍用には使えない。だから正規軍は通常の地上ルートを通っているのだろう。それでも出発時間によっては、前線に到着しているかもしれない。
「六日前だ、順調に進めばもう着く頃だろう。だからあとは彼らに任せて・・・。」
六日前と言えば、私が勇者になる前のことだ。私のためといわけではないようだが。
「任せられるわけないです!既に正規軍は魔王軍相手に壊滅させられているというのに、今更援軍を送ったところで、焼け石に水です!」
「ぐっ、確かに勝ち目は薄いかもしれない。だが、だからと言って娘をまた戦場に向かわせられるか!正論なんてくそくらえだ!」
兄と言っていることが変わらない。心配してくれるのはうれしいが一国の王である立場をわきまえてほしい。
「その話は既に以前決着したはずです。父様も快く送り出してくれたではありませんか」
今はそんなことどうでもいい。大切な家族だが真面目に付き合うと多くの人たちが手遅れになりかねない。
ぷるぷる震える私の手を、後ろにいるシャルが見て不安げにしている。だというのに、父は空気も読まずに、
「快かったものか!送り出した後もどれだけ心配したことか!」
「そのためにつけた護衛のシャルでしょう!彼女はとても有能です。彼女がいれば私に万一のことはあり得ません」
「へっ?」
シャルが間の抜けた声を出す。シャルには悪いがここは言い訳に使わせてもらおう。
「では失礼します。シャル、行こう」
父はまだ何か言おうとしていたが、これ以上続ける必要はもうない。踵を返しシャルの手を引きその場を去る。
「ヒメ?ヒメーーーーーーッ!!」
「ああ、それと、お話ししたいことがありますので、後日、時間をいただきます」
出口付近でそれだけ言い残し、今度こそ立ち去った。
あれでも私が関わらなければ良い王様なのだ。リアン国と王族の名誉のために言っておく。
しかし、あの様子なら私が戦いたくないといえばそれだけで和平を受け入れるかもしれない。その手も考えておこう。成功したらしたで泣きそうになるが。




