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売名行為ですよ

久しぶりに、フェイク・ドキュメンタリーを書きました。

 「売名行為ですよ」と、そう彼は明言した。それはとある病院の一室での事で、つい先日、彼はある危険な感染症から回復したばかりだった。私は彼へのこのインタビューの為に、その病室を訪ねており、その発言はその場で出たものだった。もちろん、インタビューに際し病院から許可は取ってある。彼から私への感染の危険はないと病院は判断しているのだ。

 彼は“グレーシー山塊”という芸名のお笑い芸人だ。一口にお笑い芸人といっても様々なタイプがいるが、彼は主に悪役を演じる事をその芸風としている。

 悪役。

 昨今になり、芸人に悪役としての立ち位置が確立しているように思える。かなり昔から、憎まれ役のように振る舞い、そのキャラを売りにしている芸人は確かにいた。横山やすしや明石屋さんまやダウンタウンなどは明らかに客を見下していたし、その不遜な態度を快く思わない一般視聴者もいる一方で、そこに惹かれるファンも数多くいる。ただ、最近登場したお笑い芸人の悪役は、そういったタイプとも異なっているように思えるのだ。

 ピエロ型と表現すれば分かり易いかもしれないが、つまりは客から馬鹿にされるタイプの芸人。昨今の悪役芸人は、このタイプからの派生であるように思える。視聴者から嫌われ、悪口を言われる存在として、その立ち位置があるのだ。その悪役芸人が誕生した背景には、恐らくインターネットの普及があるのだろう。

 視聴者の一部は気軽に悪口を書ける対象として、悪役のお笑い芸人を需要している。もちろん、本気で書いている人間もいるのだろうが、それはプロレスで悪役レスラーが嫌われるような、ある種、約束事の中での演劇に近いものがあるのではないだろうか。

 よく芸人のブログやツイッターなどが炎上していると話題になるが、それはネットを通じて視聴者が参加している一種の娯楽なのかもしれない。

 彼、“グレーシー山塊”は、そういった悪役芸人の中の変わり種だった。

 彼がそれを思い付いたのは、芸能人が災害などでボランティアなどを行い話題になっているのを見たからだという。

 「これ、使えるのじゃないかと思ったんですよ」

 と、彼は言った。

 「ボランティアをするでしょう? 良い事をしたとツイッターやブログに書く。もちろん、それで終わりじゃありません。そこから僕は炎上商法に繋げる事を考えたのですよ」

 テレビの中で見せるようなふてぶてしい態度は、そう語る彼にはなかった。やはり、あれは作っているものなのだろう。彼はこう続けた。

 「これだけボランティアをやっているんだから、もっと僕は人気が出てもいいはずだ。だからもっと仕事を寄越せと、そう訴えまくったのですね」

 「当然、売名行為だと批判された」

 「ええ、まぁ、実際、売名行為ですしね」

 彼はそう言うと照れくさそうに舌を出して少し笑った。

 「僕はそれにこう返しました。

 確かに売名行為だ。だが、それの何が悪い? それで実際に助かっている人達が大勢いるんだ。何にもしないでいる連中に比べれば、ずっと俺の方が偉いね!」

 「なるほど。荒れそうだ」

 「まぁ、荒れましたね。ただ、中にはあの祭りも楽しんでいる人達もいたのじゃないかと思いますが。

 しかし、とにかく、それで僕にボランティア炎上芸人として、少しずつ仕事のオファーが来るようになったのです。つまり、炎上商法が成功したんですよ」

 私もそうして彼が出演したテレビ番組のいくつかを観ている。真面目にボランティアをする番組もあれば、必死に売名行為をしようとする彼を笑うようなバラエティもあった。大人気とは言わないが、それなりに好評ではあったようだ。

 しかし、その結果として、テレビ局は今回の事件を起こしてしまったのだ。

 「ですが、今回は少しやり過ぎでしたね? お蔭で大騒動だ」

 私がそう言うと彼は表情を歪めた。そして初めて不服そうにこう言ったのだった。

 「どうでしょうかね? 僕はそうは思いませんが」

 

 その番組の企画内容は、このようなものだった。

 感染症の拡大が問題になっている某国に、友達がいるという日本人の女の子がいる。その女の子の友達は、どうやら感染症に罹ってしまっているらしく、心配で堪らない女の子は番組スタッフと彼に「何とか治療薬を、自分の友達の許に届けられないか」と頼む。そして、実際に彼らは治療薬を届ける為に出発するのだ。

 どこまで真実かは分からないが、その番組はそういった趣旨の元、ドキュメンタリー形式で彼を主役に制作された。

 数々の困難があったらしいが(或いは、演出かもしれない)、彼とテレビ局のスタッフは、無事、目的の女の子の友達に治療薬を届ける事に成功した。問題はその後だ。帰国後、彼は悪寒を訴え、検査の結果、問題のウィルスに感染している事が分かったのだ。当然、それは大きな話題となり、ネットやテレビで賛否両論が巻き起こった。

 

 「少なくとも、あの子が僕らのお蔭で助かったのは事実ですよ。それが悪い事だとは僕には思えないな」

 そう彼は言った。

 私はそれにこう返してみた。

 「だけど、テレビ局はただの民間会社でしょう? あなた達の所為で、感染症が日本社会に広がる危険だってあったのですよ」

 すると、神妙な顔になり、彼はこう述べた。

 「テレビ局がただの民間会社だとは、僕は思っていません」

 一呼吸の間。

 「情報を広く発信する事で、問題提起や問題解決の為の方法を社会に報せるという役割を担っている。そういう意味で、あの番組は作るべきだったし放映するべきでもある。僕らはすべき事をやったと思う。あの国の感染症の問題が、僕らの作った番組を観ればよく分かります」

 それから彼は顔をしかめると、誤解を恐れたのか、こう言った。

 「もっとも、世間の皆が僕らと同じ事をしてはいけませんよ。極少数だからこそ、リスクが少なかったんだ。大勢になったら、絶対に感染症が蔓延するでしょう。

 これは今回のケースに限りません。例えば災害ボランティアだって数が多くなり過ぎれば問題になるんだ。普通の人には、ちゃんと仕事をして社会を支えてもらわなくちゃ。僕みたいな立場の人間だからこそ、長期の災害ボランティアはするべき行動なんですよ。以前に、“僕の方が偉い”なんて言いましたが、あれはもちろん炎上商法の為の嘘です。本当はそんな事は思っちゃいません。

 要はね。自分には何が出来て、何をするべきかって事が重要なんだと思います。それを考え、実行していく……」

 そう語り終えると、彼は少しだけ悲しそうな表情を見せ、こう言った。

 「人間って誰かの心を理解する時、自分の心を観るっていうでしょう? つまり、誰か他人の心理を語る事は、自分の心理を語る事でもあるんだ。

 それでね。時々、僕のは炎上商法だって明言しているのに、そうは思わない人がいるんですよ。本気で僕が困っている人達の為に行動しているんだって、そう思う人が。そういう人に触れた時、僕はなんだかとても辛くなるんです。悪口を言われる事にはもう慣れてしまったのに、なんだか変な話ですよね」


この小説は、↓の歌に相応しい内容を、と思って考えたものです。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm25464044

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― 新着の感想 ―
[良い点] 上手く言えないんですが、考えさせられました。 [一言] 特に最後の部分が印象に残ってます。 悪口よりも、善意を信じてしまう人に対して、辛くなる。 実際悪役芸人にいそうが気がしますそんな…
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